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2024年4月 1日 (月)

黙示録21:9-27 新エルサレム/キリストの花嫁

 黙示録219-11には次のように記されています。
:9 さて、最後の七つの災いの満ちた七つの鉢を持つ七人の天使の一人が来て、私に語りかけてこう言った。
「ここへ来なさい。小羊の妻である花嫁をあなたに見せよう。」
10
 天使は、霊に満たされた私を大きな高い山へ連れて行った。そして、聖なる都エルサレムが神のもとを出て、神の栄光のうちに天から降って来るのを私に見せた。
11
 都は神の栄光に輝いていた。その輝きは最も高価な宝石のようであり、透き通った碧玉のようであった。”(聖書協会共同訳)とあります。

 新エルサレムは素晴らしい都でしたが、新エルサレムがどのように見えるのか、ということを表現するにあたり、ヨハネは、~です。~でした。とは言えず、~のようであり、~のようであった。と語る以外には表現できなかったのです。
実際に見た人がそのようなのですから、私たちがキリストの千年王国の後の新天新地について正しく把握できるわけもありません、
この個所について私は、私の推測or想像を述べることしかできませんので、その程度に捉えておいてください。
トミーさんは、今現在においては、このように捉えたのかな、という程度に読んでください。

 天使はヨハネに、「小羊の妻である花嫁」を見せてあげる、と語られたのに、ヨハネが見たのは天から下りてきた新エルサレムでした(10.11)。
そして新エルサレムの外観は、神の栄光に輝き、最も高価な宝石すなわち透き通った碧玉のように見えたのです(11)。

 22.23節には“22 私は、この都の中に神殿を見なかった。全能者である神、主と小羊とが神殿だからである。
〔それにしても、都には、どこにも神殿が見あたらないのです。というのも、全能の神である主と小羊とを、都のどこででも、自由に礼拝できるからです。(リビングバイブル)〕
23
 この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない。神の栄光が都を照らし、小羊が都の明かりだからである。”(聖書協会共同訳)と記されています。

 新エルサレムに神殿はないのです。主イエス様の十字架上の贖いが成し遂げられた時、至聖所と聖所を隔てていた神殿の幕が上から下までまっ二つに裂けたことを思い出します(マタイ2751)。
キリスト者は祭司です(1ペテロ29)。キリストの贖いの成就前は、当番の祭司は聖所には入れても至聖所には入れず、至聖所には大祭司が1年に1回入れるだけであったのですが、祭司には至聖所も開かれたのです。それどころか新天新地においては建物としての神殿さえもないのです(22)。神殿は、聖であられ永遠に存在しておられる万物の創造者である全能の主なる神と子羊すなわち神の御子なのです(22)。
このような表現なのですから、花嫁も動くことの出来ない建造物であるはずがありません。
 子羊、すなわち神の御子の花嫁は教会です(エペソ522-32)。花婿キリストと花嫁教会(キリスト者の総体)はすでに天において結婚式を挙げています(黙示録196-8)。
それらのことを考えると、花嫁(キリスト者の総体)が新エルサレムという建物に変化したのではなく、新エルサレムの中に、御父なる神と御子である花婿と花婿の妻である教会が新エルサレムの中にいるということが推測されます。
その都を外から見ると、その輝きは最も高価な宝石のようであり、透き通った碧玉のようであった(11)、と見えたというのでしょう。
1
コリント15章によると、花嫁は「栄光あるもの」(43)、「キリストに似たもの」(48.49)とされているのです。ただただ主の恵みによって。
「今の時の苦難は、やがて私たちに啓示される栄光に比べれば、取るに足りないと私は考えます。」とパウロは述べています(ローマ818)。

 次にヨハネが見た都の大きさと構造について、ヨハネは黙示録2112-21に次の様に記しています。
12 都〔新エルサレム(筆者挿入)〕には高い大きな城壁と十二の門があり、それらの門には十二人の天使がいて、名が刻みつけてあった。イスラエルの子らの十二部族の名であった。
13
 東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門があった。
14
 都の城壁には十二の土台があり、そこには小羊の十二使徒の十二の名が刻みつけてあった。
15
 私に語りかけた天使は、都と門と城壁を測るために、金の物差しを持っていた。
16
 この都は四角形で、長さと幅が同じであった。天使が物差しで都を測ると、一万二千スタディオンあった。長さも幅も高さも同じである。
〔かつての幕屋や神殿の至聖所は立方体でした。新エルサレムも立方体です。/大きさやその他の参考記述:スタディオンは185mなので、12000スタディオンは2220kmとなり、新エルサレムの大きさは縦、横、長さが各2220㎞のキューブ(立方体)でできているというのです。現地球の対流圏は約10㎞の高さ、成層圏の高さは約10-50㎞、国際宇宙ステーションの高度は約400㎞、人工衛星は約150-400㎞に存在しています、大気圏は約800㎞、大気圏の外は宇宙空間に属します。新エルサレムは底辺の縦横の長さが約2200㎞立方体ですから、新天新地の地面は平らなのかもしれません。そうすると新天新地の地は球体ではないのかもしれません。あくまでも想像です。新天新地ですから現在の宇宙のありようと異なっても良いわけです。主なる神様はどのように創造なさるのでしょうか。楽しみです。(筆者挿入)〕
17
 また、城壁〔城壁の厚さ(リビングバイブル)〕を測ると、百四十四ペキス〔1ペキスは44㎝、144ペキスは約63.4m(筆者挿入)〕であった。これは人間の尺度であって、天使が用いたのもこれである。
18
 都の城壁は碧玉で築かれ、都は混じりけのないガラスのような純金でできていた。
19
 都の城壁の土台は、あらゆる宝石で飾られていた。第一の土台は碧玉、第二はサファイア、第三はめのう、第四はエメラルド、20 第五は赤縞めのう、第六はカーネリアン、第七はかんらん石、第八は緑柱石、第九はトパーズ、第十は緑玉髄、第十一は青玉、第十二は紫水晶であった。
21
 また、十二の門は十二の真珠であり、門はそれぞれ一つの真珠でできていた。そして、都の大通りは、混じりけのないガラスのような純金であった。”(聖書協会共同訳)とあります。

 黙示録2122-26には新エルサレムの内容と、新エルサレムの外には諸国の民が住む場所があることが記され、諸国の民も主なる神と子羊の光によって光を得、かつ諸国民の王たちは諸国民の栄光と誉を都に携えて礼拝に訪れることが次のように記されています。
22 私は、この都の中に神殿を見なかった。全能者である神、主と小羊とが神殿だからである。
23
 この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない。神の栄光が都を照らし、小羊が都の明かりだからである。
24
 諸国の民は、都の光の中を歩き、地上の王たちは、自分たちの栄光を携えて都に来る。
〔その光は全世界に及ぶのです。世界中の支配者たちが、それぞれの栄光を携えてやって来ます。(リビングバイブル)〕
25
 都の門は、終日閉じることがない。そこには夜がないからである。
26
 人々は諸国の民の栄光と誉れとを携えて都に来る。”(聖書協会共同訳)とあります。

 黙示録2127には次のように記されています。
27 しかし、汚れた者、忌まわしいことや偽りを行う者は誰一人、都に入れない。小羊の命の書に名が書いてある者だけが入ることができる。”(聖書協会共同訳)とあります。
“汚れた者、忌まわしいことや偽りを行う者は誰一人、都に入れない。”とありますが、この範疇の人たちは、黙示録218に“臆病な者、不信仰な者、忌まわしい者、人を殺す者、淫らな行いをする者、魔術を行う者、偶像を拝む者、偽りを言うすべての者、このような者の受ける報いは、火と硫黄の燃える池であって、第二の死である。”(聖書協会共同訳)と記されている人たちのことでしょう。この人たちは子羊の命の書に名が記されていないのです(黙示録2012.15)。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
新天新地において、私たち新生したキリスト者、その総体である花嫁は、とこしえに花婿キリストと御父と共に愛の交わりの中にいることを教えてくださり感謝します。
そのような未来が待ち受けていることを望みとしておきながら今日も主に在って歩む一日とさせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

新天新地、待ち望みます。新天新地に神殿がないと記されていると、エデンの園のような感じなのかな?とも想像しました。エデンの園はお花などの植物に囲まれているイメージですが、新天新地は宝飾に囲まれているイメージです。
どちらも、平和の地であると思い、とても楽しみで、待ち望みます。
〝・・当番の祭司は聖所には入れても詩聖所には入れず、・・〟となっていました。
黙示録20:15〝・・このよう な者の受ける報いは、・・〟うとなの間が空いていました。細かくて、すみません。

感謝します。
直しておきました。

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