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2024年4月20日 (土)

箴言28:17.18 主の御言葉に聞き従い主に信頼して歩む

 箴言2817.18を、
リビングバイブルは“17 殺人者は良心に責められ、地獄へ落ちます。だれもその人を止められません。
18
正しい人は災いに会っても助け出されますが、人をだますような者は滅ぼされます。”と意訳し、
 新共同訳は“17 流血の罪の重荷を負う者は、逃れて墓穴に至る。だれも彼を援助してはならない。
18
完全な道を歩む人は救われる。二筋の曲がった道を歩む者は直ちに倒れる。”と訳し、
 口語訳は“17 人を殺してその血を身に負う者は死ぬまで、のがれびとである、だれもこれを助けてはならない。
18
正しく歩む者は救を得、曲った道に歩む者は穴に陥る。”と訳し、
 2017は“17 流血の咎に苦しむ者は、墓まで逃げる。だれも彼を助けてはならない。
18
誠実に歩む者は救われ、その道が曲がっている者はただちに倒れる〔別訳「墓穴に陥る」(欄外注)〕。”と訳し、
 聖書協会共同訳は“17 流血の罪を負う者が、墓穴まで逃れたとしても、彼を助けてはならない。
18
 完全な道を歩む人は救われ、曲げられた道を歩む者は直ちに倒れる〔直訳「一つに落ちる」(欄外注)〕。”と訳しています。

 罪を犯した人に対して、罪の対処をしないで、見逃してあげることの善し悪しを考えさせられます。
罪を犯した人には、イエス・キリストの福音が必要です。とはいうものの、イエス・キリスト様以外の人で、神に対して罪を犯さなかった人は一人もいません。
ローマ310には“義人はいない。一人もいない。”(2017)と記されています。
イエス・キリストによる救い無しに、神の裁きの前に、平安をもって立つことの出来る人はいません。

 18節に「正しい人」(リビングバイブル)、「完全な道を歩む人」(新共同訳、聖書協会共同訳)、「正しく歩む者」(口語訳)、「誠実に歩む者」(2017)と訳されている語のヘブライ語原語は、2単語からなる「ハーラク ターミーム」で、「ハーラク」は「歩く」の意です。
「ターミーム」には、完全、正直、誠実、高潔、真実、・・・等の意があります。
創世記171に“さて、アブラムが九十九歳のとき、主はアブラムに現れ、こう言われた。「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ。”(2017)という聖句が記されています。
「全き者」と訳されている語のヘブライ語原語は「ターミーム」です。

 神様は、アブラム(アブラハム)に、主に信頼して(主を信じて)歩み続けなさい、と言われたのです。

 18節前半の“完全な道を歩む人は救われ”(聖書協会共同訳)という聖句は、新約的に言うと、主イエス様を信じ、主イエス様に信頼して歩む者は救われます、ということになるでしょう。
罪や死からの救いという本質的なことと共に、地上生涯で出会う様々な苦難からも、主イエス様に信頼し続ければ救われるのです(救われかたは、その人が願ったようなあり方での救いの場合もありますし、そうでない場合もあります)。

 17.18節に関して、Bible navi の適用注解は、
“罪人の良心は、悔い改めをもたらす罪悪感を持つに至らせるか、悔い改めを拒むゆえに死に至らせる。
その人の気分をよくしてあげようとするのは、親切な行動ではない。
その人が罪悪感を持てば持つほど、神に立ち返り、悔い改める可能性が高くなるのだ。
もし、その人の行動の自然の結果を妨げるなら、罪を犯しやすくさせているだけだ。”と述べています。

 上記の文章を読みながら次の聖句を思い浮かべました。
エレミヤ811-13に、
11彼らは、わたしの民の傷を簡単に手当てし、平安がないのに、「平安だ、平安だ」と言っている。12 彼らは忌み嫌うべきことをして、恥を見たか。全く恥じもせず、辱めが何であるかも知らない。だから彼らは、倒れる者の中に倒れ、自分の刑罰の時に、よろめき倒れる。──主は言われる。13 ・・・・。わたしはそれらをそのままにしておく。”(2017)という聖句があり、
 ローマ1章には、
18 不義によって真理を妨げる人間のあらゆる不敬虔と不義に対して、神は天から怒りを現されます。
19
 なぜなら、神について知りうる事柄は、彼らには明らかだからです。神がそれを示されたのです。
20
 神の見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造以来、被造物を通してはっきりと認められるからです。したがって、彼らには弁解の余地がありません。
21
 なぜなら、彼らは神を知りながら、神として崇めることも感謝することもせず、かえって、空しい思いにふけり、心が鈍く暗くなったからです。
22
 自分では知恵ある者と称しながら愚かになり、23 不滅の神の栄光を、滅ぶべき人間や鳥や獣や地を這うものなどに似せた像と取り替えたのです。
24
 そこで神は、彼らが心の欲望によって汚れるに任せられ、こうして、彼らは互いにその体を辱めるようになりました。
25
 神の真理を偽りに替え、造り主の代わりに造られた物を拝んでこれに仕えたのです。造り主こそ、永遠にほめたたえられる方です、アーメン。
26
 それで、神は彼らを恥ずべき情欲に任せられました。女は自然な関係を自然に反するものに替え、27 同じく男も、女との自然な関係を捨てて、互いに情欲を燃やし、男どうしで恥ずべきことを行い、その迷った行いの当然の報いを身に受けています。28 彼らは神を知っていることに価値があると思わなかったので、神は、彼らを無価値な思いに渡され、そのため、彼らはしてはならないことをするようになりました。”(聖書協会共同訳)と記されています。

 ローマ124.28の聖句は、人が主に聞き従わないでいると、良心の弱体化から良心の欠如へ、また行動としては放縦へと進んで行くことを教えてくれているように思います。

 エレミヤ811を読むと、キリスト者に対して行われるカウンセリングの場合、この世的なキリスト抜きのカウンセリングではなく、主に立ち返ることによって、すなわち主の御言葉に信頼することによって、主に解決していただくことによって、問題の解決に至ることが必要なのだ、と思わされます。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
キリスト者からの相談を受けたときには、必ず主とのかかわりの中で主に解決していただく方向へと向かうことができますように。
主イエス様は、「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広く、そこから入って行く者が多いのです。いのちに至る門はなんと狭く、その道もなんと細いことでしょう。そして、それを見出す者はわずかです。」(マタイ713.142017)と語られました。
生涯、主に信頼し続けて歩む者であらせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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創造主である神様の御教えに従った生き方ができますように。日常生活の中に、御言葉を当てはめて地上生活を豊かにしてゆくことができますよう祈り求めます。

アーメン。

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