« 使徒2:37-42 ペンテコステの日の出来事/約3000人の人が救われる | トップページ | 箴言28:27 貧しい人への援助 »

2024年5月21日 (火)

詩篇113篇 主はとこしえにほめたたえられるべきお方/主を心にお迎えした者の報いは甚だ大きい

  詩篇113篇には次のように記されています。
1 ハレルヤ。主の僕(しもべ)たちよ、賛美せよ。主の名を賛美せよ。
2
 主の名がたたえられるように。今より、とこしえに。
3
 日の昇る所から日の沈む所まで主の名は賛美される。
4
 主はすべての国を超えて高くいまし、その栄光は天を超える。
5
 私たちの神、主のような方がほかにあろうか。
高きところに座し、6 天にあっても地にあっても、低きに下って御覧になる方。
7
 弱い人を塵の中から起こし、貧しい人を芥の中から高く上げ、8 高貴な人々と共に、民の中の高貴な人々と共に座らせてくださる。
9
 子のない女を家に住まわせ、子らを授かり喜ぶ母にしてくださる。ハレルヤ。”(聖書協会共同訳)とあります。

 イスラエル人は神の選びの民です。特にその中でも主なる神様を畏れかしこみ主にお従いする者たちを主は祝福されます。
新生したキリスト者は、主を心にお迎えしている者たちです。
ヨハネ112には“この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権をお与えになった。”(2017)と記され、
黙示録320には“見よ、わたしは戸の外に立ってたたいている。だれでも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら〔心の扉を開けるなら(筆者挿入)〕、わたしはその人のところに入って彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。”(2017)と記されています。
そのような者たちの賛美が、この詩の中に記されています。

 4節には“主はすべての国を超えて高くいまし、その栄光は天を超える。”と記されています。
2017
は“主はすべての国々の上に高くおられ、その栄光は天の上にある。”と訳しています。
「天」と訳されている語のヘブライ語原語は「シャーマイム」(複数形)で、skyの意味もあれば、heavenheavensの意味もあります。

 パウロは「第三の天」(2コリント122)という場所を記しています。
2
コリント121-4には次のように記されています。
1 私は誇らずにいられません。誇っても無益ですが、主の幻と啓示とについて語りましょう。
2
 私は、キリストにある一人の人を知っています。その人は十四年前、第三の天にまで引き上げられたのです。体のままか、体の外に出てかは知りません。神がご存じです。
3
 私はそのような人を知っています。体のままか、体を離れてかは知りません。神がご存じです。
4
 その人は楽園〔ギリシア語原語は「パラディソス」(筆者挿入)〕にまで引き上げられ、人が口にするのを許されない、言い表しえない言葉を聞いたのです。”(聖書協会共同訳)とあります。

 7節には“7 弱い人を塵の中から起こし、貧しい人を芥の中から高く上げ”と記されています。
アダムの子孫である私たち人間の実体は、弱い人、貧しい人、以下の者です。
キリストの救いにあずかる前の状態は、創造主なる神に反逆して歩み続けていた神の怒りを受けるべき人間であったのです。

 エフェソ(エペソ)21-3には次のように記されています。
1 さて、あなたがたは、過ちと罪とのために死んだ者であって、2 かつては罪の中で、この世の神ならぬ神に従って歩んでいました。空中に勢力を持つ者、すなわち、不従順な子らに今も働く霊に従って歩んでいたのです。
3
 私たちも皆、以前はこういう者たちの中にいて、肉の欲のままに生き、肉とその思いとの欲することを行い、ほかの人々と同じように、生まれながらに神の怒りを受けるべき子でした。”(聖書協会共同訳)とあります。

 この個所をリビングバイブルは次の様に意訳しています。
1 〔今ではキリストを信じ、キリストの救いにあずかったあなたがたですが(筆者挿入)〕以前のあなたがたは、罪のために永遠に滅びる定めにありました。
2
この世の人と同じ生き方をし、罪にまみれ、主に反抗する人の心に今も働いている、力ある支配者サタンの言うままになっていたのです。
3
私たちもみな、以前は他の人たちと同じで、その生活は、心にある悪を反映したものでした。欲望や心のおもむくままに生き、行動していたのです。私たちは、生まれながらに神の怒りを受けて当然のものでした。”とあります。

 このような私たち人間でしたが、義であると共に愛である主なる神様は、罪を犯し続けて生きてきた私たち人間の罪の結果としての神の御怒りを、神の第二位格の神である御子が、神でありつつ人となることによって、そしてその人において神の御怒りを受けてくださったのです。それが十字架上の死でした。
1
テモテ25.6は“5 神は唯一です。神と人との間の仲介者も唯一であり、それは人としてのキリスト・イエスです。6 キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自分を与えてくださいました。これは、定められた時になされた証しです。”(2017)と記しています。

 キリストの十字架によって、信じる者の罪は赦されました。
しかし、それで終わりでは、罪を赦されてもそこまでです。
神(父なる神)様は、キリストをよみがえらせたのです。
それによって、キリストを信じる者は、新生させて頂けたのです。
1
ペテロ13には“私たちの主イエス・キリストの父である神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせ、生ける望みを持たせてくださいました。”(2017)と記されています。
1
ヨハネ33.5.6には“3 イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」5 イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。6 肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。”(新共同訳)と記されています。

 驚くべき恵みです。
それだけではありません。詩編1138には“高貴な人々と共に、民の中の高貴な人々と共に座らせてくださる。”(聖書協会共同訳)と記されていますが、キリスト者はどのような扱いなのでしょうか。
エペソ26には“キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所〔天の領域(筆者挿入)〕にすわらせてくださいました。”(新改訳初版~第三版)と記されています。
主イエス様は他の個所で「わたしの父の家には住む所がたくさんあります。わたしが行って、あなたがたに場所を用意したら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしがいるところに、あなたがたもいるようにするためです。」(ヨハネ142.3抜粋・2017)と約束してくださったのです。
それもキリストの花嫁としてなのです(黙示録196-9、エペソ531.32)。

 主イエス様は、私たちが地上にいる間も共にいてくださいます。
コロサイ127には“あなたがたのうちにいますキリスト”(抜粋・口語訳)と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
私たちにはとらえきれないほどの恵みを私たちに与えてくださっておられますから限りない感謝をお捧げします。
常に心を主に向けつつこの世の歩みを主に在って歩ませていただけますように。
今日も、主を愛し、主に信頼し、主に従い、主を賛美しながら、歩みたいと願います。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

« 使徒2:37-42 ペンテコステの日の出来事/約3000人の人が救われる | トップページ | 箴言28:27 貧しい人への援助 »

詩編」カテゴリの記事

日毎の恵み20」カテゴリの記事

コメント

今日の学びの中で、不思議な体験をした事を思い出しました。後から考えるとイコンだったからなのだと思えます。苦しみから中々抜け出せない時、とても大切な人から絵を教えていただきました。「ゆるされる」とか「信じる」とか「神様」とか「愛する」など、様々なものが私の中に入ってきました。そして、別空間にいたような感覚を味わいました。救われる前ですので、ただの不思議体験なのかもしれません。その辺りから私の中で大きな変化が起きました。その絵を教えてくださった方には、感謝してもしきれないです。
今日までの事を思い出しつつ、今、きよくなる為(?)に与えられている事を考えると、特に7節をしみじみと噛み締めます。常に主に従った歩みをしてゆくことができますよう求め祈ります。

本当に感謝ですね。
ハレルヤ!

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 使徒2:37-42 ペンテコステの日の出来事/約3000人の人が救われる | トップページ | 箴言28:27 貧しい人への援助 »

カテゴリー

2024年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ