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2024年5月 8日 (水)

使徒2:1-13 聖霊に満たされ、学んだこともない外国語で福音を語った弟子たち

 使徒21-13には次のように記されています。
1 五旬祭の日が来て、皆が同じ場所に集まっていると、2 突然、激しい風が吹いて来るような音が天から起こり、彼らが座っていた家中に響いた。3 そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。4 すると、一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、他国の言葉で話しだした
 5 さて、エルサレムには天下のあらゆる国出身の信仰のあつい人々が住んでいたが、6 この物音に大勢の人が集まって来た。
そして、誰もが、自分の故郷〔国(新改訳)〕の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられた。
7
 人々は驚き怪しんで言った。
「見ろ、話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。8 どうして、それぞれが生まれ故郷の言葉を聞くのだろうか。
9
 私たちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、10 フリギア、パンフィリア、エジプト、リビアのキレネ側の地方に住む者もいる。また、滞在中のローマ人、11 ユダヤ人や改宗者、クレタ人やアラビア人もいるのに、彼らが私たちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」
12
 人々は皆驚き、戸惑い、「一体、これはどういうことなのか」と互いに言った。
13
 しかし、「あの人たちは新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って、嘲る者もいた。”(聖書協会共同訳)とあります。

 以前にも書きましたが、聖霊に満たされるという状態は大きく分けると二つあります。
 一つは、内面的に満たされた状態です。
使徒1352に“弟子たちは喜びと聖霊に満たされていた。”(2017)と記されているような、内面的に喜びが起こり、感謝が沸き上がり、自然に祈るというようなことを行い、内側から御霊による教えがあり(ヨハネ14171ヨハネ227)、生まれながらの自分にはない他者に対する愛を感じ、平安に満たされている、・・・等のようなものです。
 もう一つは、主に在る働きのためのものです。
聖書では霊の賜物として記されています。
この霊の賜物の中には、異言もあります。
御霊の賜物は、霊と魂が御霊に満たされていなくても与えられるものです。
御霊の賜物については聖書のいくつかの個所に記されていますが、ここでは1コリント124-11を参考にします。次のように記されています。
4 恵みの賜物にはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ霊〔「御霊」(口語訳、新改訳)。ギリシア語原語は「ト
アフトース プニューマ」で、定冠詞付きの同じ霊or定冠詞付きのご自身の霊、の意となっています。直訳すると「同じ霊」or「ご自身の霊」となります(筆者挿入)〕です。
5
 務めにはいろいろありますが、仕えるのは同じ主です。
6
 働きにはいろいろありますが、すべての人の中に働いてすべてをなさるのは同じ神です。
7
 一人一人に霊の働きが現れるのは、全体の益となるためです。
8
 ある人には、霊によって知恵の言葉、ある人には同じ霊に応じて知識の言葉が与えられ、9 ある人には同じ霊によって信仰、ある人にはこの唯一の霊によって癒やしの賜物、10 ある人には奇跡を行う力、ある人には預言する力、ある人には霊を見分ける力、ある人には種々の異言を語る力、ある人には異言を解き明かす力が与えられています。
11
 しかし、これらすべてのことは、同じ一つの霊の働きであって、霊は望むままに、それを一人一人に分け与えてくださるのです。”(聖書協会共同訳)とあります。

 使徒29-11に記されている個所の地域から来た人々or地域出身の人々は、これらの人々の先祖が捕囚や迫害のために各地に散らされたユダヤ人たちの末裔であったのでしょう。
また11節に記されている「改宗者」というのは、ユダヤ教に改宗した異邦人の人々のことです。

 申命記1616には“あなたのうちの男子はみな、年に三度、種なしパンの祭り、七週の祭り、仮庵の祭りのときに、あなたの神、主が選ばれる場所で御前に出なければならない。主の前には何も持たずに出てはならない。”(2017)と記されています。
七週の祭りとは五旬祭のことです。
主なる神様の御命令に従い、三大祭りの一つの七週の祭りに主を礼拝するためにエルサレムに来ていた人たちは、この個所に見られる新約の幕開けに遭遇したのです。

 11.12節には“・・・「彼らが私たちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」人々は皆驚き、戸惑い、「一体、これはどういうことなのか」と互いに言った。”と記されています。

 この個所に関連して<Bible navi>は次の様に適用注解を記しています。
“群衆は、何か超自然的なことが起こっていることを認め、説明を求めた。ペテロは前に進み出て、神についての真理を説明した〔このことは使徒214-3638-40に記されています(筆者挿入)〕。このことは私たちの人生においても模範であるべきである。人々に、私たちの内にキリストがおられることがわかるような生き方をすることが期待されている。もし私たちが輝き(マタイ514、ピリピ215)、「塩気」があるなら(マタイ513)、他の人の注意を引き付けるだろう。彼らはその理由を知りたいと願う。そのとき私たちは、「うちにある希望」(1ペテロ315)を説明することができる。あなたには、「いったい、これはどうしたことか」と言わせるような、他の人と異なる特徴が表れているだろうか。”と述べています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
Bible navi>のお勧めにあるように、キリストの香りを放つ者としてお整え下さり、また、イエス様を救い主として求める人を与えてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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どんな時にも主に従って歩んでゆく事ができますように祈ります。

アーメン。

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