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2024年5月27日 (月)

フィリピ2:25-30 エパフロディトの奉仕

 フィリピ225-30には次のように記されています。
25 ところで私は、エパフロディトをそちらに送り返さねばならないと考えています。
彼は私の兄弟、協力者、戦友であり、また、あなたがたの使者として、私の窮乏のときに奉仕してくれましたが、26 あなたがた一同を慕っており、自分の病気があなたがたに知られたことを心苦しく思っているからです。
27
 実際、彼は瀕死の重病にかかりましたが、神は彼を憐れんでくださいました。彼だけではなく、私をも憐れんで、苦痛〔別訳「悲しみ」(欄外注)〕を重ねずに済むようにしてくださったのです。
28
 そういうわけで、大急ぎで彼を送り返します。そうすれば、あなたがたは彼と再会して喜ぶでしょうし、私の苦痛も和らぐでしょう。
29
 だから、主にある者として大いに歓迎してください。そして、彼のような人々を敬いなさい。
30
 彼はキリストの業(わざ)のために命を懸け、死にそうになったからです。私に対するあなたがたの奉仕の足りない分を補おうとしてくれたのです。〔なぜなら、彼はいのちがけでキリストのために働き、今にも死にそうな目に会ったからです。彼は離れているあなたがたに代わって、私に尽くしてくれたのです。(リビングバイブル)〕”(聖書協会共同訳)とあります。

 パウロはローマの獄中にいました。
エパフロディトは、フィリピ(ピリピ)教会を代表して、獄中のパウロへ贈り物を届けた人です。
エパフロディトは、贈り物をもってパウロの所へ行く途中に何かの病原性微生物に感染してローマで発症したのか、あるいはパウロの所にいる間に重篤な病に罹患したのかは分かりませんが、死を覚悟するような病にかかったのです。(27.30節参照)

 エパフロディトが重病であるということが、どのような方法でフィリピ教会に届いたのかは分かりませんが、エパフロディトが病の床に伏していることをフィリピ教会の信徒たちはとても心配し、祈っていたのでしょう。
また、エパフロディトという人は、フィリピ教会の信徒たちに心配をかけてしまったことを心苦しく思う人でもあったのです。(26節参照)

 現代では、お金の送金は、金融機関から送ればそれですみますし、物品を送るのも郵便局から外国へ送ることもできます。
しかし、この当時は、自ら持っていくか、信頼のおける人に託すしかなかったのでしょう。
信徒たちからの贈り物をフィリピからローマまで届けるのは大変なことです。
もちろん、主に祈りつつ旅をしたことと思いますが、途中で、強盗や山賊にあうかもしれませんし、雨に打たれるかもしれません。
パウロは宣教旅行中に、川の難、盗賊の難、町での難、荒野での難、海上での難、・・等の苦難にあったと記しています。(2コリント1126参照)

 エパフロディトが重病にかかったことについての表現をパウロは、「彼はキリストの業(わざ)のために命を懸け、死にそうになったからです。」(30・聖書協会共同訳)と記しました。
2017
はその箇所を「彼はいのちがけでキリストのために働き、今にも死にそうな目に会ったからです。」と訳しています。

 エパフロディトがフィリピ教会を代表し、贈り物をもってパウロのもとへ行ったことにより、パウロは直接エパフロディトからフィリピ教会の問題を聞くことができました。
それゆえに、問題の対処の方法をパウロはこの手紙に書くことができました。
今日の個所で2章まで終わりますが、ここまでの間にも、
1.教会員は、主キリストにあって一致して、宣教の業に従事すべきです。
2.キリストの福音にふさわしく生活しなさい。
3.一人一人がキリストのへりくだり(謙り)に倣って謙遜に歩み、他の信徒たちを敬愛するようにしなさい。
4.その他。
のことをパウロは忠告してくれました。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
パウロは「私がキリストに倣う者であるように、あなたがたも私に倣う者でありなさい。」(1コリント1112017)と述べていますが、少しでもキリストの香りを放つ者としての歩みをさせて頂けますよう恵みによって整えてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

便利になった世の中ですが、やはり人との関係は昔ながら…実際に触れ合うことの大切さが一番なのだと改めて思います。
〝キリストの香りを放つ者としての歩み〟憧れ望みます。最近、色々状況の変化が起きていて、私の心の内の中でも変化が起きています。
初めは気づかなかったのですが、聖霊が働からていることを感じます。感じてからは、主からのご命令と受け止めて歩んでおります。中々変わらない、素直に受け止める事ができない日々に苛まれておりましたが、今日、学びの中でもっと素直に従ってゆこうと思いました。
何をあれやこれやと考えてしまうのだろう…と改めます。
キリストに倣った歩みをしてゆく事ができますよう祈り求めます。
30節の〔 からは、リビングバイブル訳ですね。

うっかり忘れていたのですね。
ありがとうございました。

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