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2024年5月 3日 (金)

フィリピ2:1-5 キリストの心を心とせよ

 フィリピ21-5には次のように記されています。
1 そこで、幾らかでも、キリストによる励まし、愛の慰め、霊の交わり、憐れみや慈しみの心があるなら、2 同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、私の喜びを満たしてください。
3
 何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考えなさい。
4
 めいめい、自分のことだけではなく、他人のことにも注意を払いなさい。
5
 互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにも見られるものです。”(聖書協会共同訳)とあります。

 この個所をリビングバイブルは次の様に意訳しています。
1 あなたがたには、クリスチャンとして互いに励まし合う気持ちがありますか。
私を助けたいと思うほどの愛がありますか。
あなたがたは同じ御霊を共にいただいており、主にあって互いが兄弟であるということの、ほんとうの意味がわかっているでしょうか。
やさしい心と思いやりが、少しでもあるでしょうか。
2
もしそうなら、互いに愛し合い、心からうちとけ合い、思いと目的とを一つにして共に働き、私を心から喜ばせてください。
3
自己中心であったり、見栄を張ったりしてはいけません。
謙そんになって、他の人を自分よりもすぐれた者と考えなさい。
4
自分のことばかりにとらわれるのではなく、他の人のことにも目を向けなさい。
5
私たちに対するキリスト・イエスの態度を、見ならいなさい。”と記されています。

 5節を、
聖書協会共同訳は“互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにも見られるものです。”と訳し、
 リビングバイブルは“私たちに対するキリスト・イエスの態度を、見ならいなさい。”と訳し、
 2017は“キリスト・イエスのうちにあるこの思いを、あなたがたの間でも抱きなさい。”と訳し、
 文語訳は“汝らキリスト・イエスの心を心とせよ。”と訳しています。

 1-5節の個所について、Bible navi は次の様にいくつかに分けて適用注解しています。
“〔1-5節全般について(筆者挿入)〕多くの人は、クリスチャンでさえ、他の人に良い印象を与えたり自分を喜ばせたりするためだけに生きている。しかし自己中心は不和をもたらす。それゆえパウロはピリピ人たちに、互いに愛し合い、心を合わせ、志を一つにするよう求めて、霊的な一致を強調した。他の人たちの問題に、まるで自分の問題であるかのように気づかって共に取り組むとき、他の人たちを最優先するというキリストの模範を明かに示し、一致を経験するのだ。神の家族における結びつきにひずみを与えるほどに、良い印象を与えることや自分の必要を満たすことに関心を持たないようにしよう。

3節の個所について(筆者挿入)〕心からへりくだることは教会を築き上げる。謙虚であるには、自分についてのバランスのとれた見方を必要とする(ローマ123)。それは自分を抑えつけるべきであるという意味ではない。神の前では私たちは罪人であり、神の恵みによってのみ救われたのだが、私たちは救われているので、神の御国において大いに価値があるのだ。私たちは自己中心を捨て、敬意と礼儀正しさをもって他の人たちに接するべきだ。他の人の利益を自分の利益より重要だと考えることは、私たちをキリストと結びつける。キリストは謙遜さの信実な模範であった。

4節の個所について(筆者挿入)〕ピリピは国際都市だった。いろいろな素性や社会的階級出身の人々がいたので、教会の構成は非常に多様性を反映していた。使徒16章は、この教会の多様な構成を私たちに示している。教会員の間の非常に異なった背景のために、一致を維持することは困難だったに違いない。教会における分裂の証拠はないが、その一致は守られなければならなかった(3242)。パウロは、意見の相違を引き起こすかもしれないどんな自己中心や偏見や妬みにも用心するよう励ましている。他の人たちに心からの関心を示すことは、信者の間での一致を維持することを積極的に一歩前進させるものなのだ。

5節の個所について(筆者挿入)〕イエス・キリストは謙遜であり、神に従い人々に仕えるために喜んでご自分の権利を譲った。私たちはキリストのように、自責の念や恐れからではなく、神や他の人への愛によって仕えるしもべの態度を持つべきだ。自分の態度を選ぶことができることを忘れずにいよう。仕えられることを求める人生を選ぶこともできるし、他の人たちに仕える機会を探すこともできる。キリストのしもべとしての態度についてはマルコ1045を参照。”と述べています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
キリストの心を心とし、神を愛し、隣人を愛し、何事も利己的な思いや虚栄からすることなく、へりくだって他の人の優れたところを学ばせていただく者であらせてください。
そのためにも霊のみならず魂もキリストの霊に満たされ続けて歩むことができますよう祝福してください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

「宗教」に胡散臭さを感じておりましたので、近寄らない事をしていました。すすめられて教会を訪れ出会ったものは異なっておりました。招かれた事を実感しました。では、「どのようにキリストをあらわす?」と、常にできない私がいますし、愛想良くなど、到底できなかったりしますので、本当によく考えました。
〝良い印象を与えることや…〟とか〝他の人たちを最優先する〟等、キーポイントがあり、今後の歩みの中で役立つ学びが沢山ありました、ありがとうございます。3節4節は、常に活かした歩みをしてゆく事だと思いました。全く出来ていないと苛むより、気づかされた所から祈りながら歩んでゆきたいと思います。

仰るように、気付かせていただいたところから祈り続けていくことが大切ですね。
キリストの心を心とするということは、自分の心の王座に主に座っていただくことですから、主のみ旨に従えないところをきよめていただく必要があるということですからね。

まだまだ、ほど遠いです。
それでも、変えてくださることを願い祈ります。

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