2テサロニケ

2013年5月 6日 (月)

2テサロニケ3:16-18 平安と平和が与えられるようにとのとりなし

2テサロニケ3:16-18
3:16どうか、平和の主ご自身が、いついかなる場合にも、あなたがたに平和を与えて下さるように。主があなたがた一同と共におられるように。
3:17ここでパウロ自身が、手ずからあいさつを書く。これは、わたしのどの手紙にも書く印である。わたしは、このように書く。
3:18どうか、わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがた一同と共にあるように。 ”
(口語訳)

 テサロニケ教会の兄弟姉妹達に平和が与えられるようにとのとりなしの祈りがなされています。まことの平和が与えられるためには、個々人の平安が必要です。平安や平和の与え主は主イエス様です。
 テサロニケ教会には、迫害があり、それに伴う苦難があり、小心の人もいましたし、気ままな者、弱い者もいました。また、終末関連の教えを正しく理解することができず、ある人達は、仕事をせずに右往左往し、ある人達はすでに死んだ人たちのことで悲しみに沈みんでいる等々というように、内憂外患でした。
 私の信仰生活を振り返った時、主に対する信頼がしっかりしていないときは、不安がありましたし、今でも信頼することを忘れているときなどは、いつの間にか心配したり、焦ったりしています。信仰を持ちたての頃は、自分に対する主の愛が分からなくなるときは不安でした。また、主の御旨から外れたことをしてしまった時も、不安を生じました。主にあって信仰と希望と愛がしっかりしているときは平安です。主との関係が良いとそこには平安があります。主は平和の神だからです。

 主は恵みによって救ってくださいましたし、恵みによって日々の歩みを導いてくださいますし、恵みによって天に入れてくださいますから感謝です。ハレルヤ!

2013年5月 5日 (日)

2テサロニケ3:6-15 訓戒は愛の故に

2テサロニケ3:6-15
3:6兄弟たちよ。主イエス・キリストの名によってあなたがたに命じる。怠惰な生活をして、わたしたちから受けた言伝えに従わないすべての兄弟たちから、遠ざかりなさい。
3:7わたしたちに、どうならうべきであるかは、あなたがた自身が知っているはずである。あなたがたの所にいた時には、わたしたちは怠惰な生活をしなかったし、
3:8人からパンをもらって食べることもしなかった。それどころか、あなたがたのだれにも負担をかけまいと、日夜、労苦し努力して働き続けた。
3:9それは、わたしたちにその権利がないからではなく、ただわたしたちにあなたがたが見習うように、身をもって模範を示したのである。
3:10また、あなたがたの所にいた時に、「働こうとしない者は、食べることもしてはならない」と命じておいた。
3:11ところが、聞くところによると、あなたがたのうちのある者は怠惰な生活を送り、働かないで、ただいたずらに動きまわっているとのことである。
3:12こうした人々に対しては、静かに働いて自分で得たパンを食べるように、主イエス・キリストによって命じまた勧める。
3:13兄弟たちよ。あなたがたは、たゆまずに良い働きをしなさい。
3:14もしこの手紙にしるしたわたしたちの言葉に聞き従わない人があれば、そのような人には注意をして、交際しないがよい。彼が自ら恥じるようになるためである。
3:15しかし、彼を敵のように思わないで、兄弟として訓戒しなさい。 ”
(口語訳)

 テサロニケ教会の一部の人たちは、以前にも、怠惰な生活をせず、自分の仕事に身を入れなさい、と忠告した(1テサロニケ4:11)にもかかわらず、キリストの空中再臨がまじかであると考えて、仕事ができる体と環境がありながらも仕事をせず、怠惰な生活をし、人から食物を貰うことを当てにし、ただいたずらに動き回っているということを聞いたので、そのような人達にもう一度忠告を与えるとともに、そのような人達への対処の仕方を書きました。

 健全な信仰生活をしている人達に向かって、まず、「たゆまずに良い働きをしなさい。」と命じました。怠惰な人達に引きずられないように忠告、或いは励ましたのでしょうか。
 次に、怠惰な人達に対して、訓戒するように勧めました。聞き従わない人達に対しては交わりの外に出してしまうようにと命じました。それは、その人達が恥いって悔い改めることを期待してであったのです。親が子供の悪行に対処するようにです。子どもを愛している親は、そのような対処を子どもの為を思って行います。同じように、みことばに従わない兄弟達に訓戒しても受け入れられないとき、愛のある親が言うことを聞かない子どもに対処するようにしなさい、と言っているかのようです。
主の教会を、主に喜ばれるように、教会が健全であるようにという願いを持っており、同時に、罪の中にある兄弟達に対しても愛のある人でないと忠告するのは難しいことであるとともに、そのような人でないと忠告した人が害を受けてしまうことがあります。
ガラテヤ6:1には、「兄弟達よ。もしだれかがあやまちに陥ったなら、御霊の人であるあなた方は、柔和な心でその人を正してあげなさい。また、自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい。」とあります。

2013年5月 4日 (土)

2テサロニケ3:6-15 働ける人は働きなさい

2テサロニケ3:6-15
3:6兄弟たちよ。主イエス・キリストの名によってあなたがたに命じる。怠惰な生活をして、わたしたちから受けた言伝えに従わないすべての兄弟たちから、遠ざかりなさい。
3:7わたしたちに、どうならうべきであるかは、あなたがた自身が知っているはずである。あなたがたの所にいた時には、わたしたちは怠惰な生活をしなかったし、
3:8人からパンをもらって食べることもしなかった。それどころか、あなたがたのだれにも負担をかけまいと、日夜、労苦し努力して働き続けた。
3:9それは、わたしたちにその権利がないからではなく、ただわたしたちにあなたがたが見習うように、身をもって模範を示したのである。
3:10また、あなたがたの所にいた時に、「働こうとしない者は、食べることもしてはならない」と命じておいた。
3:11ところが、聞くところによると、あなたがたのうちのある者は怠惰な生活を送り、働かないで、ただいたずらに動きまわっているとのことである。
3:12こうした人々に対しては、静かに働いて自分で得たパンを食べるように、主イエス・キリストによって命じまた勧める。
3:13兄弟たちよ。あなたがたは、たゆまずに良い働きをしなさい。
3:14もしこの手紙にしるしたわたしたちの言葉に聞き従わない人があれば、そのような人には注意をして、交際しないがよい。彼が自ら恥じるようになるためである。
3:15しかし、彼を敵のように思わないで、兄弟として訓戒しなさい。
3:16どうか、平和の主ご自身が、いついかなる場合にも、あなたがたに平和を与えて下さるように。主があなたがた一同と共におられるように。”
(口語訳)

 「働かざる者は食うべからず」とは、レーニンが言った言葉とも、聖書のこの箇所が起源とも言われます。
この箇所だけでは、はっきりしませんが、当人の健康状態やおかれた環境によっては養うように言われている箇所が聖書の中にはあります。

 “5:9やもめとして登録さるべき者は、六十歳以下のものではなくて、ひとりの夫の妻であった者、
5:10また子女をよく養育し、旅人をもてなし、聖徒の足を洗い、困っている人を助け、種々の善行に努めるなど、そのよいわざでひろく認められている者でなければならない。
5:11若いやもめは除外すべきである。彼女たちがキリストにそむいて気ままになると、結婚をしたがるようになり、
5:12初めの誓いを無視したという非難を受けねばならないからである。
5:13その上、彼女たちはなまけていて、家々を遊び歩くことをおぼえ、なまけるばかりか、むだごとをしゃべって、いたずらに動きまわり、口にしてはならないことを言う。
5:14そういうわけだから、若いやもめは結婚して子を産み、家をおさめ、そして、反対者にそしられるすきを作らないようにしてほしい。
5:15彼女たちのうちには、サタンのあとを追って道を踏みはずした者もある。
5:16女の信者が家にやもめを持っている場合には、自分でそのやもめの世話をしてあげなさい。教会のやっかいになってはいけない。教会は、真にたよりのないやもめの世話をしなければならない。”(1テモテ5:9-16)

 “14:22あなたは毎年、畑に種をまいて獲るすべての産物の十分の一を必ず取り分けなければならない。
14:23そしてあなたの神、主の前、すなわち主がその名を置くために選ばれる場所で、穀物と、ぶどう酒と、油との十分の一と、牛、羊のういごを食べ、こうして常にあなたの神、主を恐れることを学ばなければならない。 1
4:24
ただし、その道があまりに遠く、あなたの神、主がその名を置くために選ばれる場所が、非常に遠く離れていて、あなたの神、主があなたを恵まれるとき、それを携えて行くことができないならば、
14:25あなたはその物を金に換え、その金を包んで手に取り、あなたの神、主が選ばれる場所に行き、
14:26その金をすべてあなたの好む物に換えなければならない。すなわち牛、羊、ぶどう酒、濃い酒など、すべてあなたの欲する物に換え、その所であなたの神、主の前でそれを食べ、家族と共に楽しまなければならない。
14:27町の内におるレビびとを捨ててはならない。彼はあなたがたのうちに分がなく、嗣業を持たない者だからである。
14:28三年の終りごとに、その年の産物の十分の一を、ことごとく持ち出して、町の内にたくわえ、
14:29あなたがたのうちに分け前がなく、嗣業を持たないレビびと、および町の内におる寄留の他国人と、孤児と、寡婦を呼んで、それを食べさせ、満足させなければならない。そうすれば、あなたの神、主はあなたが手で行うすべての事にあなたを祝福されるであろう。 ”(申命記14:22-29)

 “父なる神のみまえに清く汚れのない信心とは、困っている孤児や、やもめを見舞い、自らは世の汚れに染まずに、身を清く保つことにほかならない。”(ヤコブ1:27)

これらの精神は、日本においては、税金として徴収した中から生活保護費等によって支給されています。

2テサロニケ5:10-12の“あなたがたの所にいた時に、「働こうとしない者は、食べることもしてはならない」と命じておいた。 ところが、聞くところによると、あなたがたのうちのある者は怠惰な生活を送り、働かないで、ただいたずらに動きまわっているとのことである。 こうした人々に対しては、静かに働いて自分で得たパンを食べるように、主イエス・キリストによって命じまた勧める。」は、働く気があれば働ける人に対して言っています。

「『わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、学んできなさい。」(マタイ9:13)とも、イエス様は言われました。

“世の富を持っていながら、兄弟が困っているのを見て、あわれみの心を閉じる者には、どうして神の愛が、彼のうちにあろうか。 子たちよ。わたしたちは言葉や口先だけで愛するのではなく、行いと真実とをもって愛し合おうではないか。”(1ヨハネ3:17)

神様は、怠け者に対しては厳しく、やむを得ない事情で貧しい人には憐れみ深いように思います。

2013年5月 3日 (金)

2テサロニケ3:3-5 忠実な神と神に対して忠実に

2テサロニケ3:3-5
3:3しかし、主は真実なかたであるから、あなたがたを強め、悪しき者から守って下さるであろう。
3:4わたしたちが命じる事を、あなたがたは現に実行しており、また、実行するであろうと、わたしたちは、主にあって確信している。
3:5どうか、主があなたがたの心を導いて、神の愛とキリストの忍耐とを持たせて下さるように。”
(口語訳)

 主の属性の一つに真実があります。主は、不真実なことをすることができません。その主は、わたし達の求めに従って、私たちを強めてくださいます。また、ときには、主の方から「強くあれ。」とおことばをくださいます。
モーセの後継者のヨシュアは主からおことばを頂きました。
「強く、また雄々しくあれ。あなたがどこへ行くにも、あなたの神、主が共におられるゆえ、恐れてはならない、おののいてはならない」。(ヨシュア1:9)と。
主は、畏れおののき易い私たちにも、ときとして、同じおことばをかけてくださいます。
強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。」と。
キリストの内にあるならば、悪い者から守られるのです。
口語訳の「守ってくださるであろう」の信仰は個人的には好きではありません。著作権の関係で、口語訳1954版を用いさせて頂いておりますが、新改訳の<悪い者から守ってくださいます。>や、文語訳の<悪しき者より救い給はん。>や岩波訳の<邪悪な者から守ってくださる。>の方が好きです。
キリスト者の本体は、新生された霊です。これはすでに永遠です。この霊の中に神の御霊がおられます(1コリ6:17)。何とすごいことでしょうか。本体である霊が、悪しき者に負けるはずはないのです。1ヨハネ5:18に“・・・神から生まれた者は〔神が〕彼を守ってくださる。そして悪しき者は彼に手を触れない。”(岩波訳)とあります。キリスト者の霊の中にはキリストの御霊がおられるのです(ガラテヤ4:6)。

 4節は、みことばに聴き従って歩む生活をしているということですからキリスト者としては当り前のことなのですが、それをしているということは素晴らしいことです。現実には、なかなかできないことです。しかし、そのように生きている人は祝福されます。
ペンテコストの日に救われた人達もそのようであったと使徒2:42に次のように書いてあります。
彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。”と。

 神の愛とキリストの忍耐は、人間が自分で持つことのできるものではありません。
パウロは、テサロニケのキリスト者の為に、神の愛とキリストの忍耐をもつことができるようにと、それを与えることのできる主に祈っています。

<お祈り>
天のお父様
あなたの御名を賛美します。
あなたは私たちに真実を尽くしてくださいますからありがとうございます。
あなたは、私たちを天地万物を創造されたのと同じ力あるおことばによって強めてくださいますからありがとうございます。
あなたを愛し、あなたに聴き従う生活を送らせてください。
忍耐のない者です。キリストの忍耐をもたせてくださいますように。
主の御名を崇めイエス・キリストの御名によってお祈りします。
アーメン

2013年5月 2日 (木)

2テサロニケ3:1.2 祈りによる援助

2テサロニケ3:1.2
3:1最後に、兄弟たちよ。わたしたちのために祈ってほしい。どうか主の言葉が、あなたがたの所と同じように、ここでも早く広まり、また、あがめられるように。
3:2また、どうか、わたしたちが不都合な悪人から救われるように。事実、すべての人が信仰を持っているわけではない。”
(口語訳)

 使徒パウロとパウロとともに福音宣教に励んでいる兄弟達への祈りの要請が書かれています。第一線で福音宣教している者達への悪しき者達の妨害はすさまじいものがあることを聖書を読んでみると分かりますし、現代でも世界のいたるところでそのようなことが起こっています。パウロは、祈りによって福音宣教に参加してもらいたく祈りの要請をしています。神様は、御旨にかなうことであれば、いかなることでもすることはできますが、まず、聖徒に祈らせしめ、その祈りに答えていくという方法をとることが多いのではないでしょうか。その為に、神様は、聖徒の内に祈るべき事柄についての思いを入れてくることがあります。その時には、何をしていても中断するか、中断できない場合でも、ことを行いながらでも祈るべきであると思います。霊と魂を別々に活動させることのできる人であれば、この世のことに関する精神活動を魂で行い、霊では祈る、ということができるでしょう。また、熱心に祈り続けなければならない必要のある場合もあると思います。

 「この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終りの日が来ます。」(マタイ24:14)と主イエス様が語られましたが、現代は、人を通し、電波も用いられ、インターネットも活用され、イエス様が語られたことの成就へと向かっています。

 パウロは、<不都合な悪人から救われるように>という祈りの要請をしています。<不都合な悪人>は、岩波訳では<邪悪で堕落した者ども>、新共同訳では<道に外れた悪人ども>、新改訳では<ひねくれた悪人ども>、文語訳では<無法なる悪人>となっています。
主イエス様が教えてくださった祈りの中にも、「私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。」というのがあります。
<悪しき>は、原語では、πονηρόςポネロスです。辞書には、
1. hurtful, i.e. evil
2. (figuratively) calamitous
3. (passively) ill, i.e. diseased
4. (especially, morally) culpable, i.e. derelict, vicious, atrociously wicked
5. (neuter, singular) mischief, malice
6. (neuter plural) guilt
7. (masculine, singular) the devil
8. (plural) sinners
KJV: bad, evil, grievous, harm, lewd, malicious, wicked(-ness) とあります。
邪悪や悪魔、罪咎、病気、災害、罪人達等の意味を含んでいるのですね。
イエス様の教えには感動します。

<お祈り>
天のお父様
あなたの御名を賛美します。
とりなしの祈りにおいても福音の宣教に関与させて頂ける恵みを感謝します。
「全世界は悪い者の支配下にある」(1ヨハネ5:19)と使徒ヨハネは、手紙の中で語っていますが、世界は益々それがはっきりしてきています。
どうか、主イエス様を信じている者たちすべてを悪からお守りくださり、聖徒を通してあなたの福音が伝えられていきますように。
主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。
アーメン

2013年5月 1日 (水)

2テサロニケ2:1-12 主の日の出来事

2テサロニケ2:1-12
2:1さて兄弟たちよ。わたしたちの主イエス・キリストの来臨と、わたしたちがみもとに集められることとについて、あなたがたにお願いすることがある。
2:2霊により、あるいは言葉により、あるいはわたしたちから出たという手紙によって、主の日はすでにきたとふれまわる者があっても、すぐさま心を動かされたり、あわてたりしてはいけない。
2:3だれがどんな事をしても、それにだまされてはならない。まず背教のことが起り、不法の者、すなわち、滅びの子が現れるにちがいない。
2:4彼は、すべて神と呼ばれたり拝まれたりするものに反抗して立ち上がり、自ら神の宮に座して、自分は神だと宣言する。
2:5わたしがまだあなたがたの所にいた時、これらの事をくり返して言ったのを思い出さないのか。
2:6そして、あなたがたが知っているとおり、彼が自分に定められた時になってから現れるように、いま彼を阻止しているものがある。
2:7不法の秘密の力が、すでに働いているのである。ただそれは、いま阻止している者が取り除かれる時までのことである。
2:8その時になると、不法の者が現れる。この者を、主イエスは口の息をもって殺し、来臨の輝きによって滅ぼすであろう。
2:9不法の者が来るのは、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力と、しるしと、不思議と、
2:10また、あらゆる不義の惑わしとを、滅ぶべき者どもに対して行うためである。彼らが滅びるのは、自分らの救となるべき真理に対する愛を受けいれなかった報いである。
2:11そこで神は、彼らが偽りを信じるように、迷わす力を送り、
2:12こうして、真理を信じないで不義を喜んでいたすべての人を、さばくのである。 ”
(口語訳)

 主の日には、終りの時代の最後の7年間、特に最後の3年半の期間、世界に君臨する世界統治者であるサタンの働きによって立てられた不法の者[反(偽)キリスト=獣]に対する裁きが、主イエス・キリストによってなされます。と同時に、不法の者につき従った者達も滅ぼされます。滅ぼされる人々は、義なるキリストを嫌い、サタンに立てられたサタニックな人を好くのです。
キリストによる裁きの日より前に、天においてはキリストと教会との結婚式が行われます〔黙示録19:6-9参照〕。主の日と言われる裁きの日には、キリストに従って聖徒たちも地上に降りてくるのです。主の日のもう少し詳しい記載は、黙示録19章に次のようにあります。
19:11またわたし[使徒ヨハネ]が見ていると、天が開かれ、見よ、そこに白い馬がいた。それに乗っているかた[イエス・キリスト]は、「忠実で真実な者」と呼ばれ、義によってさばき、また、戦うかたである。
19:12その目は燃える炎(のよう)であり、その頭には多くの冠があった。また、彼以外にはだれも知らない名がその身にしるされていた。
19:13彼は血染めの衣をまとい〔イザヤ63:1-6の預言参照〕、その名は「神の言」と呼ばれた。
19:14そして、天の軍勢が、純白で、汚れのない麻布の衣〔黙示録19:8参照〕を着て、白い馬に乗り、彼に従った。
19:15その口からは、諸国民を打つために、鋭いつるぎ〔エペソ6:17参照〕が出ていた。彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め〔黙示録12:5参照〕、また、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏む。
19:16その着物にも、そのももにも、「王の王、主の主」という名がしるされていた。
19:17また見ていると、ひとりの御使が太陽の中に立っていた。彼は、中空を飛んでいるすべての鳥にむかって、大声で叫んだ、「さあ、神の大宴会に集まってこい。
19:18そして、王たちの肉、将軍の肉、勇者の肉、馬の肉、馬に乗っている者の肉、また、すべての自由人と奴隷との肉、小さき者と大いなる者との肉をくらえ」。
19:19なお見ていると、獣[反キリスト=この世の終わりの世界統治者]と地の王たちと彼らの軍勢とが集まり、馬に乗っているかた[主キリスト]とその軍勢とに対して、戦いをいどんだ。
19:20しかし、獣は捕えられ、また、この獣の前でしるしを行って、獣の刻印を受けた者とその像を拝む者とを惑わしたにせ預言者[終末時代の世界的宗教指導者]も、獣[終末時代の世界統治者]と共に捕えられた。そして、この両者とも、生きながら、硫黄の燃えている火の池に投げ込まれた。
19:21それ以外の者たちは、馬に乗っておられるかたの口から出るつるぎで切り殺され、その肉を、すべての鳥が飽きるまで食べた。 ”(口語訳)
[     ]、(   )、〔   〕内は筆者挿入です。

2013年4月30日 (火)

2テサロニケ2:1-12 主の日の前に起こること

2テサロニケ2:1-12
2:1さて兄弟たちよ。わたしたちの主イエス・キリストの来臨と、わたしたちがみもとに集められることとについて、あなたがたにお願いすることがある。
2:2霊により、あるいは言葉により、あるいはわたしたちから出たという手紙によって、主の日はすでにきたとふれまわる者があっても、すぐさま心を動かされたり、あわてたりしてはいけない。
2:3だれがどんな事をしても、それにだまされてはならない。まず背教のことが起り、不法の者、すなわち、滅びの子が現れるにちがいない。
2:4彼は、すべて神と呼ばれたり拝まれたりするものに反抗して立ち上がり、自ら神の宮に座して、自分は神だと宣言する。
2:5わたしがまだあなたがたの所にいた時、これらの事をくり返して言ったのを思い出さないのか。
2:6そして、あなたがたが知っているとおり、彼が自分に定められた時になってから現れるように、いま彼を阻止しているものがある。
2:7不法の秘密の力が、すでに働いているのである。ただそれは、いま阻止している者が取り除かれる時までのことである。
2:8その時になると、不法の者が現れる。この者を、主イエスは口の息をもって殺し、来臨の輝きによって滅ぼすであろう。
2:9不法の者が来るのは、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力と、しるしと、不思議と、
2:10また、あらゆる不義の惑わしとを、滅ぶべき者どもに対して行うためである。彼らが滅びるのは、自分らの救となるべき真理に対する愛を受けいれなかった報いである。
2:11そこで神は、彼らが偽りを信じるように、迷わす力を送り、
2:12こうして、真理を信じないで不義を喜んでいたすべての人を、さばくのである。 ”
(口語訳)

 主の日の前に起こることの初めに<背教>(3)が起こる、とあります。
背教は、すでに初代教会の時代からありました。その背教も現代ではすごい所まで来ています。“この方[イエス・キリスト]以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。”(使徒4:12)というみことばがないかのように振舞うキリスト教会内の有名人があちこちに出てきているのです。

 背教の次には、不法の者〔反キリスト=獣=滅びの子、終末の世界統治者〕が現れます。
<背教>の原語は、ἀποστασίαアポスタシアです。原語を調べていくとひょっとするとキリスト教会の携挙のことなのかもしれません。そのような小論文を見たので、以下にに個人的なメモとして残しておこうと思います。
ἀποστασία
defection(離反) from truth (properly the state), (“apostasy”背教): - falling away, forsake(縁を断つ、見捨てる、[場所]を去る.)

ἀποστάσιον
something separative, that is, (specifically) divorce: - (writing of) divorcement.  
ἀφίστημι[aphistēmi]からの派生語、ἀφίστημιはto remove(取り去ること)。

ἀπό
A primary particle; “off”, that is, away (from something near), in various senses (of place, time, or relation; literally or figuratively): it usually denotes separation, departure, cessation, completion, reversal, etc.

ἵστημι[histēmi]:A prolonged form of a primary word στάω staō:to stand:(literally or figuratively): - abide, appoint, bring, continue, covenant, establish, hold up, lay, present, set (up), stanch, stand (by, forth, still, up).

もし携挙だとすると、携挙の後に不法の人である偽(反)キリストという世界統治者が現れてくるということになります。

彼[不法の者=反キリスト=獣=滅びの子、終末の世界統治者]は、すべて神と呼ばれたり拝まれたりするものに反抗して立ち上がり、自ら神の宮に座して、自分は神だと宣言する。と4節にあります。神の宮とは、これから建立されるエルサレムのユダヤ教の神殿です。それに関連する聖書箇所を記します。
“それゆえ、預言者ダニエルによって語られたあの『荒らす憎むべき者』が、聖なる所に立つのを見たならば、(読者はよく読み取るように。)”(マタイ24:15)とイエス様は言われました。
“彼は一週の間多くの者と、堅く契約を結ぶでしょう。そして彼はその週の半ばに、犠牲と供え物とを廃するでしょう。また荒す者が憎むべき者の翼に乗って来るでしょう。こうしてついにその定まった終りが、その荒す者の上に注がれるのです」。”(ダニエル9:27)
荒らす憎むべきものが聖なるところにたってから、キリストの地上再臨までは約3年半あります。

黙示録6章から18章までは、携挙からキリストの再臨までの約7年間の出来事が書いてあると考えています。キリスト者は、この期間、天において父なる神とキリストを拝し、天国の住人達との交わりを楽しみ、キリストの裁きの座に立たされて、キリストから各々に報酬の裁定が下され、またこれからの任務も与えられるのだろうと思います。そして、最大のイベントは、キリストと教会との結婚式でしょう(19章)。

“彼[反キリスト]が自分に定められた時になってから現れるように、いま彼を阻止しているものがある。不法の秘密の力が、すでに働いているのである。ただそれは、いま阻止している者が取り除かれる時までのことである。その時になると、不法の者が現れる。”(2テサロニケ2:6-8)
不法の者の到来は、サタンの働きによると9節にあります。サタンの働きを止めておけることができるのは、神様しかいないのではないかと思います。聖霊なる神はキリスト者一人一人の中に内住されています。キリスト者の集合体である教会が取り上げられるとき聖霊も共に天に帰られるだろうと思います。その時から、地上はサタンの天下になるのでしょう。主の日の前に起こることは、黙示録に詳しく書かれています。

<お祈り>
天のお父様
あなたの御名を崇めます。
まだ、キリストを救い主と信じていない親しい人達がいます。
願わくは、携挙のときまでに、主イエス様を信じさせて頂けますように。
主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。
アーメン

2013年4月29日 (月)

2テサロニケ2:1-12 主の日とキリスト者の患難の違い

2テサロニケ2:1-12
2:1さて兄弟たちよ。わたしたちの主イエス・キリストの来臨と、わたしたちがみもとに集められることとについて、あなたがたにお願いすることがある。
2:2霊により、あるいは言葉により、あるいはわたしたちから出たという手紙によって、主の日はすでにきたとふれまわる者があっても、すぐさま心を動かされたり、あわてたりしてはいけない。
2:3だれがどんな事をしても、それにだまされてはならない。まず背教のことが起り、不法の者、すなわち、滅びの子が現れるにちがいない。
2:4彼は、すべて神と呼ばれたり拝まれたりするものに反抗して立ち上がり、自ら神の宮に座して、自分は神だと宣言する。
2:5わたしがまだあなたがたの所にいた時、これらの事をくり返して言ったのを思い出さないのか。
2:6そして、あなたがたが知っているとおり、彼が自分に定められた時になってから現れるように、いま彼を阻止しているものがある。
2:7不法の秘密の力が、すでに働いているのである。ただそれは、いま阻止している者が取り除かれる時までのことである。
2:8その時になると、不法の者が現れる。この者を、主イエスは口の息をもって殺し、来臨の輝きによって滅ぼすであろう。
2:9不法の者が来るのは、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力と、しるしと、不思議と、
2:10また、あらゆる不義の惑わしとを、滅ぶべき者どもに対して行うためである。彼らが滅びるのは、自分らの救となるべき真理に対する愛を受けいれなかった報いである。
2:11そこで神は、彼らが偽りを信じるように、迷わす力を送り、
2:12こうして、真理を信じないで不義を喜んでいたすべての人を、さばくのである。 ”
(口語訳)

 テサロニケ教会の人たちの中には、主の日がすでに来たといって動揺している人達がいたようです。
 主の日とは、主がサタンとその軍勢及び祝福を与え続けてくださったまことの神に対して反抗し続ける者達への裁きの日です。
 私たちがみもとに集められるとは、携挙のことです。
1テサロニケ4:16.17に次のように書かれている事柄です。
“主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。”

 神が創造者であることを認めない人、私もかつてはそのような者でした。その人達は、ありとあらゆるものは、聖書に啓示されている神によって造られたのではないと言います。ある人達は、自然にできたと言い、ある人達は、聖書の神ではない何かによるのだろうと考え、また、ある人達はそんなことはどうでもよいと考えます。
聖書は、人を含めた天地万物は、神が造られた、と証言しています。
聖書が正しいかどうかは、時がたてばいずれ誰にでも明らかになります。
携挙に与らなかった人達の内でも、大患難に遭遇した時に分かる人もいるでしょうし、それでもわからず、肉体と魂が分離された後、理解する人もいるでしょうし、最後の裁きによって理解する人もいるでしょう。
肉体と魂が分離された後ではもう遅いのです。
脱線しましたが、神が創造者であると認めない人には、神が祝福を与え続けてくださったということを理解することができません。
主イエス様は、ある話をしておられるとき、「天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださる・・。」(マタイ5:45)と語られました。太陽も出ず、雨も降らなければ、人間は生存できません。神様は、人間が生きていくのに必要なあらゆるものを備えられてから、人間を造られたのです。(創世記1章)
まことの神を認めない人は、それを偶然という言葉でかたずけるかもしれません。ですから、神に対する感謝は生まれようもないのです。
農業を営む人達の中には、太陽に大いなる感謝をささげる人もいるかもしれませんが、太陽を造った大いなる神には感謝をささげない人が多いのです。太陽は、やがて訪れる大患難時代には、ものすごく暑くなったり、暗くなったりと、暴走を始めます。太陽に感謝などしていられません。そのような事態になるのです。太陽を造ったのは私だ、太陽は礼拝の対象ではない、と神様が示しているかのようです。奴隷にされたイスラエル人達をエジプトから脱出させた出エジプトの時も神様は同じように裁きを下されたのです。エジプトに対して、エジプトが神としているものをことごとく災いによって神ではないということを証明したのです。
主の日は、神に対する人間の高慢をズタズタにするのです。

 テサロニケ教会の人達は迫害の故の患難の中にありましたから、それを主の日と捉え違いをした人もいたのかもしれません。
主の日の大患難は、神の裁きであり、テサロニケのクリスチャンたちは、父なる神とキリストに敵対する人達から受けている患難でした。
即ち、主イエス様が、「わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」(ヨハネ16:33)と言われた患難でした。

 主の日は、神の裁きですから、キリスト者はその前に携挙されるものと思います。もしそうでない場合には、患難の中で、イエス・キリストだけが救い主であることを証し続けて殉教していけばよいのです。
ただただ裁かれたくないために殉教するというのではなく、主を愛する故の殉教は麗しいものです。

<お祈り>
天のおとうさま
あなたの御名を賛美します。
やがて、主のみもとに挙げて頂ける日が来るのですから主イエス・キリストの御名によって感謝します。
アーメン

2013年4月28日 (日)

2テサロニケ1:4-12 主の再臨を見据えた信仰生活

2テサロニケ1:4-12
1:4そのために、わたしたち自身は、あなたがたがいま受けているあらゆる迫害と患難とのただ中で示している忍耐と信仰とにつき、神の諸教会に対してあなたがたを誇としている。
1:5これは、あなたがたを、神の国にふさわしい者にしようとする神のさばきが正しいことを、証拠だてるものである。その神の国のために、あなたがたも苦しんでいるのである。
1:6すなわち、あなたがたを悩ます者には患難をもって報い、悩まされているあなたがたには、わたしたちと共に、休息をもって報いて下さるのが、神にとって正しいことだからである。
1:7それは、主イエスが炎の中で力ある天使たちを率いて天から現れる時に実現する。
1:8その時、主は神を認めない者たちや、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者たちに報復し、
1:9そして、彼らは主のみ顔とその力の栄光から退けられて、永遠の滅びに至る刑罰を受けるであろう。
1:10その日に、イエスは下ってこられ、聖徒たちの中であがめられ、すべて信じる者たちの間で驚嘆されるであろう――わたしたちのこのあかしは、あなたがたによって信じられているのである。
1:11このためにまた、わたしたちは、わたしたちの神があなたがたを召しにかなう者となし、善に対するあらゆる願いと信仰の働きとを力強く満たして下さるようにと、あなたがたのために絶えず祈っている。
1:12それは、わたしたちの神と主イエス・キリストとの恵みによって、わたしたちの主イエスの御名があなたがたの間であがめられ、あなたがたも主にあって栄光を受けるためである。”
(口語訳)

 キリストの再臨の日までは、キリストに敵対する者達が、キリストを信じる者達を迫害することは、神の判断のもとにあってサタンと迫害者に一定の許可が与えられているように思えます。
黙示録6:9-11には、次のようにあります。
“6:9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。
6:10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行わず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」
6:11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい」と言い渡された。”
殉教する人達の精神的肉体的苦しみは、一時のものですが、その人達は、栄光に入れられます。そして受ける報いも大きいのだろうと思います。それは、主イエス様が「義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。わたしのために人々があなたがたをののしり、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。喜びおどりなさい。天ではあなたがたの報いは大きいから。あなたがたより前にいた預言者たちを、人々はそのように迫害したのです。」(マタイ5:10-12)と言っておられますから。

 キリストに敵対する者達は、キリストが愛をもって、信じるだけで救われる道を開き、福音を提供したにもかかわらず、福音を排斥し、キリストを愛するどころか憎み、敵対したのです。その恩を仇で返すような人達に対して、神がその人達を今度は棄てられます。それが裁きです。一人一人個別に対する裁きがありますが、まことの神であるキリストの御父とキリストを排除するこの世に対する裁きもあります。それは、この世の終わりに起こります。教会は、それよりも前に天に引き上げられています。
この世の終わりの世界政府は、キリストと戦うために、イスラエルのメギドに集結します。しかし、天から下って来たキリストの軍勢に惨憺たる敗北を喫します。全宇宙を造られた力ある神に対して、人間が戦いを挑んだところで勝つはずはないのです。これがハルマゲドンの戦いです。
このとき、キリストにつき従って下りてくるのが、天使達と聖徒たちです。

関連する聖書箇所の一部をあげておきます。
“そのことは、主イエスが、炎の中に、力ある御使いたちを従えて天から現れるときに起こります。”(2テサロニケ1:7)

“16:12 第六の御使いが鉢を大ユーフラテス川にぶちまけた。すると、水は、日の出るほうから来る王たちに道を備えるために、かれてしまった。
16:13 また、私は竜の口と、獣の口と、にせ預言者の口とから、かえるのような汚れた霊どもが三つ出て来るのを見た。
16:14 彼らはしるしを行う悪霊どもの霊である。彼らは全世界の王たちのところに出て行く。万物の支配者である神の大いなる日の戦いに備えて、[神の軍勢と戦うために]彼らを集めるためである。
16:15 ──見よ。わたしは盗人のように来る。目をさまして、身に着物を着け、裸で歩く恥を人に見られないようにする者は幸いである──
16:16 こうして彼らは、ヘブル語でハルマゲドンと呼ばれる所に王たちを集めた。”(黙示録16:12-16)[   ]内は筆者挿入

“19:11 また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、「忠実また真実」と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。
19:12 その目は燃える炎であり、その頭には多くの王冠があって、ご自身のほかだれも知らない名が書かれていた。
19:13 その方は血に染まった衣を着ていて、その名は「神のことば」と呼ばれた。
19:14 天にある軍勢はまっ白な、きよい麻布を着て、白い馬に乗って彼につき従った。
19:15 この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。
19:16 その着物にも、ももにも、「王の王、主の主」という名が書かれていた。
19:17 また私は、太陽の中にひとりの御使いが立っているのを見た。彼は大声で叫び、中天を飛ぶすべての鳥に言った。「さあ、神の大宴会に集まり、
19:18 王の肉、千人隊長の肉、勇者の肉、馬とそれに乗る者の肉、すべての自由人と奴隷、小さい者と大きい者の肉を食べよ。」
19:19 また私は、獣と地上の王たちとその軍勢が集まり、馬に乗った方とその軍勢と戦いを交えるのを見た。
19:20 すると、獣は捕らえられた。また、獣の前でしるしを行い、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者も、彼といっしょに捕らえられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。
19:21 残りの者たちも、馬に乗った方の口から出る剣によって殺され、すべての鳥が、彼らの肉を飽きるほどに食べた。”(黙示録19:11-21)

 キリストの地上再臨の前に、キリストの空中再臨があり、その時に教会は天に引き上げられます。「そのためにも、私たちはいつも、あなたがたのために祈っています。どうか、私たちの神が、あなたがたをお召しにふさわしい者にし、また御力によって、善を慕うあらゆる願いと信仰の働きとを全うしてくださいますように。それは、私たちの神であり主であるイエス・キリストの恵みによって、主イエスの御名があなたがたの間であがめられ、あなたがたも主にあって栄光を受けるためです。」(2テサロニケ1:11.12)とパウロは祈りかつ勧めるのです。

2013年4月27日 (土)

2テサロニケ1:4-9 終りの日の裁き

2テサロニケ1:4-9
1:4そのために、わたしたち自身は、あなたがたがいま受けているあらゆる迫害と患難とのただ中で示している忍耐と信仰とにつき、神の諸教会に対してあなたがたを誇としている。
1:5これは、あなたがたを、神の国にふさわしい者にしようとする神のさばきが正しいことを、証拠だてるものである。その神の国のために、あなたがたも苦しんでいるのである。
1:6すなわち、あなたがたを悩ます者には患難をもって報い、悩まされているあなたがたには、わたしたちと共に、休息をもって報いて下さるのが、神にとって正しいことだからである。
1:7それは、主イエスが炎の中で力ある天使たちを率いて天から現れる時に実現する。
1:8その時、主は神を認めない者たちや、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者たちに報復し、
1:9そして、彼らは主のみ顔とその力の栄光から退けられて、永遠の滅びに至る刑罰を受けるであろう。”
(口語訳1954)

 テサロニケの兄弟姉妹達を迫害している者達は、主の日と言われるこの世の終わりの裁きの日には主イエスから報復される、とパウロは書いています。さらに、白い御座の裁きにあっては、永遠の滅びに至る刑罰を受けると言っています。主の日と言われる世の終わりの日の裁きは、キリストの千年王国樹立の前に行われますが、この手紙が書かれてから約1960年たった今でも世の終わりの日の裁きは始まってはいません。しかし、それはそう遠くはないでしょう。終末預言が満たされつつあるからです。
この時の迫害者達の内、悔い改めて主イエスを信じなかった者達は、白い御座の裁きで裁かれて火の池に行くことになっています。(黙示録20:11‐15)

 キリスト者は、迫害者に悪を報いることを赦されていません。迫害者に対して悪を報いたキリスト者には、それなりの矯正があるでしょう。
主イエス様の御命令は、「自分の敵を愛し、迫害する者の為に祈りなさい。」(マタイ5:44)です。また、ローマ12:19-21には、“愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたなら、飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。”とあります。
ステパノは、迫害者達に石で撃ち殺されながら、罪を指摘された迫害者達の為にとりなしをしました。それは次のように書いてあります。
“7:54 人々はこれを聞いて、はらわたが煮え返る思いで、ステパノに向かって歯ぎしりした。
7:55 しかし、聖霊に満たされていたステパノは、天を見つめ、神の栄光と、神の右に立っておられるイエスとを見て、
7:56 こう言った。「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。」
7:57 人々は大声で叫びながら、耳をおおい、いっせいにステパノに殺到した。
7:58 そして彼を町の外に追い出して、石で打ち殺した。証人たちは、自分たちの着物をサウロという青年の足もとに置いた。
7:59 こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで、こう言った。「主イエスよ。私の霊をお受けください。」
7:60 そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、眠りについた。”(使徒7:54‐60)
これは、主イエスの御霊である聖霊がステパノの中におられ、ステパノが聖霊に満たされていたからでしょう。
これは、主イエス様が全人類の罪の贖いの為に十字架におかかりになったときに発した「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23:34)というおことばと同じ内容であったのです。
自分の生きざまを振り返ってみたとき、このような言葉は、聖霊によらなければ不可能だろうなと思います。
生まれながらの自分の中にあるものは、レメクのようなものです。(創世記4:23.24)即ち、やられたらそれ以上にやり返すというものです。もうこれ一つで、“義人はいない。一人もいない。”(ローマ3:10)や“人の心は何よりも陰険で、それは治らない。”(エレミヤ17:9)のみことばを納得してしまします。ステパノはキリスト者でしたから、罪を悔い改めて主イエスを受け入れた者のです。ステパノも私たちと何ら変わるところはなかったのです。ただ、ステパノは、真理を語った故に敵対され、痛い目にあわされても聖霊の全き支配に身と魂を委ねていたのでした。それ故、霊が輝き出たのだと思います。
パウロが、ガラテヤ2:20で「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」と言ったみことばを、ステパノはだれにでも分かるように見せてくれました。

 話は変わりますが、キリスト者を迫害するということは、全き神であられ、全き人となられたキリストを迫害することとなるのです。
パウロは、迫害者でしたから、キリスト者を迫害している中で、直接キリストから教えられたのです。そのいきさつが使徒9:1-5に書かれています。
“9:1 さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅かしと殺害の意に燃えて、大祭司のところに行き、
9:2 ダマスコの諸会堂あての手紙を書いてくれるよう頼んだ。それは、この道の者であれば男でも女でも、見つけ次第縛り上げてエルサレムに引いて来るためであった。
9:3 ところが、道を進んで行って、ダマスコの近くまで来たとき、突然、天からの光が彼を巡り照らした。
9:4 彼は地に倒れて、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」という声を聞いた。
9:5 彼が、「主よ。あなたはどなたですか」と言うと、お答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。”と。
 パウロは、主の憐れみと恵みと御計画の故に迫害者であったのに救って頂けました。Ⅰコリント15:9.10には、次のようにあります。
“私[パウロ]は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。”と。
そして最晩年には“「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私[パウロ]はその罪人のかしらです。”(1テモテ1:15)と言っています。

 神様からみたら、人間は誰でも罪人です。誰でも、悔い改めて主イエスを心の中に迎え入れれば、救われるのです。そして、火の池ではなく天国に行けるのです。 

<お祈り>
天のお父様
あなたの御名を賛美します。
あなたは、すべての人は罪人であると言われます。
私も罪人です。
私は、主イエス様の愛を知る前までは、自分は結構愛のある人だと思っていました。しかし、主イエス様の愛を知って、自分には愛がないということが分かった者です。
主を知る前には、主に対する信仰は当然ながら全く持っていませんでした。
主イエス様を信じないことは罪ですが、さらに、信仰によらないことは罪であるとも聖書に書いてあります。
私は、愛も信仰もなかったのです。そして、さらに天地万物の創造者であり所有者である方、即ち唯一のまことの神を認めない者でした。
まさに、罪の上に罪を重ねて生きてきた者です。その私を救ってくださったあなたをほめたたえます、感謝します。
主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。
アーメン

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