ナホム書

2020年5月15日 (金)

ナホム3:8-19 ニネベ滅亡の預言とその歴史記事/現代のキリスト者は終末預言の中を生きている

 ナホム38-10には、
8 おまえ〔ニネベ(筆者挿入)〕はテーベよりもすぐれているのか。それはナイル川のほとりにあり、水がそれを取り囲んでいる。その塁壁は海、海がその城壁。9 クシュとエジプトはその力。その力には限りがない。プテもルブ人もその助け手。10 しかし、それもまた捕囚となり、捕らわれの身となって出て行く。その幼子たちはあらゆる街角で八つ裂きにされ、高貴な人たちはくじで分けられ、おもだった者たちはみな、鎖につながれる。”(新改訳2017)と記されています。

 アッシリア帝国の首都ニネベが如何程優れている都市であったとしても、エジプトの首都テーベとそう変わらない、ということを述べ、ニネベは必ず滅びるということを預言しています。

 エジプトのテーベは、現ルクソールの中にあります。
テーベはナイル川により守られていました。ナイル川の川幅は広いので、8節では「その塁壁は海、海がその城壁」と記されています。ガリラヤ湖も死海もイスラエル人が、ガリラヤの海、塩の海などと「海」と表現したのと同じように表現したのでしょう。テーベは私たちが言ういわゆる海には面していません。
 9節を、
 新改訳2017は、「クシュ〔現エジプト南部+現エチオピアとスーダンにまたがる国(新共同訳スタディー版の注)〕とエジプトはその力。その力には限りがない。プテもルブ人〔どちらもリビア人(筆者挿入)〕もその助け手。」と訳し、
 新共同訳は、「クシュはその力、エジプトには限りない力があり、プト人とリビア人もテーベを助けていた。」と訳し、
 聖書協会共同訳は、「クシュは力、エジプトは限りない力、プトとリビアもその〔ヘブル語聖書では「あなたの」(欄外注)〕援軍であった。」
 岩波訳は、「クシュはエジプトの力、そして〔その力には(訳者挿入)〕限りがない。プトもルブ人も、あなたの援軍の中にいたが、」と訳しています。
一言で言えば、強大な軍事力を要していたということでしょう。しかし、そのエジプトも敗退した、ということでしょう(テーベはエジプトの首都)。

 10節には、「しかし、それもまた捕囚となり、捕らわれの身となって出て行く。その幼子たちはあらゆる街角で八つ裂きにされ、高貴な人たちはくじで分けられ、おもだった者たちはみな、鎖につながれる。」と記されています。

 ナホムは、ニネベ陥落の預言をしているのですが、ニネベを首都とするアッシリアが、上記に記されているエジプトの首都テーベを陥落させたのです。その時のアッシリアの王は、アシュルバニパルであって、年代は、B.C.663年のことでした。

 アッシリアの人は、テーベが当時においては偉大な都市であったことを知っていたのです。
アッシリアの首都ニネベも当時においては偉大な都市でしたが、そのニネベもテーベが滅びたように滅びるということを次の11節から預言し始めます。
アッシリアの首都ニネベが陥落したのはB.C.612年のことでした。

 11-19節を新改訳2017は、
11 おまえ〔ニネベ(筆者挿入)〕もまた、酔いしれて意識を失う。おまえもまた、敵から逃げて砦を探し求める。12 おまえのすべての要塞は、初なりの実をつけたいちじくの木のようだ。揺さぶると、食べる者の口に実が落ちる。13 見よ、おまえの兵隊はおまえの中にいる女たち。敵に向かっておまえの国の門は広く開け放たれ、火がかんぬきを焼き尽くす。14 包囲の日に備えて水を汲み、おまえの要塞を強固にせよ。泥の中に入り、粘土を踏みつけ、れんがの型を取れ。15 その場所で、火はおまえを食い尽くす。剣はおまえを切り倒し、バッタのように火がおまえを食い尽くす。バッタのように数を増し、いなごのように増えよ。16 おまえは商人を天の星より多くした。しかし、バッタがこれを襲って飛び去る。17 おまえの廷臣たちは、いなごのよう、司令官たちは、群がるいなごのようだ。寒い日には城壁の上でたむろし、日が昇ると逃げ去って、どこへ行くか、行く先をだれも知らない。18 アッシリアの王よ。おまえの牧者たちは眠り、高貴な者たちはじっととどまっている。おまえの民は山々の上に散らされ、集める者はだれもいない。19 おまえの傷は癒えることがなく、打ち傷は癒やしがたい。おまえのうわさを聞く者はみな、おまえのことで手をたたく。おまえの絶え間ない悪事が及ばなかった者がいるだろうか。」”と記しています。

 この箇所をリビングバイブルは意訳して、
11 ニネベも、酔っぱらいのようにふらつき、おびえて身を隠すようになる。12 すべての要塞が陥落する。木をゆすぶる人の口の中に落ちた、初なりのいちじくのように、食べられてしまう。13 おまえの軍隊は女のように弱くて、頼りにならない。国のすべての門は敵に広く開け放たれ、火で焼かれてしまう。14 さあ、籠城に備えよ。水をたくわえよ。要塞を強固にせよ。城壁を修理するために、れんがをたくさん用意せよ。洞窟の中で粘土をこね、型につめるのだ。15 しかし、その準備が終わらないうちに、火がおまえを焼き尽くす。剣がおまえを切り倒す。食欲旺盛ないなごが、前にある物を手あたりしだい平らげてしまうように、敵がおまえを食い尽くす。おまえはばったのように増え広がるが、滅びを逃れることはできない。16 商人は星のように多く、巨万の富をこの町にもたらしたが、敵はいなごのように群がり、すべてを持ち去る。17 王子や高官たちは、いなごが寒い季節に城壁に群がるように、たむろしている。ところが、日がのぼり、地が暖まりだすと、そのいなごも姿を消すように、たちまち消え失せて、いなくなる。18 アッシリヤの王よ。おまえの息子たちは、死んでちりの中に横たわる。おまえの国民は、山の向こうに散らされる。彼らを集める牧者はいない。19 おまえの傷は治らない。あまりにも傷が深いからだ。おまえの最期を聞く者はみな、手をたたいて喜ぶ。だれもが、おまえの残虐な振る舞いに苦しんだからだ。”と記しています。

アモスは主(ヤハウェ)から幻を見せられ、このアモス書にあるように預言しました。

 歴史はどのように書かれているでしょうか?
ウィキペディアの「ニネベの戦い」から抜粋して下記します。
 “紀元前625年にカルデア属州総督ナボポラッサルがアッシリアに叛旗を翻し、バビロン建国を宣言。内乱続きのアッシリアと12年にわたって争った。バビロニアの年代記によると、ナボポラッサルの統治10年目に、バビロニア軍はアッシリア軍を破り、ティグリス川をさかのぼってアッシリアの諸都市を略奪しながら進撃した。翌年、アッシリアは軍を立て直してバビロニア軍を撃退し、その翌年は国境の砦を巡って両軍が戦った。敗れたアッシリア軍は退却した。バビロニアはメディア、ペルシア、キンメリア、スキタイと同盟を結んだ。メディア軍はニネヴェ近くまで侵攻し、紀元前9世紀までアッシリアの首都だったアッシュール(イラクのカラト・シャルカト(英語版)近郊)を攻撃。連合軍は紀元前612年にアッシュールの神殿を破壊して街を略奪した。その後バビロニアは再び兵を集め、ニネヴェを包囲するメディア王キュアクサレス二世の陣に加わった。3カ月に及んだ攻城戦の末に紀元前6128月、城壁を突破した連合軍は街を略奪して焼き払った。アッシリア王シン・シャル・イシュクンは戦死したと思われ、包囲から逃れた弟とされるアッシュール・ウバリト二世がハッラーン(別名カルラエ、トルコ南部のシンシャルウルファ県)で即位した。
紀元前1世紀の歴史家ディオドロスによると、攻城戦の最中にティグリス川が氾濫してニネヴェ城内に流れ込み、これに乗じた連合軍が外壁を乗り越えて攻め込み、神殿を略奪して宮殿を焼き払ったという。『旧約聖書』「ナホム書」に登場する預言者ナホムは、ニネヴェの戦闘は1カ月続き、激しい市街戦になったと伝えている。
その後、
ニネヴェ陥落後も新バビロニア軍によるアッシリアへの軍事行動は続いたが、ニネヴェの戦いがアッシリア滅亡の大きな転機だった。アッシュール・ウバリト2世は数年間抵抗を続けたが、その最期は定かでない。紀元前608年のハッラーン陥落と共に死んだとも、アッシリア・エジプト同盟軍が新バビロニア連合軍に敗れたカルケミシュの戦いで戦死したとも、行方不明になったとも言われている。”と述べています。

 主の預言は皆成就していきます。
成就しない予言を語った者は偽予言者です(申命記1815-22)。
イエス様が預言されたこの世の終わりの初めの部分についてマタイは、
4 そこでイエスは彼らに答えられた。「人に惑わされないように気をつけなさい。5 わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『私こそキリストだ』と言って、多くの人を惑わします。6 また、戦争や戦争のうわさを聞くことになりますが、気をつけて、うろたえないようにしなさい。そういうことは必ず起こりますが、まだ終わりではありません。7 民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、あちこちで飢饉と地震が起こります8 しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりなのです。”(マタイ24章・新改訳2017)と記しています。

 またルカは、
8 イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れて、『私こそ、その者だ』とか『時は近づいた』とか言います。そんな人たちの後について行ってはいけません。9 戦争暴動のことを聞いても、恐れてはいけません。まず、それらのことが必ず起こりますが、終わりはすぐには来ないからです。」10 それから、イエスは彼らに言われた。「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり11 大きな地震があり、方々に飢饉や疫病が起こり恐ろしい光景や天からの大きなしるしが現れます。”(ルカ21章・新改訳2017)と記しました。
 天からの大きなしるしが現れるのは携挙後のことかもしれません(黙示録第6の封印が開かれた時のことかも)。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたは先々のこと迄みな教えてくださっておられますから、御名を崇めて感謝します。
いつも主と共に歩み続ける者であらせてください。
あなたがそのことを可能として下さる恵みを与えてくださっておられますからありがとうございます。
御名を崇め、賛美し、主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

2020年5月14日 (木)

ナホム3:1-7 ニネベ(アッシリア)滅亡の理由/主に信頼せよ。主こそ助け、また盾。(詩篇115:9)

 ナホム31-4には、
1 わざわいだ、流血の町。すべては偽りで略奪に満ち、強奪はやまない。2 むちの音。車輪の響き。駆ける馬。飛び跳ねる戦車。3 突進する騎兵。剣のきらめき。槍のひらめき。おびただしい戦死者。山なす屍。数えきれない死体。死体に人はつまずく。4 これは、遊女の淫行の数々に、呪術を行う女の麗しさによるものだ。彼女はその淫行によって国々を、その呪術によって諸部族を売り渡した。”(新改訳2017)とあります。

 1節には、「わざわいだ、流血の町。すべては偽りで略奪に満ち、強奪はやまない。」とあります。
この「町」はニネベのことです。
「町」と訳された語の原語は「イール」で、都市、市、町、の意があります。
ヨナ書には、ニネベには12万人以上の人が住んでいる、とありました(ヨナ411)。
「流血の町」の「流血」と訳された語の原語は「ダミーム」で「ダム」(血)の複数形です。
「すべては偽りで」とありますが、偽りの父は「悪魔」(サタン)です。
 ヨハネ844には、「あなたがたは、悪魔である父から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと思っています。悪魔は初めから人殺しで、真理に立っていません。彼のうちには真理がないからです。悪魔は、偽りを言うとき、自分の本性から話します。なぜなら彼は偽り者、また偽りの父だからです。」(新改訳2017)と記されています。
 1節の「流血」、「すべては偽り」、「略奪に満ち」、「強奪はやまない。」とあるのは、悪魔の性質そのものです。

 ニネベ(アッシリアの首都)の「流血」に関連して、ウェスレアン聖書注解は、
“〔ニネベが流血の市(筆者挿入)〕というのは、流血的な軍隊の行動のゆえであって、その戦役において征服された者の多くは、生皮をはぎとられたままで生かされ、その生き残った捕虜は、仲間の捕虜の頭を彼らの首のまわりに、まとうことを強制されたのである。アッシリア人は、考古学的な発見から、捕虜に対して最も残忍であったことが、裏付けられている。”と述べています。

 主がアッシリアを裁く理由が、4節にも「遊女の淫行の数々に、呪術を行う女の麗しさによるものだ。彼女はその淫行によって国々を、その呪術によって諸部族を売り渡した。」と記されています。
この箇所を岩波訳は、「呪術を行なう、みめ麗しき女がもたらす数々の淫行が原因で、その淫行によって諸国民を、その呪術によって諸民族を売り渡したことのゆえに」と訳しています。

 アッシリアに関係する諸国は、アッシリの偶像神を導入していきました。それはその偶像神が良いように見えたからです。

 ユダの王ヒゼキヤの父アハズ王の例を下記します。
10 アハズ王は、アッシリアの王ティグラト・ピレセルに会うためダマスコに行ったとき、ダマスコにある祭壇を見た。アハズ王は、祭壇の図面とその模型を、詳細な作り方と一緒に祭司ウリヤに送った。11 祭司ウリヤは、アハズ王がダマスコから送ったものとそっくりの祭壇〔アッシリアの祭壇{18節参照}(筆者挿入)〕を築いた。祭司ウリヤは、アハズ王がダマスコから帰って来るまでに、そのようにした。12 王はダマスコから帰って来た。その祭壇を見て、王は祭壇に近づき、その上に上った。13 彼は全焼のささげ物と、穀物のささげ物を焼いて煙にし、注ぎのささげ物を注ぎ、自分のための交わりのいけにえの血をこの祭壇に振りかけた。14 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の前にあった青銅の祭壇は、神殿の前から、すなわち、この祭壇と主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の神殿の間から動かし、この祭壇の北側に置いた。15 それから、アハズ王は祭司ウリヤに次のように命じた。「朝の全焼のささげ物と夕方の穀物のささげ物、また、王の全焼のささげ物と穀物のささげ物、この国の民全体の全焼のささげ物と穀物のささげ物、ならびにこれらに添える注ぎのささげ物を、この大いなる祭壇の上で焼いて煙にせよ。また全焼のささげ物の血といけにえの血は、すべてこの祭壇の上に振りかけなければならない。青銅の祭壇は、私が伺いを立てるためのものとする。」16 祭司ウリヤは、すべてアハズ王が命じたとおりに行った。17 アハズ王は、車輪付きの台の鏡板を切り離し、その台の上から洗盤を外し、またその下にある青銅の牛の上から「海」も降ろして、それを敷き石の上に置いた。18 彼は、宮の中に造られていた安息日用の覆いのある通路も、外側の王の出入り口も、アッシリアの王のために主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮から取り除いた。”(2列王記1610-18・新改訳2017)と記されています。
それにしてもアハズ王は主に対してとんでもないことをしてしましました。
ナホム34の内容は、上記のようなことを言っているのであろうと思います。
そして、偶像礼拝の結果は、主の裁きを招くのです。

 リビングバイブルは、4節を
“こうなったのもみな、ニネベが神の敵〔サタン。「サタン」とは敵対者の意(筆者挿入)〕に自分を売ったからだ。美しいが不誠実な町、死に至らせる魅力をもつ女王は、その美しさで国々の気を引き、彼らすべてに偽りの神々を拝むことを教えて、あらゆる場所で人々を幻惑した。”と意訳しています。

 その結果、ニネベが刈り取るものは、滅びでした。
リビングバイブルは、ナホム32.3を、
2 聞け、むちの音を。戦車がニネベに向かって進んでくる。車輪とひずめの音を響かせて、荒々しく通りを走り抜けていく。その音のすさまじいことよ。3 騎兵が振りかざす剣と槍が、きらめいているのを見よ。死人が通りに横たわっている。どこもかしこも死体の山だ。人々はそれにつまずいて転び、ようやく起き上がり、再び倒れる。”と意訳しています。

 ナホム35-7を新改訳2017は、
5 「見よ、わたしはおまえを敵とする。──万軍の主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことば──わたしはおまえの裾を顔の上にまでまくり上げ、諸国の民におまえの裸を見せる。諸国の王におまえの恥を。6 おまえの上に忌まわしいものを投げかけ、おまえを愚弄し、おまえを見せ物にする。7 おまえを見る者はみな、おまえから逃げて言う。『ニネベは荒れ果てた〔破壊された(新共同訳)〕。だれが彼女のために嘆くのか。』わたしはどこからおまえを慰める者を探して来られようか〔お前を慰める者はどこを探してもいない(新共同訳)〕。”と記しています。

 6節に「おまえの上に忌まわしいものを投げかけ」(新改訳2017)とありますが、新改訳第三版は、「わたしはあなたに汚物をかけ」と訳しています。
「忌まわしいもの」(新改訳2017)、「汚物」(新改訳第三版)と訳された語の原語は「シクーツ」という語で、非常に不快な、むかつく、等の意があり、更に、汚物、偶像の意もあります。
この段の主語は、私ヤハウェ、ですから、「偶像」のことではないかと思います。

<お祈り>
天のお父様。
あなたを侮辱し、あなたを敵に回して戦ったら勝ち目はありません。
それとは反対に、あなたをいつもほめたたえ、あなたに信頼する者には、あなたが盾となって戦ってくださいますから、この上なく心強いかぎりです。
いかなる場合にも、あなたをほめたたえ、あなたに信頼して歩み続ける者であらせてください。
主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

2020年5月13日 (水)

ナホム2:1-13 ニネベ滅亡の幻/主の現れの日を待ち望みつつ

 ナホム21-13は、聖書を読むだけで分かるような箇所なので、少しの解釈を加えつつ、いくつかの聖書の訳を節ごとに下記していきます。
 1節を新改訳2017は、
“追い散らす者が、おまえに向かって上って来る。塁を見守り、道を見張れ。腰を強くし、大いに力を奮い立たせよ。”と訳し、
 リビングバイブルは、
“ニネベよ。おまえはもうおしまいだ。すでに敵〔メディヤとバビロン(筆者挿入)〕の軍隊に囲まれている。警鐘を鳴らせ。城壁に人を配置し、守りを固め、全力を尽くして敵の侵入を見張れ。”と意訳しています。

 2節を新改訳2017は、
“主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がヤコブの威光を、イスラエルの威光のように回復されるからだ。まことに、荒らす者が彼らを荒らし、彼らのぶどうの枝を損なう。”と訳し、
 リビングバイブルは、
“神の民の地は、お前の攻撃で人はいなくなり、破壊された。だが主は、彼らの誉れと力とを回復される。”と意訳しています。
 岩波訳は、
“まことにヤハウェは、ヤコブの誇りを元に戻し、同じようにイスラエルの誇りを〔回復される(訳者挿入)〕。荒らす者が彼らを荒らしまわり、彼らのぶどうの蔓を損なったのだが。”と訳しています。

 3節を新改訳2017は、
“勇士の盾は赤く染まり〔赤く染められ(岩波訳)〕、兵士は緋色に包まれる。戦車は、それが整えられる日、鋼の火を通され、槍は振り回される。”と訳し、
 リビングバイブルは、
“兵士の盾は太陽の光を受け、真っ赤に輝く。攻撃開始だ。深紅の軍服を見よ。跳びはねる馬に引かれて、ぴかぴかの戦車が並んで進んで来るのを見よ。”と意訳しています。

 4節を新改訳2017は、
“戦車は通りを走り狂い、広場を駆け巡る。その有様はたいまつのようで、稲妻のように走る。”と訳し、
 リビングバイブルは、
“あなたの戦車は、たいまつのような光を放ちながら、向こう見ずに通りを突っ走り、広場を走り抜ける。”と意訳しています。

 5節を新改訳2017は、
“高貴な人は呼び出されるが、途中でつまずき倒れる。人々は町の城壁へ急ぐが、そこに外から柵が設けられる。”と訳し、
 リビングバイブルは、
“王は役人たちを呼んで叫ぶ。彼らは慌てふためいてつまずきながら、守備を固めようと、城壁に向かって走る。”と意訳しています。
 岩波訳は、
“将軍たちは招集され、彼らはその途上でよろめくが、その城壁に急ぎ、防備柵が〔前面に(訳者挿入)〕配備される。”と訳しています。

 6節を新改訳2017は、
“いくつもの川の水門が開かれ、宮殿は消え去る。”と訳し、
 リビングバイブルは、
“だが、もう遅い。水門は開かれた。敵が入って来る。宮殿は大騒ぎだ。”と意訳しています。
 新改訳第三版は、
“町々の〔直訳は「川々の」(欄外注)〕門は開かれ、宮殿は消え去る。”と訳しています。
 岩波訳は、
“流れに面した城門が開けられ、宮殿は揺らぐ”と訳しています。

 「いくつもの川の水門」(新改訳2017)、直訳すると「川々の水門」について、
ウエスレアン聖書注解は、
“〔川々の門が開かれというのは(筆者挿入)〕、「川や水路が街に入っていく所の壁の部分を指すものである」(デビッドソン)。
歴史家のクテシアスは、「メディヤとバビロンの連合軍隊の包囲の第三年に、チグリス川は、異常なほどの雨によって飲み込まれ、溢れ出し、水の流れ出るいたる所で荒廃を与え、とりわけ12スタディア(3ないし3.6キロ)にわたる破壊をもたらしたのである。」と詳細を記録している。”と述べています。

 歴史家は当時の状況を記述していますが、預言者ナホムは、未だ起きていないことを幻でヤハウェに見せられたのです。

 7節を新改訳2017は、
“王妃は捕らえられ、連れ去られる。女奴隷たちは鳩のような声でつぶやき、胸をたたいて悲しむ。”と訳し、
 リビングバイブルは、
“ニネベの王妃は裸で通りに引き出され、奴隷として引いて行かれる。泣き悲しむ侍女たちもいっしょだ。彼女たちが鳩のように泣く声と、悲しんで胸を打つ音を聞け。”と訳し、
 新共同訳は、
“王妃は引き出され、衣をはがれて連れ去られた。侍女たちは鳩のような声で嘆き、胸を打つ。”と訳しています。
 岩波訳は、
“フッツァブ〔王妃の人名を指すと思われる(岩波訳注)〕は裸にされて、連れ去られた。彼女の侍女たちは、鳩のように嘆き、胸を打ちたたく。”と訳しています。

 8節を新改訳2017は、
“ニネベは、水が流れ出る池のようだ。「止まれ、止まれ」と言っても、向きを変える者はいない。”と訳し、
 リビングバイブルは、
“ニネベは水のもる水槽のようだ。だれもかれも町を見捨てて、こっそり逃げ出す。呼び戻すことはできない。”と意訳しています。

 9節を新改訳2017は、
“銀を奪え。金も奪え。その財宝には限りがない。あらゆる尊い品々があふれている。”と訳し、
 リビングバイブルは、
“「それ、銀を奪え!金もだ!財宝はいくらでもあるぞ!」山のような富も、無残にはぎ取られてしまう。”と意訳しています。

 10節を新改訳2017は、
“不毛、空虚、そして荒廃。心は萎え、膝は震える。どの腰もわななき、どの顔も青ざめる。”と訳し、
 リビングバイブルは、
“まもなく、ニネベの町は殺風景な修羅場と化す。心は恐怖におののき、ひざの震えは止まらない。人々はあっけにとられて立ちすくみ、真っ青になって震えている。”と意訳しています。

 11節を新改訳2017は、
“獅子の住みかはどこか。若い獅子にとっての餌場は。雄獅子と雌獅子が出歩くときに、子獅子がだれにも脅かされない住みかは。”と訳し、
 リビングバイブルは、
“諸国の間でライオンのように振る舞い、闘志と大胆さをみなぎらせていた町、年老いて弱くなった者も、いたいけな子供も、不安なく暮らしていた町、あの偉大なニネベは、今、どこにあるのか。”と意訳しています。

 12節を新改訳2017は、
“獅子は、十分な獲物を子獅子のために引き裂き、雌獅子のためにかみ殺し、獲物でその穴を、かみ裂かれた物でその巣を満たす。”と訳し、
 リビングバイブルは、
“ニネベよ、かつての勇猛なライオンよ。おまえは妻子に食べさせるために、多くの敵を踏みつぶし、町と家を分捕り物や奴隷でいっぱいにした。”と意訳しています。

 13節を新改訳2017は、
“「見よ、わたしはおまえを敵とする。──万軍の主のことば──おまえの戦車を燃やして煙にし、若い獅子を剣が食い尽くす。おまえの獲物を地から絶やし、おまえの使者たちの声はもう聞かれない。」”と訳し、
 リビングバイブルは、
“しかし、今、全能の主がおまえに立ち向かう。武器は破壊され、戦車は使われないままひっそりと放置される。すぐれた若者も死んで横たわる。もう、他国を征服して奴隷を連れて来ることもない。再びこの地を支配できないのだ。”と意訳しています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたに敵対した帝国、王国、その他の形態を持つ各諸国は必ずあなたのみ旨に在って滅ぼされてきたことを覚えます。
やがて、現在の世界諸国も、あなたの御前にぬかずく時が来ることを覚えます。
その時には、ピリピ2章にあるように、「天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、『イエス・キリストは主である』と告白して、」あなたをたたえるようになることを覚えます。
主の祈りの、「御名があがめられますように。御国が来ますように。」と祈ってきた祈りの世界的成就を見させて頂ける時ですから、大いなる喜びの時です。
そのことが起こる前に、私たちが大喜びするキリストの空中再臨の日があることを覚えます。
その主の現れの日を待ち望みつつ、今日も主に在って歩み続ける一日であらせてください。
主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

2020年5月12日 (火)

ナホム1:9-15 アッシリアの王朝は絶たれる/主を賛美するために〔主の(筆者挿入)〕民は創造された(詩篇102:19・新共同訳/エペソ1:6.12.14参照)

 ナホム19
 新改訳2017は、「おまえたちは主に対して何を企むのか。主は滅ぼし尽くす方。敵対する者は二度と立ち上がれない。」と訳し、
 リビングバイブルは、「ニネベよ、主に反抗するとは、何をもくろんでいるのか。神はお前を一撃で仕留め、二度打つ必要もない。」と意訳しています。
 ニネベは、ヨナの宣教によって一度悔い改めましたが、王は変わっていきます。やがて、主に敵対する王や指導者層が現れました。

 アッシリアは、ユダの民に対して、次のように、ヒゼキヤ王を中傷すると共に何よりも主(ヤハウェ)に対してとんでもない暴言を吐きました。2列王記18章には、
 “28 ラブ・シャケは突っ立って、ユダのことばで大声で叫んで、こう告げた。「大王、アッシリアの王のことばを聞け。29 王はこう言っておられる。『ヒゼキヤにごまかされるな。あれは、おまえたちを私の手から救い出すことができないからだ。30 ヒゼキヤは、「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が必ずわれわれを救い出してくださる。この都は決してアッシリアの王の手に渡されることはない」と言って、おまえたちに主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を信頼させようとするが、そうはさせない。』31 ヒゼキヤの言うことを聞くな。アッシリアの王はこう言っておられるからだ。『私と和を結び、私に降伏せよ。そうすれば、おまえたちはみな、自分のぶどうと自分のいちじくを食べ、自分の井戸の水を飲めるようになる。32 その後私は来て、おまえたちの国と同じような国におまえたちを連れて行く。そこは穀物と新しいぶどう酒の地、パンとぶどう畑の地、オリーブの木と蜜の地である。おまえたちが生き延びて死ぬことのないようにするためである。たとえヒゼキヤが、「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はわれわれを救い出してくださる」と言って、おまえたちをそそのかしても、ヒゼキヤに聞き従ってはならない。33 国々の神々は、それぞれ自分の国をアッシリアの王の手から救い出しただろうか。34 ハマテやアルパデの神々は今、どこにいるのか。セファルワイムやヘナやイワの神々はどこにいるのか。彼らはサマリアを私の手から救い出したか。35 国々のすべての神々のうち、だれが自分たちの国を私の手から救い出したか。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がエルサレムを私の手から救い出せるとでもいうのか。』」”(新改訳2017)と記されています。

 アッシリアの使者は、アッシリアの王の言葉として、「ヤハウェがエルサレムを私の手から救い出せるとでもいうのか。」(35)という暴言を吐きました。
アッシリアの王は、「ヤハウェ」の名を侮辱したのです。
アッシリアの王は、自存にして永遠のお方、万物の創造者にして、万物の主権者であるお方を侮辱したのです。アッシリアの王は被造物であり、主(ヤハウェ)が一言、「滅びよ」と語られれば、滅んでしまう存在であるにもかかわらず。

 この暴言を吐いた結果について、歴史書である列王記は、
35 その夜、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の使いが出て行き、アッシリアの陣営で十八万五千人を打ち殺した。人々が翌朝早く起きて見ると、なんと、彼らはみな死体となっていた。36 アッシリアの王センナケリブは陣をたたんで去り、帰ってニネベに住んだ。37 彼が自分の神ニスロクの神殿で拝んでいたとき、その息子たち、アデラメレクとサルエツェルは、剣で彼を打ち殺した。彼らはアララテの地へ逃れ、彼の子エサル・ハドンが代わって王となった。”(2列王記19章・新改訳2017)と記しています。

 アッシリア軍は、一晩で185,000人を主の使いによって殺されただけではなく、逃げ帰った王センナケリブは、自分がより頼む神ニスロクを、ニスロクの神殿で礼拝されている時に殺されたのです。ニスロクは、より頼む王センナケリブ一人さえ救うことができませんでした。

 アッシリアではセンナケリブの後も、王は次々と立てられて行きましたが、センナケリブの後、主が遣わしたバビロンによって69年後にアッシリアの首都ニネベは滅ぼされたのです。ユダ王国はアッシリアの脅威からは解放されるのです。

 続くナホム書1章の新改訳2017及びリビングバイブルの1015節には以下のように記されています。
 新改訳2017は、
10 彼らは、絡みついた茨。大酒飲みの酔っぱらいのようだ。乾ききった刈り株のように焼き尽くされる。11 おまえたちの中から、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に対して悪を謀り、よこしまなことを企てる者が出た。12 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。「彼らが壮健で、数が多くても、それでも、刈り取られて去って行く。わたしはあなたを苦しめたが、もう苦しめない。13 今、わたしは彼のくびきを砕いてあなたから外し、あなたのかせを打ち砕く。」14 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はおまえについて命じられる。「もはや子が宿ることなく、おまえの名は絶える。おまえの神々の宮から、わたしは彫像や鋳像を断ち切る。わたしはおまえの墓を造る。おまえが取るに足りない者となったからだ。」15 見よ。良い知らせを伝える人の足が、平和を告げ知らせる人の足が山々の上にある。ユダよ、あなたの祭りを祝い、あなたの誓願を果たせ。よこしまな者たちは、もう二度とあなたの間を通り過ぎることがない。彼らはみな、絶ち滅ぼされた。”と訳し、

 リビングバイブルは、
10 ご自分の敵を、からみついたいばらの塊のように火に投げ込む。彼ら〔主の敵(筆者挿入)〕はわらのように、あっという間に燃え尽きる。11 主に刃向かおうとするとは、お前〔ニネベでありアッシリア(筆者挿入)〕の王は、一体何者か。12 主は、少しも恐れていない。主はこう宣言する。「何百万もの強力な軍隊を組織しても、消えうせる。私の民〔ユダ王国の民(筆者挿入)〕よ。あなたはもう十分に罰を受けた。13 今、あなたの鎖を砕き、このアッシリアの王の奴隷のくびきから解放しよう。」14 それから、アッシリアの王にこう宣告する。「お前の王朝はもう終わりだ。息子たちが王位につくことはない。わたしはおまえの神々や神殿を破壊し、おまえを葬り去ろう。罪の悪臭がひどいからだ。」15 見なさい。うれしい知らせを伝える使者たちが、山を駆け下りて来る。「侵入者は一掃され、もう心配ない。」ユダよ、感謝祭をすると触れ回り、誓ったとおり、主だけを礼拝せよ。二度と、ニネベから敵が攻めて来ることはない。彼らは永久に滅ぼされ、再びその姿を見ることはない。”と意訳しています。

 預言者ナホムは、幻で映像を見、お言葉を聞いているので、既に完了したかのように記していますが、預言した時点では未来のことです。
黙示録などに至っては、現在、まだ大患難時代にもなっていないのに、既に約1900年以上前から完了形で記されています。

 新改訳やリビングバイブルのナホム115は、ヘブル語聖書では、21です。

 14節に、「お前の王朝はもう終わりだ。息子たちが王位につくことはない。」(リビングバイブル)とありますが、アッシリアの王シン・シャル・イシュクンはB.C.612年のアッシリアの首都ニネベの陥落の時に死亡し、その後、アッシュール・ウバリト二世が王位につきましたが、B.C.609年、この王をもってアッシリア帝国の王朝は終わりを告げたのです。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたの御言葉はことごとく成就していきます。
私たちにとって、未来のことを預言してある箇所も、時が来れば成就していくことを覚え感謝します。
あなたは、イザヤ4610で、「わたしは初めから既に、先のことを告げ、まだ成らないことを、既に昔から約束しておいた。わたしの計画は必ず成り、わたしは望むことをすべて実行する。」(新共同訳)と語ってくださいましたから感謝します。
私たちは、あなたの御言葉を与えられ、ゆとりをもって地上生活を送ることができますから感謝します。
地上生活においても、あなたは私たちの必要を満たしてくださると、ピリピ419で約束してくださっておられますからありがとうございます。
あなたに敵対する者たちは、あなたをののしりますが、私たちキリスト者は、あなたを賛美するために生まれさせて頂いた存在であることを覚え感謝します。
今日もあなたに感謝し、あなたをほめたたえつつ歩む者であらせてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2020年5月11日 (月)

ナホム1:1-8 主に信頼する者を主は守られ、主は主に敵対する者の敵になる

 ウィキペディアのアッシリアの君主一覧の中よりイスラエルとユダ各王国に関連する王たち(+α)を下記すると、
“ティグラト・ピレセル3世(前744 - 727年)、シャルマネセル5世(前727 - 722年)、サルゴン2世(前722 - 705年)、センナケリブ(前705 - 681年)、ナキア、エサルハドン(前681 - 669年)、アッシュールバニパル(前669 - 627年頃)、アッシュールバニパル・エティル・イラニ(前627年頃 - 623年頃)、シン・シュム・リシル、シン・シャル・イシュクン(前623年頃 - 612年頃)、アッシュール・ウバリト2世(前612年頃 - 609年頃)”とあります。

 預言者ヨナが宣教に遣わされたのは、ティグラト・ピレセル3世(前744 - 727年)以前の王の時代であったと思われます。
王が変われば、国方針も変わります。

 注解付新改訳聖書のナホム書の緒論の中の時代的背景という項目の中から、抜粋して下記します。
“ニネベの住民は、ヨナの宣教により一時的に悔い改め、差し迫った危機からは免れることができた〔ヤロブアム二世の時代。2列王記1425参照(筆者挿入)〕。しかし、彼らは早くもヨナの宣教を忘れ、高慢になって、神に挑戦するようになる(2列王記1825.30.351922.23)。神はこのようなアッシリアを罰しないわけにはいかず〔2列王記1928(筆者挿入)〕、ヨナ書において一時的に撤回された神の審判は、本書において決定的な形で宣告される。
〔ティグラト・ピレセル3世(前744 - 727年)は、「イヨン、アベル・ベテ・マアカ、ヤノアハ、ケデシュ、ハツォル、ギルアデ、ガリラヤ、ナフタリの全土を占領し、その住民をアッシリアへ捕らえ移した。」と2列王記1529に記されています。(筆者挿入)〕
サルゴン二世は(前722-705)は北イスラエル王国を滅ぼす。この時、南ユダは貢を納入することで破滅を免れる。
次のセナケリブ(前705-681)〔センナケリブ(新改訳2017)〕が王に即位すると、ユダのヒゼキヤ王はアッシリアに反逆して貢を納めなくなる(2列王記187)。その結果、前701年、セナケリブはユダを攻撃、降伏したユダに重税を課した(2列王記1813.14)。その後、セナケリブは再びエルサレムを包囲するが、神の奇跡的な介入によってユダは滅亡を免れる(2列王記1935-37)。
ヒゼキヤの子マナセ王は、アッシリアに屈従する政策をとったので、ユダの信仰は、アッシリアの影響を受け、異教化して行く。彼はまた、国内政治においても圧政を敷き、被支配者階級を虐げた。          
マナセの時代のアッシリアの王は、エサル・ハドン(前681-669)、アシュール・バーン・アプリ(前669-633年)で、この頃のアッシリアはエジプトにまで兵を進め、前671年には下エジプトの首都メンピスを、前663年には上エジプトの首都テーベを落とした。
しかし、アッシリアは各地で続発する反抗に悩まされ、アシュール・バーン・アプリの死後は急速に衰える。前626年、バビロニアは弱体化したアッシリアの支配をはねのけ、ナボポラッサルが王となって新バビロニア帝国を起こした。数年後、このバビロニアと同じく新興のメディアが協力して、アッシリアの息の根を止めることになる。前612年、アッシリアの首都ニネベは陥落する。”と記されています。

 ナホム11には、
“ニネベについての宣告。エルコシュ人ナホムの幻の記録。”(新改訳2017)と記されていますから、ナホム書は、アッシリアの首都ニネベに関する幻、即ち映像の記述と預言であることが分かります。

 ナホム12を、
新改訳2017は、“主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はねたんで復讐する神。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は復讐し、憤る方。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はご自分に逆らう者に復讐し、敵に対して怒る方。”と訳し、
リビングバイブルは、“神は、ねたむほどにご自分の民を愛しておられる。だから、その民を痛めつける者たちに復讐する。その民の敵を、すさまじい勢いで滅ぼす。”と意訳しています。

 新約聖書にも似た内容の聖句があります。
1
コリント3章に、「16 あなたがたは、自分が神の宮であり、神の御霊が自分のうちに住んでおられることを知らないのですか。17 もし、だれかが神の宮を壊すなら、神がその人を滅ぼされます。神の宮は聖なるものだからです。あなたがたは、その宮です。」(新改訳2017)と記されています。
神の霊を宿している人を殺すと、神はその復讐をされるというのです。
そのことの故か、
イエス様は十字架の上で、「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」(ルカ2334・新改訳2017)と祈られ、
ステパノは、自分を石打によって殺す人々を思い、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください。」(使徒760・新改訳2017)と祈ったのだろうと思います。

 ナホム13-8を、
 新改訳2017は、“3 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は怒るのに遅く、力強い方。決して罰せずにおかれることはない。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、その道がつむじ風と嵐の中にあり、雲は、御足がかき立てるほこりである。4 主〔原語は「彼」(筆者挿入)〕は海を叱って干上がらせ、すべての川を涸らされる。バシャンとカルメルはしおれ、レバノンの花もしおれる。5 山々は主〔原文は「彼」(筆者挿入)」の前に揺れ動き、もろもろの丘は溶け去る。地は御前でくつがえる。世界とその中に住むすべてのものも。6 主〔原文は「彼」(筆者挿入)〕の激しい憤りの前に、だれが立てるだろうか。だれが、その燃える怒りに耐えられるだろうか。主の憤りは火のように注がれ、岩々は御前に打ち砕かれる。7 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はいつくしみ深く、苦難の日の砦。ご自分に身を避ける者を知っていてくださる。8 しかし、押し流す大水でその場所を滅ぼし尽くし、敵どもを闇に追いやられる。”と訳し、

 リビングバイブルは、“3 神は怒るのに遅いが、いったん怒ると、その力は信じられないほどで、簡単には赦さない。その力を恐ろしい台風や暴風雨の中に示し、渦まく雲も、神の足の下でかき立てられる砂ぼこりのようなものだ。 4 命じると、海も川も乾いた砂地となる。バシャンとカルメルの青々とした草はしおれ、レバノンの緑の森も枯れはてる。5 神の前に出ると、山々は震え、丘は溶ける。大地はくずれ、その住民は滅ぼされる。6 だれが、怒りに燃える神の前に立てるだろう。神の怒りは火のようで、山々はその怒りの前に崩れ落ちる。7 主は慈しみ深い方、苦難に会うとき、身を寄せるべき場所だ。主は、ご自分に信頼する者をすべて知っている。 8 しかし、敵はあふれみなぎる洪水で一掃し、一晩中追いかける。”と意訳しています。

 7節には、「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はいつくしみ深く、苦難の日の砦。ご自分に身を避ける者を知っていてくださる。」とある一方、主に敵対し続ける者への義憤の激しさが分かり易く述べられています。

<お祈り>
天のお父様。
私たち、あなたに信頼する者を、あなたは守ってくださいますから感謝します。
今、あなたに敵対している人たちも、あなたのみ前にへりくだり、あなたから祝福を受けることができますように。
主の御名を崇め感謝し主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

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