ハバクク書

2020年5月30日 (土)

ハバクク3章 ハバククの祈りと賛美(シグヨノテの調べにのせて)

 ハバクク1.2章の流れは、イスラエルの圧政、暴虐、不法等を、主よ、何とかしてください、というところから始まりました。それに対して、主は、カルデア人(バビロン)によって、裁きを下す、という答えでした。ハバククは、主の民が、主を信じていない偶像の民に蹂躙されても良いものなのでしょうか、という疑問を主に申し上げました。しかし、主は、暴虐のカルデア人(バビロン)も罰する、と語られたのです。
 1ペテロ417の「さばきが神の家から始められる時がきた。それが、わたしたちからまず始められるとしたら、神の福音に従わない人々の行く末は、どんなであろうか。」(口語訳)という聖句を思い浮かべます。

 そして、ハバククは主から、「主の約束を信じ、待ち望め」、「義人は信仰によって生きる」という意の聖句を与えられました。更に、カルデア人(バビロン)への裁きに関して主から教えられ、3章に入ると、ハバククは、主への祈りと賛美を歌とするのです。

 ハバクク31には、「預言者ハバククの祈り。シグヨノテの調べにのせて。」(新改訳2017)とあり、319の最後の部分には、「指揮者のために。弦楽器に合わせて。」と記されています。
「シグヨノテ」とは、「aberration」(常軌を外れること)ですから、かなり自由に、主に歌ったのかも知れません。弦楽器を弾きながら。

 ハバクク32には、「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ、私はあなたのうわさを聞きました。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ、あなたのみわざを恐れています〔あなたの業に畏れおののく(聖書協会共同訳)〕。この数年のうちに、それを繰り返してください。この数年のうちに、それを示してください。激しい怒りのうちにも、あわれみを忘れないでください。」とあります。

 「私はあなたのうわさを聞きました。」とある中の「うわさ」と訳された語の原語は「シェーマー」で、「うわさ」の意もありますが、告知、スピーチ、名声、・・等の意もあります。
「あなたのうわさ」(2017)と訳された語を、新共同訳、聖書協会共同訳は「あなたの名声」と訳し、口語訳は「あなたのこと」と訳し、文語訳は「なんぢの宣ふ所」と訳しています。

 「私はあなたのうわさを聞きました。」(新改訳2017or「あなたの名声をわたしは聞きました。」(新共同訳)or「我なんぢの宣ふ所を聞て」(文語訳)と記されている所の聞いた内容は、
主が2章までに語られた内容なのか、33-15の、過去に主が為された御業ととれるような内容の出来事の幻なのか、よく分からないのですが、いずれにしても、ハバククは、主の偉大さと御力、御業に畏れおののいたのだろうと思います。

 そして、ハバククは、この数年のうちに、御業を実行してください、と祈ったのです。
ハバククは、そのように祈りつつも、「激しい怒りのうちにも、あわれみを忘れないでください。」と祈りました。

 ハバクク33-15は、ハバククが主から幻を見せられた内容を表したものであると思います。幻は視覚と聴覚に働いたと思います。
ハバクク33-15は、リビングバイブルの訳を下記します。リビングバイブルは、
3 神がシナイ山から砂漠を越えて来られるのが見えます。その輝きが天地に満ちています。その栄光は天に満ち、神への賛美でいっぱいです。神は、なんとすばらしい方でしょう。4 両手からは、まばゆいばかりの光が放たれます。神は恐るべき力を秘め、5 疫病を従えて進みます。6 神はしばらくの間じっと立ち止まり、地上を見渡します。それから国々を揺り動かし、今までびくともしなかった山々を打ち砕き、丘を平らにするのです。神よ、あなたの力は変わることがありません。7 クシャンとミデヤンの人々が、恐れおののいているのが見えます。8.9 主よ、川を打ち、海の水を左右に分けたのは、怒ってそうしたのですか。川や海に不満を抱いたからですか。いいえ、あなたの救いの戦車を遣わそうとされたのです。すべての人がその力を見ました。それから、あなたが命じると、泉が地の上にわき出ました。10 山々はそれを見て、震えました。
激流が走り、深い淵が叫んで、主への降伏を告げました。11 見上げる太陽と月は光を失い始め、あなたの矢から発する輝きと槍のひらめきとで、ぼやけています。12 あなたは憤りに燃えて地を行き巡り、御怒りで国々を踏みつけました。13 ご自分が選んだ民を救うために出て行き、悪者たちの頭を砕き、頭の先から足のつま先まで、その骨をさらしものにしました。14 イスラエルなど物の数ではないと、つむじ風のようにやって来た者たちを、彼ら自身の武器で滅ぼしました。15 あなたの騎手たちは海を渡って前進し、大水は高くもり上がりました。”と意訳しています。

 そしてハバククは、「このすべてを聞いて、私は震え、歯ががくがくしています。足もとがふらつき、ぶるぶる震えています。私は、侵略した民に苦しみが襲いかかる日を、静かに待ちましょう。」(16・リビングバイブル)と述べ、更に、「17 いちじくの木が全滅して花も実もつけず、オリーブの木も実りがなく、畑が荒れたままであっても、羊の群れが野で死に、牛小屋が空っぽでも、18 私は主を喜びます。私を救ってくださる神のおかげで幸せです。19 神は私の力です。私を鹿のように速く走れるようにし、山の向こうに安全に連れて行ってくださるのです。」(リビングバイブル)と語りました。

 ハバククは、自分の疑問を主に問いかけ、主から答えをいただき、最後には、主に委ね、主に信頼し、主を喜び、環境に左右されることなく、平安な心にされていました。

 <お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
私たちキリスト者は、永遠に至るまでも保証され、私たちがどの様な中にあっても、どのような所を通っても、主は私たちの内にいてくださり、常に栄光の望みを抱かせてくださっておられますから感謝します。
今日もあなたが共に歩んでくださることを感謝し、主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

2020年5月29日 (金)

ハバクク2:5-20 バビロンに対する災いの預言/いかなる場合にも先ず主のみ前に静まり、主に信頼すること

 ハバククは、「悪しき者〔バビロン(筆者挿入)〕が自分より正しい者〔ユダ(筆者挿入)〕を吞み込もうとしているときに」(ハバクク113)と、主に訴えましたが、主のお考えは、先ず、ユダ王国をその罪のゆえにバビロンを用いてさばき(ハバククには語っていませんが)、その後で、バビロンをバビロンの悪のゆえに裁く、というものでした。バビロンは、ベルシャツァルの時代に主に裁かれました(ダニエル5章)。  

 ハバクク2章の5-20節の大部分は、ハバククの質問に対する主の答えであり、それはバビロン滅亡の預言です。少し説明を加えると、読んでいくだけでも分かるような箇所なので、本文に説明を入れながら記していきたいと思います。本文は新改訳2017を中心に用います。

 5節を2017は、「実にぶどう酒は裏切るもの。勇士は高ぶっていて、定まることを知らない。彼はよみのように喉を広げ、死のように、満ち足りることを知らない。彼は自分のもとに、すべての国々を集め、あらゆる民をかき集める。」と訳し、

 聖書協会共同訳は、「確かに富〔ヘブライ語聖書は「ぶどう酒」、死海写本は「富」(欄外注)〕は欺く。高ぶる者は定まりがなく〔直訳は「目標に達しない」(欄外注)〕、陰府のように喉を広げ、死のように飽くことを知らない。彼〔バビロン(筆者挿入)〕はあらゆる国を自分のもとに集め、すべての民を自分のもとに引き寄せる。〕と訳しています。
 リビングバイブルは、「そのうえ、このおごり高ぶったカルデヤ人は、自分たちのぶどう酒によって裏切られる。ぶどう酒は人を欺くものだからだ。彼らは貪欲で、多くの国をかき集めてきたが、まるで死や地獄のように、決して満足しない。」と意訳しています。

6節には、“これらはみな〔バビロンに苦しめられている諸国の民は(筆者挿入)〕、彼〔バビロン(筆者挿入)〕に対して嘲りの声をあげ、皮肉たっぷりに、風刺して〔呪いの言葉を(筆者挿入)〕言わないだろうか。「わざわいだ。いつまでなのか。自分のものでないもの〔他国の土地、人、物(筆者挿入)〕を増し加え、その上に担保〔負債(聖書協会共同訳)、「罪」のこと(筆者挿入)〕を重くする者」と。”(新改訳2017)と記されています。

7.8節には、「7 おまえ〔バビロン(筆者挿入)〕にかみつく者〔バビロンに反逆する者(筆者挿入)〕が突然起き上がり、揺り動かす者が目覚めて、おまえは彼らに略奪されないだろうか。8 おまえ〔バビロン(筆者挿入)〕が多くの国々を略奪したので、ほかのあらゆる民がおまえを略奪する。おまえは人の血を流し、地に暴虐を行った。町々とそのすべての住民に対して。」(2017)とあります。

9-11節には、「9 わざわいだ。〔バビロンよ。(筆者挿入)〕自分の家のために不正な利得を貪り、悪の力から逃れるために、自分の巣〔城(筆者挿入)〕を高い所に構える者。10 おまえ〔バビロン(筆者挿入)〕は自分の家のために恥ずべきことを謀り〔あなたは事をはかって自分の家に恥を招き(口語訳)〕、多くの国の民を滅ぼした。おまえのたましいは罪を犯した。11 まことに、石は石垣から叫び、梁は家からこれに答える〔城壁の石垣も宮殿の梁もその様に証言している(筆者挿入)〕。」(2017)とあります。
城壁の石も宮殿の梁も他国から略奪してきた物なのでしょう。

12.13節には、「12 わざわいだ。血〔暴力や圧政(注解付新改訳聖書の注)〕によって町を建て、不正で都を築き上げる者〔バビロン(筆者挿入)〕。13 見よ、万軍の主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕によるのではないのか。諸国の民が、ただ火で焼かれるために〔バビロンのために(筆者挿入)〕労し、国々が、ただ無駄に疲れ果てるのは。」(2017)とあります。
何故災いなのか。
それは暴力や不正によってバビロンを築き上げても主(ヤハウェ)が、滅ぼされるから。

14節には、「バビロン(ヘブライ語では「バベル」)とは反対に(筆者挿入)」まことに、水が海をおおうように、地は、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の栄光を知ることで満たされる。」(2017)と記されています。
 これはキリストの千年王国時代のことを預言しています。
 キリストの千年王国時代の預言の中の一つの、イザヤ116-9には、
6 狼は子羊とともに宿り、豹は子やぎとともに伏し、子牛、若獅子、肥えた家畜がともにいて、小さな子どもがこれを追って行く。7 雌牛と熊は草をはみ、その子たちはともに伏し、獅子も牛のように藁を食う。8 乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、乳離れした子は、まむしの巣に手を伸ばす。9 わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、滅ぼさない。〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を知ることが、海をおおう水のように地に満ちるからである。”(新改訳2017)と記されています。

15-17節には、“15 わざわいだ。その裸を見ようと、友に酒を飲ませ、毒を混ぜて酔わせる者。16 おまえは栄光ではなく恥で満ちている。おまえも飲んで、陽の皮を見せよ。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の右の手の杯は、おまえの上に巡り来る。恥辱が、おまえの栄光の上に。17 レバノンへの暴虐がおまえをおおい、獣への暴行がおまえを脅かす。おまえは人の血を流し、地に暴虐を行った。町々とそのすべての住民に対して。”(新改訳2017)と記されています。

 15節のバビロンの行為は、諸国に対してor個人に対して、どちらにも取れますし、その両方を兼ねているのではないかと思います。
 16節の「陽の皮を見せよ」というのは、単に陰部をさらして恥をさらせということか、あなたは割礼を受けていないではないかという嘲りのことか、あるいはまたバビロンが隠している宝物ということ等であろうと思います。
 17節の「レバノンの暴虐」は、字面通りの意で「レバノンへの暴虐」か、或いは「レバノン」は暴虐を受けた国々の代表としてか、あるいはまた、エルサレム神殿とエルサレム宮殿にはレバノン杉が用いられていたので、エルサレムへの暴虐のことを述べているのか、等と考えられます。

 この箇所は、色々に解釈することが可能ですが、リビングバイブルの訳者の意訳を下記します。
リビングバイブルは、「15 災いだ。酔っぱらいをこづくように、近隣の国々をよろめかせ、その裸と恥を眺めて楽しんでいる者。16 やがて、おまえ〔バビロン(筆者挿入)〕の全盛期は終わり、辱められる。神のさばきの杯を飲みほすがいい。よろめいて倒れよ。17 おまえ〔バビロン(筆者挿入)〕はレバノンの森を切り倒した。今度は、おまえが切り倒される。おまえは罠で捕らえた野獣を恐ろしい目に会わせた。今度は、おまえが恐ろしい目に会う。至るところの町々で、殺人と暴虐を行ったからだ。」と意訳しています。

18.19節には、“18 彫像はいったい何の役に立つのか。彫刻師がそれを刻んだところで。鋳像や、偽りを教える物は何の役に立つのか。これを造った者がそれに頼ったところで。その者は、もの言わぬ偽りの神々を造ったのだ。19 わざわいだ。木に向かって目を覚ませと言い、黙っている石に起きろと言う者。これが教えることができるというのか。見よ、それは金や銀をかぶせたもの。その中には何の息もない。”(新改訳2017)と記されています。
まことの神に仕えない者の愚かさが述べられています。
私も主を知る前は、偶像に何の疑問も持ちませんでした。
主を知った今では、早く偶像が一掃される時が来るといいなと、主の千年王国を待ち望んでいます。それよりも強く待ち望んでいるのは、主の空中再臨で携挙されることです。

20節には、「しかし主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、その聖なる宮におられる。全地よ、主の御前に静まれ。」(2017)とあり、この聖句で2章は結ばれています。

 最後に脱線して、新約時代の恵みについて考えたいと思います。
「聖なる宮」とは、新生したキリスト者を指します。
 1コリント316を口語訳は、「あなたがたは神の宮であって、神の御霊〔神の霊(新共同訳、聖書協会共同訳)〕が自分のうちに宿っていることを知らないのか。」と訳し、
文語訳は、「汝ら知らずや、汝らは神の宮にして、神の御靈なんぢらの中に住み給ふを。」と訳しています。
 1コリント619には、「・・あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる、神から受けた聖霊の宮であり・・・」(2017)とあります。

 1コリント617には、「・・主と交わる者は、主と一つの霊になる・・」(2017)とあり、
新共同訳は「主に結び付く者は主と一つの霊となる・・」と訳しています。
新生した人は、自分の霊の内に静まることです。それは主の霊の内に静まることです。
その霊によって歩む人は霊の人です(1コリント31・新共同訳、口語訳、聖書協会共同訳)。
パウロは、「主があなたの霊とともにいてくださいますように。」(2テモテ4222017)とテモテに、最期の手紙を書き送りました。また、ピリピ人への手紙には、「主イエス・キリストの恵みが、あなたがたの霊とともにありますように。」(4232017)と書き送りました。
キリスト者は、大脳によって心理学的or哲学的or様々な宗教の言葉の中に静まるのでもなければ、たましいの中に静まるのでもありません。魂と霊は違います(ヘブル412)。キリスト者は、霊の中に静まるのです。主は天におられるだけではなく、新生した人の霊の中に住んでおられます。魂がきよめられると(主と同じ思いを持つようになると)霊のことがよく分かるようになります。

主は、主を信じた者に、聖霊を内住させてくださいました。もし、怒りやねたみを持っていたとしても、主を信じた者(キリスト者)には、聖霊を内住させてくださったのです。
御父と御子は天におられますが、御父と御子の霊もキリスト者に内住してくださいます。ただし、イエス様は、条件を付けられました。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたち〔御父と御子(筆者挿入)〕はその人のところに来て、その人とともに住みます。」(ヨハネ14232017)と語られました。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
三一の主なる神様を愛し、主に在る兄姉を愛し、隣人を愛し、あなたに信頼し、あなたにあって喜び、すべてのことを感謝して歩む者であらせてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2020年5月28日 (木)

ハバクク1:1-2:4 正しい人は主に信頼して生きる

 ハバクク11には、「預言者ハバククが見た神の託宣。」(口語訳)とあります。
ハバクク書の内容から、これが記されたのは、ユダ王国がバビロンに滅ぼされる時が近くなってからのことと思われます。それは、ハバクク15によります。

 ハバクク1:24には、
2 いつまでですか、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ。私が叫び求めているのに、あなたが聞いてくださらないのは。「暴虐だ」とあなたに叫んでいるのに、救ってくださらないのは。3 なぜ、あなたは私に不法を見させ、苦悩を眺めておられるのですか。暴行と暴虐が私のそばにあり、争い事があり、いさかいが起こっています。4 そのため、みおしえは麻痺し、さばきが全く行われていません。悪しき者が正しい者を取り囲んでいるからです。そのため、曲がったさばきが行われているのです。”(新改訳2017)と記されています。

 これは、主(ヤハウェ)へのハバククの問いかけの祈りです。
祈りの内容は、
①私(ハバクク)が祈り続けているのに主(ヤハウェ)は答えてくださらない、何時になったら答えてくださるのか。
②「暴虐」と主に訴えているのに、主が何とかしてくださらないのはどうしてなのか。{「暴虐」とは、弱者を暴力的に抑圧搾取すること(岩波訳用語解説)。}
③主(ヤハウェ)は、何故、私に不法を見させるのか。
④主(ヤハウェ)は、何故、苦悩、暴行、暴虐、争いごと等を見過ごしておられるのか。
⑤不正な裁判が行われています。
主(ヤハウェ)よ、何故、何とかしてくださらないのですか。
というものです。

 主(ヤハウェ)は、すでにモーセの時代に、イスラエルに律法を与え、法治国家として整えてあげたにもかかわらず、ハバククの時代は、無法国家となっていたようです。

 ハバククの問いかけに対して、主(ヤハウェ)は、ハバクク15-11に記されている内容の答えをくださいました。
 ハバクク15-11には、
5 「異邦の民を見、目を留めよ。驚き、たじろげ。わたしは一つの事をあなたがたの時代に行うからだ。それが告げられても、あなたがたは信じない。6 見よ、わたしはカルデア人を起こす。あの強暴で俊敏な国民だ。彼らは地を広く行き巡り、自分のものでない領土を占領する。7 それは凄惨そのもの。彼らはさばきと宣告を自ら下す。8 その馬は豹より速く、日暮れの狼より敏捷だ。その軍馬は跳ね回り、その騎兵は遠くから来て、鷲のように、獲物にさっと舞い降りる。9 彼らはみな暴虐を行うためにやって来る。そろって顔を前方に向け、砂のように捕らわれ人を集める。10 王たちを嘲り、君主たちを笑いものにし、すべての要塞をあざ笑い、土を積み上げて町を攻め取る。11 こうして、風のようにやって来て過ぎ去る。しかし自分の力を神とする者は、責めを負う。」”(新改訳2017)と記されています。

 主(ヤハウェ)は、ハバククが生きている間に(5)、カルデア人即ちバビロンを用いてさばきを行う、と告げられたのでした。
バビロン軍は、俊敏で、とにかく強い、ということが上記の文章から分かります。

 話は変わりますが、バビロンによって、第一次の捕囚となった人達の中には、ダニエルもいました。B.C.609年のことです。この時のユダの王はエホヤキムでした。
この時の出来事を、2列王記241-4は、
1 エホヤキムの時代に、バビロンの王ネブカドネツァルが攻め上って来た。エホヤキムは三年間彼のしもべとなったが、その後、再び彼に反逆した。2 そこで主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、カルデア人の略奪隊、アラムの略奪隊、モアブの略奪隊、アンモン人の略奪隊を遣わしてエホヤキムを攻められた。ユダを攻めて滅ぼすために彼らを遣わされたのである。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がそのしもべである預言者たちによって告げられたことばのとおりであった。3 実に、このようなことがユダに起こったのは、ユダを主の前から除くという主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の命によることであり、それはマナセが犯したすべての罪のゆえ、4 また、マナセが流した咎のない者の血のためであった。マナセはエルサレムを咎のない者の血で満たした。そのため主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は赦そうとはされなかったのである。”(新改訳2017)と記しています。

 ダニエル1章には、
1 ユダの王エホヤキムの治世の第三年に、バビロンの王ネブカドネツァルがエルサレムに来て、これを包囲した。2 主は、ユダの王エホヤキムと、神の宮の器の一部を彼の手に渡された。彼は、それをシンアルの地にある自分の神の神殿に持ち帰り、その器を自分の神の宝物倉に納めた。3 王は宦官の長アシュペナズに命じて、イスラエルの人々の中から、王族や貴族を数人選んで連れて来させた。4 それは、その身に何の欠陥もなく、容姿が良く、あらゆる知恵に秀で、知識に通じ、洞察力に富み、王の宮廷に仕えるにふさわしく、また、カルデア人の文学とことばを教えるにふさわしい少年たちであった。5 王は、王が食べるごちそうや王が飲むぶどう酒から、毎日の分を彼らに割り当てた。三年間、彼らを養育して、その後で王に仕えさせることにした。6 彼らのうちには、ユダ族のダニエル、ハナンヤ、ミシャエル、アザルヤがいた。”(新改訳2017)と記されています。

 ダニエルたちは、訓練されてネブカドネツァル王に仕えることになりました。
その様になってから、主(ヤハウェ)は、ネブカドネツァル王に夢を見させ、困惑させ、結局ダニエルが主から教えられて、その夢の意味をネブカドネツァル王に告げるのです。主はダニエルを通して、ネブカドネツァル王に当時のその地域の覇者となることを告げるのです。一方、ハバククには、ユダ王国はネブカドネツァルを王とするバビロンによって滅ぼされることを告げるのです。

 主なる神様が、あの人にも、この人にも、働いて、事を成していく様子がよく分かります。
つくづく、自分は自分の分を御霊の導きと助けを頂きながら果たせば、それで良い、と思わされます。ダニエルはバビロンによってユダ王国の中の最初の捕囚の一人とされましたが、結局、ユダの地における敗戦の悲惨さを免れ、バビロン帝国の王の高官として仕え、王宮にいたのです(ダニエル249)。

 ハバククは、主のお答えを聞き、また質問の祈りをします。ハバククの主への質問の祈りは、
12 あなたは昔から主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕ではありませんか。私の神、私の聖なる方よ、私たちが死ぬことはありません。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ、あなたはさばきのために、彼を立てられました。岩なる方よ、あなたは懲らしめるために、彼を据えられました。13 あなたの目は、悪を見るにはあまりにきよくて、苦悩を見つめることができないのでしょう。なぜ、裏切り者を眺めて、黙っておられるのですか。悪しき者が自分より正しい者を呑み込もうとしているときに。14 あなたは人を海の魚のように、治める者のない、這う虫のようにされました。15 彼は、このすべての者を釣り針で釣り上げ、自分の網で引き上げ、自分の引き網で集めます。こうして、彼は喜び楽しみます。16 そのため、彼は自分の網に、自分の引き網にいけにえを献げ、焼いて煙にします。これらにより、彼の分け前が豊かになり、食物が豊富になるからです。17 そのため、彼は自分の網を空にし続けながら、諸国の民を容赦なく殺すのでしょうか。”(ハバクク1章・新改訳2017)と記されています。

 ハバククは、「悪しき者〔バビロン(筆者挿入)〕が自分より正しい者〔ユダ王国(筆者挿入)〕を呑み込もうとしている」(13)と祈っていますが、主は、バビロンの王ネブカドネツァルに対して、ダニエル、ハナンヤ、ミシャエル、アザルヤを用いて、ダニエル、ハナンヤ、ミシャエル、アザルヤの神こそ、まことの神、至高の神であることを学ばせたのです(ダニエル24章)。そのようなことをハバククは知る由もありませんでした。
正しい者とは、先ず第一に、まことの神を信じる者のことです。
このような捉え方は、ヒューマニズムの人には分からないことですが、この世の終わりか、死後か、最後の審判の時は、はっきりと分かります。

 ハバクク21には、「私は見張り場につき、砦の上に立って見張りをしよう。主が私に何を語り、私の訴えに何と答えられるかを見よう。」(聖書協会共同訳)とあり、これはベシッタ訳等による、とあります。
新改訳2017は、「私は、自分の物見のやぐらに立ち、砦にしかと立って見張り、私の訴えについて、主が私に何を語られるか、私がそれにどう応じるべきかを見よう。」とヘブライ語聖書に基づき訳しています。

 さて、主は何と答えられたのでしょうか?
主の答えは、ハバクク22-20まで続きますが、2-4節には、 
2 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は私に答えられた。「幻を板の上に書き記して、確認せよ。これを読む者が急使として走るために。3 この幻は、定めの時について証言し、終わりについて告げ、偽ってはいない。もし遅くなっても、それを待て。必ず来る。遅れることはない。4 見よ。彼の心はうぬぼれていて直ぐでない。しかし、正しい人はその信仰によって生きる。」”(新改訳2017)と記されています。

 主からの預言は、(人には遅いように思えても)主の定めの時に必ず成就するものであることを3節から教えられます。揺らがされることなく、みことばをしっかり握って歩むことの大切さを教えられます。

 4節を聖書協会共同訳は、「見よ、高慢な者を。その心は正しくない。しかし、正しき人はその信仰によって生きる。」と訳しています。
「心」と訳されている語の原語は、「ネフェシュ」で、たましい、心、・・・・等に訳されます。
「信仰」と訳されている語の原語は、「エムーナー」で、信仰、真実、誠実、・・等とも訳されます。
「正しい人はその信仰によって生きる。」と訳されている箇所を、リビングバイブルは、「正しい人はわたしを信頼して生きる。」と意訳しています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
世の中がどの様な状況であっても、いつもあなたに信頼して生きる者であらせてください。
主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

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