士師記

2020年8月28日 (金)

士師記19-21章 士師記の時代の悲惨な出来事/キリストの千年王国、新天新地

士師記の時代に、悲惨な出来事は数多くあったと思いますが、19-21章も甚だしくひどい箇所です。
この箇所は、読むだけでどれほど悲惨であるか分かりますから取り扱いません。
詳しく書いていると私の心臓の病に良くないということがその理由です。

この箇所のような悲惨さは、地球上を眺めると色々な所にあります。
そして、獣(反キリスト)が統治する大患難時代には、もっとひどくなることを覚えます(黙示録6‐19章)。

 一方、主を信じさせて頂けた私たち新生した者たちの将来はすばらしいものです。それらはすべて主が用意してくださるものです。大患難時代直前に主の空中再臨があり(1テサロニケ4:16)、その時、霊の体を与えられ(1コリント15:52)、天へと携挙され(1テサロニケ4:17)、天に移された後、私たちは永遠に主とともにいることが出来ます(1テサロニケ4:17)、天に移された後、天においてキリスト者の裁きの座が開かれます。キリスト者の裁きとは、主キリスト様が、一人一人のキリスト者を裁かれ、罪に定めるのではなく報酬を決定されるものです(2コリント5:10、マタイ25:14-23、ルカ19:12-19)。その後、花婿キリスト様と花嫁エクレシア(呼び出された者たち=教会=天にいるキリスト者の総体)との婚宴があります(黙示録19:6-8)。そして、主は私たちをも従えて、地を平定するために地上に下り、主に敵対する者たちを恐らく御口から出る言葉で葬り去ります(黙示録19:11-21)。悪魔(サタン)も捕らえられます(黙示録20:1-3)。その後、キリストの千年王国が始まります。キリストの千年王国の初めには、肉体を持ったまま大患難時代を生き伸びた人達の裁きの座が開かれます(黙示録20:4、マタイ25:31-46)。{マタイ25:31-46及び黙示録20:12-15の裁きは、キリスト者を裁くためのものではありません。}

 <キリストの千年王国の預言の一部から>
“21 彼らは家を建てて住み、ぶどう畑を作って、その実を食べる。22 彼らが建てて他人が住むことはなく、彼らが植えて他人が食べることはない。わたしの民の寿命は、木の寿命に等しく、わたしの選んだ者たちは、自分の手で作った物を存分に用いることができるからだ。23 彼らは無駄に労することもなく、子を産んで、突然その子が死ぬこともない。彼らは主に祝福された者の末裔であり、その子孫たちは彼らとともにいるからだ。24 彼らが呼ばないうちに、わたしは答え、彼らがまだ語っているうちに、わたしは聞く。25 狼と子羊はともに草をはみ、獅子は牛のように藁を食べ、蛇はちりを食べ物とし、わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、滅ぼすこともない。──主は言われる。」”(イザヤ65章・新改訳2017)と記されています。{この預言はキリストの花嫁に対するものではなく、肉体を持ったまま大患難時代を生き伸び、更にマタイ25:31-46の裁きで、千年王国に入れて頂ける判決を受けた人達(わたし(主)の選んだ者たち)に対するもの、また、動物たちに対するものです。}

 ローマ8:19-21には、
“19 被造物〔動植物等(筆者挿入)〕は切実な思いで、神の子どもたち〔栄化されたキリスト者=霊の体を与えられたキリスト者(筆者挿入)〕が現れるのを待ち望んでいます。20 被造物が虚無に服したのは、自分の意志からではなく、服従させた方によるものなので、彼らには望みがあるのです。21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由にあずかります。”(新改訳2017)と記されています。

 千年王国の終了時には、サタンが牢から解放されます。すると、キリストの統治を嫌う大勢の人達がサタンに従います。その人たちは、キリストに従う者たちを抹殺しようとするのです。しかし、その人たちの上には天から裁きの火が下ります(黙示録20:7-9)。そして、サタン(悪魔)は、捕らえられ、火と硫黄の池に投げ込まれ、永遠に出て来ることは出来ません(黙示録20:10)。
 その後、天地は消失します(黙示録20:11、2ペテロ3:10.11)。その後、白い御座の裁きがあります(黙示録20:12-15)。

 その後、主は、新天新地を創られます。
 黙示録21章には、
“1 また私は、新しい天と新しい地を見た。以前の天と以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。2 私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとから、天から降って来るのを見た。3 私はまた、大きな声が御座から出て、こう言うのを聞いた。「見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。4 神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。」5 すると、御座に座っておられる方が言われた。「見よ、わたしはすべてを新しくする。」また言われた。「書き記せ。これらのことばは真実であり、信頼できる。」6 また私に言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。わたしは渇く者に、いのちの水の泉からただで飲ませる。7 勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。/9 ・・・。「ここに来なさい。あなたに子羊の妻である花嫁を見せましょう。」10 そして、御使いは御霊によって私を大きな高い山に連れて行き、聖なる都エルサレムが神のみもとから、天から降って来るのを見せた。11 都には神の栄光があった。その輝きは最高の宝石に似ていて、透き通った碧玉のようであった。”(新改訳2017)と記されています。

 キリストの花嫁は、新エルサレムで主の光を透過したり反射したりしながら美しい宝石のような輝きを放っているのでしょう。
私たちは、とこしえに主と共に主の愛に包まれて主の栄光の中で、そして神の子どもたち同士の愛の交わりの中で過ごすのです。

 使徒ヨハネは、「私たちが神の子どもと呼ばれるために、御父がどんなにすばらしい愛を与えてくださったかを、考えなさい。事実、私たちは神の子どもです。世が私たちを知らないのは、御父を知らないからです。愛する者たち、私たちは今すでに神の子どもです。やがてどのようになるのか、まだ明らかにされていません。しかし、私たちは、キリストが現れたときに、キリストに似た者になることは知っています。キリストをありのままに見るからです。」(1ヨハネ3:1.2・新改訳2017)と述べています。
 使徒パウロは、「・・・。そこ〔天(筆者挿入)〕から主イエス・キリストが救い主として来られる〔キリストの空中再臨(筆者挿入)〕のを、私たちは待ち望んでいます。キリストは、万物をご自分に従わせることさえできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自分の栄光に輝くからだと同じ姿に変えてくださいます」(ピリピ3:20.21・新改訳2017)と述べています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたを賛美します。
あなたの愛の内に充足させて頂ける恵みを感謝します。
主の御名の中で。アーメン

2020年8月27日 (木)

士師記18:11-31 イスラエルの最北の地がダンになった経緯

 士師18:11-13には、
“11 そこで、ダンの氏族の者六百人は、武具を着けてツォルアとエシュタオルを出発し、12 上って行って、ユダのキルヤテ・エアリムに宿営した。それゆえ、その場所は今日に至るまで、マハネ・ダンと呼ばれている。それはキルヤテ・エアリムの西部にある。13 彼らはそこからさらにエフライムの山地へと進み、ミカの家に着いた。”(新改訳2017)と記されています。

 5人の斥候の「さあ、彼ら〔ライシュの人たち(筆者挿入)〕に向かって攻め上ろう。私たちはその土地を見たが、実にすばらしい。あなたがたはためらっているが、ぐずぐずせずに進んで行って、あの地を占領しよう。あなたがたが行くときは、安心しきった民のところに行けるのだ。しかもその地は広々としている。神はそれをあなたがたの手に渡してくださった。その場所には、地にあるもので欠けているものは何もない。」(士師18:9.10・新改訳2017)という報告を聞いたダン族の人たちの中から、600人の兵とその家族(21)が出発しました。

 キルヤテ・エアリムは、地図を見るとダンとユダとベニヤミンの相続地の境界線の近くのユダの地にあります。ダン族の兵士がその地に宿営したのでその地はマハネ・ダン(ダンの宿営orダンの陣営)と呼ばれるようになったと12節に記されています。マハネ・ダンと呼ばれている場所は、詳しくはキルヤテ・エアリムの西部とのことです(12)。ダンの兵士たちは、そこからエフライムの山地へと進み、若い祭司のいるミカの家に到着しました。

 士師18:14-20には、
“14 ライシュの地を偵察に行っていた五人は、身内の者たちに告げた。「これらの建物の中にエポデやテラフィム、彫像や鋳像があるのを知っているか。今、あなたたちは何をすべきか分かっているはずだ。」15 そこで、彼らはそこに行き、あのレビ人の若者の家、ミカの家に来て、彼の安否を尋ねた。16 武具を着けた六百人のダンの人々は、門の入り口に立っていた。17 あの地を偵察に行った五人の者たちは上って行き、そこに入り、彫像とエポデとテラフィムと鋳像を取った。祭司は、武具を着けた六百人の者と、門の入り口に立っていた。18 これら五人がミカの家に入り、彫像とエポデとテラフィムと鋳像を取ったとき、祭司は彼らに言った。「何をしているのですか。」19 彼らは祭司に言った。「黙っていなさい。手を口に当てて、私たちと一緒に来て、私たちのために父となり、また祭司となりなさい。あなたは一人の人の、家の祭司となるのと、イスラエルで部族また氏族の祭司となるのと、どちらがよいのか。」20 祭司の心は躍った。彼はエポデとテラフィムと彫像を取り、この人々の中に入って行った。”(新改訳2017)と記されています。

 600人の兵士の中には斥候の5人もいました。5人の斥候は、偵察に行く途中で祭司に「安心して行きなさい。あなたがたのしている旅は、主がお認めになっています。」(6)という言葉を聞き、安らぎと勇気を得たと思います。14-20節は読むだけで分かる箇所ですが、まとめると、ミカの家にいた祭司はダン族の祭司となることを喜び選んでダン族の兵士の中に入っていったということです。祭司一人だけがダン族の祭司としてダン族の中に入ったというだけではなく、ダン族は、ミカの所有の彫像とエポデとテラフィムと鋳像も持ち去りました。

 士師18:21-26には、
“21 彼らは向きを変え、子ども、家畜、家財を先頭にして進んで行った。22 彼らがミカの家からかなり離れたころ、ミカは近所の家の者たちを集めて、ダン族に追いついた。23 彼らがダン族に呼びかけると、ダンの人々は振り向いて、ミカに言った。「あなたはどうしたのだ。人を集めたりして。」24 ミカは言った。「あなたがたは、私が造った神々と、それに祭司を奪って行きました。私のところには何が残っているでしょうか。私に向かって『どうしたのだ』と言うとは、いったい何事です。」25 ダン族はミカに言った。「あなたの声が私たちの中で聞こえないようにしなさい。そうしないと、気の荒い連中があなたがたに討ちかかり、あなたは、自分のいのちも、家族のいのちも失うだろう。」26 こうして、ダン族は去って行った。ミカは、彼らが自分よりも強いのを見てとり、向きを変えて自分の家に帰った。”(新改訳2017)と記されています。

 11節には「そこで、ダンの氏族の者六百人は、武具を着けてツォルアとエシュタオルを出発し、」とあり。この文だけを読むと兵士だけが600人出発したかのように取れますが、21節には「彼らは向きを変え、子ども、家畜、家財を先頭にして進んで行った。」とありますから、家族を連れ、財産を携えてライシュに行き、そこを獲得してそこに住むつもりでダン族に割り当てられていた地のツォルアとエシュタオルを出発したことが分かります。
「子ども、家畜、家財を先頭にして進んで行った。」とありますから、ダン族の人たちはミカの家からの追手が来ることを想定していたのだろうと思います。何しろミカの家のものを盗んできたのですから。
 案の定ミカは仲間を集めて追って来ました(22)。そして、ミカとダン族とのやり取りが23‐26節に記されています。両者の言葉による戦いは、ダン族の脅しがミカとその仲間を圧倒し、ミカとその仲間は武力闘争をすることなく自分の家へと帰って行ったということです。

 士師18:27-31には、
“27 彼らは、ミカが造った物とミカの祭司とを奪い、ライシュに行って、平穏で安心しきっている民を襲い、剣の刃で彼らを討って、火でその町を焼いた。28 だれも救い出す者はいなかった。その町はシドンから遠く離れていて、そのうえ、だれとも交渉がなかったからである。その町はベテ・レホブの近くの平地にあった。彼らは町を建てて、そこに住んだ。29 彼らは、イスラエルに生まれた自分たちの先祖ダンの名にちなんで、その町にダンという名をつけた。しかし、その町の名は、もともとライシュであった。30 さて、ダン族は自分たちのために彫像を立てた。モーセの子ゲルショムの子ヨナタンとその子孫が、その地の捕囚のときまで、ダン部族の祭司であった。31 こうして、神の宮がシロにあった間中、彼らはミカの造った彫像を自分たちのために立てていた。”(新改訳2017)と記されています。

 私は霊的な戦いは躊躇しませんが、対人的な戦いは嫌いなのでその部分はサラっと流しますから本文だけを読んでください。
ダン族は、ライシュの地をダンと改めました(29)。
 さて問題は30.31節です。
主が、カナンの先住民を追い出したのはその地の人たちの主に対する罪が満ちた故でした(創世記15:16)。
しかしダン族もダンの地で偶像礼拝をしたのです(30.31)。

 士師記17.18章は、士師記の中に入ってはいても士師の話ではありません。ダンがイスラエルの最北の地となった由来が士師記の中に記されているのだろうと思います。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
士師記を読んでいると気が重くなります。殺し合いがたくさん出て来るからです。早くイエス様の王国がもたらされますように。
あなたに愛されていることを実感し、あなたを崇め、あなたと交わりを持たせて頂けていることの大いなる幸いを覚えます。
それはあなたの愛から出で、イエス様の十字架と復活という恵みと聖霊様の働きの故であることを覚えます。
唯々感謝します。
今日もあなたの愛の中に生かされていることを感謝し、主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

2020年8月26日 (水)

士師記18:1-10 ダン族の斥候がライシュ(レシェム)の地を見出す

 士師18:1を
 新改訳2107は、“そのころ、イスラエルには王がいなかった。ダン部族は、自分たちが住む相続地を求めていた。イスラエルの諸部族の中にあって、その時まで彼らには相続地が割り当てられていなかったからであった。”と訳し、
 口語訳は、“そのころイスラエルには王がなかった。そのころダンびとの部族はイスラエルの部族のうちにあって、その日までまだ嗣業の地を得なかったので自分たちの住むべき嗣業の地を求めていた。”と訳し、
 リビングバイブルは、“こうした話でもわかるように、そのころイスラエルには王がいませんでした。さて、ダン部族は自分たちの相続地を得ようとしていました。まだ、割り当て地を攻め取っていなかったからです。”と意訳しています。

 ダン部族も相続地の割当を受けていました。
ヨシュア19:40-46には、
“40 七番目のくじはダン部族の諸氏族に当たった。41 彼らの相続地の領域はツォルア、エシュタオル、イル・シェメシュ、42 シャアラビン、アヤロン、イテラ、43 エロン、ティムナ、エクロン、44 エルテケ、ギベトン、バアラテ、45 エフデ、ベネ・ベラク、ガテ・リンモン、46 メ・ハ・ヤルコン、ラコン、およびヤッファに面する地域である。”(新改訳2017)と記されています。

 ダン族が相続地として与えられた地の先住民は、ダン族より強くダン族は相続地の一部しか所有できなかったのです。それ故、人口の割に生活できる場所が狭かったと思います。
ヨシュア19:41に、ツォルアがありますが、その地はサムソンの出身地です(士師13:2)。サムソンが心を奪われ、結婚しようとしたペリシテ人の娘は、ヨシュア19:43に記されているティムナの地の人です。またヨシュア19:41のエシュタオルにはダン族は定着できたようです。士師18:2に「ツォルアとエシュタオルから勇士たちを派遣し」と記されていますから。   

 地中海沿岸地方のヤッファからガザに至る地域にはペリシテ人が住んでいました。ペリシテの主要都市は5つあり、アシュドデ,アシュケロン,エクロン,ガザ,ガテ、とありました。
 サムソン登場以前、ダン族等は、ペリシテに抑圧されていました(士師13:1)。その地域のイスラエル人を開放するために、主はダン族のサムソンを立てたのです。サムソンは多くのペリシテ人を殺しましたが、サムソンなき後、ペリシテ人は相変わらず強力で、後の時代のサウル王の時には、ペリシテ人の戦士ゴリアテも登場します(1サムエル17章)。サウル王は、ペリシテとの戦いで負傷し、死にます(1サムエル31章)。

 ダン族は、ヨシュアを通して主から与えられた相続地を一部しか獲得できなかったので、ほかの定住地を探すことにしたのです。

 2ー10節には、ダン族の斥候の派遣から斥候の報告までが以下のように記されています。
“2 そこでダン族は、彼らの諸氏族全体の中から五人の者を、ツォルアとエシュタオルから勇士たちを派遣し、土地を偵察して調べることにした。彼らは五人に言った。「行って、あの地を調べなさい。」五人はエフライムの山地にあるミカの家まで行って、そこで一夜を明かした。3 ミカの家のそばに来たとき、彼らはあのレビ人の若者の声に気づいた。そこで、彼らはそこに立ち寄り、彼に言った。「だれがあなたをここに連れて来たのですか。ここで何をしているのですか。ここに何の用事があるのですか。」4 彼は、ミカがこれこれのことをして雇ってくれたので、ミカの祭司になったのだ、と言った。5 彼らは言った。「どうか神に伺ってください。私たちのしているこの旅が、成功するかどうかを知りたいのです。」6 その祭司は彼らに言った。「安心して行きなさい。あなたがたのしている旅は、主がお認めになっています。」7 五人の者たちは進んで行ってライシュに着き、そこの住民が安らかに住んでいて、シドン人の慣わしにしたがい、平穏で安心しきっているのを見た。この地には足りないものは何もなく、彼らを抑えつける者もいなかった。彼らはシドン人から遠く離れていて、そのうえ、だれとも交渉がなかった。8 五人の者たちが、ツォルアとエシュタオルの身内の者たちのところに帰って来ると、身内の者たちは彼らに、どうだったか、と尋ねた。9 彼らは言った。「さあ、彼らに向かって攻め上ろう。私たちはその土地を見たが、実にすばらしい。あなたがたはためらっているが、ぐずぐずせずに進んで行って、あの地を占領しよう。10 あなたがたが行くときは、安心しきった民のところに行けるのだ。しかもその地は広々としている。神はそれをあなたがたの手に渡してくださった。その場所には、地にあるもので欠けているものは何もない。」”(新改訳2017)

 2節には、「ダン族は、彼らの諸氏族全体の中から五人の者を、ツォルアとエシュタオルから勇士たちを派遣し、土地を偵察して調べることにした。」とあります。派遣された斥候は5人です(2)。
主がイスラエルに与えた相続地を不完全ながら支配できたのはソロモンの時代でした。

 さて、2節に「行って、あの地を調べなさい。」と新改訳2017は訳しています。「あの地」と訳した語の原語は「エレツ」(土地、地)に冠詞が付いている「ハアレツ」で、「その地」「あの地」と訳せますが、リビングバイブルの前の版は「定住しようとする地」と訳しています。ダン族は5人の斥候に「定住しようとする地」というか、定住できる地を探してこい、と送り出したのだと思います。
 そして斥候たちが探し出した地が、ライシュという地でした(7)。「ライシュ」は、ヨシュア19:47では「レシェム」と言われています。
斥候たちが、レシェムを見出す前、ミカの家にとまり、またミカの祭司になった若者にも会い、その若い祭司に主のみ旨を伺ってもらうということをしています。その時、祭司から「安心して行きなさい。あなたがたのしている旅は、主がお認めになっています。」という言葉をもらいました(6)。

 斥候たちがツォルアとエシュタオルの身内の者たちのところに戻ってダン族の人たちに話した言葉は、「さあ、彼らに向かって攻め上ろう。私たちはその土地を見たが、実にすばらしい。あなたがたはためらっているが、ぐずぐずせずに進んで行って、あの地を占領しよう。あなたがたが行くときは、安心しきった民のところに行けるのだ。しかもその地は広々としている。神はそれをあなたがたの手に渡してくださった。その場所には、地にあるもので欠けているものは何もない。」(9.10)というものでした。 

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
本来ならば、ダン族は、初めに割り当てられた地を獲得するために、厳しい状況の中にあっても主に信頼し続け、与えられた相続地を獲得すべきであったと思いますが、そのようには出来ませんでした。
このようなことは、一部のキリスト者を除き、私たちにもというか、私にもあてはまることです。
主は、最善を与えてくださいますが、信仰に立ち切れず、それを得ることが出来ないで、私たちが、困惑している時、それでは、「これではどうだ」と、次に良いものを与えてくださるお方ですから御名を崇めて賛美します。
願わくは、いつも主が提示してくださったものを、主を信じ切って獲得していくことが出来ますように。
主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

2020年8月25日 (火)

士師記17章 あなたの道から離れているミカ、偶像、祭司/真理を解き明かす聖霊

 士師17:1-6には、
“1 エフライムの山地の出で、その名をミカという人がいた。2 彼は母に言った。「銀千百枚が盗まれたとき、あなたはのろいの誓いをされ、私の耳にもそのことを言われました。実は、その銀は私が持っています。私がそれを盗んだのです。」すると母は言った。「主が私の息子を祝福されますように。」3 彼が母にその銀千百枚を返したとき、母は言った。「私は自分の手でその銀を聖別して、主に献げていました。自分の子のために、それで彫像と鋳像を造ろうとしていたのです。今は、それをあなたに返します。」4 彼が母にその銀を戻したので、母は銀二百枚を取って銀細工人に与えた。銀細工人はそれで彫像と鋳像を造った。こうして、それはミカの家にあった。5 このミカという人には神の宮があった。彼はエポデとテラフィムを作り、その息子の一人を任命して、自分の祭司としていた。6 そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれが自分の目に良いと見えることを行っていた。”(新改訳2017)と記されています。

 1節には「エフライムの山地の出で、その名をミカという人がいた。」とあります。
「ミカ」と訳されている語の原語は「ミカイェフ」です。ミカイェフは「誰がヤハウェ(主)のようであろうか」or「たれかヤハウェ(主)に比べ得べき」という意です。日本語訳の「ミカ」は省略形です。

 ミカは母の物を盗みました。盗んだ物は銀1100枚です。
母は息子のミカが盗んだとは知らず、盗んだ者を呪いました。
母の呪いの言葉をどこで聞いたのか分かりませんが、ミカは母の呪いを聞きました。
母は銀1100枚以上に息子のミカを愛していました。
ミカが、母に、銀1100枚を盗んだのは自分だと、告白した時、ミカの母は「主が私の息子を祝福されますように。」と主に祈りました。(2)

 3-5節をリビングバイブルは、
“3 ミカが銀を母に返すと、彼女は言いました。「おまえの名誉のためにも、これを主にささげます。これでおまえのために彫像を作り、銀を貼ってもらいましょう。」4.5 母親は銀二百枚を銀細工人に渡し、彫像を造らせました。彫像は、屋敷内にあるミカの聖堂に安置されました。ミカはたくさんの偶像を集めていて、エポデとテラフィム(占いや霊媒に使う偶像)もそろえて、息子の一人を祭司に任命していたほどでした。”と意訳しています。

 2節の「主が私の息子を祝福されますように。」 の「主」と3節の「主に献げ 」の「主」の原語は「ヤハウェ」です。
この家では、ヤハウェの名をみだりに唱えています。ヤハウェに献げ、と言いながら、偶像を造っているのです。
6節には「そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれが自分の目に良いと見えることを行っていた。」(新改訳2017)と記されていますが、律法全体を覚えるどころではなく、十戒さえもおろそかにしていたのが分かります。

 7‐11節はリビングバイブル訳を記します。

 7.8節には、“ある日、ユダのベツレヘム出身の若い祭司が、安住の地を求めてエフライム地方にやって来ましたが、道中、ふとミカの家の前で立ち止まりました。”とあります。
 「ユダのベツレヘム出身の若い祭司が 」とありますが、ベツレヘムは祭司に割り当てられた町ではありませんでした。
祭司はレビ族に属します。ヨシュア21章には、レビ人の町の一覧が記されています。ユダに属するレビ人の町の記載は、ヨシュア21:9-16に、
“9 ユダ部族、シメオン部族からは次に名を挙げる町を与えた。10 これらは、レビ族に属するケハテ人諸氏族の一つ、アロンの子らのものになった。最初のくじが彼らに当たったからである。11 彼らにはユダの山地にあるキルヤテ・アルバ、すなわちヘブロンとその周囲の放牧地を与えた。アルバはアナクの父である。12 しかし、この町の畑と村々はエフンネの子カレブに、その所有地として与えた。13 祭司アロンの子らに与えられたのは、殺人者の逃れの町ヘブロンとその放牧地、リブナとその放牧地、14 ヤティルとその放牧地、エシュテモアとその放牧地、15 ホロンとその放牧地、デビルとその放牧地、16 アインとその放牧地、ユタとその放牧地、ベテ・シェメシュとその放牧地。これら二部族から与えられた九つの町である。”(新改訳2017)と記されています。
この中に「ベツレヘム」はありませんから、「ユダのベツレヘム出身の若い祭司 」というのは、「ベツレヘムに寄留していた」ということになります。
どういう事情か分かりませんが、この祭司も、もう滅茶苦茶です。

 士師17:9-11には、
“9 ミカは、「どちらからお越しですか」と尋ねました。「ユダのベツレヘムからまいった祭司です。どこか住むのによい所はないものかと、旅しております。」10.11 「よろしければ、ここにとどまってください。私どもの祭司になっていただきたいのです。毎年、銀十枚と新しい衣服ひとそろい、それに生活費いっさいを面倒みて差し上げますよ。」若者は同意し、ミカの家族同様の扱いを受けました。 」”(リビングバイブル)とあります。

 士師17:12.13には、
“12 ミカがこのレビ人を任命したので、この若者は彼の祭司となり、ミカの家にいた。13 そこで、ミカは言った。「今、私は、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が私を幸せにしてくださることを知った。レビ人が私の祭司になったのだから。」”(新改訳2017)と記されています。

 ミカの母親もミカもヤハウェ(主)の名を語りながら、もう滅茶苦茶です。
ヤハウェ(主)の名を使いながら、主の教えを学ぼうともせず、主の教えに反することを行っているのです。

 マタイ7章の「21 わたしに向かって『主よ、主よ』と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。22 その日には多くの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言し、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの奇跡を行ったではありませんか。』23 しかし、わたしはそのとき、彼らにはっきりと言います。『わたしはおまえたちを全く知らない。不法を行う者たち、わたしから離れて行け。』」(新改訳2017)という主イエス様の御言葉を思い起こします。

<お祈り>
天のお父様。
真理から外れて「主よ、主よ」と主に仕えているつもりになっていることは本当に怖いことであることを再認識させられます。
聖書を与えてくださり、聖霊によって真理を教えてくださいますからありがとうございます。
あなたの御名を崇め感謝しつつ我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

・・・・・・・・・・・・・・
(ヨハネ14章)「16 そしてわたしが父にお願いすると、父はもう一人の助け主をお与えくださり、その助け主がいつまでも、あなたがたとともにいるようにしてくださいます。17 この方は真理の御霊です。世はこの方を見ることも知ることもないので、受け入れることができません。あなたがたは、この方を知っています。この方はあなたがたとともにおられ、また、あなたがたのうちにおられるようになるのです。 /26 ・・、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。/21 わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛している人です。わたしを愛している人はわたしの父に愛され、わたしもその人を愛し、わたし自身をその人に現します。」(新改訳2017)

2020年8月24日 (月)

士師記16:22-31 悔い改めて主の働きをするサムソン/聖き歩みの重要性

 士師16:19-27には、
“19 彼女〔デリラ(筆者挿入)〕は膝の上でサムソンを眠らせ、人を呼んで彼の髪の毛七房を剃り落とさせた。彼女は彼を苦しめ始め、彼の力は彼を離れた。20 彼女が「サムソン、ペリシテ人があなたを襲って来ます」と言ったとき、彼は眠りから覚めて、「今度も前のように出て行って、からだをひとゆすりしてやろう」と言った。彼は、主が自分から離れられたことを知らなかった。21 ペリシテ人は彼〔サムソン(筆者挿入)〕を捕らえ、その両目をえぐり出した。そして彼をガザに引き立てて行って、青銅の足かせを掛けてつないだ。こうしてサムソンは牢の中で臼をひいていた。22 しかし、サムソンの髪の毛は、剃り落とされてからまた伸び始めた。23 さて、ペリシテ人の領主たちは、自分たちの神ダゴンに盛大ないけにえを献げて楽しもうと集まり、そして言った。「われわれの神は、敵サムソンをわれわれの手に渡してくださった。」24 民はサムソンを見たとき、自分たちの神をほめたたえて言った。「われわれの神は、われわれの敵を、われわれの手に渡してくださった。この国を荒らして、われわれ大勢を殺した者を。」25 彼らは上機嫌になったとき、「サムソンを呼んで来い。見せ物にしよう」と言って、サムソンを牢から呼び出した。彼は彼らの前で笑いものになった。彼らがサムソンを柱の間に立たせたとき、26 サムソンは自分の手を固く握っている若者に言った。「私の手を放して、この神殿を支えている柱にさわらせ、それに寄りかからせてくれ。」27 神殿は男や女でいっぱいであった。ペリシテ人の領主たちもみなそこにいた。屋上にも約三千人の男女がいて、見せ物にされたサムソンを見ていた。”(新改訳2017)と記されています。

 サムソンがまだ母の子宮の中で形造られる前から、サムソンの母、そして父に、主の使いが現れ、主の使いは、サムソンの母には「見よ。あなたは不妊で、子を産んだことがない。しかし、あなたは身ごもって男の子を産む。今後あなたは気をつけよ。ぶどう酒や強い酒を飲んではならない。汚れた物をいっさい食べてはならない。見よ。あなたは身ごもって男の子を産む。その子の頭にかみそりを当ててはならない。その子は胎内にいるときから、神に献げられたナジル人だから彼はイスラエルをペリシテ人の手から救い始める。」(士師13:3-5・新改訳2017)と語られました。
 サムソンが誕生した後、サムソンに主が現れて、~してはいけないとか、~しなさい、と主が語った、とは聖書には記されていません。しかし、サムソンは、ナジル人であるから頭髪をそってはいけない、ということを両親から聞かされていたことが分かります。
サムソンはデリラに「私の頭には、かみそりが当てられたことがない。私は母の胎にいるときから神に献げられたナジル人だからだ。もし私の髪の毛が剃り落とされたら、私の力は私から去り、私は弱くなって普通の人のようになるだろう。」(士師16:17・新改訳2017)と話していますから。

 サムソンは、情欲の強い人でした。聖書は、結婚関係にある人以外の性的交わりを禁じています。サムソンは情欲によってその身に危険を引き寄せました。サムソンは、頭髪を剃られてしまったのです(19)。サムソンの頭髪が剃られたとき、主の霊はサムソンを離れました(20)
。その結果、サムソンには普通の男性の力しか残されていませんでした。それ故、ペリシテ人に簡単に捕らえられ、両目をえぐりだされ、ガザに連れて行かれ、青銅の足かせを付けられ、牢の中で臼を引くという仕事をさせられました(21)。臼を引いている間にサムソンの髪の毛は伸び始めました(22)。

 サムソンは、悲惨な状況に置かれている間、色々考え、悔い改めたことと思います。
サムソンが悔い改めるためには、これだけの苦しみが必要であったのかも知れません。
しかし、主を愛する者の為には、主はすべてのことを働かせて益として下さる(ローマ8:28)というお方、それが主です。

 さて、ペリシテ人たちは、サムソンを捕らえたことを祝う盛大な祭を祝うことにしました。23-25節をリビングバイブルは、
“ペリシテ人の領主たちは、サムソン逮捕を祝う盛大な祭りを催しました。人々は彼らの神ダゴンにいけにえをささげ、熱狂的に賛美しました。獄中のサムソンを満足げに眺めながら、「われわれの神様は、宿敵サムソンを引き渡してくださった。わしらの同胞を大ぜい殺した元凶が、今はあのざまだ」と叫びました。いいかげん酔いが回ったころです。「サムソンを連れ出せ!見せ物にして楽しもうじゃないか」という声があがったのです。サムソンは牢から連れ出され、神殿の中央の大屋根を支える二本の柱の間に立たされました。”と意訳しています。

 サムソンが神殿の中央の大屋根を支える二本の柱の間に立たされた時、サムソンは自分の手を固く握っている若者に「私の手を放して、この神殿を支えている柱にさわらせ、それに寄りかからせてくれ。」(26)と頼みました。若者はサムソンの頼みを聞いてその様にさせてあげました。

 ダゴンの神殿には見せものとして連れ出されたサムソンを見るためにペリシテ人たちが大勢集まっていました。神殿の屋上にも約3000人がいたほどです。

 見せものとして連れ出されたサムソンは、次のように
「神、主よ〔「神、主」の原語は、「アドナイ(わが主)ヤハウェ(主)」(筆者挿入)〕、どうか私を心に留めてください。ああ神よ、どうか、もう一度だけ私を強めてください。私の二つの目のために、一度にペリシテ人に
復讐したいのです。」(28・新改訳2017)と祈りました。

 サムソンが主に祈り終えた後のことを29-31節は、
“29 サムソンは、神殿を支えている二本の中柱を探り当て、一本に右手を、もう一本に左手を当てて、それで自らを支えた。30 サムソンは、「ペリシテ人と一緒に死のう」と言って、力を込めてそれを押し広げた。すると神殿は、その中にいた領主たちとすべての民の上に落ちた。こうして、サムソンが死ぬときに殺した者は、彼が生きている間に殺した者よりも多かった。31 彼の身内の者や父の家の者たちがみな下って来て、彼を引き取り、ツォルアとエシュタオルの間にある父マノアの墓に運び上げて葬った。サムソンは二十年間イスラエルをさばいた。”(新改訳2017)と記しています。

 主はサムソンに人類史上最高の力を与えられ、20年間ペリシテ人の支配抑圧からイスラエルを開放しました。
士師記に登場する士師はサムソンをもって終わります。

 追記:30節に「力を込めてそれ〔柱(筆者挿入)〕を押し広げた」(新改訳2017)とあります。
新改訳第三版は「力をこめて、それを引いた 」と訳しています。
「押し広げた」(新改訳2017)、「引いた」(新改訳第三版)と訳されている語の原語は「ナーター」で、原義は「stretch 」(いっぱいに伸ばす)です。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたはサムソンの両親に語られた約束を守られました。
サムソンの頭髪を剃らない状態のときには、サムソンに強大な力を与え、それによってイスラエルをペリシテ人から解放しました。
サムソンは情欲という罪の故に大失敗をしますが、サムソンが悔い改めた時、あなたはサムソンの祈りに耳を傾け、サムソンの願いを成就させられたことを覚えます。
2歴代誌16:9に「主はその御目をもって全地を隅々まで見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力を現してくださるのです。」(新改訳2017)とありますが、祈りの力は聖さと関係することを覚えます。
あなたのみ旨に叶った歩みをすることが出来ますよう助け導いてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン 
 

2020年8月23日 (日)

士師記16:1-21 サムソンとデリラ/キリスト者の品性

 士師16:1-3には、
“1 サムソンはガザへ行き、そこで遊女を見つけて、彼女のところに入った。2 「サムソンがここにやって来た」と、ガザの人々に告げる者があったので、彼らはそこを取り囲み、町の門で一晩中、彼を待ち伏せた。彼らは「明け方まで待ち、彼を殺そう」と言って、一晩中鳴りを潜めていた。3 サムソンは真夜中まで寝ていたが、真夜中に起き上がり、町の門の扉と二本の門柱をつかんで、かんぬきごと引き抜き、それを肩に担いで、ヘブロンに面する山の頂に運んで行った。”(新改訳2017)と記されています。

 1節の冒頭には「サムソンはガザへ行き」とあります。
ガザは、よくニュースにもでるガザです。ガザは5つのペリシテ人の町の最南端の町です。
余談になりますが、ペリシテ人とパレスチナ人とは異なります。現代のパレスチナ人は、人種的にはアラブ人です。
ペリシテ人について、主は、預言者アモスを通して「ペリシテ人をカフトルから、・・・連れ上った・・」(アモス9:7・新改訳2017)と語っています。カフトルとは「古代ミノア文明の中心地クレタ島の旧約聖書における呼称。」(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 )とコトバンクに記されています。

 1節には「サムソンはガザへ行き、そこで遊女を見つけて、彼女のところに入った。」とあり、この16章は1節では「遊女」、4節以降では「デリラ」という具合に女性がらみになってきます。

 サムソンはすでにペリシテ人の間に知れ渡っていました。
サムソンが遊女のところに入ったということをペリシテ人に密告する者がいました。それを聞いたガザの人々は、サムソンを殺すために遊女の家を取り囲み、また町の門で一晩中待ち伏せし、明け方までにサムソンを殺す計画でした。そのように準備していたのですが、サムソンは、真夜中に起き上がり、町の門の扉と二本の門柱をつかんで、かんぬきごと引き抜き、それを肩に担いで、ヘブロンに面する山の頂に運んで行ってしまったのです。

 この時代、敵の襲撃から身を守るため、町には城壁が張り巡らされ、門が付けられていたのです。サムソンは、大きな重い門を引き抜き、ガザからヘブロンまで担いでいきました。ガザとヘブロンの距離は、新共同訳スタディー版の注によると、約65kmあり、かつ標高差約900mの上り坂であるとのことです。
ガザでは、ペリシテ人との間で戦いは起こりませんでした。ペリシテ人はサムソンの行動を見て 、サムソンの力の強大さに非常に驚き、サムソンと戦おうとする人はいなかったのです。

 4.5節には、
“4 その後、サムソンは、ソレクの谷にいる女を愛した。彼女の名はデリラといった。5 ペリシテ人の領主たちが彼女のところに来て、言った。「サムソンを口説いて、彼の強い力がどこにあるのか、またどうしたら私たちが彼に勝ち、縛り上げて苦しめることができるかを調べなさい。そうすれば、私たち〔ペリシテ人の領主たち(筆者挿入)〕は一人ひとり、あなたに銀千百枚をあげよう。」”(新改訳2017)と記されています。

 4節に「ソレクの谷」と出てきますが、新共同訳スタディー版の注によると、「ソレクの谷はエルサレムの南西約20kmに源をもつソレク川流域のこと。」と記されています。
サムソンは、デリラを愛しました(4)。一方、デリラはサムソンではなく金を愛します。ペリシテ人の領主たちがデリラのもとに行って、「サムソンを口説いて、彼の強い力がどこにあるのか、またどうしたら私たちが彼に勝ち、縛り上げて苦しめることができるかを調べなさい。そうすれば、私たちは一人ひとり、あなたに銀千百枚をあげよう。」と言うと、それ以来、デリラは、銀千百枚×5人分(ペリシテ人の町は5つ)が欲しくてサムソンの力の秘密を聞きだそうとするのです。
銀1100枚とは、新共同訳スタディー版の注によると、銀約64kgと記されています。

 ここからしばらくの間は、リビングバイブル訳で読むと解説はいらないように思えるので、6-21節まで、リビングバイブル訳を載せます。
 6-21節をリビングバイブルは、
“6 デリラはサムソンに、力の秘密を打ち明けてほしいと頼みました。「ねえサムソン、どうしてそんなに強いの。教えてちょうだい。あんたを捕まえるなんて、できっこないわね。」7 「そうだな。真新しい七本の弓弦で縛られでもすれば、おれも人並の力しか出せまいな。」8 例の領主たちは、さっそく七本の弓弦を持って来ました。デリラは眠っているサムソンを縛り上げ、9 隣室には幾人かを潜ませておいて、大声で叫んだのです。「サムソン!ペリシテ人が来たわ!」するとどうでしょう。サムソンは、弓弦を木綿糸のように断ち切ってしまったのです。こうして彼の力の秘密は、だれにも知られずじまいでした。
 10 するとまた、デリラはサムソンにからみました。「あたしをからかったのね。うそつき。ねえ、どうしたらあんたを縛り上げることができるのか、教えてちょうだい。」11 「わかったよ。まだ使ったことのない新しい綱で縛ってみろ。普通の人と同じぐらいの力しか出せないよ。」12 それでデリラは、サムソンが眠ったころを見はからって新しい綱を取り出し、縛り上げました。前と同じように隣室に幾人かを潜ませ、またも大声で叫んだのです。「サムソン!ペリシテ人が捕まえに来たわ!」ところがサムソンは、まるでくもの巣でも払うように、綱を腕からはずしてしまったではありませんか。
 13 「また、あたしをばかにして、とんでもないでたらめをおっしゃったのね。ねえ、お願い。ほんとうのことを教えて。どうしたらあんたを縛り上げることができるのよ。」「ああ、わかったよ。おれの髪をおまえの機に織り込んでみるんだな……。」14 デリラはサムソンが眠ったのを確かめ、言われたとおり、彼の髪の毛を機に織り込み、悲鳴をあげてみせました。「ペリシテ人よ!サムソン!」サムソンは目を覚ますと、髪をぐいと引っぱり、機をこわしてしまいました。
 15 デリラは泣き出しそうな声で言いました。「よくも、愛してるなんておっしゃれるわね。ちっとも私を信用してくださらないくせに。もう三度もだまされたわ。それでもまだ、力の秘密を教えてはくださらないのね。」
 16.17 寝ても覚めてもせがみ続けるので、うるさくてたまりません。サムソンはついに秘密を打ち明けました。「実はな、おれの頭にはかみそりが当てられたことがないんだよ。おれは、生まれる前から神様にささげられたナジル人だからな。もし髪がそり落とされたら、おれの力もおしまいさ。ほかの人と同じになるよ。」18 ついにほんとうのことを白状させたのです。デリラはさっそく、ペリシテ人の五人の領主を呼びにやりました。「もう一度お越しください。今度こそまちがいありませんわ。」彼らは約束の金〔合計、銀5500枚(筆者挿入)〕を用意してやって来ました。19 彼女はひざ枕でサムソンを眠らせると、床屋を呼び、髪をそり落とさせました。念のためサムソンをこづいてみると、確かに彼の力はなくなっているようです。20 もう大丈夫と、悲鳴をあげました。「ペリシテ人が捕まえに来たわ!サムソン!」サムソンは目を覚まし、「なあに、いつもの調子で片づけよう。一ゆすりすりゃ、思いのままさ」と考えました。神様が自分から去られたことに、気づいていなかったのです。
 21 ペリシテ人は彼を捕まえると、目をえぐり出し、ガザへ連れて行きました。そこで青銅の足かせをはめて牢に入れ、臼を引かせたのです。”と意訳しています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたは、働きを遂行するための力をサムソンに与えました。
私たちキリスト者に等しく与えてくださるのは、御霊の実です。
御霊の賜物は、キリスト者一人一人にあなたがその人に与えたいと思われるものをお与えになりますが、御霊の実は、キリスト者皆に与えられるものでありますから感謝します。
あなたの子どもとしてふさわしく、御霊の実である「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」といった性質を豊かに持つ者とさせてください。
イエス様は「わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」(ヨハネ10:10・新改訳第三版)と語られましたように。
感謝して、我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2020年8月22日 (土)

士師記15章 主がサムソンを用いてイスラエルに20年の平和を与えられた/与えられた聖霊の賜物によって主に仕える

 士師15:1.2には、
“1 しばらくたって、小麦の刈り入れの時に、サムソンは子やぎを一匹持って自分の妻を訪ね、「私の妻の部屋に入りたい」と言ったが、彼女の父は入らせなかった。2 彼女の父は言った。「私は、あなたがあの娘を嫌ったのだと思って、あなたの客の一人に与えた。妹のほうがきれいではないか。あれの代わりに妹をあなたのものにしてくれ。」”(新改訳2017)と記されています。
 1節に「しばらくたって」とありますが、その前に14:10-19を読むと、サムソンの怒りのすさまじさが分かります。サムソンはひどく怒りましたが、しばらくすると、とありますから、サムソンはいつまでも怒り続けることをしない性質のようです。
 「小麦の刈り入れの時に」とありますが、その時は5月から6月初めころだそうです。
 “サムソンは子やぎを一匹持って自分の妻を訪ね、「私の妻の部屋に入りたい」と言ったが、彼女の父は入らせなかった。彼女の父は言った。「私は、あなたがあの娘を嫌ったのだと思って、あなたの客の一人に与えた。”という箇所から、この時代のこの地方は、通い婚であったことが分かります。
 サムソンは婚宴の7日目を満了しないで、怒りに燃えて父の家に帰ったので、サムソンの妻になるはずの女性は、サムソンに付き添ったペリシテ人の30人の若者の内の一人と結婚していました(士師14:19.20、15:2)。
 そこで、サムソンの義父になる予定であった人は、サムソンに、「妹のほうがきれいではないか。あれの代わりに妹をあなたのものにしてくれ。」と提案しました。

 しかし、サムソンは、それを受け入れることが出来ず、義父になるはずであった人や恐らく妻になるはずであった人に、「今度、私がペリシテ人に害を加えても、私は潔白だ。」 (3)と言ったのです。

 サムソンの怒りは、ペリシテ人に向かいました。サムソンの怒りの行動は、4.5節に、
それからサムソンは出て行って、ジャッカルを三百匹捕らえた。そして、たいまつを取り、尾と尾をつなぎ合わせて、二本の尾の間にそれぞれ一本のたいまつをくくり付けた。彼はそのたいまつに火をつけ、それらのジャッカルをペリシテ人の麦畑の中に放し、束ねて積んである麦から、立ち穂、オリーブ畑に至るまで燃やした。”(新改訳2017)と記されています。
 ジャッカルを捕まえるのは、オオカミを捕まえるようなものですが、サムソンは300匹も捕らえ、捕らえただけではなく、二匹のジャッカルの尾と尾をつなぎ合わせて、二本の尾の間に一本のたいまつをくくり付けたというのですから驚きです。それを150組つくったのです。それをペリシテ人の畑に放ったので、麦を刈り終えて積んである束からまだ立ち穂の状態の麦、更にはオリーブ畑迄燃えてしまったのです。

 この惨状を見てペリシテ人たちは激怒しました。そして犯人探しをしました。サムソンが犯人だと分かったのですが、サムソンに手を下すことは出来ません。返り討ちにあうからです。
6節には、“ペリシテ人たちは言った。「だれがこんなことをしたのか。」すると彼らは「あのティムナ人の婿サムソンだ。あの人が彼の妻を取り上げて、客の一人にやったからだ」と言った。ペリシテ人は上って来て、彼女とその父を火で焼いた。
”(新改訳2017)と記されています。
 ペリシテ人たちは、サムソンには手を出せないので、サムソンの義父になるはずであった人と、サムソンの妻になるはずであった人を火で焼いたのです。

 ペリシテ人がサムソンの妻になるはずであった人とその父を火で焼いたので、サムソンはペリシテ人に復讐をしました。7.8節には、
“サムソンは彼らに言った。「おまえたちがこういうことをするなら、私は必ずおまえたちに復讐する。その後で、私は手を引こう。」サムソンは彼らの足腰を打って、大きな打撃を与えた〔彼らを徹底的に打ちのめし (新共同訳)〕。それから、彼は下って行って、エタムの岩の裂け目に住んだ。”(新改訳2017)と記されています。

 9.10節をリビングバイブルは、
そうこうするうち、ペリシテ人がユダに大軍を差し向け、レヒに攻め入ったのです。「なぜここに攻めて来たんだ」と、ユダの人々は尋ねました。「サムソンをとっ捕まえるためだ。あいつにお返ししてやるのさ。」”と意訳しています。

 ペリシテ人からユダ攻撃の理由を聞いたユダの民は、サムソンをペリシテ人に引き渡そうということになりました。サムソンをペリシテ人に引き渡すことによってユダから兵を引いてもらいたかったのです。この時代のユダの民の中には、勇敢なカレブやオテニエルのような人はいなかったのでしょう。また、サムソンをリーダーに立てて戦おうという人もいなかったのでしょう。

 ユダの民がサムソンをペリシテ人に引き渡すためにサムソンのもとへ行った時のことが11-13節に、
“11 そこで、ユダの人々三千人がエタムの岩の裂け目に下って行って、サムソンに言った。「おまえは、ペリシテ人がわれわれの支配者であることを知らないのか。おまえはどうしてこんなことをしてくれたのか。」サムソンは言った。「彼らが私にしたとおり、私は彼らにしたのだ。」12 彼らはサムソンに言った。「われわれはおまえを縛って、ペリシテ人の手に渡すために下って来たのだ。」サムソンは言った。「あなたがたは私に討ちかからないと誓いなさい。」13 彼らは答えた。「決してしない。ただおまえをしっかり縛って、彼らの手に渡すだけだ。われわれは決しておまえを殺さない。」こうして、彼らは二本の新しい綱で彼を縛り、その岩から彼を引き上げた。”(新改訳2017)と記されています。

 イスラエルの人たちは、サムソンを二本の新しい綱で縛り、ペリシテ人が陣を置いているレヒに連れて行きました。
さてそこで何が起こったのでしょうか。サムソンの上に主の霊が激しく下ったのです。その地で起こったことが14-19節に、
“14 サムソンがレヒに来たとき、ペリシテ人は大声をあげて彼に近づいた。すると、主の霊が激しく彼の上に下り、彼の腕に掛かっていた綱は火のついた亜麻糸のようになって、その縄目が手から解け落ちた。15 サムソンは真新しいろばのあご骨を見つけ、手を伸ばして取り、それで千人を打ち殺した。16 サムソンは言った。「ろばのあご骨で、山と積み上げた。ろばのあご骨で、千人を打ち殺した。」17 こう言い終わると、彼はそのあご骨を投げ捨てた。彼はその場所を、ラマテ・レヒ〔あご骨の高台 (欄外注)「レヒ」は顎骨(筆者挿入)〕〕と名づけた。18 そのとき、彼はひどく渇きを覚え、主を呼び求めて言った。「あなたは、しもべの手で、この大きな救いを与えてくださいました。しかし今、私は喉が渇いて死にそうで、無割礼の者どもの手に落ちようとしています。」19 すると、神はレヒにあるくぼんだ地を裂かれたので、そこから水が出た。サムソンは水を飲んで元気を回復し、生き返った。それゆえ、その名はエン・ハ・コレ〔呼ばわる者の泉(欄外注)〕と呼ばれた。それは今日もレヒにある。”(新改訳2017)と記されています。

 20節には、“こうして、サムソンはペリシテ人の時代に二十年間イスラエルをさばいた〔治めた(聖書協会共同訳)〕。”(新改訳2017)と記されています。
 主がサムソンを用いられ、ペリシテ人はサムソンの力を知り、サムソンの力の及ぶ範囲においては、20年間平和が続いたのです。その地域はダン族の相続地、ユダ族の相続地等であったでしょう。

 士師記には12人の士師が記されていますが、サムソンは最後の12番目です。各士師は、イスラエル全部を治めたというのではなく、各地域を治めたのです。ですから、同じような時代に、あの地ではA士師、この地ではB士師、ということもあったのではないかと思います。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたは、あなたの方法で士師を立て、あなたの方法で士師に力を与え、あなたの方法でイスラエルを敵の抑圧から開放しました。
主権者であるあなたの御名を崇めます。
私たちも、あなたが与えてくださる聖霊の賜物を用いてあなたに仕えていくことが出来ますように。
主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

2020年8月21日 (金)

士師14:10-20 婚宴の席でのなぞかけとその後の悲惨

 10‐14節には、
“10 彼の父がその女のところに下って来たとき、サムソンはそこで祝宴を催した。若い男たちはそのようにするのが常だった。11 人々はサムソンを見て、客を三十人連れて来た。彼らはサムソンに付き添った。12 サムソンは彼らに言った。「さあ、あなたがたに一つの謎をかけよう。もし、あなたがたが七日の祝宴の間に、それを見事に私に解き明かし、答えを見つけることができたなら、あなたがたに亜麻布三十着と晴れ着三十着を差し上げよう。13 もし、それを解き明かすことができなければ、あなたがたが私に、亜麻布の衣服三十着と晴れ着三十着を差し出すことにしよう。」彼らは言った。「謎をかけなさい。われわれは聞こう。」14 そこで、サムソンは彼らに言った。「食らうものから食べ物が出た。強いものから甘い物が出た。」彼らは三日たっても、その謎を解き明かすことができなかった。”(新改訳2017)と記されています。

 婚宴について、現代の日本とは大きな隔たりがあるので、当時の有り様を知るために10.11節に関し、新聖書注解を下記します。
“<彼の父>。サムソンの母も一緒に出かけていたが、ここでは、花婿の父またマノアの家の代表として、父だけを挙げる。結婚しようとする花婿は、花嫁の父に結納を送り、また相応の祝宴を催す必要があった。サムソンは両親以外にだれも連れていかなったので、ティムナのペリシテ人は、三十人の若者をサムソンの付き添いの客として酒宴に参加させた。そして七日間の祝宴が始まった。”と記されています。
また、新共同訳スタディー版の注は、“当時の結婚は7日間の宴会の後に正式なものになった。サムソンは花嫁の家を7日目の日没前に去ったので、儀式が完了しておらず、結婚は正式なものにはならなかったとも考えられる。”ということを士師14:18-20の説明として述べています。

 サムソンは、自分に付き添ってくれた30人の若者に、なぞかけ(or謎解き)を提案し、30人の若者もそれを了承しました(12)。
その謎解きは賭(か)けを伴うものでした。
賭けの内容をリビングバイブルは、「もし君たちが、七日間の祝宴中に私のなぞを解いたら、白地の服三十着と柄もの三十着を差し出そう。だが、もし解けなかったら、同じものを君たちからもらうぞ。」(12.13)と意訳しています。

 かけの内容は、「食らうものから食べ物が出た。強いものから甘い物が出た。」(14)というサムソンが体験した内容です。
この賭けはサムソンに圧倒的に有利な問題です。当然のことですが、30人の若者たちは3日経っても解き明かすことが出来ませんでした(14)。

 15‐20節には、
15 七日目になって、彼らはサムソンの妻に言った。「おまえの夫を口説いて、あの謎をわれわれに明かしなさい。そうしないと、火でおまえとおまえの父の家を焼き払ってしまうぞ。おまえたちはわれわれからはぎ取ろうとして招待したのか。そうではないだろう。」16 そこで、サムソンの妻は夫に泣きすがって言った。「あなたは私を嫌ってばかりいて、私を愛してくださいません。あなたは私の同族の人たちに謎をかけて、それを私に明かしてくださいません。」サムソンは彼女に言った。「見なさい。私は父にも母にもそれを解き明かしてはいないのだ。おまえに解き明かさなければならないのか。」17 彼女は祝宴が続いていた七日間、サムソンに泣きすがった。七日目になって、彼女がしきりにせがんだので、サムソンは彼女に明かした。それで、彼女はその謎を自分の同族の人たちに明かした。18 町の人々は、七日目の日が沈む前にサムソンに言った。「蜂蜜よりも甘いものは何か。雄獅子よりも強いものは何か。」すると、サムソンは彼らに言った。「もし、私の雌の子牛で耕さなかったなら、あなたがたは私の謎を解けなかっただろうに。」19 そのとき、主の霊が激しくサムソンの上に下った。彼はアシュケロンに下って行って、そこの住民を三十人打ち殺し、彼らからはぎ取って、謎を明かした者たちにその晴れ着をやり、怒りに燃えて父の家に帰った。20 サムソンの妻は、彼に付き添った客の一人のものとなった。”(新改訳2017)と記されています。

 30人の若者は、七日目になっても解き明かすことが出来なかったので、サムソンの妻を脅迫し 、次のように言いました。「だんなから答えを聞き出してくれよ。いやだと言うなら、おまえもおまえのおやじの家も焼き払ってやるからな。おれたちゃなにも、丸裸にされるために呼ばれたわけじゃねえ。」(リビングバイブルの意訳)(15)と。

 30人の若者に脅された花嫁は、サムソンに「いったい、あなたは私を愛してくださってるの。村の人たちになぞをかけておいて、私には種明かしをしてくださらないんですもの……。」(リビングバイブル訳)と泣きすがりました(16)。
 それに対してサムソンは「実は、両親にも教えてないんだよ。おまえにだって話せんよ。」(16・リビングバイブル訳)と答えました。

 花嫁は、答えを聞きださないのなら「おまえもおまえのおやじの家も焼き払ってやるからな。」と30人の若者に、なぞかけから4日目に脅されたのです。
花嫁はサムソンから答えを教えてもらえなかったからと言って引き下がることは出来ません。
花嫁は祝宴の間中サムソンに泣きすがり、「答えを教えて」としきりにせがみました。それに耐えられなくなったサムソンは、7日目に花嫁に答えを明かしてしましました(17)。
サムソンからなぞの答えを聞いた花嫁は30人の若者に教えたのです(17)。

 30人の若者は、花嫁に教えられた答えをサムソンに言いました。それに対してサムソンは「もし、私の雌の子牛で耕さなかったなら、あなたがたは私の謎を解けなかっただろうに。」(18)と答えたのです。

 サムソンが30人の若者に答え終わると、“そのとき、主の霊が激しくサムソンの上に下った。彼はアシュケロンに下って行って、そこの住民を三十人打ち殺し、彼らからはぎ取って、謎を明かした者たちにその晴れ着をやり、怒りに燃えて父の家に帰った。 ”(新改訳2017)と19節には記されています。
 アシュケロンの町は、ティムナから約35kmの道のり、と新聖書注解は述べています。アシュケロンはペリシテ人の都市の一つで商業都市でした。
 19節の出来事に対して新聖書注解は、
“ティムナのペリシテ人のずる賢いやり方が、サムソンをこの殺人強盗事件へと追いやったのである。このような暴行に対して、アシュケロンの人々もティムナの人々もサムソンに報復していないのは、獅子をも一裂きにする彼の勇猛さがペリシテにもとどろいていたからに違いない。ティムナの町の人
々に対しても、裏切った女に対しても怒りを燃やしたサムソンは、一人でツォルアの家へ帰った。”と述べています。

 サムソンに主の霊が臨む前の40年間、イスラエルはペリシテ人に支配され 、抑圧されていました(士師13
:1)。
そして、士師14:19に
「主の霊が激しくサムソンの上に下った」とありますから、それに続く19節の出来事は、ペリシテに対する主の裁きであったことが分かります。これが主の裁きでなければ、すなわち単なるサムソンの怒りからくる暴虐だけであるならば赦されることではありません。主はサムソンの怒りをも用いられて裁きを行ったのです。
主が裁きをなさるとき、色々な方法を取られます。ノアの時代は水を用いました。北イスラエルの裁きに主は残虐なアッシリアを用いました。南イスラエル即ちユダ王国の裁きにはバビロンを用いました。イエス様を信じなかった初代教会時代のイスラエルにはローマを用いられました。今日の箇所ではペリシテ人の裁きにサムソンを用いています。裁きの道具として用いられた人達が義人であったわけではありません。裁きの道具として用いられた人達もまたそれぞれの行いに応じて裁かれたのです。

 さて、サムソンが、7日間の結婚の為の祝宴を満了することなく怒って帰ってしまったので、サムソンの妻となるはずであった人は、サムソンに付き添った30人の若者の一人と結婚してしまいました。

 パウロでさえ「神のさばきはなんと知り尽くしがたく、神の道はなんと極めがたいことでしょう。」(ローマ11:33・新改訳2017)と述べています。

<お祈り>
天のお父様。
この箇所から、何を学んだらよいのでしょうか?
私たちは、いつも祈るようにと命じられていますが、サムソンの場合、祈っている姿が見られません。
それでも主の主権の下、主が用いられるということもありますが、祈りながら事を進めて行くことの重要性を覚えます。
私たちの場合は、絶えず祈る者であらせてください。
主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

2020年8月20日 (木)

士師記14:5-9 サムソンの上に主の霊が激しく下った/新生したキリスト者の内には聖霊が内住している

 5‐9節には、
“5 サムソンは彼の父と母とともにティムナに下り、ティムナのぶどう畑にやって来た。すると見よ、一頭の若い獅子が吼えたけりながら彼に向かって来た。6 このとき、主の霊が激しく彼の上に下ったので、彼はまるで子やぎを引き裂くように、何も手に持たず獅子を引き裂いた。サムソンは自分がしたことを父にも母にも告げなかった。7 サムソンは下って行って、その女と話した。サムソンは彼女が気に入った。8 しばらくたってから、サムソンは彼女を妻にしようと戻って行った。あの獅子の死骸を見ようと、脇道に入って行くと、なんと、獅子のからだに蜜蜂の群れがいて、蜜があった。9 彼はそれを両手にかき集めて、歩きながら食べた。彼は自分の父母のところに行って、それを彼らに与えたので、彼らも食べた。その蜜を獅子のからだからかき集めたことは、彼らには告げなかった。”(新改訳2017)と記されています。

 この箇所は教会学校に通っている子どもなら知っているような有名な話です。
サムソンが、ライオンを素手で引き裂き、引き裂かれたライオンの体にハチが群がり、そこには蜂蜜が出来ていて、サムソンはライオンの体にたまった蜂蜜をかき集めたという話です。

 さて、不思議なことは、サムソンと両親はともにティムナに下ったのに、両親は、サムソンがライオンを倒したことを知らなかったということです。
この件について、
ウエスレアン聖書注解は、“おそらく彼らは、争って別々の道に行ったに違いない。こうしてサムソンは、獅子と戦ったときは一人だった。”とのべ、
新聖書注解は、“ティムナのぶどう畑にやって来たサムソンと両親は、そこで一服し、サムソンが一人だけわき道に入っていくと若い獅子に出会ったことになる。”と述べています。
 ウェスレアン聖書注解の解釈が正しいのか、新聖書注解の解釈が正しいのか、或いはほかの有り様であったのか分かりませんが、兎に角サムソンは獅子を引き裂いたのです。

 サムソンがペリシテ人であるティムナの娘を最初に好きになった時には一目ぼれでしたが、7.8節によると、ティムナの娘さんとしばらくの間話をしてますます好きになったようです。そしてサムソンは娘さんを妻にしようと思いました(8)。8節後半と9節には例の密の話が記されています。

 さて、6節に「主の霊が激しく彼の上に下ったので」とあります。
「主の霊」の原語は、「ルーアㇵ ヤハウェ」です。
サムソンの上に主の霊が下ったとき、サムソンは主の霊の力によって素手でライオンを引き裂いてしまいました。
 初代教会時代、既に天におられる私たちの愛兄姉たちが、コロッセオでライオンにかみ殺されるという見せ物がありました。
この時、主の霊が、かの兄姉たちにサムソンと同じスタイルで力をもって下り、襲ってくるライオンたちを、それが女性であっても、いとも簡単に引き裂いたとしたらどうであったでしょうか。そのようにすることは主にとって容易いことでした。主は無から有を創られたお方です。無から有を創るといっても、「無」とは0ではなく人間の目には見えないというだけのことで、アインシュタインが見出したE=mc²の公式から言えば、主が万物を創造されたエネルギーの大さははかり知れるものではありません。サムソンの件でも、主からしたら、サムソンに少し力を与えたら、サムソンがライオンを引き裂いた、という位のことでしょう。イエス様が、「からしだね一粒の信仰があれば、山を動かせる」と語られたことはオーバーでないことが分かります。しかし主は、新約の聖徒たちに対してはサムソンに与えたような力を与えるようなことはしませんでした。キリスト者に力が与えられるとどうなるのでしょう。主は、「聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」(使徒1:8・新改訳2017)と語られました。
キリスト者はキリストの証人としてたてられるために聖霊の力が与えられているのです。
初代教会時代のキリスト者は、イエス・キリストを信じれば、「罪が赦され永遠のいのちが与えられる」と触れ回ったことでしょう。
ローマのコロッセオには約50000人が入場できたというのですから、入場者の中には、ライオンが放たれても逃げ惑うことなく主に祈りをささげている兄姉たちを見て、その幾人かは、自分も主を信じようと思ったかもしれません。
私たちキリスト者は対人的に戦うのではなく、悪しき霊と戦う存在です(エペソ6:12、使徒26:18)。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
私たちキリスト者には、必要な時にだけ聖霊が臨むというのではなく、聖霊様は新生したキリスト者の内に内住してくださっておられますから感謝します。
聖霊の働きは、一人一人に応じて異なりますから、他のキリスト者を見て羨ましがることなく、自分に与えられている聖霊の賜物を用いて主に仕えていく一人一人であらせてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2020年8月19日 (水)

士師記14:1-4 主がサムソンを用い始める

 士師14:1-4には、
“1 サムソンは、ティムナに下って行ったとき、ペリシテ人の娘で、ティムナにいる一人の女を見た。2 彼は上って行って、父と母に告げた。「私はティムナで一人の女を見ました。ペリシテ人の娘です。今、彼女を私の妻に迎えてください。」3 父と母は言った。「あなたの身内の娘たちの中に、また、私の民全体の中に、女が一人もいないとでも言うのか。無割礼のペリシテ人から妻を迎えるとは。」サムソンは父に言った。「彼女を私の妻に迎えてください。彼女が気に入ったのです。」4 彼の父と母は、それが主によることだとは知らなかった。主は、ペリシテ人と事を起こす機会を求めておられたのである。そのころ、ペリシテ人がイスラエルを支配していた。”(新改訳2017)と記されています。

 士師13:25には、「主の霊が彼を奮い立たせ始めたのは、彼がツォルアとエシュタオルの間にあるマハネ・ダンにいたときのことであった。」(新共同訳)と記されています。

これに続くのが士師14:1です。

 1節の「ティムナ」という所は、ベテ・シェメシュの北西約7km(新聖書注解)、マハネ・ダンから約6km南西にある町(新共同訳スタディー版の注)ということです。

 サムソンは、ティムナにて一人のペリシテ人の娘に心惹かれ、両親に「今、彼女を私の妻に迎えてください。」(2)と頼みました。

「今」とありますから、すぐにでも結婚したかったのだろうと思います。サムソンはペリシテ人の娘に一目ぼれしたのでしょうか。サムソンの心をそのようにしたのはサムソン自身から出たことだけではありませんでした。4節には、それは主によることである、と記されています。主がそのようにされたのは、主が、ペリシテ人と事を起こす機会を求めておられたのである(4)と記されています。その理由は、その地のイスラエル人たちがペリシテ人に支配され抑圧されていたから(4)と理由が述べられています。
主は、サムソンを用いて、ペリシテ人と事を起こさせ、その地のイスラエル人をペリシテ人の支配から解放させるため、常ならぬ手段を取ったのです。

 サムソンから、ペリシテ人の娘を妻に迎えてくれと言われた両親はビックリしました。サムソンの両親は主(ヤハウェ)を信じていた人たちでしたから「あなたの身内の娘たちの中に、また、私の民全体の中に、女が一人もいないとでも言うのか。無割礼のペリシテ人から妻を迎えるとは。」とサムソンに答えました。言外に「なんと言うことだ」というような感じが含まれているように思えます。

 そう言われても、サムソンとしては、サムソンがみそめたペリシテ人の娘が良かったのです。

 余談になりますが、キリスト者がサムソンの真似をして、主を信じていない人と結婚するとき、多くの場合、主を中心とする幸せな家庭を築くことは難しいです。未信者の人と結婚した場合、そのキリスト者は、その家庭に遣わされた宣教師のようであるべきでしょう。相手の人は異邦人なのですから。

 パウロは、コリント人への手紙Ⅱに「不信者と、つり合わないくびきをともにしてはいけません。正義と不法に何の関わりがあるでしょう。光と闇に何の交わりがあるでしょう。 キリストとベリアルに何の調和があるでしょう。信者と不信者が何を共有しているでしょう。 神の宮と偶像に何の一致があるでしょう。私たちは生ける神の宮なのです。神がこう言われるとおりです。」(6:14-16・新改訳2017)と述べています。

イエス様を信じていいる者同士で結婚出来た人は幸いです。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたは、イスラエル人に「あなたが入って行って所有しようとしている地に、あなたの神、主があなたを導き入れるとき、主は、あなたよりも数多くまた強い七つの異邦の民、すなわち、ヒッタイト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、およびエブス人をあなたの前から追い払われる。あなたの神、主が彼らをあなたに渡し、あなたがこれを討つとき、あなたは彼らを必ず聖絶しなければならない。彼らと何の契約も結んではならない。また、彼らにあわれみを示してはならない。 また、彼らと姻戚関係に入ってはならない。あなたの娘をその息子に嫁がせたり、その娘をあなたの息子の妻としたりしてはならない。 というのは、彼らはあなたの息子を私から引き離し、ほかの神々に仕えさせ、こうして主の怒りがあなたがたに向かって燃え上がって、あなたをただちに根絶やしにするからである。」(申命記7:1-4・新改訳2017)と命じられました。
しかし、ある目的のために、サムソンに対しては律法に反する方法を取らせなさいました。
だからと言って、基本的なあなたの教えをないがしろにすることがありませんように。
結婚を望んでおられる方々を助けてあげてくださいますように。
主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

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