ルツ記

2020年9月 1日 (火)

ルツ記4章 サルマと主を信じる異邦人ラハブから生まれたボアズ、ボアズと主を信じる異邦人ルツからダビデの曽祖父が生まれる

 ルツ4:1-6には、
“1 一方、ボアズは門のところへ上って行って、そこに座った。すると、ちょうど、ボアズが言ったあの買い戻しの権利のある親類が通りかかった。ボアズは彼に言った。「どうぞこちらに来て、ここにお座りください。」彼はそこに来て座った。2 ボアズは町の長老十人を招いて、「ここにお座りください」と言ったので、彼らも座った。3 ボアズは、その買い戻しの権利のある親類に言った。「モアブの野から帰って来たナオミは、私たちの身内のエリメレクの畑を売ることにしています。4 私はそれをあなたの耳に入れ、ここに座っている人たちと私の民の長老たちの前で、それを買ってくださいと言おうと思ったのです。もし、あなたがそれを買い戻すつもりなら、それを買い戻してください。けれども、もし、それを買い戻さないのなら、私にそう言って知らせてください。あなたを差し置いてそれを買い戻す人はいません。私はあなたの次です。」彼は言った。「私が買い戻しましょう。」5 ボアズは言った。「あなたがナオミの手からその畑を買い受けるときには、死んだ人の名を相続地に存続させるために、死んだ人の妻であったモアブの女ルツも引き受けなければなりません。」6 するとその買い戻しの権利のある親類は言った。「私には、その土地を自分のために買い戻すことはできません。自分自身の相続地を損なうことになるといけませんから。私に代わって、あなたが買い戻してください。私は買い戻すことができません。」”(新改訳2017)と記されています。

 1節に「ボアズは門のところへ上って行って、そこに座った。」とあります。
「門」について:イスラエルの町は城壁に囲まれていました。そして、城壁の門のところで裁判が行われました。
1-6節を読むと分かるように、結論は、ボアズが、ナオミの手から亡夫エリメレクの畑を買い受け、死んだ人の名を相続地に存続させるために、亡きエリメレクの子である死んだ者の妻であったモアブの女ルツも引き受けることになりました。

 ルツ4:7-12には、
“7 昔イスラエルでは、買い戻しや権利の譲渡をする場合、すべての取り引きを有効にするために、一方が自分の履き物を脱いで、それを相手に渡す習慣があった。これがイスラエルにおける認証の方法であった。8 それで、この買い戻しの権利のある親類はボアズに、「あなたがお買いなさい」と言って、自分の履き物を脱いだ。9 ボアズは、長老たちとすべての民に言った。「あなたがたは、今日、私がナオミの手から、エリメレクのものすべて、キルヨンとマフロンのものすべてを買い取ったことの証人です。10 また、死んだ人の名を相続地に存続させるために、私は、マフロンの妻であったモアブの女ルツも買って、私の妻としました。死んだ人の名を、その身内の者たちの間から、またその町の門から絶えさせないためです。今日、あなたがたはその証人です。」11 門にいたすべての民と長老たちは言った。「私たちは証人です。どうか、主が、あなたの家に嫁ぐ人を、イスラエルの家を建てたラケルとレアの二人のようにされますように。また、あなたがエフラテ〔ベツレヘムの別称(筆者挿入)〕で力ある働きをし、ベツレヘムで名を打ち立てますように。12 どうか、主がこの娘を通してあなたに授ける子孫によって、タマルがユダに産んだペレツの家のように、あなたの家がなりますように。」”(新改訳2017)と記されています。

 この箇所も読むだけで分かる箇所です。
ボアズは、裁判で正式に買い戻しの権利を得ました(7-11)。
この裁判の証人となった町の人たちは、ボアズを主(ヤハウェ)の御名で祝福しました(11.12)。

 買い戻しの義務を負ったボアズは、故エリメレクの畑を買うと共に、未亡人ナオミを扶養することと、ルツを妻として子をもうけ、ルツとの間に出来た子にエリメレクの畑を継がせる責任を負いました。

 ルツ4:13-17には、
“13 ボアズはルツを迎え、彼女は彼の妻となった。ボアズは彼女のところに入り、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はルツを身ごもらせ、彼女は男の子を産んだ。14 女たちはナオミに言った。「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がほめたたえられますように。主〔原語は「彼」(筆者挿入)〕は、今日あなたに、買い戻しの権利のある者が途絶えないようにされました。その子の名がイスラエルで打ち立てられますように。15 その子はあなたを元気づけ、老後のあなたを養うでしょう。あなたを愛するあなたの嫁、七人の息子にもまさる嫁が、その子を産んだのですから。」16 ナオミはその子を取り、胸に抱いて、養い育てた。17 近所の女たちは、「ナオミに男の子が生まれた」と言って、その子に名をつけた。彼女たちはその名をオベデと呼んだ。オベデは、ダビデの父であるエッサイの父となった。”(新改訳2017)と記されています。

 ボアズとルツから生まれた子をオベデと名づけました。オベデの子はエッサイ、エッサイからダビデが生まれました(男が直接出産するわけではないのですがこのような表現をします)。

 ルツ4:18-22には、
“18 これはペレツの系図である。ペレツはヘツロンを生み、19 ヘツロンはラムを生み、ラムはアミナダブを生み、20 アミナダブはナフションを生み、ナフションはサルマを生み、21 サルマはボアズを生み、ボアズはオベデを生み、22 オベデはエッサイを生み、エッサイはダビデを生んだ。”(新改訳2017)と記されています。

 マタイの福音書におけるアブラハムからダビデに至るまでの系図を記すと、アブラハム→イサク→ヤコブ→ユダ(タマルによって)→ペレツ→ヘツロン→アラム〔ルツ記、1歴代誌では「ラム」(筆者挿入)〕→アミナダブ→ナフション→サルマ(ラハブによって)→ボアズ(ルツによって)→オベデ→エッサイ→ダビデ、となります。

 ボアズの母はラハブです。
ラハブは、異邦人ですが、主はラハブの信仰を賞賛し、ヘブル11章の信仰列伝にラハブの名を残しています。
ボアズは主を崇め主に信頼するラハブによって育てられました。ラハブはエリコの強靭かつ高さも高い城壁を人の力ではなく、主なる神ご自身が崩壊させたこと、主にある民は、約束を守ってラハブと家族とを救い出してくださったことなどを何度もボアズに語ったことと思います。ラハブは主の御力を体験した人でした。

 ラハブに育てられたボアズは、異邦人ではあっても主なる神様を信じるルツを受け入れることが容易であったと思います。ルツも主の恵みを豊かに体験しました。

 エレミヤ17章に、“5 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。7 「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を信頼する者に祝福がるように。」”(新改訳2017)と記されています。
主に信頼する者を、主は祝福してくださいます。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたは、あなたに信頼する者を喜び、用いられるお方であることを覚えます。
私たちも、あなたを愛し続け、あなたに信頼し続ける者であらせてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2020年8月31日 (月)

ルツ記3章 ルツの従順さとボアズの主に在る歩み

 本文は、意訳スタイルのリビングバイブルを用います。

 1‐5節には、
“1 ある日、ナオミはルツに話しかけました。「ねえ、ルツや。そろそろあなたも良いお婿さんを見つけて、幸せにならなければね。2 実は、これはと思っている人があるの。あのボアズさんよ。あの方はとっても親切にしてくださったし、近い親戚でもあるからね。たまたま耳にしたんだけど、今夜、あの方は打ち場で大麦をふるい分けるって話よ。3 さあ、私の言うとおりにしておくれ。体を洗って香油を塗り、きれいな服を着て、打ち場へお行き。ただし、あの方が夕食をすますまでは気づかれないようにね。4 あの方がお休みになる場所をちゃんと見届けてから、そっと入って行って、足もとの覆いをまくって横になりなさい。あとはあの方が、あなたがどうすべきかを教えてくださるでしょう。」5 「わかりました。おっしゃるとおりにします。」”とあります。

 ルツに対するボアズの言動を聞いてきたナオミは、買い戻しについての主の教えを考慮すると共にルツのボアズに対する気持ちをも推察し、ルツに一つの提案をしました。ルツは、ナオミの言っていることを理解し「わかりました。おっしゃるとおりにします。」とナオミに答えました。

 土地の売買と買い戻しについての律法はレビ記25章に、
“23 土地は、買い戻しの権利を放棄して売ってはならない。土地はわたしのものである。あなたがたは、わたしのもとに在住している寄留者だからである。24 あなたがたの所有するどの土地においても、土地を買い戻す権利を認めなければならない。25 もしあなたの兄弟が落ちぶれて、その所有地を売ったときは、買い戻しの権利のある近親者が来て、兄弟の売ったものを買い戻さなければならない。26 その人に買い戻しの権利のある親類がいないときは、彼の暮らし向きが良くなり、それを買い戻す余裕ができたなら、27 売ってからの年数を計算し、なお残る分を買い主に返し、自分の所有地に帰ることができる。28 もしその人に返す余裕がないなら、その売ったものはヨベルの年まで買い主の手にとどまる。しかし、ヨベルの年にはその手を離れ、彼は自分の所有地に帰ることができる。”(新改訳2017)と記されています。
 ナオミは、上記の条文の内、レビ25:25を考えたのであろうと思います。

 6‐8節には、
“6.7 ルツはしゅうとめに教えられたとおり、その夜、打ち場に出かけて行きました。ボアズは食事をすますとすっかり心地よくなって、積み重ねてある麦のそばにごろりと横になり眠ってしまいました。そこで、ルツはそっと忍び寄り、ボアズの足もとの覆いをまくって横になりました。8 真夜中に目を覚ましたボアズは、びっくりして跳び起きました。なんと、足もとに女が寝ているではありませんか。”とあります。

 ルツはナオミに教えられた通りのことを実行しました(6.7)。
ナオミとルツの計画を知らないボアズは、足元に人が寝ていたので目を覚ますや否やびっくりして跳び起きたのです。

 9節には、
「だれだ、おまえは!」とボアズが問いただすと、ルツは答えました。「ボアズ様。私ルツでございます。どうぞ、神様の律法に従って私を妻にしてください。あなた様はその権利がある親類ですから。」”とあります。

 ビックリして跳び起きたボアズは「だれだ、おまえは!」と叫びました。ルツは、主の「買い戻し」の律法を持ち出しました。
ルツの言葉を新改訳2017は「私はあなたのはしためルツです。あなたの覆いを、あなたのはしための上に広げてください。あなたは買い戻しの権利のある親類です。」(新改訳2017)とほぼ直訳しています。

 10-13節には、
“10 「ルツよ。あなたのようなすばらしい女性は見たことがない。こんなにまでしてナオミに尽くしているとは。貧しくてもまだ若いのだから、若い男に心をひかれても不思議ではないのに、そんな気持ちよりも、買い戻しの権利を持つ私と結婚してナオミのために世継ぎを残そうというのか。11 ルツよ、何も心配はいらないよ。望みどおりにしてあげよう。あなたがすばらしい女性だということは、みんな知ってるのだから。 12 ただ、一つだけ問題がある。確かにわしは近い親戚には違いないが、もっと近い親戚もいるのだ。13 とにかく今夜はここで休みなさい。朝になったら、その人と話をつけることにしよう。もしその人があなたを妻に迎えるというなら、そのようにしてもらおう。義務を果たさせるまでだ。だが、もし断ったら、わしが責任をはたそう。今ここで、はっきり主に誓うよ。さあ安心して、朝までここで休みなさい。」”とあります。

 ボアズは情欲に流されることなく、主の教え(律法)に従った歩みをしています。
またボアズはここまで、思いやりにあふれた言動をとっています。
まさに律法の根幹である神を愛し、隣人を愛するという歩み(マタイ22:37-40)をしています。
ボアズが語った12節に記されていることをナオミは知らなかったのでしょうか、私には分かりませんが、ルツにとっては青天の霹靂(へきれき)でしょう。ルツは恐らくボアズに好意を寄せていたのではないかと思います。ところが、ボアズの口から出た言葉によると、ボアズではなく、ルツの知らない人がルツとの結婚の第一候補だとは! ルツの気持ちはどのようであったでしょうか。
ルツは言われたとおりボアズの足もとに寝ましたが、夜明け前に起きました。ボアズが、「この打ち場に来たことをだれにも知られないように」と注意したからです。”(14)と続きます。

ボアズは、自分自身にとってもルツにとってもふしだらな人といううわさが流れないように対処しています。二人の間に何もなかったとしても世の人は何というか分かりませんから。

 15‐18節には、
“「あなたの肩かけを持って来なさい。」ボアズはそう言うと、しゅうとめへのみやげにと、大麦六杯をその中へ入れてルツに背負わせました。
こうしてルツは町へ帰りました。帰宅すると、ナオミが「どうだったの?」と尋ねました。ルツは聞かれるままにあったこと全部を話し、ボアズから受け取った大麦を渡しました。そして、「何も持たずに帰ってはいけないよ」と言ったボアズのことばも、忘れずに伝えました。ナオミはうなずきました。「そう、ではどうなるのか、何か知らせがあるまでおとなしくしていましょう。ボアズさんのことだもの、決着がつくように最善を尽くしてくださるわ。きっと、今日にもめどをつけてくださいますよ。」”とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
ルツの従順さ、ボアズの主に在る歩み、共にすばらしい情景を見させてくださり感謝します。
さばきつかさ(士師)の時代にボアズのような人がいたことをとても嬉しく思います。
周囲の環境に関係なく、常に主に従い続ける者であらせてください。
主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

2020年8月30日 (日)

ルツ記2章 落穂ひろい/ボアズとの出会い/イエス・キリスト様との出会い

 ルツ記2章もリビングバイブルの訳を下記します。
“1 ところでナオミには、夫の一族でベツレヘムに住むボアズという一人の有力な親戚がいました。”
 1節でボアズという人の紹介をしています。ボアズはユダのベツレヘムに住んでいました。ナオミとボアズは親戚でした。

“2 ある日、ルツはナオミに申し出ました。「お母様、私、どなたか親切な方の畑で、刈り入れをする人たちのあとについて落ち穂を拾わせてもらおうと思います。」「すまないね、そうしてくれるかい。」”
 落穂拾いの規定に関して、レビ23:22には「あなたがたの土地の収穫を刈り入れるときは、刈るときに畑の隅まで刈り尽くしてはならない。あなたの収穫の落ち穂も集めてはならない。貧しい人と寄留者のために、それらを残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。」(新改訳2017)と記されています。

 “3 そこでルツは出かけて行って落ち穂を集めたのですが、なんと、その畑はボアズの畑でした。4.5 ルツがまだ畑にいるうちに、ボアズがベツレヘムの町から来ました。雇い人たちとひと通りあいさつをすませると、ボアズは監督役の者に尋ねました。「あそこにいるのは、どこの娘さんかね。」 6 「あれは、ナオミといっしょにモアブからまいった娘でございます。7 落ち穂を拾わせてほしい、今朝から来まして、とにかく木陰で休みもせず、ああしてずっと立ち働いているのです。」8.9 ボアズはルツのそばに歩み寄ってことばをかけました。「こんにちは。精が出ますね。いいですか、いつも私のところで落ち穂を拾いなさい。ほかの畑に行くことはありません。私のところの女たちのあとにしっかりついてお行きなさい。若い者にも、あなたを困らせないように注意しておきましたから。それから、のどが渇いたらあそこで自由に水を飲みなさい。」”

 節理の主なる神様は、ルツをナオミの親戚のボアズの畑へと導いてくださいました。
この箇所のボアズは、イエス様の予型のような人です。どのような予型なのでしょう。
イエス様は、イエス様のもとへ行く者に良くしてくださるお方です。
イエス様は「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイ11:28・新改訳2017)と言われ、また、
「父がわたしに与えてくださる者はみな、わたしのもとに来ます。そして、わたしのもとに来る者を、わたしは決して外に追い出したりはしません。」(ヨハネ6:37・新改訳2017)と語られたお方です。

 余談になりますが、イエス様を自分の救い主として信じた最初の頃の私は、主に委ねるということが分かりませんでした。主に委ねるのではなく自分で(自分の肉で)頑張って疲れていました。主に委ねることをマスターできると本当に楽になります。平安です。主に委ねきることが出来るのは、主の愛を、主の真実を、主の誠実を、知ったからです。聖書の言う「知る」とは体験することです。知性だけで知ることではありません。 

 ボアズに愛を注いで頂いたルツとボアズの会話が続きます。
“10.11 ルツはありがたくて、何と言ってよいかわかりません。「どうして、私みたいな者に、そんなに親切にしてくださるのですか。よそ者ですのに。」「もちろん、それは知っていますよ。それにあなたがご主人を亡くしてからもしゅうとめのために一生けんめい尽くしたことや、生まれ故郷を離れて見知らぬ国まで来たことも聞いています。 12 どうかイスラエルの神、主が、その翼の下に避け所を求めてやって来たあなたを祝福してくださるように。」13 「ほんとうに、もったいないことです。使用人でもありませんのに、こんなに親切にしていただいて。」”
 
 ボアズは、親戚のナオミのこと、ナオミについてきたルツのこと等色々なことをすでに聞いていました。
ナオミが直接ボアズに話したわけではないと思いますが、ナオミのことは、ベツレヘムの女性たちとナオミとの会話の結果(ルツ1:19-21&XYZ)、ベツレヘムの女性たちの夫の耳にも入っていたのであろうと思います。ですから、ボアズは自分とナオミの関係、自分とルツの関係をも考慮していたと思います。ボアズは、ナオミの夫のエリメレク、息子のマフロンとキルヨンとも交流があったことでしょう。

 午前の仕事が終わって昼食時になりました。
“14 昼食の時、ボアズはルツに、「さあこちらに来て、いっしょにお食べなさい」と声をかけました。ルツが農夫たちと並んで腰をおろすと、ボアズは、食べきれないほどの食べ物を取り分けてくれました。”

 午後の仕事の時間になりました。
“15 そして、彼女が再び落ち穂拾いに戻ると、若者たちにこう命じました。「じゃまをしないで、麦の束の間でも落ち穂を拾わせてやりなさい。 16 いや、もっと拾いやすいように、穂を抜き落としておきなさい。あの女にとやかく言ってはなりません。」17 こうしてルツは、一日中、そこで落ち穂を拾い集めました。夕方になって、集めた大麦の穂を打ってみると、1エパ(23ℓ)にもなりました。”
 
 ルツとナオミの会話
“18 それを抱えて町へ戻り、しゅうとめのナオミに見せ、また、昼食の残りも差し出しました。19 「まあ、ずいぶんたくさんだこと!」ナオミは思わず声をあげました。「いったい、どこで拾って来たの。こんなに親切にしてくださった方のために、心から主に感謝しましょう。」ルツはしゅうとめに、ボアズの畑に行ったことなど一部始終を話しました。20 それを聞いて、ナオミはいっそう驚き、「ボアズさんだって!主よ、ありがとうございます。神様のお恵みは、あなたが夫を亡くした時に終わったんじゃなかった。お恵みはずっと注がれていたのだね。だって、その方は一番近い親戚の一人なんですから。」21 「まあ、そうですの。あの方は、刈り入れがぜんぶ終わるまで、毎日、落ち穂を拾い集めていいとおっしゃったわ。」 22 「それはよかったこと。それじゃおことばに甘えて、刈り入れの間中、あの方のところで若い女たちといっしょにお世話になりなさい。ほかの畑に行くよりずっと安心だよ。」”

 20節後半を新改訳2017は“ナオミは、また言った。「その方は私たちの近親の者で、しかも、買い戻しの権利のある親類の一人です。」”と訳しています。
「買い戻す」と訳された語の原語は「ゴーエル」で、買い戻すこと、
買い戻す人、質請け人、身請け人、救い主、贖い主等の意があります。
イエス・キリスト様は、私たちの贖い主です。その意味で、この箇所はイエス・キリストの予表です。
ガラテヤ3:13には、“キリストは、ご自分が私たちのためにのろわれた者となることで、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。「木にかけられた者はみな、のろわれている」と書いてあるからです。”(新改訳2017)と記され、
1コリント1:30には、“・・、あなたがたは神によってキリスト・イエスのうちにあります。キリストは、私たちにとって神からの知恵、すなわち、義と聖と贖いになられました”(新改訳2017)と記され、
エペソ1:7には、“このキリストにあって、私たちはその血による贖い、背きの罪の赦しを受けています。これは神の豊かな恵みによることです。 ”(新改訳2017)と記されています。

 ルツがボアズによって買い戻されることについては4章に記されています。

“23 こうしてルツは、大麦と小麦の刈り入れが終わるまで落ち穂を拾い続けました。


<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
ナオミは主の恵みをすぐに感謝し、主に在って恵みを与えてくれた人を祝福し、ボアズもルツの祝福を主に祈るという、いつも主と共にある歩みをこの章から見させて頂けましたことを感謝します。
ボアズとルツの出来事を通して、イエス様と私たちとの関係を見せてくださり感謝します。
イエス様は、私たちの重荷を引き受けてくださるお方ですから感謝します。
贖い主にして、良きの物の与え主である主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

2020年8月29日 (土)

ルツ記1章 モアブ人ルツの信仰

 ルツ1:1-5には、
“1 さばきつかさが治めていたころ、この地に飢饉が起こった。そのため、ユダのベツレヘム出身のある人が妻と二人の息子を連れてモアブの野へ行き、そこに滞在することにした。2 その人の名はエリメレク、妻の名はナオミ、二人の息子の名はマフロンとキルヨンで、ユダのベツレヘム出身のエフラテ人であった。彼らはモアブの野へ行き、そこにとどまった。3 するとナオミの夫エリメレクは死に、彼女と二人の息子が後に残された。4 二人の息子はモアブの女を妻に迎えた。一人の名はオルパで、もう一人の名はルツであった。彼らは約十年の間そこに住んだ。5 するとマフロンとキルヨンの二人もまた死に、ナオミは二人の息子と夫に先立たれて、後に残された。”(新改訳2017)と記されています。

 1節に「さばきつかさが治めていたころ」とありますから、ルツ記の舞台は士師記が書かれている時代のことです。
ルツ記に登場する重要人物が何人かいますが、その中にルツと結婚するボアズがいます。マタイ1:5に「サルマがラハブによってボアズを生み」(新改訳2017)と記されています。ラハブは、ヨシュア2:1に登場します。ですから、ルツ記は士師の時代の中でも比較的初期の頃の出来事ではないかと推測されます。 

 1節後半部分に「ユダのベツレヘム出身のある人が妻と二人の息子を連れてモアブの野へ行き」とあります。
ベツレヘムは、ヨシュア14:14に「ヘブロンはケナズ人エフンネの子カレブの相続地となった。」(新改訳2017)と記されていますから、この物語はユダ族の人に関係していることが分かります。カレブは信仰の勇者です。
また2節に「ユダのベツレヘム出身のエフラテ人であった。」とあります。エフラテはベツレヘムの別名です。

 エリメレク、エリメレクの妻ナオミ、二人の息子であるマフロンとキルヨンの4人は、ユダの地の飢饉の為にモアブの地に行きました。モアブの神は主がとても嫌われる神です。モアブの守護神は「ケモシュ」で人身を犠牲として捧げることを要求します(2列王記3:27)。モアブの地でエリメレクは死にました。二人の息子はモアブの女性と結婚しましたが、息子たちも死にました。結局、イスラエル人のナオミと息子二人の妻であるモアブ人のオルパとルツの女3人で生活することになったのです。息子たちが何時結婚し、いつ死亡したのかは分かりませんが、少なくともナオミは約10年間モアブの地で生活しました。生活の糧を得るということを考えると、息子はモアブの地で約10年生存していたのではないかと想像します。 

 6-22節はリビングバイブルの訳を下記します。
“6.7 そこで、ナオミは二人の嫁を連れてイスラエルへ帰ろうと決心しました。それは、故郷のユダは主の恵みによって、ききんが去ったと伝え聞いたからでした。8 しかし、帰郷の途について間もなく、ナオミは考えを変えルツとオルパに言い聞かせました。「あなたたちは、私について来るより実家へお帰りなさい。息子たちや私によくしてくれてほんとにありがとう。9 いい再婚の相手が見つかるようにお祈りしていますよ。」ナオミが別れの口づけをすると、二人はわっと泣き崩れました。10 「お母様、そんなことおっしゃらないで、お願いですから、お母様といっしょに行かせてください。」11 しかしナオミは、首を横に振るばかりです。「いいえ、いけません。お里へ帰ったほうが幸せですよ。もう私にはあなたたちの夫になれるような息子がいないのですから(当時、夫に先立たれた嫁は、亡き夫の弟と結婚する決まりがあった 〔レビラト婚(筆者挿入)〕)。12 さあ、里へお帰り。私は今さら再婚できる年でもないし、かりに再婚して、今夜にでも身ごもって息子を産んだとしても、13 その子が大人になるまで待てるわけもないでしょう。私の娘たち、もう私を苦しめないでちょうだい。あなたたちにつらい思いをさせたことで、もう十分主から罰を受けたつもりですよ。」14 二人の嫁はまた、声をあげて泣きました。そしてオルパは泣く泣くしゅうとめに別れの口づけをし、自分の郷里へ帰って行きました。しかしルツは、ナオミにすがりついて離れようとしません。15 「ほら、オルパは里へ帰って行ったわよ。あなたもそうしなさい。」16 「お願いです。お母様。私を放り出さないでください。お伴させていただきたいのです。お母様といっしょに暮らしたいのです。お嫁に来た以上、私もお母様と同じ民です。お母様の神様は私の神様です。17 どうぞ、いつまでもおそばに置いてください。私たちを引き離すものは死だけです。もしおそばを離れでもしたら、主がいくらでも私を罰してくださいますように。」18 ナオミは、ルツの決心が堅く、これ以上説得してもむだだと知ると、もう何も言いませんでした。19 こうして二人はベツレヘムへ帰り着き、村中がそのことでわき立ちました。女たちは、「まあ、ほんとうにナオミさんかい」と言って騒ぎましたが、20 ナオミはこう答えました。「お願いだから、ナオミなんて呼ばないで。マラって呼んでちょうだい〔ナオミは『心地よい』、マラは『苦い』の意〕。全能の神様に、ずいぶんつらい目を見させられたんですから。21 満たされてイスラエルを出て行ったのに、すべてをなくして帰ってきたのです。主に見捨てられてこんなに不幸に陥った私を、どうしてナオミなんて呼ぶのでしょう。」22 ナオミとルツがモアブからベツレヘムへ帰り着いたのは、ちょうど大麦の刈り入れが始まったころでした。”と意訳しています。

 読むだけでよく分かる内容だと思います。

 21節に「満たされてイスラエルを出て行ったのに」とあります。「満たされて」と訳された語の原語は「マーレ―」です。2節に「エフラテ人」と出てきますが、「エフラテ」(2)は、ベツレヘムの別名であると前述しましたが、その他「エフラテ」には「実りの豊かさ」の意もあります。エフラテはベツレヘムの別名ですがベツレヘムの意はパンの家ですから、麦がよく取れたのではないかと思います。

 ナオミがベツレヘム
に帰ったとき、そこに多くの旧友がいたのですから、その人たちは、飢饉が来ても主に祈りつつベツレヘムで頑張ったのではないかと思います。

 モアブ人であるルツは、主を自分の神としました。ルツの名は、ダビデの系図、肉におけるイエス・キリストの系図に記されています。
マタイ1章には、
“1 アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストの系図。 /5 サルマがラハブによってボアズを生み、ボアズがルツによってオベデを生み、オベデがエッサイを生み、6 エッサイがダビデ王を生んだ。ダビデがウリヤの妻によってソロモンを生み ”(新改訳2017)と記されています。
後にルツの夫になったボアズの母は、主を信じた異邦人ラハブでした(ヨシュア記2章)。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
士師記を読んでいると気分が暗くなりますが、その時代にルツ記に記されているような人たちも生きていたということを知らせて頂けることは嬉しいことです。
私たち日本人キリスト者は、偶像崇拝の国にあって少数派ですが、あなたが私たちの信仰を保ってくださっておられますことを感謝します。
モアブの国で主を信じた人はまれであったことでしょう。
エリコで主を信じた人もまれでした。
私たちも似たような者たちなのかもしれませんが、あなたが守り支えてくださることを感謝します。
御名に感謝し御名を賛美し、主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

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