1サムエル記

2020年10月11日 (日)

1サムエル31章 サウルの死

 1‐6節には、イスラエルはペリシテに敗北し、サウルとサウルの三人の息子も死んだことが次のように記されています。
“1 さて、ペリシテ人はイスラエルと戦った。イスラエルの人々はペリシテ人の前から逃げ、ギルボア山で刺されて倒れた。2 ペリシテ人はサウルとその息子たちに追い迫って、サウルの息子ヨナタン、アビナダブ、マルキ・シュアを打ち殺した。3 攻撃はサウルに集中し、射手たちが彼を狙い撃ちにしたので、彼は射手たちのゆえにひどい傷を負った。
4 サウルは道具持ちに言った。「おまえの剣を抜いて、私を刺し殺してくれ。さもないと、あの無割礼の者たちがやって来て、私を刺し殺し、私をなぶりものにするだろう。」
しかし、道具持ちは非常に恐れて、とうていその気になれなかった。
それでサウルは剣を取り、その上に倒れ込んだ。
5 道具持ちは、サウルが死んだのを見ると、自分も剣の上に身を伏せて、サウルとともに死んだ。
6 こうしてその日、サウルと三人の息子、道具持ち、それに彼の部下たちはみな、ともに死んだ。”(2017)とあります。

 この戦いでイスラエルが敗北し、サウルも死ぬことはサムエルに預言された事でした。
1サムエル28:15-19には、
“15 サムエルはサウルに言った。「なぜ、私を呼び出して、私を煩わすのか。」
サウルは言った。「私は困りきっています。ペリシテ人が私を攻めて来るのに、神は私から去っておられます。預言者によっても、夢によっても、もう私に答えてくださらないのです。それで、私がどうすればよいか教えていただくために、あなたをお呼びしました。」
16 サムエルは言った。「なぜ、私に尋ねるのか。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はあなたから去り、あなたの敵になられたのに。17 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、私を通して告げられたとおりのことをなさったのだ〔1サムエル15:23.26.28(筆者挿入)〕。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、あなたの手から王位をはぎ取って、あなたの友ダビデに与えられた。18 あなたが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の御声に聞き従わず、主の燃える御怒りをもってアマレクを罰しなかったからだ〔1サムエル15:2.3.8.9.14.15.18-21(筆者挿入)〕。それゆえ、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は今日、このことをあなたにされたのだ。19 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、あなたと一緒にイスラエルをペリシテ人の手に渡される明日、あなたもあなたの息子たちも、私と一緒になるだろう。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、イスラエルの陣営をペリシテ人の手に渡されるのだ。」”(2017)と記されていました。

 1サムエル28章のサムエルの言葉を聞いたサウルは、一瞬、気を失ったようです。気がついてからも恐怖に満たされていました。
1サムエル28:20には、“すると、サウルはただちに地面に倒れて棒のようになり、サムエルのことばにおびえた。しかも、その日一昼夜、何も食べていなかったので、力は失せていた。”(2017)と記されていますから。
この後サウルは食事をとり、この日の夜、サウルはエン・ドルの霊媒女(28:7)のところから、陣営に戻ったのです。陣営に戻って夜の間は少しは寝たことでしょう。そして、恐らく日が昇ると戦いが勃発し、イスラエルは敗北し、サウルは死に、サウルの三人の息子たちも死んだのです。

 7節には、“谷の向こう側とヨルダン川の向こう側にいたイスラエルの人々は、イスラエルの兵士たちが逃げ、サウルとその息子たちが死んだのを見て、町々を捨てて逃げた。それで、ペリシテ人がやって来て、そこに住んだ。”(2017)とあります。

 「谷の向こう側」とは、ギルボア山の谷からヨルダン川に至る地域であろうと思います。
「ヨルダン川の向こう側」とはヨルダン川の東の地域であろうと思います。

 1歴代誌10章にも1サムエル31章の出来事の記事が記されていますが、1歴代誌10:7には、“谷にいたイスラエル人はみな、兵たちが逃げ、サウルとその息子たちが死んだのを見て、自分たちの町々を捨てて逃げた。それで、ペリシテ人がやって来て、そこに住んだ。”(2017)とだけ記されています。

 8‐10節には、
“8 翌日、ペリシテ人が、刺し殺された者たちからはぎ取ろうとしてやって来たとき、サウルと三人の息子たちがギルボア山で倒れているのを見つけた。9 彼らはサウルの首を切り、彼の武具をはぎ取った。そして、ペリシテ人の地の隅々にまで人を送り、彼らの偶像の宮〔ダゴンの神殿(注解付新改訳聖書の注)〕と民とに告げ知らせた。10 彼らはサウルの武具をアシュタロテの神殿に奉納し、彼の死体はベテ・シャンの城壁にさらした。”(2017)とあります。

 ベテ・シャンは、“ヨルダン川の西5キロ、ガリラヤ湖の南25キロにある町。戦略的に重要な要害都市”(注解付新改訳聖書の注)です。

 1歴代誌10:9.10には、“9 彼らはサウルからはぎ取り、彼の首と武具を取った。そして、ペリシテ人の地の隅々にまで人を送り、彼らの偶像と民とに告げ知らせた。10 彼らはサウルの武具を彼らの神々の神殿に奉納し、彼の首はダゴンの神殿にさらした。”(2017)と記されています。

 まとめると、首はダゴンの神殿にさらし、死体はベテ・シャンの城壁につるし、サウルの武具はアシュタロテ神殿に奉納したということになります。
神殿に奉納するというのは、それらの偶像の神が、ヤハウェ(主)に勝った、ということを意味します。ヤハウェ(主)は、そのような行為を赦しません。サウルが死に、イスラエルが敗北したのは、サウルとサウルの兵たちが、かつて犯した罪の故であったのです。

 後のゼパニヤの預言には、
“4 まことに、ガザは捨てられ、アシュケロンは荒れ果てる。アシュドデは真昼に追い払われ、エクロンは根こそぎにされる。5 わざわいだ、海辺に住む者たち、クレタ人の国。主のことばはおまえたちに向けられている。「ペリシテ人の地、カナンよ。わたしはおまえを消し去って、住む者がいないようにする。”(2章・2017)と記されています。

 11‐13節には、ヤベシュ・ギルアデの人たちがサウルの死体と息子たちの死体をベテ・シャンの城壁から取り下ろし、ヤベシュにあるタマリスクの木の下に葬ったことが次のように記されています。
“11 ヤベシュ・ギルアデの住民は、ペリシテ人がサウルに行った仕打ちを聞いた。
31:12 そこで勇士たちはみな立ち上がり、夜通し歩いて行き、サウルの死体と息子たちの死体をベテ・シャンの城壁から取り下ろし、ヤベシュに帰って来て、そこでそれらを焼いた。
31:13 彼らはその骨を取って、ヤベシュにあるタマリスクの木の下に葬り、七日間、断食した。”(2017)とあります。

 ヤベシュ・ギルアデはヨルダン川の東数キロの所にあった町です。 
ヤベシュ・ギルアデの人たちは、サウルによって助けられた過去がありました。
ヤベシュ・ギルアデの人たちは、アンモン人によって、右目をえぐり取られて仕えなければならない状態に置かれたのですが、そうならないですむように、サウルが助けてくれたのです。(1サムエル11:1-11参照)

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたは、あなたが預言者サムエルを通して語られたようにサウルを裁かれました。
私たちも、もしイエス様が贖ってくだされなければ、自分の罪のために滅びた者です。
あなたは、主イエス・キリストを信じた者を救おうとなされ、私たちのすべての罪をイエス様に負わせました。
それ故、イエス様の十字架が、自分のためであったと信じた私たちは、あなたから罰を受けずにすむようにされ、滅びから救われました。
感謝します。
主の御名によって。アーメン

2020年10月10日 (土)

1サムエル29.30章 ダビデへのヤハウェ(主)の矯正と祝福

 1サムエル29:1.2には、イスラエルと戦う為にペリシテ軍が出陣していく様子、及びその一隊の中にダビデとその部下も加わっている様子が次のように記されています。
“1 ペリシテ人は全軍をアフェクに集結し、イスラエル人はイズレエルにある泉のほとりに陣を敷いた。2 ペリシテ人の領主たちは、百人隊、千人隊を率いて進み、ダビデとその部下は、アキシュと一緒にその後に続いた。”(2017)とあります。

 ダビデとその部下たちがガテの王アキシュに従って出陣してきたのでペリシテ人の首長たちは不審に思いました。
3節前半には、“ペリシテ人の首長たちは言った。「このヘブル人たちは、いったい何なのですか。」”(2017)と記されています。

 ペリシテの国は、おもに5つの町から成っている連合国家でした。ペリシテの5つからなる主要な町の一つであるガテの王アキシュは、ダビデとダビデの部下たちを連れて来たことについて、ペリシテの他の町々の首長たちに弁明しました。それが3節後半部分に次のように記されています。
“アキシュはペリシテ人の首長たちに言った。「確かにこれは、イスラエルの王サウルの家来ダビデであるが、この一、二年、私のところにいる。私のところに落ちのびて来てから今日まで、私は彼に何の過ちも見出していない。」”(2017)とあります。

 ガテの王アキシュが、他のペリシテの首長たちにダビデとその部下たちを連れてきた理由を説明しても、彼らは納得しませんでした。4.5節には次のように記されています。
“4 ペリシテ人の首長たちはアキシュに対して腹を立てた。ペリシテ人の首長たちは彼に言った。「この男を帰らせてほしい。あなたが指定した場所に帰し、私たちと一緒に戦いに行かせないでほしい。戦いの最中に、われわれに敵対する者となってはいけない。この男は、どのようにして自分の主君の好意を得るだろうか。ここにいる人たちの首を使わないだろうか。5 この男は、皆が踊りながら、『サウルは千を討ち、ダビデは万を討った』と歌っていたダビデではないか。」”(2017)とあります。

 ガテの王アキシュは、ペリシテの他の首長たちとの関係を良好に保つために、ダビデとその部下たちをイスラエルとの戦いに連れて行くのをあきらめ、ダビデにツィクラグに帰るように言いました。6‐11節には、次のように記されています。
“6 そこでアキシュはダビデを呼んで言った。「主は生きておられる。あなたは真っ直ぐな人だ。あなたには陣営で、私と行動をともにしてもらいたかった。あなたが私のところに来てから今日まで、あなたには何の悪いところも見つけなかったからだ。しかし、あの領主たちは、あなたを良いと思っていない。7 だから今、穏やかに帰ってくれ。ペリシテ人の領主たちが気に入らないことはしないでくれ。」8 ダビデはアキシュに言った。「私が何をしたというのですか。あなたに仕えた日から今日まで、しもべに何か過ちでも見出されたのですか。わが君、王様の敵と戦うために私が出陣できないとは。」9 アキシュはダビデに答えて言った。「私は、あなたが神の使いのように正しいということをよく知っている。だが、ペリシテ人の首長たちが『彼はわれわれと一緒に戦いに行ってはならない』と言ったのだ。10 さあ、一緒に来た自分の主君の家来たちと、明日の朝早く起きなさい。朝早く、明るくなり次第出発しなさい。」11 ダビデとその部下は、翌朝早く、ペリシテ人の地へ帰って行った。ペリシテ人はイズレエルへ上って行った。”(2017)とあります。

 ダビデは、ペリシテ軍としてイスラエルと戦う羽目になっていましたが、いざ戦場に行ったら、どのように行動したのだろうか、と想像したくなります。
1サムエル28:1.2には、
“1 そのころ、ペリシテ人はイスラエルと戦おうとして、軍隊を召集した。アキシュはダビデに言った。「承知してもらいたい。あなたと、あなたの部下は、私と一緒に出陣することになっている。」2 ダビデはアキシュに言った。「では、しもべがどうするか、お分かりになるでしょう。」アキシュはダビデに言った。「では、あなたをいつまでも、私の護衛に任命しておこう。」”(2017)と記されていました。
 2節に、「では、しもべがどうするか、お分かりになるでしょう。」というアキシュへのダビデの言葉がありますが、ダビデは、イスラエルに寝返ってペリシテの軍を大いに打ち負かすぞ、という心づもりで語ったのかも知れません。しかし、もしその様にしたら、自分たちの家族を危険にさらすことになるかもしれません。
 ダビデが、ガテの王アキシュのもとに亡命した時、私は、ダビデは祈らなかったのではないかと思うのです。その結果が、今回のようなことに繋がっているのではないかと思うのです。(すべて私の推測ですが)

 話を元に戻します。
ダビデとその部下たちが、滞在している地であるツィクラグに帰ってみるととんでもないことが起こっていました。それが1サムエル30:1-5に次のように記されています。
“1 ダビデとその部下が三日目にツィクラグに帰ったとき、アマレク人はすでに、ネゲブとツィクラグを襲っていた。彼らはツィクラグを攻撃して、これを火で焼き払い、2 そこにいた女たちを、子どもも大人もみな捕らえ、一人も殺さず、自分たちのところへと連れ去っていた。3 ダビデとその部下が町に着いたとき、なんと、町は火で焼かれていて、彼らの妻も息子も娘も連れ去られていた。4 ダビデも、彼と一緒にいた兵たちも、声をあげて泣き、ついには泣く力もなくなった。5 ダビデの二人の妻、イズレエル人アヒノアムも、ナバルの妻であったカルメル人アビガイルも連れ去られていた。”(2017)とあります。

 ダビデとその部下たちがツィクラグに帰ってみると、ツィクラグはアマレク人に襲われ、ダビデとその部下たちの妻や子供たちは誰もおらず、彼らの住居も火で焼かれていたのです。
ダビデは、いくさに出る前に、家族が守られるように主に祈らなかったのでしょうか。
ダビデが主に祈ったのか、祈らなかったのかは分かりませんが、いずれにしても主はツィクラグの地を守ってはくれませんでした。しかし、ダビデとその部下たちの家族は守られたのですから、主は憐れんでくださり、矯正してくださったのだと思います。

 ダビデのアマレクに対するありようは、全員皆殺しであったのですから。
1サムエル27:5-9には、
“5 ダビデはアキシュに言った。「もし、私があなたのご好意を得ているなら、地方の町の一つの場所を私に下さい。そこに住みます。どうして、このしもべが王国の都に、あなたと一緒に住めるでしょう。」6 その日、アキシュはツィクラグをダビデに与えた。それゆえ、ツィクラグは今日まで、ユダの王たちに属している。7 ダビデがペリシテ人の地に住んでいた日数は一年四か月であった。8 ダビデは部下とともに上って行って、ゲシュル人、ゲゼル人、アマレク人を襲った。彼らは昔から、シュルの方、エジプトの地に及ぶ地域に住んでいた。9 ダビデはこれらの地方を討つと、男も女も生かしてはおかず、羊、牛、ろば、らくだ、また衣服などを奪って、アキシュのところに帰って来た。”(2017)と記されていました。

 ダビデが、ガテに下ることをせずイスラエル領内に留まっていたならば、上記のような災いに会うこともなかったであろうと思います。ただ、サウルは攻めてきたでしょうが、主はダビデをサウルの手から守ってくださったことであろうと思います。主がダビデに油を注ぎダビデをイスラエルの王としているのですから(1サムエル16:1-13)。

 話を元に戻します。
妻や子供たちを奪われたダビデの部下たちは、ダビデに怒りを燃やし、ダビデを殺そうとしました。しかしこの時、ダビデは、主に向き直ったのです。そして、主に伺いを立て、主の導きに従って歩みだしたのです。そして、ダビデとその部下たちは家族をはじめ奪われた物すべてを取り戻し、その他の戦利品までも手に入れました。
 1サムエル30:6‐20には次のように記されています。
“6 ダビデは大変な苦境に立たされた。兵がみな、自分たちの息子、娘たちのことで心を悩ませ、ダビデを石で打ち殺そうと言い出したからだった。
しかし、ダビデは自分の神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕によって奮い立った。
7 ダビデは、アヒメレクの子、祭司エブヤタルに言った。「エポデを持って来なさい。」エブヤタルはエポデをダビデのところに持って来た。8 ダビデは主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に伺った。「あの略奪隊を追うべきでしょうか。追いつけるでしょうか。」
すると、お答えになった。「追え。必ず追いつくことができる。必ず救い出すことができる。」
9 ダビデは六百人の部下とともに出て行き、ベソル川まで来た。残ることになった者は、そこにとどまった。10 ダビデと四百人の者は追撃を続け、疲れきってベソル川を渡れなかった二百人の者が、そこにとどまった。
11 兵たちは野で一人のエジプト人を見つけ、ダビデのところに連れて来た。彼らは彼にパンをやって、食べさせ、水も飲ませた。12 さらに、ひとかたまりの干しいちじくと、二房の干しぶどうをやると、そのエジプト人はそれを食べて元気を回復した。彼は三日三晩、パンも食べず、水も飲んでいなかったのである。
13 ダビデは彼に言った。「おまえはだれのものか。どこから来たのか。」
すると答えた。「私はエジプトの若者で、アマレク人の奴隷です。私が三日前に病気になったので、主人は私を置き去りにしたのです。14 私たちは、クレタ人のネゲブと、ユダに属する地と、カレブのネゲブを襲い、ツィクラグを火で焼き払いました。」
15 ダビデは彼に言った。「その略奪隊のところに案内できるか。」彼は言った。「私を殺さず、主人の手に私を渡さないと、神にかけて私に誓ってください。そうすれば、あの略奪隊のところに案内いたします。」
16 彼はダビデを案内して行った。
すると、なんと、アマレク人たちはその地いっぱいに散って食べたり飲んだりし、お祭り騒ぎをしていた。彼らがペリシテ人の地やユダの地から奪った分捕り物が、とても多かったからである。
17 ダビデは、その夕暮れから次の夕方まで彼らを討った。らくだに乗って逃げた四百人の若者たちのほかは、一人も逃れることができなかった。18 ダビデは、アマレクが奪い取ったものをすべて取り戻した。ダビデは、二人の妻も救い出した。19 子どもも大人も、息子たちも娘たちも、分捕られた物も、彼らが奪われたものは、何一つ失われなかった。ダビデは、これらすべてを取り返した。20 ダビデはまた、すべての羊と牛を奪った。兵たちは家畜の先に立って導き、「これはダビデの戦勝品だ」と言った。”(2017)とあります。

 また脱線しますが、7.8節には、“7 ダビデは、アヒメレクの子、祭司エブヤタルに言った。「エポデを持って来なさい。」エブヤタルはエポデをダビデのところに持って来た。8 ダビデは主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に伺った。「あの略奪隊を追うべきでしょうか。追いつけるでしょうか。」すると、お答えになった。「追え。必ず追いつくことができる。必ず救い出すことができる。」”(2017)と記されています。

 ダビデは、主に立ち返て主のご厚意を得ましたが、1サムエル28:6-8には、主のご厚意を得ることの出来なかったサウルの場合が、
“6 サウルは主に伺ったが、主は、夢によっても、ウリムによっても、預言者によってもお答えにならなかった。7 サウルは家来たちに言った。「霊媒をする女を探して来い。私が彼女のところに行って、彼女に尋ねてみよう。」家来たちはサウルに言った。「エン・ドルに霊媒をする女がいます。」8 サウルは変装して身なりを変え、二人の部下を連れて行った。彼らは夜、女のところにやって来た。サウルは言った。「私のために霊媒によって占い、私のために、私が言う人を呼び出してもらいたい。」”(2017)と記されていました。

 話を元に戻します。
21‐25節には、
“21 ダビデは、疲れてダビデについて来ることができずにベソル川のほとりにとどまっていた二百人の者のところに来た。彼らは、ダビデと彼に従った者たちを迎えに出て来た。ダビデは、この人たちに近づいて彼らの安否を尋ねた。
22 ダビデと一緒に行った者たちのうち、意地の悪い、よこしまな者たちがみな、口々に言った。「彼らは一緒に行かなかったのだから、われわれが取り戻した分捕り物は、分けてやるわけにはいかない。ただ、それぞれ自分の妻と子どもを連れて行くがよい。」
23 ダビデは言った。「兄弟たちよ。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が私たちに下さった物を、そのようにしてはならない。主が私たちを守り、私たちを襲った略奪隊を私たちの手に渡されたのだ。24 だれが、このことについて、あなたがたの言うことを聞くだろうか。戦いに下って行った者への分け前も、荷物のそばにとどまっていた者への分け前も同じだ。ともに同じく分け合わなければならない。」
25 その日以来、ダビデはこれをイスラエルの掟とし、定めとした。今日もそうである。”(2017)と記されています。

 22節には、“ダビデと一緒に行った者たちのうち、意地の悪い、よこしまな者たちがみな、口々に言った。「彼らは一緒に行かなかったのだから、われわれが取り戻した分捕り物は、分けてやるわけにはいかない。ただ、それぞれ自分の妻と子どもを連れて行くがよい。」”(2017)とありますが、この世においては、「彼らは一緒に行かなかったのだから、われわれが取り戻した分捕り物は、分けてやるわけにはいかない。ただ、それぞれ自分の妻と子どもを連れて行くがよい。」と答える人は上等ですね。普通は相当恩に着せます。しかし聖書は、そのように言う人のことを「意地の悪い、よこしまな者たち」と言っています。
 一方、主のみ前を歩む人は、ダビデのように「兄弟たちよ。ヤハウェ(主)が私たちに下さった物を、そのようにしてはならない。主が私たちを守り、私たちを襲った略奪隊を私たちの手に渡されたのだ。」と言うでしょう。
 私たちが生きていられるのは、主の憐れみと恵みの結果です。それ以上の祝福は、更なる主の恵みです。

 26‐31節には、ダビデがアマレクから得た戦利品の一部を友人であるユダの長老たちに送った事が次のように記されています。
“26 ダビデはツィクラグに帰って来て、友人であるユダの長老たちに戦勝品の一部を送って言った。「これはあなたがたへの贈り物で、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の敵からの戦勝品の一部です。」
27 その送り先は、ベテルの人々、ラモテ・ネゲブの人々、ヤティルの人々、28 アロエルの人々、シフモテの人々、エシュテモアの人々、29 ラカルの人々、エラフメエル人の町々の人々、ケニ人の町々の人々、30 ホルマの人々、ボル・アシャンの人々、アタクの人々、31 ヘブロンの人々、すなわち、ダビデとその部下がさまよい歩いたすべての場所の人々であった。”(2017)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
日々あなたの内に在って歩む者、即ち聖なる歩みをする者であらせてください。
私たちが肉体を維持できるのもあなたの慈しみと恵みの故であり、私たちの霊とたましいが生きているのもあなたの慈しみと恵みの故であることを覚え御名を崇めつつ感謝します。
限りない感謝をもって、我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2020年10月 9日 (金)

1サムエル28章 霊媒女に頼ったサウル王

 1.2節には、
“1 そのころ、ペリシテ人はイスラエルと戦おうとして、軍隊を召集した。
アキシュはダビデに言った。「承知してもらいたい。あなたと、あなたの部下は、私と一緒に出陣することになっている。」
2 ダビデはアキシュに言った。「では、しもべがどうするか、お分かりになるでしょう。」
アキシュはダビデに言った。「では、あなたをいつまでも、私の護衛に任命しておこう。」”(2017)とあります。

 サウルはペリシテの敵であり、アキシュは、ダビデもサウルを敵としていると疑うことなく信じていたことと思います。それ故、ペリシテ人が、イスラエルと戦おうとして、軍隊を召集したとき、アキシュは、ダビデも一緒に出陣させることに決めていました。アキシュは、ダビデにとってもサウルを殺すチャンスであろうと考えていたことと思います。

 ダビデは、アキシュに「私と一緒に出陣することになっている。」と言われた時、アキシュに、「では、しもべがどうするか、お分かりになるでしょう。」というような曖昧な返事をしました。
しかし、ダビデはサウルを殺したいと思っているに違いない、と考えていたアキシュは、ダビデの「では、しもべがどうするか、お分かりになるでしょう。」という答えを、ダビデが、大いに活躍しますよ、という答えをしたと理解し、ダビデを、最も信頼のおける者として捉え、自分の護衛に任命したのです。

 3節には、
“3 サムエルはすでに死に、全イスラエルは彼のために悼み悲しみ、彼を彼の町ラマに葬っていた。
一方、サウルは国内から霊媒や口寄せを追い出していた。”(2017)とあります。

 サムエルの死については、1サムエル25:1に、“サムエルは死んだ。全イスラエルは集まって、彼のために悼み悲しみ、ラマにある彼の家に葬った。ダビデは立ってパランの荒野に下って行った。”(2017)と記されていました。

 3節後半部分には、“サウルは国内から霊媒や口寄せを追い出していた。”とありますから、この点においてサウルは主に喜ばれることをしていたのです。
 霊媒や口寄せに関する主の御言葉をいくつか下記します。
 レビ記19:31には、「あなたがたは霊媒や口寄せを頼りにしてはならない。彼らに尋ね、彼らによって汚されてはならない。わたしはあなたがたの神、主である。」(2017)と記され、
レビ記20:6には、「霊媒や口寄せのところに赴き、彼らを慕って淫行を行う者があれば、わたしはその人に敵対してわたしの顔を向け、彼をその民の間から断ち切る。」(2017)と記され、
レビ記20:27には、「男でも女でも、彼らの間に霊媒や口寄せがいるなら、必ず殺されなければならない。彼らは石で打ち殺されなければならない。」(2017)と記されています。

 4節には、“ペリシテ人は集まって、シュネムに来て陣を敷いた。サウルは全イスラエルを召集して、ギルボアに陣を敷いた。”(2017)とあり、両軍は戦いのための陣備えをしました。しかし、5節には、“サウルはペリシテ人の陣営を見て恐れ、その心は激しく震えた。”(2017)と記されています。

 シュネムは、ギルボア山より低いので、サウルはペリシテ軍の陣営を見ることが出来たのだろうと思われます。そして、その兵力の大きさに圧倒されたのだろうと思います。

 6節には、“サウルは主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に伺ったが、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、夢によっても、ウリムによっても、預言者によってもお答えにならなかった。”(2017)とあり、サウルがヤハウェ(主)に見放された状態が記されています。
主は既にサウルから離れていました。
1サムエル16章には、“13 サムエルは油の角を取り、兄弟たちの真ん中で彼に油を注いだ。主の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った。サムエルは立ち上がってラマへ帰って行った。14 さて、主の霊はサウルを離れ去り、主からの、わざわいの霊が彼をおびえさせた。”(2017)と記されていました。

 かつてダビデは、サウルを殺すことの出来る機会が2度ありました(1サムエル24:3.4、26:5-8)。しかし、ダビデはサウルを殺すことをせず、2度目のチャンスのときにサウルを殺そうと提案したアビシャイに、「殺してはならない。主に油注がれた方に手を下して、だれが罰を免れるだろうか。主は生きておられる。主は必ず彼を打たれる。時が来て死ぬか、戦いに下ったときに滅びるかだ。」(1サムエル26:9.10・2017)と語ったと記されています。

 主がサウルに対して、夢によっても、ウリムによっても、預言者によってもお答えにならなかった(6)のは、1サムエル31章を読むと、ダビデが、「主は必ず彼を打たれる。戦いに下ったときに滅びる・・。」(1サムエル26:10)とアビシャイに語ったことを主が実行されるためであったのではないかと思います。

 7‐25節には、サウルと霊媒女のやり取りが次のように記されています。
“7 サウルは家来たちに言った。「霊媒をする女を探して来い。私が彼女のところに行って、彼女に尋ねてみよう。」
家来たちはサウルに言った。「エン・ドルに霊媒をする女がいます。」
8 サウルは変装して身なりを変え、二人の部下を連れて行った。彼らは夜、女のところにやって来た。サウルは言った。「私のために霊媒によって占い、私のために、私が言う人を呼び出してもらいたい。」
9 女は彼に言った。「あなたは、サウルがこの国から霊媒や口寄せを断ち切ったことをご存じのはずです。それなのに、なぜ、私のいのちに罠をかけて、私を殺そうとするのですか。」
10 サウルは主にかけて彼女に誓って言った。「主は生きておられる。このことにより、あなたが咎を負うことは決してない。」
11 女は言った。「だれを呼び出しましょうか。」サウルは言った。「私のために、サムエルを呼び出してもらいたい。」
12 女はサムエルを見て大声で叫んだ。女はサウルに言った。「あなたはなぜ、私をだましたのですか。あなたはサウルですね。」
13 王は彼女に言った。「恐れることはない。何を見たのか。」
女はサウルに言った。「神々しい方が地から上って来るのを見ました。」
14 サウルは彼女に尋ねた。「どのような姿をしておられるか。」
彼女は言った。「年老いた方が上って来られます。外套を着ておられます。」
サウルは、その人がサムエルであることが分かって、地にひれ伏し、拝した。
15 サムエルはサウルに言った。「なぜ、私を呼び出して、私を煩わすのか。」
サウルは言った。「私は困りきっています。ペリシテ人が私を攻めて来るのに、神は私から去っておられます。預言者によっても、夢によっても、もう私に答えてくださらないのです。それで、私がどうすればよいか教えていただくために、あなたをお呼びしました。」
16 サムエルは言った。「なぜ、私に尋ねるのか。主はあなたから去り、あなたの敵になられたのに。17 主は、私を通して告げられたとおりのことをなさったのだ。主は、あなたの手から王位をはぎ取って、あなたの友ダビデに与えられた。18 あなたが主の御声に聞き従わず、主の燃える御怒りをもってアマレクを罰しなかったからだ。それゆえ、主は今日、このことをあなたにされたのだ。19 主は、あなたと一緒にイスラエルをペリシテ人の手に渡される。明日、あなたもあなたの息子たちも、私と一緒になるだろう。主は、イスラエルの陣営をペリシテ人の手に渡されるのだ。」
20 すると、サウルはただちに地面に倒れて棒のようになり、サムエルのことばにおびえた。しかも、その日一昼夜、何も食べていなかったので、力は失せていた。
21 女はサウルのところに来て、サウルが非常におじ惑っているのを見て彼に言った。「あなたのはしためは、あなたが言われたことに聞き従いました。私はいのちをかけて、あなたが言われたことばに従いました。22 今度はあなたが、このはしためが申し上げることをお聞きください。パンを少し差し上げます。それをお食べください。お帰りのとき、元気になられるでしょう。」
23 サウルはこれを断って、「食べたくない」と言った。
しかし、彼の家来も女もしきりに勧めたので、サウルはその言うことを聞き入れて地面から立ち上がり、床の上に座った。24 女の家に肥えた子牛がいたので、彼女は急いでそれを屠り、また、小麦粉を取って練り、種なしパンを焼いた。25 それをサウルと家来たちの前に差し出すと、彼らは食べた。そしてその夜、彼らは立ち去った。”(2017)とあります。

 読むだけで情景のわかる箇所ですが、幾つかのことを記しておこうと思います。
 ➀サムエルはサウルに、「主はあなたから去り、あなたの敵になられた・・。」(16)と語り、更にサムエルは、サウルがこの戦いで死ぬことを預言しました(19)。
 ②サムエルが陰府から現れたこと。主イエス・キリストの復活後に、陰府の聖徒たちは、天に上げられました。
エペソ4:8には「高い所に上られたとき、彼〔主キリスト・イエス(筆者挿入)〕は多くの捕虜を引き連れ」(新改訳第三版)とあり、主は、復活された後、天の御父の右に着座されましたが、主の贖いと主の高挙が完了した時、陰府に囚われの身となっていた旧約時代の聖徒たちは天に引き上げられたのではないかと思います。 
マタイ27章には、“51 すると見よ、神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。地が揺れ動き、岩が裂け、52 墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる人々のからだが生き返った。53 彼らはイエスの復活の後で、墓から出て来て聖なる都に入り、多くの人に現れた。”(2017)という一文があります。
 推測することしかできませんが、サムエルは、陰府にいました。そして、主のご復活後、サムエルは天に移されたのではないかと思います。
旧約の聖徒で、直接天に移された人には、エノクとエリヤがいます。聖書には、直接天に移されたとは記されていませんが、モーセの霊とたましいも天に移されたのではないかと思います。
マタイ17章に、“1 それから六日目に、イエスはペテロとヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。2 すると、弟子たちの目の前でその御姿が変わった。顔は太陽のように輝き、衣は光のように白くなった。3 そして、見よ、モーセとエリヤが彼らの前に現れて、イエスと語り合っていた。4 そこでペテロがイエスに言った。「主よ、私たちがここにいることはすばらしいことです。よろしければ、私がここに幕屋を三つ造ります。あなたのために一つ、モーセのために一つ、エリヤのために一つ。」5 彼がまだ話している間に、見よ、光り輝く雲が彼らをおおった。すると見よ、雲の中から「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。彼の言うことを聞け」という声がした。6 弟子たちはこれを聞いて、ひれ伏した。そして非常に恐れた。”(2017)とありますから。この事柄は主のご復活以前の出来事です。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
私たちキリスト者の霊とたましいは、肉体から離れると直ちに天の主のみもとに行くことが出来ますからありがとうございます。
そのことを可能にしてくださった主の御名を崇めます。
更に、歴史上、ただ一回のみ、キリストの空中再臨の時に携挙の恵みにあずからせて頂ける場合もありますから、それを期待しています。
携挙で天に上げられるときには、霊とたましいだけではなく体も一瞬の内に霊の体に変えられて天に引き上げられますからありがとうございます。主が迎えに来て下さることを待ち望んでいます。マラナサ(主よ来てください)
感謝しつつ主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン


 

2020年10月 8日 (木)

1サムエル27章 異教の王アキシュのもとに亡命中のダビデ

 1‐6節には、
“1 ダビデは心の中で言った。「私はいつか、今にサウルの手によって滅ぼされるだろう。ペリシテ人の地に逃れるよりほかに道はない。そうすれば、サウルは、イスラエルの全領土内で私を捜すのをあきらめ、こうして私は彼の手から逃れられる。」2 ダビデは、一緒にいた六百人の者を連れて、ガテの王マオクの子アキシュのところへ渡って行った。3 ダビデとその部下たちは、それぞれ自分の家族とともに、ガテでアキシュのもとに住んだ。ダビデも、その二人の妻、イズレエル人アヒノアムと、ナバルの妻であったカルメル人アビガイルと一緒であった。
4 ダビデがガテへ逃げたことが、サウルに知らされると、サウルは二度と彼を追おうとはしなかった。
5 ダビデはアキシュに言った。「もし、私があなたのご好意を得ているなら、地方の町の一つの場所を私に下さい。そこに住みます。どうして、このしもべが王国の都に、あなたと一緒に住めるでしょう。」
6 その日、アキシュはツィクラグをダビデに与えた。
それゆえ、ツィクラグは今日まで、ユダの王たちに属している。7 ダビデがペリシテ人の地に住んでいた日数は一年四か月であった。”(2017)とあります。

 サウルは、サウルが正気に戻ったときには、ダビデを殺そうと思うことを止めるのですが、サウルが被害妄想に襲われ、サウルに悪しき霊が臨むと(筆者の推測です)、ダビデを殺そうとする行動に駆り立てられるということを繰り返している、というように私には思えます。
その様なサウルのありようを見てきたダビデは、サウルの手から逃れるために、ガテの王マオクの子アキシュに保護を求めました。即ち亡命です。

 以前ダビデは、アキシュの前で、気がふれているように見せて難を逃れたことがありました。
その事柄は、1サムエル21章に以下のように記されています。
“10 ダビデはその日、ただちにサウルから逃れ、ガテの王アキシュのところに来た。
11 アキシュの家来たちはアキシュに言った。「この人は、かの地の王ダビデではありませんか。皆が踊りながら、『サウルは千を討ち、ダビデは万を討った』と言って歌っていたのは、この人のことではありませんか。」
12 ダビデは、このことばを気にして、ガテの王アキシュを非常に恐れた。13 ダビデは彼らの前でおかしくなったかのようにふるまい、捕らえられて気が変になったふりをした。彼は門の扉に傷をつけたり、ひげによだれを垂らしたりした。
14 アキシュは家来たちに言った。「おい、おまえたちも見ているように、この男は気がふれている。なぜ、私のところに連れて来たのか。15 私のところに気がふれた者が不足しているとでもいうのか。私の前で気がふれているのを見せるために、この男を連れて来るとは。この男を私の家に入れようとでもいうのか。」”(2017)とあります。

 さて、今回ダビデがアキシュの前に立った時、アキシュは、このダビデと以前の気がふれた演技をしていたダビデとが同一人物であると分かったでしょうか?
それはさておき、アキシュは、ダビデがサウルから追われている者であることを知っていたのでしょう。
それだからこそ、対サウル戦において、ダビデは自分の戦力として使えると考えたのではないかと思います。
ダビデの申し出によって、アキシュはダビデにツィクラグの地を与えて住まわせました。

 8‐12節には、
“8 ダビデは部下とともに上って行って、ゲシュル人、ゲゼル人、アマレク人を襲った。彼らは昔から、シュルの方、エジプトの地に及ぶ地域に住んでいた。9 ダビデはこれらの地方を討つと、男も女も生かしてはおかず、羊、牛、ろば、らくだ、また衣服などを奪って、アキシュのところに帰って来た。
10 アキシュが「今日は、どこを襲ったのか」と尋ねると、ダビデはいつも、ユダのネゲブとか、エラフメエル人のネゲブとか、ケニ人のネゲブとか答えていた。
11 ダビデは男も女も生かしておかず、ガテに一人も連れて来なかった。「彼らが『ダビデはこういうことをした』と言って、私たちのことを告げるといけない」と思ったからである。ダビデはペリシテ人の地に住んでいる間、いつも、このようなやり方をした。
12 アキシュはダビデを信用して、こう思っていた。「彼は自分の同胞イスラエル人に、とても憎まれるようなことをしている。彼はいつまでも私のしもべでいるだろう。」”(2017)とあります。

 8‐11節には、ダビデとその部下たちによる虐殺、略奪、ダビデの虚言等が記されています。
 ダビデがサウルから逃れるために、イスラエルの地を離れて異教の地ガテに身を寄せたのは、果たして、主のみ旨を聞いてからなされた事であったのだろうか、と私は思います。
ダビデが、主のみ旨を聞くことなく、主に祈ることもあまりせず、自分の肉的な考えで歩んだ1年4カ月の日々であったのではないか、と私は思います。私には、ダビデの霊的暗黒の時代に思えます。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
1テサロニケ5:16-18には、“いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことにおいて感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。”(2017)とあります。
あなたとの交わりを失って、あなたのために生かされていることを忘れ、人を傷つけ、虚言を放つような生活に陥ることがありませんように。
いつもあなたを喜び、またあなたが私たちのために用意してくださっておられるものを思って喜び、祈りながら生活し、すべてのことを主イエスの御名であなたに感謝する者であらせてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2020年10月 7日 (水)

1サムエル26章 ジフの荒野におけるサウルとダビデ

 1節には、“ジフ人がギブアにいるサウルのところに来て言った。「ダビデはエシモンの東にあるハキラの丘に隠れているのではないでしょうか。」”(2017)とあります。

 「エシモン」を新共同訳は「砂漠」と訳しています。「エシモン」と訳された語の原語は「エシモン」で、荒れ地、地名としてのエシモン(死海の西にある場所)の意があります。

 ジフ人は以前にも、自分の地にor自分の地の近くにダビデが隠れていると、サウルに通報しています。

 2.3節前半部分には、ジフ人からの通報を受けたサウルが、ダビデ討伐のために3000人の精鋭と共に出陣し、エシモンの東にあるハキラの丘の道の傍らに陣を敷いたことが次のように記されています。
“2 サウルは立って、三千人のイスラエルの精鋭とともに、ジフの荒野へ下って行った。ジフの荒野でダビデを捜すためであった。3 サウルは、エシモンの東にあるハキラの丘で、道の傍らに陣を敷いた。”(2017)とあります。

 3節後半部分-12節には、ダビデ側の動きが次のように記されています。
“3 ・・・。一方、ダビデは荒野にとどまっていた。ダビデは、サウルが自分を追って荒野に来たのを見て、4 偵察を送り、サウルが確かに来たことを知った。
5 ダビデは立って、サウルが陣を敷いている場所にやって来た。そしてダビデは、サウルと、その軍の長ネルの子アブネルが寝ている場所を見つけた。
サウルは幕営の中で寝ていて、兵たちは彼の周りに宿営していた。
6 ダビデは、ヒッタイト人アヒメレクと、ヨアブの兄弟で、ツェルヤの子アビシャイに言った。「だれか、私と一緒に陣営のサウルのところへ下って行く者はいないか。」
アビシャイが答えた。「私が一緒に下って参ります。」
7 ダビデとアビシャイは夜、兵たちのところに来た。見ると、サウルは幕営の中で横になって寝ていて、彼の槍が、枕もとの地面に突き刺してあった。アブネルも兵たちも、その周りに眠っていた。
8 アビシャイはダビデに言った。「神は今日、あなたの敵をあなたの手に渡されました。どうか私に、槍で一気に彼を地面に突き刺させてください。二度することはしません。」
9 ダビデはアビシャイに言った。「殺してはならない。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に油注がれた方に手を下して、だれが罰を免れるだろうか。」10 ダビデは言った。「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は生きておられる。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は必ず彼を打たれる。時が来て死ぬか、戦いに下ったときに滅びるかだ。11 私が主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に逆らって、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に油注がれた方に手を下すなど、絶対にあり得ないことだ。さあ、今は、枕もとにある槍と水差しを取って、ここから出て行こう。」
12 ダビデはサウルの枕もとの槍と水差しを取り、二人は立ち去ったが、だれ一人としてこれを見た者も、気づいた者も、目を覚ました者もいなかった。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が彼らを深い眠りに陥れられたので、みな眠り込んでいたのである。”(2017)とあります。

 8節には、アビシャイが、ダビデに、サウルを殺してしまいましょう、私が殺します、と言っている内容が記されています。
以前にも、同じようなことがありました(1サムエル24:3.4)。
その時にも、今回も、ダビデは、主の主権と主のみ旨を犯すべきではない、と部下をたしなめます。
ダビデは、ヤハウェ(主)に油注がれた者を殺したら、主からの罰を免れない、と考えていました。
ダビデの部下には、そのような発想はありませんでした。

 少し脱線しますが、
人を含めた万物は主のものです。主が万物を所有しておられるのです。
申命記10:14には、「見よ。天と、もろもろの天の天、地とそこにあるすべてのものは、あなたの神、主のものである。」(2017)と記され、
詩篇24:1には、「地とそれに満ちているもの、世界とその中に住むものは主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のものである。」(新改訳第三版)と記されています。  
 「油が注がれる」というのは、新約で言うと「聖霊が注がれる」ということを言っています。
新生した人の内には、聖霊が住んでくださっておられるのです。復活のイエス様が御父から聖霊を受けて私たちの内に住まわせてくださったのです。それで、キリスト者は、神の神殿(宮)である、と言われます。
1コリント3:17には、「神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです。」(新共同訳)と記されています。
キリスト者を殺すことは重罪です。
キリスト者ではなくても、人を殺すこと(自殺or他殺)は、主の所有の者を滅ぼしてしまうことになるのです。
キリスト者を痛めつけるキリスト者に対しても主からのお仕置きがあります。
マタイ24章には、次のようなイエス様の御言葉があります。
“45 ですから、主人によってその家のしもべたちの上に任命され、食事時に彼らに食事を与える、忠実で賢いしもべとはいったいだれでしょう。46 主人が帰って来たときに、そのようにしているのを見てもらえるしもべは幸いです。47 まことに、あなたがたに言います。主人はその人に自分の全財産を任せるようになります。48 しかし彼が悪いしもべで、『主人の帰りは遅くなる』と心の中で思い、49 仲間のしもべたちをたたき始め、酒飲みたちと食べたり飲んだりしているなら、50 そのしもべの主人は、予期していない日、思いがけない時に帰って来て、51 彼を厳しく罰し、偽善者たちと同じ報いを与えます。しもべはそこで泣いて歯ぎしりするのです。”(2017)とあります。

 話を元に戻します。
 ダビデは部下のアビシャイをたしなめた後、「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は生きておられる。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は必ず彼〔サウル(筆者挿入)〕を打たれる。時が来て死ぬか、戦いに下ったときに滅びるかだ。私が主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に逆らって、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に油注がれた方に手を下すなど、絶対にあり得ないことだ。さあ、今は、枕もとにある槍と水差しを取って、ここから出て行こう。」(10.11)と語っています。ダビデの考え方は、主のものは主が対処するという考え方です。

 12節には、“ダビデはサウルの枕もとの槍と水差しを取り、二人は立ち去ったが、だれ一人としてこれを見た者も、気づいた者も、目を覚ました者もいなかった。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が彼らを深い眠りに陥れられたので、みな眠り込んでいたのである。”(2017)とあります。

 ダビデとアビシャイがサウルの枕もとで会話をし(8-11)、また、ダビデが、サウルの枕もとの槍と水差しを取って、アビシャイと共に立ち去ることが出来たのは、ヤハウェ(主)が働いてくださって、サウルをはじめ、サウルの陣営の者皆を深い眠りに陥らせたからでした。

 ダビデがサウルの枕もとの槍と水差しを取った後のことが、13節に、“ダビデは向こう側へ渡って行き、遠く離れた山の頂上に立った。”(2017)とあります。彼ら〔サウルとダビデ(筆者挿入)〕の間には、大きな隔たりがあった。(13)と記されています。

 14‐16節には、
“14 ダビデは、兵たちとネルの子アブネルに呼びかけて言った。「アブネル、返事をしないのか。」
アブネルは答えて言った。「王を呼びつけるおまえはだれだ。」
15 ダビデはアブネルに言った。「おまえは男ではないか。イスラエル中で、おまえに並ぶ者があるだろうか。おまえはなぜ、自分の主君である王を護衛していなかったのか。兵の一人が、おまえの主君である王を殺しに入り込んだのだ。16 おまえのやったことは良くない。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に誓って言うが、おまえたちは死に値する。おまえたちの主君、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に油注がれた方を護衛していなかったのだから。今、王の枕もとにあった槍と水差しが、どこにあるか見てみよ。」”(2017)とあります。

 ダビデは、直接サウルに話しかけてサウルを罵倒するようなことはせず、サウル軍の将軍アブネルに攻撃の言葉を浴びせました。
ダビデは、主に油注がれたサウルを間抜け者扱いすることはありませんでした。ダビデは主に油注がれた者に対して失礼な態度を取ることが出来なかったのであろうと思います。ダビデのとった行動は、サウルが平静な状態で、事態を見ることが出来るようにするためでもあったのでしょう。

 17‐25節には、ダビデとサウルの会話が次のように記されています。
“17 サウルはダビデの声と気づいて、言った。「わが子ダビデよ、これはおまえの声ではないか。」
ダビデは答えた。「わが君、王様。私の声です。」18 そして言った。「なぜ、わが君はこのしもべの後を追われるのですか。私が何をしたというのですか。私の手に、どんな悪があるというのですか。19 わが君、王様。どうか今、しもべのことばを聞いてください。もし私に敵対するようあなたに誘いかけたのが主であれば、主がささげ物を受け入れられますように。しかし、それが人によるのであれば、その人たちが主の前でのろわれますように。彼らは今日、私を追い払って、主のゆずりの地にあずからせず、『行って、ほかの神々に仕えよ』と言っているからです。20 どうか今、私の血が主の御顔から離れた地に流されることがありませんように。イスラエルの王が、山でしゃこを追うように、一匹の蚤を狙って出て来ておられるのですから。」21 サウルは言った。「私が間違っていた。わが子ダビデよ、帰って来なさい。もう、おまえに害を加えない。今日、おまえが私のいのちを尊んでくれたのだから。本当に私は愚かなことをして、大変な間違いを犯した。」22 ダビデは答えて言った。「さあ、ここに王の槍があります。これを取りに、若者の一人をよこしてください。23 主は一人ひとりに、その人の正しさと真実に応じて報いてくださいます。主は今日、あなたを私の手に渡されましたが、私は、主に油注がれた方に、この手を下したくはありませんでした。24 今日、私があなたのいのちを大切にしたように、主は私のいのちを大切にして、すべての苦難から私を救い出してくださいます。」
25 サウルはダビデに言った。「わが子ダビデよ、おまえに祝福があるように。おまえは多くのことをするだろうが、それはきっと成功する。」
ダビデは自分の道を行き、サウルは自分のところへ帰って行った。”(2017)とあります。

 ダビデには2度サウルを殺せるチャンスがありました(1サムエル24:3.4、26:7.8)が、サウルを殺しませんでした。
サウルはダビデに命を助けられるたびに正気に返り、悔い改め、自分の所に帰って行ったのでした。

 しかしダビデは、これでサウルはもう二度と自分を追って来ることはないとは考えませんでした。
1サムエル27:1には、“ダビデは心の中で言った。「私はいつか、今にサウルの手によって滅ぼされるだろう。ペリシテ人の地に逃れるよりほかに道はない。そうすれば、サウルは、イスラエルの全領土内で私を捜すのをあきらめ、こうして私は彼の手から逃れられる。」 ”(2017)と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
すべての人を所有しているのはあなたです。
人を傷つけてしまうことなく、常に人に対して祝福の祈りをする者であらせてください。
主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

2020年10月 6日 (火)

1サムエル25章 主に在る賢き女性アビガイル

 1節には、“サムエルは死んだ。全イスラエルは集まって、彼のために悼み悲しみ、ラマにある彼の家に葬った。ダビデは立ってパランの荒野に下って行った。”(2017)とあり、
サムエルの死と埋葬のこと、ダビデがパランの荒野に下って行ったことが述べられています。

 2.3節には、ナバルとアビガイルの説明が以下のように記されています。
“2 マオンに一人の人がいた。カルメルで事業をしていて、非常に裕福で、羊三千匹、やぎ千匹を持っていた。彼はカルメルで羊の毛の刈り取りをしていた。3 この人の名はナバルといい、妻の名はアビガイルといった。この女は賢明で姿が美しかったが、夫は頑迷で行状が悪かった。彼はカレブ人であった。”(2017)とあります。

 マオンは、ジフの荒野の南にあり、ジフの荒野はヘブロンの南にあります。それぞれ比較的近い距離にあります。
カルメルは、マオンの北側に隣接する町です。
ナバルとアビガイルの夫婦の紹介から始まり、夫はナバルという名前ですが、ナバル{(ヘ)ナーバール}には、愚かな、間抜け、等の意があり、実際に、頑迷で行状が悪かった、とあります。一方、妻のアビガイルは、賢く、スタイルの良い人でした。
 ナバルは、カレブ人であった、とあります。新聖書注解は、“カレブ人は、カナン先住民の一種(創世記15:19)またはエドム出身のケナズ人で(創世記36:40.42、民数記32:12、ヨシュア14:6.14)、出エジプト後のイスラエルの旅行中とカナン征服中に同化し、当時はユダ部族に混入した面も(2サムエル2:1)、独立している面もある(1サムエル30:14)。”と記しています。
ナバルは、頑迷で行状が悪い、と言われていますが、事業の方は成功していて、非常に裕福で、羊三千匹、やぎ千匹を持っていました。

 余談になりますが、
ナバルはカレブ人でした。カレブ人が、上記の、エドム出身のケナズ人であったとすると、その人たちの中には、主に認められた信仰の人カレブがいました。
ケナズ人について、聖書辞典には、
カレブがケナズ人であることは,常にエフネを通して表現される(民数記32:12、ヨシュア14:6、14).「ケナズの子たちは,オテニエル」(1歴代誌4:13)は単にケナズ人オテニエルを意味するのであろう.さもなければこのケナズはカレブの弟であった.カレブの歴史は,彼の氏族が出エジプト以前にユダ族の中で立派に確立されていたことを示している(参照民数記13:6).それで初めにユダ族に加わったのはエフネの先祖であったかもしれない。”(抜粋)とあります。

 2節に、羊の毛の刈り取り、とありますが、“「羊の毛の刈り取り」は、「祝いの日(吉日)」(8)で、祝儀を出して宴を張る慣習であった(36、2サムエル13:23-27、創世記38:12)。”と新聖書注解は記しています。

 4‐9節には、ナバルの羊の毛の刈り取りの日、即ち祝いの日に、ダビデが、ナバルのもとに食料等を与えてくれるようにと、人を遣わしたことが次のように記されています。
“4 ダビデは、ナバルがその羊の毛を刈っていることを荒野で聞いた。5 ダビデは十人の若者を遣わし、その若者たちに言った。「カルメルへ上って行ってナバルのところに着いたら、私の名で彼に安否を尋ね、6 わが同胞に、こう言いなさい。『あなたに平安がありますように。あなたの家に平安がありますように。また、あなたのすべてのものに平安がありますように。7 今、羊の毛を刈る者たちが、あなたのところにいるのを聞きました。あなたの羊飼いたちは、私たちと一緒にいましたが、彼らに恥をかかせたことはありませんでした。彼らがカルメルにいる間中、何かが失われることもありませんでした。8 あなたの若者たちに尋ねてみてください。彼らはそう報告するでしょう。ですから、私の若者たちに親切にしてやってください。祝いの日に来たのですから。どうか、しもべたちと、あなたの子ダビデに、何かあなたの手もとにある物を与えてください。』」9 ダビデの若者たちは行って、言われたとおりのことをダビデの名によってナバルに告げ、答えを待った。”(2017)とあります。

 8節に、「祝いの日」とありますが、その様子は、36節に、「アビガイルがナバルのところに帰って来ると、ちょうどナバルは、自分の家で王の宴会のような宴会を開いていた。ナバルが上機嫌で、ひどく酔っていた」と記されている箇所から想像がつきます。

 10.11節には、ダビデに遣わされた者たちにナバルが答えた内容が次のように記されています。
“10 ナバルはダビデの家来たちに答えて言った。「ダビデとは何者だ。エッサイの子とは何者だ。このごろは、主人のところから脱走する家来が多くなっている。11 私のパンと水、それに羊の毛を刈り取る者たちのために屠った肉を取って、どこから来たかも分からない者どもに、くれてやらなければならないのか。」”(2017)とあります。

 祝いの品を何一つ与えず、ダビデをののしるというナバルの答えの報告を、遣わした若者たちから聞いたダビデは、戦いの準備をしました。12.13節には次のように記されています。
“12 ダビデの若者たちは、もと来た道を引き返し、戻って来て、これら一部始終をダビデに報告した。13 ダビデは部下に「各自、自分の剣を帯びよ」と命じた。それで、みな剣を身に帯びた。ダビデも剣を帯びた。四百人ほどの者がダビデについて上って行き、二百人は荷物のところにとどまった。”(2017)とあります。

 一方、ダビデの使いの者たちに、ナバルが答えた言葉を聞いた道理のわかる一人の使用人の若者が、賢いアビガイル(ナバルの妻)に、ナバルが、ダビデの使いの者たちに、ダビデをののしる言葉を言ったこと及びナバルの言葉の一部始終を伝え、危機が迫っていることを報告しました。ダビデが盾となっていてくれたからこそ、羊やヤギが守られたのだということも伝えました。14‐17節には次のように記されています。
“14 ナバルの妻アビガイルに、若者の一人が告げて言った。「ダビデがご主人様に祝福のあいさつをするために、荒野から使者たちを遣わしたのに、ご主人様は彼らをののしりました。15 あの人たちは私たちにとても良くしてくれたのです。私たちは恥をかかされたこともなく、野で一緒にいて行動をともにしていた間、何も失いませんでした。16 一緒に羊を飼っている間は、夜も昼も、彼らは私たちのために防壁となってくれました。17 今、あなたがどうすればよいか、よく考えてください。わざわいがご主人とその一家に及ぶことは、もう、はっきりしています。ご主人はよこしまな方ですから、だれも話しかけることができません。」”(2017)とあります。

 使用人の若者の言葉を聞いたアビガイルが、何をすべきかを直ちに悟り、為すべきことを実行に移したことや、その時間帯のダビデ一行の動きが、18‐22節に次のように記されています。
“18 アビガイルは急いでパン二百個、ぶどう酒の皮袋二つ、料理した羊五匹、炒り麦五セア、干しぶどう百房、干しいちじく二百個を取って、これをろばに載せ、19 自分の若者たちに言った。「私の先を進みなさい。あなたがたについて行くから。」ただ、彼女は夫ナバルには何も告げなかった。20 アビガイルがろばに乗って山陰を下って行くと、ちょうど、ダビデとその部下が彼女の方に下って来るのに出会った。21 ダビデは、こう言ったばかりであった。「荒野で、あの男のものをすべて守ってやったので、その財産は何一つ失われなかったが、それは全く無駄だった。あの男は善に代えて悪を返した。22 もし私が明日の朝までに、あの男に属する者のうち小童一人でも残しておくなら、神がこのダビデを幾重にも罰せられるように。」”(2017)とあります。

 23‐31節には、信仰的であり、かつ賢いアビガイルのとりなしが次のように記されています。
“23 アビガイルはダビデを見ると、急いでろばから降り、ダビデの前で顔を伏せて地面にひれ伏した。24 彼女はダビデの足もとにひれ伏して言った。「ご主人様、あの責めは私にあります。どうか、はしためが、じかに申し上げることをお許しください。このはしためのことばをお聞きください。25 ご主人様、どうか、あのよこしまな者、ナバルのことなど気にかけないでください。あの者は名のとおりの男ですから。彼の名はナバルで、そのとおりの愚か者です。はしための私は、ご主人様がお遣わしになった若者たちに会ってはおりません。26 ご主人様。今、主は生きておられます。あなたのたましいも生きておられます。主は、あなたが血を流しに行かれるのを止め、ご自分の手で復讐なさることを止められました。あなたの敵、ご主人様に対して害を加えようとする者どもが、ナバルのようになりますように。27 今、はしためが、ご主人様に持って参りましたこの贈り物を、ご主人様につき従う若者たちにお与えください。28 どうか、はしための背きをお赦しください。主は必ず、ご主人様のために、確かな家をお建てになるでしょう。ご主人様は主の戦いを戦っておられるのですから。あなたのうちには、一生の間、悪が見出されてはなりません。29 人があなたを追って、いのちを狙おうとしても、ご主人様のいのちは、あなたの神、主によって、いのちの袋にしまわれています。あなたの敵のいのちは、主が石投げのくぼみに入れて投げつけられるでしょう。30 主が、ご主人様について約束なさったすべての良いことをあなたに成し遂げ、あなたをイスラエルの君主に任じられたとき、31 理由もなく血を流したり、ご主人様自身で復讐したりされたことが、つまずきとなり、ご主人様の心の妨げとなりませんように。主がご主人様を栄えさせてくださったら、このはしためを思い出してください。」”(2017)とあります。

 アビガイルの言葉からあふれてくるアビガイルの信仰に心が震えます。
遠くからダビデを見たことやダビデのうわさを聞いたことがあったとは思いますが、アビガイルはダビデとは初対面であったと思います。これだけの内容を語ることが出来るとは、・・・驚きです。
アビガイルは、平伏して下手に出ています。語っている言葉も、何一つ、上から目線の語り方ではありません。しかし、神の人がダビデを説得するのと同じ効力があることを見て取れます。アビガイルの言葉には、自分のしもべたちを愛する愛、主を愛する愛、主に愛されているものを愛する愛が表されているように私には思えます。

 ダビデは主を知る信仰の人であり、常に主の御前にへりくだっている人です。アビガイルの言葉を聞いているうちに、ヤハウェ(主)が、アビガイルを遣わしてくださったのだと、ダビデは思ったのです。32‐34節には次のように記されています。
“32 ダビデはアビガイルに言った。「イスラエルの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がほめたたえられますように。主は今日、あなたを送り、私に会わせてくださった。33 あなたの判断がほめたたえられるように。また、あなたが、ほめたたえられるように。あなたは今日、私が人の血を流しに行き、私自身の手で復讐しようとするのをやめさせた。34 イスラエルの神、主は生きておられる。主は私を引き止めて、あなたに害を加えさせなかった。もし、あなたが急いで私に会いに来なかったなら、きっと、明け方までにナバルには小童が一人も残らなかっただろう。」”(2017)とあります。

 主が命じる聖戦ではないのに、自分の感情に任せて人を殺すことは殺人です。
アビガイルはダビデを殺人の罪から守りました。
ダビデが罪を犯さないようにと、ヤハウェ(主)が、アビガイルを送ってくださったのだ、とダビデは解釈しました。
ダビデは、主に感謝し、アビガイルに感謝しました。

 続く35節には、“ダビデはアビガイルの手から、彼女が持って来た物を受け取り、彼女に言った。「安心して、家へ上って行きなさい。見なさい。私はあなたの言うことを聞き、あなたの願いを受け入れた。」”(2017)と記されています。

 36‐38節には、
“36 アビガイルがナバルのところに帰って来ると、ちょうどナバルは、自分の家で王の宴会のような宴会を開いていた。ナバルが上機嫌で、ひどく酔っていたので、アビガイルは明け方まで、何一つ彼に話さなかった。37 朝になって、ナバルの酔いがさめたとき、妻がこれらの出来事を彼に告げると、彼は気を失って石のようになった。38 十日ほどたって、主はナバルを打たれ、彼は死んだ。”(2017)とあります。

 ダビデが自分の感情にまかせてナバルを殺さなくても、主がナバルを打たれ、ナバルは死にました。
ナバルは、主がサムエルを通して油を注いだダビデをののしったのです。「ダビデとは何者だ。エッサイの子とは何者だ。このごろは、主人のところから脱走する家来が多くなっている。」と。

 ナバルが死んだ後、ダビデはアビガイルを妻としました。アビガイルは、ダビデに、「主がご主人様を栄えさせてくださったら、このはしためを思い出してください。」(31) と申し述べていました。39‐43節には次のように記されています。
“39 ダビデはナバルが死んだことを聞いて言った。「主がほめたたえられますように。主は、私がナバルの手から受けた恥辱に対する私の訴えを取り上げ、このしもべが悪を行うのを引き止めてくださった。主はナバルの悪の報いをその頭上に返された。」ダビデは人を遣わして、アビガイルに自分の妻になるよう申し入れた。40 ダビデのしもべたちはカルメルのアビガイルのところに来て、彼女に、「ダビデはあなたを妻として迎えるために私たちを遣わしました」と言った。41 彼女はすぐに、地にひれ伏して礼をし、そして言った。「さあ。このはしためは、ご主人様のしもべたちの足を洗う女奴隷となりましょう。」42 アビガイルは急いで用意をして、ろばに乗り、彼女の五人の侍女を後に従え、ダビデの使者たちの後に従って行った。彼女はダビデの妻となった。43 ダビデはイズレエルの出であるアヒノアムを妻としていたので、二人ともダビデの妻となった。”(2017)とあります。

 一方、ダビデの最初の妻であるミカルについては、44節に、“サウルはダビデの妻であった自分の娘ミカルを、ガリム出身のライシュの子パルティに与えていた。”(2017)と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
アビガイルの信仰と愛と賢さから出てくる言葉に驚嘆します。
私のように軽率である者にも、あなたは、「あなたがたのうちに、知恵に欠けている人がいるなら、その人は、だれにでも惜しみなく、とがめることなく与えてくださる神に求めなさい。そうすれば与えられます。」(ヤコブ1:5・新改訳2017)というようなおことばを与えてくださっておられますから感謝します。
舌を制する者であらせてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2020年10月 5日 (月)

1サムエル24章 エン・ゲディにおけるダビデとサウル

 1.2節には、
“1節には、 サウルがペリシテ人を追うのをやめて帰って来たとき、「ダビデが今、エン・ゲディの荒野にいます」と言って、彼に告げる者がいた。2 サウルは、イスラエル全体から三千人の精鋭を選り抜いて、エエリムの岩の東に、ダビデとその部下を捜しに出かけた。”(2017)とあります。

 23章の後半部分には、
ジフ人から、ダビデがジフ人の地に隠れているとの報告がサウルにあり、ジフ人に導かれたサウルはダビデ討伐に出かけました。その時には、ダビデはマオンの荒野にまで移動していました。しかし、その居場所をサウルに知らせる者があり、サウルの軍とダビデの一行はマオンの岩山で対峙したのです。しかしその時に、「ペリシテ人が攻撃してきたので、急いで来てくれるように」、という一報がサウルに入り、サウル軍はダビデと戦うのを中止して、ペリシテとの戦いのために去って行った。
というようなことが書いてありました。

 それに続くのが、1節の、“サウルがペリシテ人を追うのをやめて帰って来たとき、「ダビデが今、エン・ゲディの荒野にいます」と言って、彼に告げる者がいた。”という箇所です。
そして、ダビデの居場所を聞いたサウルは、イスラエル全体から三千人の精鋭を選抜して、エエリムの岩の東に、ダビデとその部下を捜しに出てきたのです。

 3節には、“道の傍らにある羊の群れの囲い場に来ると、そこに洞穴があった。サウルは用をたすために中に入った。そのとき、ダビデとその部下は、その洞穴の奥の方に座っていた。”(2017)とあります。

 エン・ゲディの地について、新聖書注解には、“エン・ゲディは、・・・、石灰地層に無数の洞穴があり、・・・”とあり、石灰地層の洞穴ということなので、エン・ゲディの洞穴は、鍾乳洞のようなものなのではないかと思います。
 さて、サウルは排便したくなって洞穴に入ったのです。それをダビデたちはその洞穴の奥で見ていたのです。ダビデの部下たちは、サウルを殺すチャンスが来た、と考えましたが、ダビデは違っていました。

 その洞窟の中での出来事が、4‐7節aに、
“4 ダビデの部下はダビデに言った。「今日こそ、主があなた様に、『見よ、わたしはあなたの敵をあなたの手に渡す。彼をあなたの良いと思うようにせよ』と言われた、その日です。」ダビデは立ち上がり、サウルの上着の裾を、こっそり切り取った。5 後になってダビデは、サウルの上着の裾を切り取ったことについて心を痛めた。6 彼は部下に言った。「私が主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に逆らって、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に油注がれた方、私の主君に対して、そのようなことをして手を下すなど、絶対にあり得ないことだ。彼は主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に油注がれた方なのだから。」7 ダビデはこのことで部下を説き伏せ、彼らがサウルに襲いかかるのを許さなかった。”(2017)と記されています。

 ダビデもヤハウェ(主)の主権の下、サムエルから次期王としての油注ぎを受けた経験があり、その油注ぎを受けた後の変化を自身で体験した人です。
1サムエル16:13には、“サムエルは油の角を取り、〔ダビデの(筆者挿入)〕兄弟たちの真ん中で彼〔ダビデ(筆者挿入)〕に油を注いだ。主の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った。 ”(2017)と記されています。
ダビデに主の霊が激しく下った後のダビデ自身が、それ以前の自分とは違うことをダビデは体験していたのです。
ダビデは、主を畏れ敬い、主の主権の前に平伏していた人です。
ダビデの主に対するこのようなありようは、ダビデ自身も主によって守られることになります。

 洞穴の中で何が起きたのかを知らないor気づかなかった“7 ・・・。サウルは、洞穴から出て道を歩いて行った。”(2017)のです。

 洞穴から出て行ったサウルに呼びかけ、サウルに語りかけたダビデの言葉が、8‐15節に次のように記されています。
“8 ダビデも洞穴から出て行き、サウルのうしろから呼びかけ、「王よ」と言った。サウルがうしろを振り向くと、ダビデは地にひれ伏して、礼をした。
9 そしてダビデはサウルに言った。
「なぜ、『ダビデがあなたに害を加えようとしている』と言う人のことばに、耳を傾けられるのですか。10 今日、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が洞穴で私の手にあなたをお渡しになったのを、あなたの目はご覧になったのです。ある者はあなたを殺すようにと言ったのですが、私は、あなたのことを思って、『私の主君に手を下すことはしない。あの方は主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に油注がれた方だから』と言いました。
11 わが父よ。どうか、私の手にあるあなたの上着の裾をよくご覧ください。あなたの上着の裾を切り取りましたが、あなたを殺しはしませんでした。それによって、私の手に悪も背きもないことを、お分かりください。あなたに罪を犯していないのに、あなたは私のいのちを取ろうと狙っておられるのです。12 どうか、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が私とあなたの間をさばき、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が私のために、あなたに報いられますように。しかし、私はあなたを手にかけることはいたしません。13 昔のことわざに『悪は悪者から出る』と言います。私はあなたを手にかけることはいたしません。14 イスラエルの王はだれを追って出て来られたのですか。だれを追いかけておられるのですか。死んだ犬の後でしょうか。一匹の蚤の後でしょうか。15 どうか主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が、さばき人となって私とあなたの間をさばき、私の訴えを取り上げて擁護し、正しいさばきであなたの手から私を救ってくださいますように。」”(2017)とあります。

 この箇所を読むと、ローマ12章を思い浮かべます。ローマ12章の中には、
“14 あなたがたを迫害する者たちを祝福しなさい。祝福すべきであって、呪ってはいけません。
17 だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人が良いと思うことを行うように心がけなさい。
18 自分に関することについては、できる限り、すべての人と平和を保ちなさい。
19 愛する者たち、自分で復讐してはいけません。神の怒りにゆだねなさい。こう書かれているからです。
「復讐はわたしのもの。わたしが報復する。」主はそう言われます。
20 次のようにも書かれています。
「もしあなたの敵が飢えているなら食べさせ、渇いているなら飲ませよ。なぜなら、こうしてあなたは彼の頭上に燃える炭火を積むことになるからだ。」
21 悪に負けてはいけません。むしろ、善をもって悪に打ち勝ちなさい。”(2017)とあります。

 私は、幼少時より性急で怒りやすい性格でした。御言葉が上記のように語っているからといって、怒りを治めるのは大仕事です。
私は、キリスト者になってからも、その性格はそのままでした。しかし、ある時、主が、エペソ4:32の聖句を、後半を先にし、その後、前半のお言葉を語られて、私にタッチされたのでした。「神がキリストにおいてあなたを赦してくださったのだから、あなたも人に親切にし、心の優しい人となり、人を赦しなさい。」と優しく優しく語られ、主が語られたレーマ(ことば)が私を変えたのです。
{(ギ)「レーマ」とは、おもに語りだされた言葉を言います。ルカ1:37を文語訳は直訳していますが、文語訳は、「それ神の言には能はぬ所なし」と訳しています。私訳すると「というのは、神が語りだされたすべての言葉には不可能はない。」となります。}  
 

 話を元に戻します。
 16-21節には、ダビデへのサウルの言葉が次のように記されています。
“16 ダビデがこれらのことばをサウルに語り終えたとき、サウルは「これはおまえの声なのか。わが子ダビデよ」と言った。サウルは声をあげて泣いた。17 そしてダビデに言った。「おまえは私より正しい。私に良くしてくれたのに、私はおまえに悪い仕打ちをした。18 私に良いことをしてくれたことを、今日、おまえは知らせてくれた。主が私をおまえの手に渡されたのに、私を殺さなかったのだから。19 人が自分の敵を見つけたとき、その敵を無傷で去らせるだろうか。おまえが今日、私にしてくれたことの報いとして、主がおまえに幸いを与えられるように。20 おまえが必ず王になり、おまえの手によってイスラエル王国が確立することを、私は今、確かに知った。21 今、主にかけて私に誓ってくれ。私の後の子孫を断たず、私の名を父の家から消し去らないことを。」”(2017)とあります。

 サウルがダビデの言葉(9-15節)を聞き、サウルが悔悛したことで、サウルから悪しき霊が去り、悪しき霊に憑かれる前のサウルのようになりました。残念ながらこれは一時的なことでした。

 22節には、“ダビデはサウルに誓った。サウルは自分の家へ帰り、ダビデとその部下は要害へ上って行った。”(2017)とあります。
サウルがダビデに、「今、主にかけて私に誓ってくれ。私の後の子孫を断たず、私の名を父の家から消し去らないことを。」(21)と語り、ダビデは、サウルに、「サウルの子孫を断たず、サウルの名を父の家から消し去らないことを」誓ったのです。
後にダビデはその誓いを果たしています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたがお語りくださった御言葉は必ず成就しますから御名を崇めて感謝します。
ローマの百人隊長が、「おことばをください」とイエス様に言った箇所がマタイ8:8にあります。
イエス様は、それをたいそう喜ばれ、御業を行ってくださいました。
それと同じことは、現代でもあることを覚え感謝します。
折々に、おことばを与えてくださいますように。
御業をなしてくださるあなたの御名をほめたたえ、我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2020年10月 4日 (日)

1サムエル23章 ダビデを導き、ダビデを守られるヤハウェ(主) ケイラ、ジフにて

 1‐6節には、
“1 「今、ペリシテ人がケイラを攻めて、打ち場を略奪しています」と言って、ダビデに告げる者がいた。
2 ダビデは主に伺って言った。「行って、このペリシテ人たちを討つべきでしょうか。」主はダビデに言われた。「行け。ペリシテ人を討ち、ケイラを救え。」
3 ダビデの部下は彼に言った。「ご覧のとおり、私たちは、ここユダにいてさえ恐れているのに、ケイラのペリシテ人の陣地に向かって行けるでしょうか。」
4 ダビデはもう一度、主に伺った。すると主は答えられた。「さあ、ケイラに下って行け。わたしがペリシテ人をあなたの手に渡すから。」
5 ダビデとその部下はケイラに行き、ペリシテ人と戦い、彼らの家畜を奪い返し、ペリシテ人を討って大損害を与えた。こうしてダビデはケイラの住民を救った。
6 アヒメレクの子エブヤタルは、ケイラのダビデのもとに逃げて来たとき、エポデを携えていた。”(2017)とあります。

 1節には、“「今、ペリシテ人がケイラを攻めて、打ち場を略奪しています」と言って、ダビデに告げる者がいた。”とあります。

ケイラは、ヘブロンの北西約15kmのところにあります。
「打ち場を略奪しています」ということですから、大麦(4-5月収穫)か小麦(5-6月収穫)かは分かりませんが、収穫を終えて脱穀しているか、脱穀を終えたばかりなのでしょう。大切な食料をペリシテ人たちが略奪しているのです。

 6節には、「アヒメレクの子エブヤタルは、ケイラのダビデのもとに逃げて来たとき、エポデを携えていた。」とあります。

祭司の町ノブで虐殺があり(1サムエル22:18.19)、その難からダビデの下に逃れてきた祭司エブヤタル(22:20)は、ケイラのダビデのもとに逃げて来たとき、エポデを携えていました。ダビデは、祭司エブヤタルがエポデを持ってきたので、主のみ旨を知ることが出来たのであろうと思います。旧約時代は、多くの場合、ウリムとトンミムで神意を伺っていましたから。ただし預言者は、直接主から御声を聞いたり、幻を見させられたりしていました。主は、ダビデを預言者としても、ある時期から用いられます(詩篇の中のダビデの詩を参照)から、ダビデの場合は、神意を伺うのに、祭司のウリムとトンミムによるのか、主からの直接の啓示によるのか、どちらか分からない場合があります(聖書を読んでいてのことですが)。

 エポデについて、新共同訳スタディー版の用語の説明に、エフォドとして分かり易く述べられているのでそれを転記します。
“正確に何を指すかについては諸説があるが、幾つかの異なる物を指すと思われる。
(1)大祭司が着用する祭儀用の華麗な衣服(出エジプト28:4以下、39:2)。
(2)祭儀の間に祭司たちが着用する亜麻布の簡易な衣服(1サムエル2:18)。
(3)神意を伺うための道具(1サムエル23:9-12)。
(4)神像(士師記8:27)。
”とあります。

 エポデについて、聖書辞典は、
エポデ (〈ヘ〉epod) 〈ヘ〉アーファドゥ(「巻く」という意味)の派生語で,元来は腰に巻く布を意味したと思われる.(1)祭司が祭儀において着用するための「栄光と美を表わす聖なる装束」(出28:2)の中にエポデが含まれる.それは金色,青色,紫色,緋色のより糸,より糸で織った亜麻布で作り,金の環で「さばきの胸当て」が結びつけられていた.下には青色の長服を着た(出28:6‐38).(2)少年サムエルが老祭司エリを助けて主の前に仕えた時(1サム2:18),またダビデが契約の箱の行列の前で踊った時(2サム6:14)には,「亜麻布のエポデ」を着けていた.ノブの85人の主の祭司たちは「亜麻布のエポデを着ていた」(1サム22:18).ダビデはそのうちの一人エブヤタルにエポデを持って来させて,神の御旨を尋ねた(1サム23:9‐12).士師記にはテラフィムや偶像との関連でこの語が出てくる(士17:5.参照士8:27).”と記しています。

 ダビデは、ヤハウェ(主)に、「行って、このペリシテ人たちを討つべきでしょうか。」(2)と伺っていますが、ダビデが直接主に伺ったのか、あるいはダビデが祭司エブヤタルにウリムとトンミムによって伺わせたのか、よく分かりません。が、6節に、エブヤタルがエポデを携えていた、とあるので、ウリムとトンミムによって主のみ旨を伺ったのではないかと思います。神意を伺うウリムとトンミムはエポデにつける胸当ての中に入っていました。

 ダビデは、主のみ旨に従って直ちに行動しようとします(2)が、ダビデの部下たちは主を信じるのではなく状況を信じたのです。
ダビデの部下たちは、ダビデに、「ご覧のとおり、私たちは、ここユダにいてさえ恐れているのに、ケイラのペリシテ人の陣地に向かって行けるでしょうか。」、即ち、無理だからやめましょうよ、と言ったのです。

 ダビデは、部下たちの心情を考慮し、もう一度主に伺います。すると主は、「不信仰者め」とは言わず、「さあ、ケイラに下って行け。わたしがペリシテ人をあなたの手に渡すから。」答えられたのです(4)。

 主の命に従ったダビデと部下たちは、ケイラに行き、ペリシテ人と戦い、彼らの家畜を奪い返し、ペリシテ人を討って大損害を与え、ケイラの住民を救いました。(5)

 7.8節には、ダビデの動向を知ったサウルの動きが以下のように記されています。
“7 一方、ダビデがケイラに来たことがサウルに知らされると、サウルは、「神は彼を私の手に渡された。彼は扉とかんぬきのある町に入って、自分自身を閉じ込めてしまったのだから」と言った。8 サウルは、ケイラへ下ってダビデとその部下を攻めて封じ込めるため、兵をみな召集した。”(2017)とあります。

 9-14節には、サウルの動向を知ったダビデの行動が以下のように記されています。
“9 ダビデは、サウルが自分に害を加えようとしているのを知り、祭司エブヤタルに言った。「エポデを持って来なさい。」
10 そしてダビデは言った。「イスラエルの神、主よ。しもべは、サウルがケイラに来て、私のことで、この町を破壊しようとしていることを確かに聞きました。11 ケイラの者たちは私を彼の手に引き渡すでしょうか。サウルは、しもべが聞いたとおり下って来るでしょうか。イスラエルの神、主よ。どうか、しもべにお告げください。」
主は言われた。「彼は下って来る。」
12 ダビデは言った。「ケイラの者たちは、私と私の部下をサウルの手に引き渡すでしょうか。」
主は言われた。「彼らは引き渡す。」
13 ダビデとその部下およそ六百人は立って、ケイラから出て行き、そこここと、さまよった。
ダビデがケイラから逃れたことがサウルに告げられると、サウルは討伐をやめた。
14 ダビデは、荒野にある要害に宿ったり、ジフの荒野の山地に宿ったりした。
サウルは、毎日ダビデを追い続けたが、
神はダビデをサウルの手に渡されなかった。”(2017)とあります。

 ダビデは、人間的な状況判断に頼るのではなく、主の意向を伺うことを第一とし、主のみ旨が示されたならば、それに従う、という方法をとります。そのことが9節以降に記されています。
 ダビデとその部下およそ六百人は、ケイラから出て行きました。そして、そこここと、さまよったのです。
一方、ダビデがケイラから逃れたことがサウルに告げられると、サウルは討伐をやめたのでした。

 ケイラの人たちは、ダビデとその部下たちによってペリシテ人の略奪から守られたにもかかわらず、サウルがダビデを攻めて来るとなると、自己保身からサウルの方につくという態度をとる、と主はダビデに教えられました。
 人々の多くは、自己保身、自己中心的に行動しますから、昨日の友は今日の敵、のようなことになることを、この世にあっては心しなければならない、ということがこの世の一般的な教えです。
しかし、私たちキリスト者に対して、主は、主の御名が崇められるように、主の栄光のために、兄姉のまた自分の徳が高められるように、周りの人に祝福がもたらされるように歩みなさいと勧めてくださっておられます。(マタイ6:9、5:43-48、1コリント6:20、ピリピ4:8、その他多数箇所)

 サウルは、ダビデがケイラから出て行ったのを知ったので一度は兵を引き揚げましたが、再びサウルが、ダビデ討伐に出てきた様子が15節に、“ダビデは、サウルが自分のいのちを狙って、戦いに出て来たのを見た。そのとき、ダビデはジフの荒野のホレシュにいた。”(2017)と記されています。

 16‐18節には、ヨナタンがダビデを励ましに来たことが次のように記されています。
“16 サウルの息子ヨナタンは、ホレシュのダビデのところに行って、神によってダビデを力づけた。17 彼はダビデに言った。「恐れることはありません。父サウルの手が、あなたの身に及ぶことはないからです。あなたこそ、イスラエルの王となり、私はあなたの次に立つ者となるでしょう。父サウルも、そうなることを確かに知っているのです。」18 二人は主の前で契約を結んだ。ダビデはホレシュにとどまり、ヨナタンは自分の家に帰った。”(2017)とあります。

 19‐29節には、
“19 ジフ人たちは、ギブアのサウルのところに上って行って、言った。「ダビデは私たちのところに隠れているのではありませんか。エシモンの南、ハキラの丘のホレシュにある要害に。20 王よ。今、下って行こうとお思いでしたら、下って来てください。私たちが彼を王の手に引き渡します。」
21 サウルは言った。「主の祝福があなたがたにあるように。あなたがたが私のことを思ってくれたからだ。22 さあ行って、さらに確かめてくれ。彼が足を運ぶ場所と、だれがそこで彼を見たかを、よく調べてくれ。彼は非常に悪賢いとの評判だから。23 彼が潜んでいる隠れ場所をみな、よく調べて、確かな知らせを持って、ここに戻って来てくれ。そのとき、私はあなたがたと一緒に行く。彼がこの地にいるなら、ユダのすべての分団のうちから彼を捜し出す。」
24 彼らはサウルに先立ってジフへ行った。一方、ダビデとその部下は、エシモンの南のアラバにあるマオンの荒野にいた。
25 サウルとその部下はダビデを捜しに出て行った。このことがダビデに知らされたので、彼は岩場に下り、マオンの荒野にとどまった。
サウルはこれを聞き、マオンの荒野でダビデを追った。
26 サウルは山の一方の側を進み、ダビデとその部下は山のもう一方の側を進んだ。ダビデは急いでサウルから逃れようとした。サウルとその部下が、ダビデとその部下を捕らえようと迫って来たとき、27 一人の使者がサウルのもとに来て、「急いで来てください。ペリシテ人がこの国に襲いかかって来ました」と言った。28 サウルはダビデを追うのをやめて帰り、ペリシテ人の方に向かった。こういうわけで、この場所は「仕切りの岩山」と呼ばれた。
29 ダビデはそこから上って行って、エン・ゲディの要害に住んだ。”(2017)とあります。

 ジフ人たちもダビデをサウルに売りましたが、ヤハウェ(主)は、ダビデを守り続けます。
29節に、“ダビデはそこから上って行って、エン・ゲディの要害に住んだ。”(2017)とあります。
ヘブライ語聖書では、29節は1サムエル24:1になっています。新共同訳、聖書協会共同訳、岩波訳は、29節を1サムエル24:1としています。「エン・ゲディ」は、子やぎの泉、の意です。死海の西側でエルサレムから南東に約48kmの所にあり、洞穴や泉のある所です。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
ダビデは、サウルから何度も危険な目にあわされますが、あなたはいつもダビデを守られます。
私たちも、自分で気づく禍、気づかない危険から、あなたがいつも守ってくださっておられますことを感謝します。
いつも助け、守り、導き、支え続けてくださる主の御名を崇め、感謝し、我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2020年10月 3日 (土)

1サムエル22:6-23 ノブの祭司たちを殺すサウル

 6-8節には、
“6 サウルは、ダビデおよび彼とともにいる者たちが見つかったことを聞いた。サウルはギブアにある高台のタマリスクの木の下で、槍を手にして座っていた。彼の家来たちはみな、彼のそばに立っていた。
22:7 サウルは、そばに立っている家来たちに言った。「聞け、ベニヤミン人。エッサイの子が、おまえたち全員に畑やぶどう畑をくれたり、おまえたち全員を千人隊の長、百人隊の長にしたりするだろうか。
22:8 それなのに、おまえたちはみな私に謀反を企てている。息子がエッサイの子と契約を結んでも、だれも私の耳に入れない。おまえたちのだれも、私のことを思って心を痛めることをせず、今日のように、息子が私のしもべを私に逆らわせて、待ち伏せさせても、私の耳に入れない。」”(2017)とあり、ここは昨日の箇所で扱いました。

 サウル王は家来たちに、「おまえたち全員に畑やぶどう畑を与え、おまえたち全員を千人隊の長、百人隊の長にしたにもかかわらず、ヨナタンとエッサイが契約を結んことを私に知らせず、私のことを思って心を痛めることをせず、今日のように、ヨナタンが私のしもべダビデを私に逆らわせて、待ち伏せさせても、私の耳に入れないとはどういうことだ。」という内容の事柄を、手には槍を持ち、恐らく怒った顔をして語りました。

 その時、サウルの家来の一人であるエドム人のドエグが、ダビデの居場所と、ノブの地で見たこと(1サムエル21:1-9)をサウルに語りました。9.10節には次のように記されています。
“9 サウルの家来たちのそばに立っていたエドム人ドエグが答えて言った。「私は、エッサイの子が、ノブのアヒトブの子アヒメレクのところに来たのを見ました。10 アヒメレクは彼のために主に伺って、彼に食糧を与え、ペリシテ人ゴリヤテの剣も与えました。」”(2017)とあります。

 1サムエル21:1-9には、祭司アヒメレクがダビデに、祭司しか食べることを許されていない聖なるパンを与える際に、「主に伺ってから与えた」という記述がありませんが、エドム人ドエグはそのことまでサウルに伝えています。
サウルとベニヤミン人の兵士たちは、祭司アヒメレクがダビデに祭司しか食べることを許されていない聖なるパンを与えたのは、主のみ旨であることを知ったのです。それにもかかわらず、サウルは祭司アヒメレクを殺すように命じます。サウルは明確にヤハウェ(主)に敵対しているのです。

 11-16節には、サウルが、祭司アヒトブの子アヒメレクと、彼の父の家の者全員(ノブにいる祭司たち)を呼び寄せ、尋問し、死刑にするということが次のように記されています。
“11 王は人を遣わして、祭司アヒトブの子アヒメレクと、彼の父の家の者全員、すなわち、ノブにいる祭司たちを呼び寄せた。彼らはみな、王のところに来た。
12 サウルは言った。「聞け、アヒトブの子よ。」彼は答えた。「はい、王様。ここにおります。」13 サウルは彼に言った。「おまえとエッサイの子〔ダビデ(筆者挿入)〕は、なぜ私に謀反を企てるのか。おまえは彼にパンと剣を与え、彼のために神に伺い、そうして彼は今日のように私に逆らって待ち伏せしている。」
14 アヒメレクは王に答えて言った。「あなたの家来の中に、ダビデほど忠実な者が、だれかいるでしょうか。ダビデは王の婿であり、あなたの護衛兵の長であり、あなたの家で重んじられているではありませんか。15 私が彼のために神に伺うのは、今日に始まったことでしょうか。決して、そんなことはありません。王様。このしもべや、父の家の者全員に汚名を着せないでください。あなたのしもべは、この事件について、いっさい知らないのですから。」
16 王は言った。「アヒメレク、おまえは必ず死ななければならない。おまえも、おまえの父の家の者全員もだ。」”(2017)とあります

 17‐19節には、過激な死刑執行と虐殺の様子が次のように記されています。
“17 王は、そばに立っていた近衛兵たちに言った。「近寄って、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の祭司たちを殺せ。彼らはダビデにくみし、ダビデが逃げているのを知りながら、それを私の耳に入れなかったからだ。」
しかし王の家来たちは、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の祭司たちに手を下して討ちかかろうとはしなかった。
18 王はドエグに言った。「おまえが行って祭司たちに討ちかかれ。」そこでエドム人ドエグが行って、祭司たちに討ちかかった。その日彼は、亜麻布のエポデを着ていた人を八十五人殺した。19 彼は祭司の町ノブを、男も女も、幼子も乳飲み子も、剣の刃で討った。牛もろばも羊も、剣の刃で。”(2017)とあります。

 サウルは、「ヤハウェの祭司たちを殺せ」と命じたのです。
悪しき霊に取りつかれることは怖いことです。
イエス様は、主の裁きは、行動(黙示録20:12)だけではなく、発した言葉によっても裁かれる(マタイ12:37)と語られ、使徒パウロは、「その審判は測り難く 」(ローマ11:33・文語訳)と述べています。サウルやドエグに対する主の裁きは厳しいものであろうと思います。

 サウルの家来でもイスラエル人たちは、ヤハウェ(主)の祭司に手を下すことをしませんでした。サウルの家来の中でもイスラエル人はヤハウェ(主)を恐れていたのです。しかし、サウルとドエグは、まるでサタンそのものであるかのように、実際にはサタンの手足となってヤハウェ(主)の祭司一族及び所有していた牛やろばや羊までも殺したのです。

 20‐23節には、
“20 アヒトブの子アヒメレクの息子のエブヤタルという名の人が、一人逃れてダビデのところに逃げて来た。
21 エブヤタルはダビデに、サウルが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の祭司たちを殺したことを告げた。
22 ダビデはエブヤタルに言った。「私はあの日、エドム人ドエグがあそこにいたので、彼がきっとサウルに知らせると思っていた。私が、あなたの父の家の者全員の死を引き起こしたのだ。23 私と一緒にいなさい。恐れることはない。私のいのちを狙う者は、あなたのいのちを狙う。しかし私と一緒にいれば、あなたは安全だ。」”(2017)とあります。

 エブヤタルはダビデの時代、祭司として主に仕え、ダビデに仕えました。しかし後に、王位継承の件でアドニヤを支持したためにソロモン王によってアナトテに追放されました(1列王記2:26)。アナトテからは後に祭司にして預言者エレミヤが出てきます(エレミヤ1:1)。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
一度は主に選ばれたサウルが、サタンの手先として働くなるようになった原因は、サムエルに罪を指摘された時に、主のみ前にへりくだって悔い改めなかったことにあると思います。
決してそのようなことをしてしまうことがありませんように。
罪を示されたら、直ちに罪を告白し、主との豊かな交わりを絶やすことがありませんように。
1ヨハネ1:9の「もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。」(2017)という約束を感謝し、主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン 

2020年10月 2日 (金)

1サムエル22:1-8 アドラムの洞穴に避難したダビデ、両親をモアブの王に託したダビデ、被害妄想のサウル

 1.2節には、
“1 ダビデはそこを去って、アドラムの洞穴に避難した。彼の兄弟たちや父の家の者はみな、これを聞いてダビデのところに下って来た。2 そして、困窮している者、負債のある者、不満のある者たちもみな、彼のところに集まって来たので、ダビデは彼らの長となった。約四百人の者が彼とともにいるようになった。”(2017)とあります。

 1節冒頭には、「ダビデはそこを去って」とありますが、「そこ」とは、ガテの王アキシュのところです。
「ダビデはそこを去って、アドラムの洞穴に避難した。」とありますが、「アドラムの洞穴」について、岩波訳の注は、“エルサレムの南西24キロ、ヘブロンの北西16キロ、西側に谷を見下ろすユダ丘陵の高みの一つ。辺りには隠れ場所に適した洞穴が数多くある。”と記しています。

 ダビデがアドラムの洞穴に非難すると、ダビデの兄弟たちや父エッサイの家の者はみな、サウルによる粛清(しゅくせい)を恐れてダビデのところに来たのです。エッサイやダビデの兄弟たちは、かつて士師にして預言者であるサムエルが、主から遣わされてダビデに油を注ぎ、主が、ダビデをイスラエルの王とされたのを見ていたのです(→1サムエル16:1-13)。エッサイの家族は、油注がれた後のダビデも見ていたことでしょう。1サムエル16:13には、「サムエルは油の角を取り、兄弟たちの真ん中で彼に油を注いだ。主の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った。」(2017)と記されています。

 アドラムの洞穴にいるダビデのところには、ダビデの父エッサイの家の者たちだけではなく、困窮している者、負債のある者、不満のある者たちも集まってきたのです。その総勢は400人となりました。
私は、これらの人々を主がダビデの下に遣わしたのだと思います。
ダビデは、これらみなの者の長となり、治めるようになったのです。
その後、恐らく大した月日ではなかったと思うのですが、ダビデの配下の者たちは約600人になりました(1サムエル23:13)。

 3.4節には、“3 ダビデはそこからモアブのミツパに行き、モアブの王に言った。「神が私にどのようなことをされるか分かるまで、どうか、父と母をあなたがたと一緒に住まわせてください。」4 ダビデは両親をモアブの王の前に連れて来た。彼らは、ダビデが要害にいる間、王のもとに住んだ。”(2017)とあります。

 モアブの地は、死海の東側で、北はアルノン川から南はゼレデ川に囲まれた地域です。
モアブは、異教の地でしたが、その地から主を信じるルツがおこされたのです。
 ルツ記4章には、
“13 〔ユダのベツレヘムの人(筆者挿入)〕ボアズはルツを迎え、彼女は彼の妻となった。ボアズは彼女のところに入り、主はルツを身ごもらせ、彼女は男の子を産んだ。14 女たちはナオミに言った。「主がほめたたえられますように。主は、今日あなたに、買い戻しの権利のある者が途絶えないようにされました。その子の名がイスラエルで打ち立てられますように。15 その子はあなたを元気づけ、老後のあなたを養うでしょう。あなたを愛するあなたの嫁、七人の息子にもまさる嫁が、その子を産んだのですから。」16 ナオミはその子を取り、胸に抱いて、養い育てた。17 近所の女たちは、「ナオミに男の子が生まれた」と言って、その子に名をつけた。彼女たちはその名をオベデと呼んだ。オベデは、ダビデの父であるエッサイの父となった。18 これはペレツの系図である。ペレツはヘツロンを生み、19 ヘツロンはラムを生み、ラムはアミナダブを生み、20 アミナダブはナフションを生み、ナフションはサルマを生み、21 サルマはボアズを生み、ボアズはオベデを生み、22 オベデはエッサイを生み、エッサイはダビデを生んだ。”(2017)とあります。

 というわけで、ダビデの父エッサイの祖父はユダヤ人のボアズ、祖母はヤハウェ(主)を自分の神としたモアブ出身のルツです。それ故、ルツとの関係で、ダビデの父エッサイはルツのモアブにいる兄弟ややその子孫たちとは親戚でした。しかし、ある程度長期間モアブに住むことになりますから、ダビデは、モアブのミツパに行き、モアブの王に、「神が私にどのようなことをされるか分かるまで、どうか、父と母をあなたがたと一緒に住まわせてください。」と願い、両親をモアブの王の前に連れて来、モアブの王の了承を得たのです。それでダビデの両親は、ダビデが要害にいる間、王のもとに住んだのです。
ダビデは、この様にして両親の安全を確保したのです。

 3節に、「モアブのミツパに行き」とあります。「ミツパ」という場所はいくつもあります。「ミツパ」の意味が、見張る場所、物見やぐら、という意味 だからです。

 5‐8節には、
“5 預言者ガドはダビデに言った。「この要害にとどまっていないで、さあ、ユダの地に帰りなさい。」それで、ダビデはそこを出て、ハレテの森へやって来た。6 サウルは、ダビデおよび彼とともにいる者たちが見つかったことを聞いた。サウルはギブアにある高台のタマリスクの木の下で、槍を手にして座っていた。彼の家来たちはみな、彼のそばに立っていた。7 サウルは、そばに立っている家来たちに言った。「聞け、ベニヤミン人。エッサイの子が、おまえたち全員に畑やぶどう畑をくれたり、おまえたち全員を千人隊の長、百人隊の長にしたりするだろうか。8 それなのに、おまえたちはみな私に謀反を企てている。息子がエッサイの子と契約を結んでも、だれも私の耳に入れない。おまえたちのだれも、私のことを思って心を痛めることをせず、今日のように、息子が私のしもべを私に逆らわせて、待ち伏せさせても、私の耳に入れない。」”(2017)とあります。

 5節には、“預言者ガドはダビデに言った。「この要害にとどまっていないで、さあ、ユダの地に帰りなさい。」それで、ダビデはそこを出て、ハレテの森へやって来た。”(2017)とあります。

 「この要害にとどまっていないで」とあります。
この要害とは、アドラムの洞穴です。5節の文章から分かることは、この時代、アドラムの洞穴はイスラエル領になっていなかったということです。

 預言者ガドについて、聖書辞典は、“ダビデづきの預言者.彼はダビデにしばしば神のことばを告げていた(1サムエル22:5、2サムエル24:11-18、1歴代誌21:9-18、2歴代誌29:25)。ダビデの業績を言行録に書き記した(1歴代誌29:29 ”(2017)と述べています。

 主はダビデに、「この要害にとどまっていないで、さあ、ユダの地に帰りなさい。」と命じる一方、主は、ダビデたちの居場所をサウルに隠してはおきませんでした。
ダビデの居場所が、サウルの耳に入ったのですから(6)。
ダビデはユダの地におり、サウルはベニヤミンの地のギブアにいました。その時のサウルの様子は6節に、“サウルはギブアにある高台のタマリスクの木の下で、槍を手にして座っていた。彼の家来たちはみな、彼のそばに立っていた。”(2017)と記されています。

 サウルは、ダビデが自分を殺しに来ると考えていました。
それは、サウルが、「おまえたち〔サウルの部下のベニヤミン人(筆者挿入)〕はみな私に謀反を企てている。息子〔ヨナタン(筆者挿入)〕がエッサイの子〔ダビデ(筆者挿入)〕と契約を結んでも、だれも私の耳に入れない。おまえたちのだれも、私のことを思って心を痛めることをせず、今日のように、息子〔ヨナタン(筆者挿入)〕が私のしもべ〔ダビデ(筆者挿入)〕を私に逆らわせて、待ち伏せさせても、私の耳に入れない。」(8)と語っていることから分かります。

 ヨナタンとダビデの関係は、サウルが考えているようなものではなく、ダビデがサウルから逃げているのであり、ダビデはサウルを殺そうとはしていませんでした。サウルがダビデを殺そうとしているので、サウルは、ダビデに殺されるのではないかと怯えているのです。
サウルの恐れの原因となった出来事は、
➀サムエルを通して語られた主のことば{特に1サムエル15:28には、「主は、今日、あなたからイスラエル王国を引き裂いて、これをあなたよりすぐれた隣人に与えられました。 」(2017)とあります。}
②民衆の喝さいが、ダビデ>サウルであったこと(1サムエル18:6-8)
であろうと思います。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたは、ダビデに油を注ぎ、あなたのみ旨の内では、既にダビデを王としていることを覚えます。
そうであっても、ダビデが公けに王としてイスラエルの王として君臨するまでには、結構な年月がありました。
それと同じように、私たちも、外見上において、あなたの子どもとしてこの世に現わされるまでには、様々な訓練を受けることを覚えます。
私たちは、神の子どもとしてふさわしくなるよう訓練してくださる主の御名を賛美します。
やがては黙示録19:8に「花嫁は、輝くきよい亜麻布をまとうことが許された。その亜麻布とは、聖徒たちの正しい行いである。」(2017)と啓示されているように、私たちの言動が全く「義」となるようにして下さいますことを感謝します。
あなたのご計画は、常に一歩一歩着実に進んで行くことを感謝します。
御名を賛美し、我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン 

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