2列王記

2021年1月31日 (日)

2列王記25:22-30 ゲダルヤの殺害、エホヤキンの解放/主の約束は成就されていく

 22節には、“バビロンの王ネブカドネツァルは、彼が残したユダの地の残りの民の上に、シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤを総督として任命した。”(2017)と記されています。

 ゲダルヤがバビロン帝国領のユダの地にあって、総督として任命されました。
恐らくゲダルヤは、エレミヤを通して語られたヤハウェ(主)の「バビロンの王のくびきに首を差し出して彼に仕える民を、わたしはその土地にいこわせる。──の御告げ──こうして、その土地を耕し、その中に住む。」(エレミヤ27:11・2017)という御言葉を知っていたと思います。
恐らくゲダルヤが総督に任命されたのは、ゲダルヤがエレミヤを助けたアヒカム(エレミヤ26:24)の子であり、初めからバビロンに服従していたからではないかと思います。ゲダルヤの父アヒカムがエレミヤを助けたのは20余年前のことだと思われます。
 エレミヤ26章には、
“1 ユダの王、ヨシヤの子エホヤキム〔治世年代はB.C.609-598年(筆者挿入)〕の治世の初めに、主から次のようなことばがあった。
 2 主はこう言われた。「主の宮の庭に立ち、主の宮に礼拝しに来るユダのすべての町の者に、わたしがあなたに語れと命じたことばを残らず語れ。一言も省くな。3 彼らがそれを聞いて、それぞれ悪の道から立ち返るかもしれない。そうすればわたしは、彼らの悪い行いのために彼らに下そうと考えていたわざわいを思い直す。4 彼らに言え。『主はこう言われる。もし、あなたがたがわたしに聞き従わず、あなたがたの前に置いたわたしの律法に歩まず、5 あなたがたに早くからたびたび遣わしてきた、わたしのしもべである預言者たちのことばに聞き従わないなら──実際、あなたがたは聞き従わなかった──6 わたしはこの宮をシロのようにし〔シロに契約の箱が安置されていましたがそれは1サムエル4章に記されている事件までのことでした(筆者挿入)〕、この都を地上のすべての国々の、ののしりの的とする。』」
 7 祭司と預言者と民全体は、エレミヤがこのことばを主の宮で語るのを聞いた。
 8 主が民全体に語れと命じたことをみな、エレミヤが語り終えたとき、祭司と預言者とすべての民は彼〔エレミヤ(筆者挿入)〕を捕らえて言った。「あなたは必ず死ななければならない。9 なぜ、この宮がシロのようになり、この都がだれも住む者のいない廃墟となると、主の名によって預言したのか。」そこで、民全体は主の宮のエレミヤのところに集まった。10 これらのことを聞いてユダの首長たちは、王の宮殿から主の宮に上り、主の宮の新しい門の入り口で座に着いた。11 祭司たちと預言者たちは、首長たちと民全体に次のように言った。「この者〔エレミヤ(筆者挿入)〕は死刑に当たる。彼がこの都に対して、あなたがたが自分の耳で聞いたとおりの預言をしたからだ。」
 12 エレミヤは、すべての首長と民に告げた。「主が、この神殿とこの都に対して、あなたがたの聞いたすべてのことばを預言するよう、私を遣わされたのです。13 さあ今、あなたがたの生き方と行いを改め、あなたがたの神、主の御声に聞き従いなさい。そうすれば、主も、あなたがたに語ったわざわいを思い直されます。14 このとおり、私自身はあなたがたの手の中にあります。私を、あなたがたの目に良いと思うよう、気に入るようにしなさい。15 ただ、もしあなたがたが私〔エレミヤ(筆者挿入)〕を殺すなら、あなたがた自身が咎なき者の血の責任を、自分たちと、この都〔エルサレム(筆者挿入)〕と、その住民に及ぼすのだということを、はっきり知っておきなさい。なぜなら、本当に主が私をあなたがたのもとに送り、これらすべてのことばをあなたがたの耳に語らせたのですから。」
 16 すると、首長たちと民全体は、祭司たちと預言者たちに言った。「この人は死刑に当たらない。彼は私たちの神、主の名によって、私たちに語ったのだから。」17 それで、この地の長老たちの何人かが立って、民全体に言った。18 「かつてモレシェテ人ミカも、ユダの王ヒゼキヤの時代に預言して、ユダの民全体にこう語ったことがある。万軍の主はこう言われる。シオンは畑のように耕され、エルサレムは瓦礫の山となり、神殿の山は木々におおわれた丘となる。19 そのとき、ユダの王ヒゼキヤとユダのすべては彼を殺しただろうか。ヒゼキヤが主を恐れ、主に願ったので、主も彼らに語ったわざわいを思い直されたではないか。ところが、私たちはわが身に大きなわざわいを招こうとしている。」
 20 主の御名によって預言している人がもう一人いた。キルヤテ・エアリム出身のシェマヤの子ウリヤで、彼はこの都とこの地に対して、エレミヤのことばすべてと同じような預言をしていた。21 エホヤキム王、すべての勇士、首長たちは、彼のことばを聞いた。
王は彼を殺そうとしたが、ウリヤはこれを聞いて恐れ、エジプトへ逃げて行った。
22 そこで、エホヤキム王は人々をエジプトに遣わした。すなわち、アクボルの子エルナタンに人々を随行させて、エジプトに送った。23 彼らはウリヤをエジプトから導き出し、エホヤキム王のところに連れて来たので、王は彼を剣で打ち殺し、その屍を共同墓地に捨てさせた。
 24 しかし、シャファンの子アヒカムはエレミヤをかばい、エレミヤが民の手に渡されて殺されることのないようにした。”(2017)と記されています。

 アヒカムは、主を畏れる人であり、誰がヤハウェ(主)のまことの預言者であるかを分かっていたのだと思います。ゲダルヤはそのアヒカムの子であったのです。

 23-26節には、総督として立てられたゲダルヤが暗殺されたこと、その後ユダの人たちがエジプトへ逃げたことが次のように記されています。
“23 軍の高官たちとその部下たちはみな、バビロンの王がゲダルヤを総督としたことを聞いて、ミツパにいるゲダルヤのもとに来た。それは、ネタンヤの子イシュマエル、カレアハの子ヨハナン、ネトファ人タンフメテの子セラヤ、マアカ人の子ヤアザンヤ、彼らとその部下たちであった。
24 ゲダルヤは彼らとその部下たちに誓って、彼らに言った。「カルデア人の家来たちを恐れてはならない。この地に住んで、バビロンの王に仕えなさい。そうすれば、あなたがたは幸せになる。」
25 ところが第七の月に、王族の一人、エリシャマの子ネタンヤの子イシュマエルは、十人の部下とともに来て、ゲダルヤを打ち殺し、ミツパで彼と一緒にいたユダの人たちとカルデア人たちを打ち殺した。
26 そこで民はみな、身分の下の者から上の者まで、軍の高官たちとともに、立ってエジプトへ行った。カルデア人を恐れたからである。”(2017)とあります。

 列王記のこの箇所の平行記事がエレミヤ40.41章に次のように詳しく記されています。
“40:7 野にいた軍の高官たちとその部下たち〔バビロン軍から逃れたユダの敗残兵たち(筆者挿入)〕はみな、バビロンの王がアヒカムの子ゲダルヤをその地の総督にして、バビロンに捕らえ移されなかった男、女、子どもたち、その地の貧しい民たちを彼に委ねたことを聞いた。8 そして彼らはミツパにいるゲダルヤのもとに来た。ネタンヤの子イシュマエル、カレアハの子ヨハナンとヨナタン、タンフメテの子セラヤ、ネトファ人エファイの子ら、マアカ人の子エザンヤ、そして彼らの部下たちであった。
9 シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤは、彼らとその部下たちに誓った。「カルデア人に仕えることを恐れてはならない。この地に住んで、バビロンの王に仕えなさい。そうすれば、あなたがたは幸せになる。10 この私は、見よ、ミツパに住んで、私たちのところに来るカルデア人の前に立とう。あなたがたは、ぶどう酒、夏の果物、油を収穫して器に納め、自分たちが手に入れた町々に住むがよい。」11 モアブや、アンモン人のところや、エドムや、あらゆる地方にいたユダヤ人〔〔それらの地に逃げていたユダヤ人たち(筆者挿入)〕もみな、バビロンの王がユダに人を残したこと、シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤを彼らの総督に任命したことを聞いた。
12 そこで、ユダヤ人はみな、散らされていたすべての場所からユダの地に帰って来て、ミツパのゲダルヤのもとに行き、非常に多くのぶどう酒と夏の果物を収穫した。
 13 さて、野にいたカレアハの子ヨハナンと、軍のすべての高官たちは、ミツパのゲダルヤのもとに来て、14 彼に言った。「あなたは、アンモン人の王バアリスがネタンヤの子イシュマエルを送って、あなたを打ち殺そうとしているのをご存じですか。」しかし、アヒカムの子ゲダルヤは、彼らの言うことを信じなかった。〔イシュマエルによる総督ゲダルヤ暗殺の背後には、アンモン人の王バアリスがいたことが分かります(筆者挿入)〕
15 カレアハの子ヨハナンは、ミツパでひそかにゲダルヤに話して言った。「では、私が行って、ネタンヤの子イシュマエルを、だれにも分からないように打ち殺しましょう。どうして、彼があなたを打ち殺し、あなたのもとに集められた全ユダヤ人が散らされ、ユダの残りの者が滅びてよいでしょうか。」
16 しかし、アヒカムの子ゲダルヤは、カレアハの子ヨハナンに言った。「そんなことをしてはならない。あなたこそ、イシュマエルについて偽りを語っているからだ。」〔カレアハの子ヨハナンのことばを信じなかった総督ゲダルヤは、総督就任2ヶ月にしてイシュマエルに殺されることになります(筆者挿入)〕
 41:1 ところが第七の月〔2か月前の第五の月にエルサレムが陥落(筆者挿入)〕に、王族の一人、エリシャマの子ネタンヤの子イシュマエルは、王の高官と十人の部下とともに、ミツパにいるアヒカムの子ゲダルヤのもとに来て、ミツパで食事をともにした。2 ネタンヤの子イシュマエルと、彼とともにいた十人の部下は立ち上がって、シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤを剣で打ち殺した。イシュマエルは、バビロンの王がこの地の総督にした者を殺した。3 ミツパでゲダルヤと一緒にいたすべてのユダの人たちと、そこに居合わせたカルデア人の戦士たちを、イシュマエルは打ち殺した。
 4 ゲダルヤが殺された次の日、まだ、だれもそれを知らなかったとき、5 シェケム、シロ、サマリア〔これらの地はかつて北イスラエル王国の地であった(筆者挿入)〕から八十人の者がやって来た。彼らはみな、ひげを剃り、衣を引き裂き、身に傷をつけ、穀物のささげ物や乳香を手にして、主の宮に持って行こうとしていた〔80人の一行はエルサレムの宮の崩壊を嘆きにエルサレムに行く途中の巡礼者たち(筆者挿入)〕。
 6 ネタンヤの子イシュマエルは、彼らを迎えにミツパを出て、泣きながら歩いて行った。そして、彼ら〔80人の巡礼者(筆者挿入)〕に出会ったとき、「アヒカムの子ゲダルヤのところにおいでください」と言った。
7 彼らが町の中に入ったとき、ネタンヤの子イシュマエルと、彼とともにいた部下たちは、彼ら〔巡礼者たち(筆者挿入)〕を殺して穴の中に投げ入れた。〔イシュマエルたちは、ヤハウェ(主)を信じている人達70人を殺したのです(筆者挿入)〕
8 彼ら〔80人の巡礼者たち(筆者挿入)〕のうちの十人がイシュマエルに、「私たちを殺さないでください。私たちには、小麦、大麦、油、蜜など、畑に隠されたものがありますから」と言ったので、彼は、彼らをその仲間とともに殺すのをやめた。
9 イシュマエルが、ゲダルヤの指揮下にあった人々を打ち殺し、その死体すべてを投げ入れた穴は、アサ王がイスラエルの王バアシャに備えて作ったものであった。ネタンヤの子イシュマエルはそれを、殺された者で満たした。
10 イシュマエルは、ミツパにいた民の残りの者たち、すなわち王〔ゼデキヤ王(筆者挿入)〕の娘たち、および親衛隊の長ネブザルアダンがアヒカムの子ゲダルヤに委ねた、ミツパに残っていたすべての民を捕らわれの身とした。ネタンヤの子イシュマエルは彼らを捕囚にして、アンモン人のところに渡ろうとして出発した。〔ゼデキヤ王の娘をはじめ捕虜とした人たちをアンモン人の王バアリスへの貢としてか、あるいは奴隷として売るためであったのでしょう(筆者挿入)〕
 11 しかし、カレアハの子ヨハナンと、彼とともにいた軍のすべての高官たちは、ネタンヤの子イシュマエルが行ったすべての悪を聞くと、12 部下をみな連れて、ネタンヤの子イシュマエルと戦うために出て行き、ギブオン〔エルサレムの東約10kmにある町(筆者挿入)〕にある大池のほとりで彼を見つけた。
13 イシュマエルとともにいたすべての民は、カレアハの子ヨハナンと、彼とともにいるすべての高官を見て喜んだ。14 こうして、イシュマエルがミツパから捕らえて来た民のすべては身を翻し、カレアハの子ヨハナンの側についた。
15 ネタンヤの子イシュマエルは、八人の者とともにヨハナンの前から逃れ、アンモン人のところへ行った。
16 ネタンヤの子イシュマエルがアヒカムの子ゲダルヤを打ち殺した後、カレアハの子ヨハナンと、彼とともにいたすべての高官たちは、ネタンヤの子イシュマエルから取り返したすべての残りの民、すなわちギブオンから連れ帰った勇士たち、戦士たち、女たち、子どもたち、および宦官たちを連れて、ミツパから17 エジプトに行こうとして、ベツレヘムの傍らにあるゲルテ・キムハムへ行き、そこにとどまった。18 バビロンの王がこの地の総督としたアヒカムの子ゲダルヤを、ネタンヤの子イシュマエルが打ち殺したため、カルデア人を恐れたからである。”(2017)とあります。

 2列王記:25:27-30には、ユダの王エホヤキンの釈放とその後の生活について次のように記されています。
“27 ユダの王エホヤキン〔ユダ王国の第19代目の王で治世年代はB.C.598年で、治世期間はたったの3カ月だけであった(筆者挿入)〕が捕らえ移されて三十七年目の第十二の月の二十七日、バビロンの王エビル・メロダク〔=アメル・マルドゥクB.C.562-560年頃、ネブカドネツァルの次にバビロンを統治した王(筆者挿入)〕は、王となったその年のうちにユダの王エホヤキンを牢獄から呼び戻し、28 優しいことばをかけ、バビロンで彼とともにいた王たちの位よりも、彼の位を高くした。29 彼は囚人の服を脱ぎ、その一生の間、いつも王の前で食事をした。30 彼の生活費はその日々の分を、一生の間、いつも王から支給されていた。”(2017)とあります。

 エホヤキンの別名はエコヌヤです。捕らわれ人エコヌヤ(エホヤキン)の子は、その子シェアルティエルと1歴代誌3:17に記され、かつて、ヤハウェ(主)がダビデに約束した通りに救い主イエス様へと系図が続いて行くのです。
ヤハウェ(主)はダビデに、「あなたの家とあなたの王国は、あなたの前にとこしえまでも確かなものとなり、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ。」(2サムエル7:16・2017)と約束した通りに、ダビデの血筋は肉においてはダビデの子孫として生まれたイエス・キリスト様へと続いていくようにされたのです。

 キリスト者の場合は血筋にはよりません。
ヨハネ1章に、“12 この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。13 この人々は、血〔血すじ(口語訳)〕によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。”(2017)と記されています〔ヨハネ3:3.6参照(筆者挿入)〕。

 イザヤ55章には、「8 わたし〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の思いは、あなたがたの思いと異なり、あなたがたの道は、わたしの道と異なるからだ。
──主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことば──
9 天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。10 雨や雪は、天から降って、もとに戻らず、地を潤して物を生えさせ、芽を出させて、種蒔く人に種を与え、食べる人にパンを与える。11 そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、わたしのところに、空しく帰って来ることはない。それは、わたしが望むことを成し遂げ、わたしが言い送ったことを成功させる。」(2017)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたが私たちキリスト者に約束してくださいました素晴らしい約束はみな成就していきますから感謝します。
携挙があり、キリスト様との婚礼があり、千年王国があり、その後、宇宙は崩壊し、そしてあなたが新天新地を創造してくださるということのすべてを順次見させて頂けますことを感謝します。
今日もまた、主の霊に満たされた歩みをさせて頂くことが出来ますよう祝福してください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2021年1月30日 (土)

2列王記24:18-25:21 ユダ王国の第20代目の王ゼデキヤの治世、エルサレム陥落、捕囚/主を信じる者は祝福される

 “24:18 ゼデキヤは二十一歳で王となり、エルサレムで十一年間、王であった。彼の母の名はハムタルといい、リブナ出身のエレミヤの娘であった。19 彼は、すべてエホヤキムがしたように、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行った。20 実に、エルサレムとユダが主の前から投げ捨てられるに至ったのは、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の怒りによることであったのである。その後、ゼデキヤはバビロンの王に反逆した。”(2017)とあります。
 
 ゼデキヤの父はヨシヤ、母はハムタルで、ゼデキヤは、ユダ王国の第二十番目の王で、この王の時代にエルサレムは陥落するのです。
ゼデキヤ王の統治期間は11年間で、統治時代は、B.C.598or7-587or6年です。

25:1.2節には、“1 ゼデキヤの治世の第九年、第十の月の十日に、バビロンの王ネブカドネツァルは、その全軍勢を率いてエルサレムを攻めに来て、これに対して陣を敷き、周囲に塁を築いた。2 こうして都はゼデキヤ王の第十一年まで包囲されていた。”(2017)とあります。

 「ゼデキヤの治世の第九年、第十の月」について、新共同訳スタディー版の注は、“B.C.588年12月から翌年1月にあたる。”と記しています。ユダヤ歴を現在の暦と対比すると、ユダヤ歴の第一の月(ニサンの月)は太陽暦の3-4月にあたります(日にちは特定できません)。ユダヤ歴は陰暦ですから、毎年、太陽暦の同じ日にあてはめるということは出来ません。ユダヤ歴にはうるう月もあるのです。

 3節には、“第四の月の九日、都の中で食糧難がひどくなり、民衆に食物がなくなった。”(2017)とあります。

 エルサレムは、ゼデキヤの治世の第9年10月10日(ユダヤ歴)から第11年4月9日(ユダヤ歴)までネブカドネツァル軍に包囲され、食料の供給を止められました。そして、食料がなくなったのです。

 4節には、“そのとき、都は破られ、戦士たちはみな夜のうちに、王の園に近い二重の城壁の間にある、門の道から出て行った。カルデア人が都を包囲していたので、王はアラバへの道を進んだ。”(2017)とあります。

 「二重の城壁」について、新共同訳スタディー版の注は、“シロアムの池を守るためにヒゼキヤが築いた城壁とそれ以前の城壁(2歴代誌32:5、イザヤ22:11)”と記しています。
 「カルデア人」について、新共同訳スタディー版の注は、“王朝の創始者であるネブカドネツァルの父ナボポラサルがバビロン南東のカルデアの出身であったことから。”と記しています。
 「アラバ」について聖書辞典は、“アラバという地名は,今日では普通,死海南方の沼地からアカバ湾に向かって伸びる谷に限定して用いられる.しかし聖書中では,北はガリラヤ湖(テベリヤ湖)からヨルダン川流域,死海を経てアカバ湾に至るまでの広範囲な低地について広く適用される.そこにはヨルダン川西岸だけでなく,東岸の流域も含まれ得る.その大半は地中海の水面より低い所にある.”(抜粋)と述べています。

 5節には、“カルデアの軍勢は王の後を追い、エリコの草原で彼に追いついた。すると、王の軍隊はみな王から離れて散ってしまった。”(2017)とあります。

 アラバは広範囲の地域を指しますが、5節に、“カルデアの軍勢は王の後を追い、エリコの草原で彼に追いついた。”とありますから、4節のアラバへの道というのはエリコへの道であったことが分かります。エリコは海抜、-258mという低地にあります。脱線しますが、死海は海抜、-430m、ガリラヤ湖は海抜、-213mです。

 6.7節には、“6 カルデアの軍勢は王を捕らえ、リブラにいるバビロンの王のところに彼を連れ上り、彼に宣告を下した。7 彼らはゼデキヤの息子たちを彼の目の前で虐殺した。王はゼデキヤの目をつぶし〔目をえぐり(口語訳、リビングバイブル)〕、青銅の足かせをはめて、バビロンへ連れて行った。”(2017)とあります。

 実は、ゼデキヤには幾たびも預言が与えられていました。その中から2か所をあげておきます。
エレミヤ27章には、
“1 ユダの王、ヨシヤの子のエホヤキムの治世の初めに、主からエレミヤに次のようなことばがあった。2 主は私にこう言われた。「あなたは縄とかせを作り、それをあなたの首に付けよ。3 そうして、エルサレムのユダの王ゼデキヤのところに来る使者たちによって、エドムの王、モアブの王、アンモン人の王、ツロの王、シドンの王に伝言を送り、4 彼らがそれぞれの主君に次のことを言うように命じよ。『イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。あなたがたは主君にこう言え。5 わたしは、大いなる力と伸ばした腕をもって、地と、地の面にいる人と獣を造った。わたしは、わたしの目にかなった者に、この地を与える。6 今わたしは、これらすべての地域をわたしのしもべ、バビロンの王ネブカドネツァルの手に与え、野の生き物も彼に与えて彼に仕えさせる。7 彼の地に時が来るまで、すべての国は、彼とその子と、その子の子に仕える。しかしその後で、多くの民や大王たちが彼を自分たちの奴隷にする。8 バビロンの王ネブカドネツァルに仕えず、またバビロンの王のくびきに首を差し出さない国や王国があれば、わたしは剣と飢饉と疫病をもってその民を罰し──主のことば──彼の手で彼らを皆殺しにする。9 だから、あなたがたは、バビロンの王に仕えることはないと言っているあなたがたの預言者〔偽予言者(筆者挿入)〕、占い師、夢見る者、卜者、呪術者に聞き従ってはならない。10 彼らは、あなたがたに偽りを預言しているからだ。それで、あなたがたは自分たちの土地から遠くに移され、わたしはあなたがたを追い散らして、あなたがたは滅びることになる。11 しかし、バビロンの王のくびきに首を差し出して彼に仕える国を、わたしはその土地にとどまらせる──主のことば──。こうして、人々はその土地を耕し、そこに住む。』」12 ユダの王ゼデキヤにも、私はこのことばのとおりに言った。「あなたがたはバビロンの王のくびきに首を差し出し、彼とその民に仕えて生きよ。13 なぜ、あなたとあなたの民は、主がバビロンの王に仕えない国に向かって語られたように、剣と飢饉と疫病で死のうとするのか。14 『バビロンの王に仕えることはない』とあなたがたに語る預言者〔偽予言者(筆者挿入)〕たちのことばに聞き従ってはならない。彼らがあなたがたに偽りを預言しているからだ。」15 「わたしは彼らを遣わさなかったのに──主のことば──彼らはわたしの名によって偽りを預言している。わたしがあなたがたを追い散らし、あなたがたも、あなたがたに預言している預言者たちも、滅びることになるのだ。」16 私はまた、祭司たちとこの民全体に向かって語った。「主はこう言われる。あなたがたは、『見よ、主の宮の器は、バビロンから今すぐにも戻される』とあなたがたに預言している、あなたがたの預言者のことばに聞き従ってはならない。彼らはあなたがたに偽りを預言しているのだ。17 彼らに聞き従ってはならない。バビロンの王に仕えて生きよ。どうして、この都〔エルサレム(筆者挿入)〕が廃墟になってよいであろうか。18 もし彼らが預言者であるなら、もし彼らに主のことばがあるなら、彼らは、主の宮、ユダの王の宮殿、またエルサレムに残されている器がバビロンに持って行かれないよう、万軍の主にとりなしをするはずだ。19 まことに万軍の主は、神殿の柱、『海』〔きよめの儀式に使う水を入れた大きなたらいのような物(筆者挿入)〕、車輪付きの台〔いけにえの動物を清める為の洗盤をのせてある台(筆者挿入)〕、また、この都に残されているほかの器について、こう言われる。20 ──これらの物は、バビロンの王ネブカドネツァルがユダの王、エホヤキムの子エコンヤ〔エホヤキンのこと(2列王記24:6、1歴代誌3:16)(筆者挿入)〕、およびユダとエルサレムのすべてのおもだった人々をエルサレムからバビロンへ引いて行ったときに、奪い取らなかったものである──21 まことに、イスラエルの神、万軍の主は、主の宮とユダの王の宮殿とエルサレムに残された器について、こう言われる。『それらはバビロンに運ばれて、わたしがそれを顧みる日まで、そこにある──主のことば──。そしてわたしはそれらを携え上り、この場所に戻す。』」”(2017)と記されています。

 主は預言者エゼキエルを通して、
“12 彼らのうちにいる君主〔ゼデキヤ(筆者挿入)〕は、暗いうちに荷物を背負って出て行く。出て行けるように壁に穴が開けられる。彼は顔をおおう。自分の目でその地を見ることはもうないからである。』13 わたしはまた、彼の上にわたしの網をかけ、彼はわたしの罠にかかる。わたしは彼をカルデア人の地、バビロンへ連れて行く。しかし、彼はその地を見ずに、そこで死ぬ。14 わたしはまた、周囲にいて彼を助ける者たちや、彼の軍隊をみな四方に追い散らし、剣を抜いて彼らの後を追う。15 わたしが彼らを諸国の間に散らし、国々に追い散らすとき、彼らは、わたしが主であることを知る〔預言が成就するから(筆者挿入)〕。16 わたしは彼らの中のわずかな者を、剣や飢饉や疫病から免れさせる。こうして彼らは、行く先の国々の中で、自分たちのした忌み嫌うべきわざをことごとく語り告げるようになる。そのとき彼らは、わたしが主であることを知る。」”(エゼキエル12章・2017)と語られました。

 エルサレムの陥落と捕囚に関して8-11節には次のように記されています。
“8 第五の月の七日、バビロンの王ネブカドネツァル王の第十九年のこと、バビロンの王の家来、親衛隊の長ネブザルアダンがエルサレムに来て、9 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮と王宮とエルサレムのすべての家を焼き、そのおもだった建物をことごとく火で焼いた。10 親衛隊の長と一緒にいたカルデアの全軍勢は、エルサレムを取り巻く城壁を打ち壊した。11 親衛隊の長ネブザルアダンは、都に残されていた残りの民と、バビロンの王に降伏した投降者たちと、残りの群衆を捕らえ移した。”(2017)とあります。

 12節には、“しかし、親衛隊の長はその地の貧しい民の一部を残し、ぶどうを作る者と農夫にした。”(2017)とあり、ユダの地の貧しい民の一部は、ぶどうを作る者と農夫として残されたのです。

 主の宮に属するものもバビロンに持って行かれました。すべて預言されていた通りです。13-17節には、次のように記されています。
“13 カルデア人は、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の青銅の柱と、車輪付きの台と、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮にある青銅の「海」を砕いて、その青銅をバビロンへ運んだ。14 また、灰壺、十能、芯取りばさみ、平皿、奉仕に用いるすべての青銅の器具を奪った。15 また親衛隊の長は、火皿、鉢など、純金や純銀のものを奪った。16 ソロモンが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮のために作った二本の柱、一つの「海」、車輪付きの台、これらすべての物の青銅の重さは、量りきれなかった。17 一本の柱の高さは十八キュビト、その上の柱頭は青銅、その柱頭の高さは三キュビトであった。柱頭の周りに格子細工とざくろがあって、すべて青銅であった。もう一つの柱も、格子細工もこれと同様であった。”(2017)とあります。

 18-21節には、
“18 親衛隊の長は、祭司のかしらセラヤと次席祭司ゼパニヤと三人の入り口を守る者を捕らえ、19 戦士たちの指揮官であった一人の宦官、都にいた王の五人の側近、民衆を徴兵する軍の長の書記、そして都にいた民衆六十人を、都から連れ去った。20 親衛隊の長ネブザルアダンは彼らを捕らえ、リブラにいるバビロンの王のところへ連れて行った。21 バビロンの王はハマテの地のリブラで、彼らを打ち殺した。こうして、ユダはその国から捕らえ移された。”(2017)と記されています。

 殺された者は、飢え死にする者たちよりも幸いでした。
哀歌4:9には、「剣で殺される人は、飢えで殺される者たちより幸せであった。その者たちは、畑の実りがないために、痩せ衰えて死んでいった。」(2017)と記されています。
ユダの地で飢えている人の状態が、「私たちの皮膚は、飢饉の激しい熱で、かまどのように熱くなりました。」(哀歌5:10・2017)と記されています。皮膚が熱くなるのは脱水のためであろうと思います。

 もしゼデキヤ王がエレミヤの預言の、「あなたがたはバビロンの王のくびきに首を差し出し、彼とその民に仕えて生きよ。」(エレミヤ27:12)という主の御言葉に従っていたならば、歴史は変わっていました。
 
 主の御言葉は成就するのです。
キリスト者は、御子イエス・キリスト様を信じた者です。
御子を信じる者はさばかれない。」(ヨハネ3:18)
御子を信じる者は永遠のいのちを持つ」(ヨハネ3:36)

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたは恵みの上に恵みを与えてくださるお方です。
あなたの恵みの御言葉、あなたの祝福の御言葉を心から信じて祝福された生涯を送る人が数多く起こされますように。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2021年1月29日 (金)

2列王記23:31-24:17 ユダ王国第17代目の王エホアハズの幽閉と死、ユダ王国第18代目の王エホヤキムの治世、ユダ王国第19代目の王エホヤキンの治世/聖徒は益々聖徒として整えられる

 ユダの第17代目の王エホアハズの悲しい人生が31-34節に次のように記されています。
“31 エホアハズは二十三歳で王となり、エルサレムで三か月間、王であった。彼の母の名はハムタルといい、リブナ〔ラキシュの北約10km、ティムナの南約10km(筆者挿入)〕出身のエレミヤ〔預言者エレミヤではない(新聖書注解)〕の娘であった。32 彼は、すべてその先祖たちがしたように、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行った。
33 ファラオ・ネコは、エルサレムで王であった彼をハマテの地リブラに幽閉し、この国に銀百タラントと金一タラントの科料を課した。
34 それから、ファラオ・ネコは、ヨシヤの子エルヤキムをその父ヨシヤに代えて王とし、その名をエホヤキムと改めさせた。エホアハズは捕らえられ、エジプトに行き、そこで死んだ。”(2017)とあります。

 エホアハズの治世はB.C.609年の内の三か月間だけであったようです。
エホアハズについての主の評価は、悪であることだけを行った(32)とあります。
父ヨシヤは主に喜ばれる人であったのに、エホアハズは、ヨシヤ王に倣おうとは思わなかったようです。
エホアハズは、エジプトのファラオ・ネコによってハマテの地リブラに幽閉されました(33)。リブラはハマテの南約80kmです。ハマテとは現シリアのハマーです。新共同訳スタディー版の注によると、当時エジプト軍の司令部はこのオロンテス川沿いのアラムの町に置かれていた、ということです。
エホアハズは、その後エジプトに連れて行かれ、エジプトで死にました(34)。

 エホアハズ(別名:シャルム)についての預言が、エレミヤ22章に次のように記されています。
“11 父ヨシヤに代わって王となった、ヨシヤの子、ユダの王シャルムについて、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はまことにこう言われる。「彼はこの場所から出て行って、二度とここには帰らない。12 彼は引いて行かれた場所で死に、再びこの地を見ることはない。」”(2017)とあります。

 ユダ王国第18代目の王エホヤキムの治世について2列王記23:34-24:7には次のように記されています。
“34 それから、ファラオ・ネコは、ヨシヤの子エルヤキムをその父ヨシヤに代えて王とし、その名をエホヤキムと改めさせた。・・・。
35 エホヤキムは銀と金をファラオに贈った〔33節に記されている科料(筆者挿入)〕。ただし、ファラオの要求するだけの銀を贈るために、この国に税を課さなければならなかった。彼は、ファラオ・ネコに贈るために、一人ひとりに税を割り当て、銀と金を民衆から取り立てた。
36 エホヤキムは二十五歳で王となり、エルサレムで十一年間、王であった。彼の母の名はゼブダといい、ルマ出身のペダヤの娘であった。
37 彼は、すべてその先祖たちがしたように、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行った。
24:1 エホヤキムの時代に、バビロンの王ネブカドネツァルが攻め上って来た。エホヤキムは三年間彼のしもべとなったが、その後、再び彼に反逆した。2 そこで主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、カルデア人の略奪隊、アラムの略奪隊、モアブの略奪隊、アンモン人の略奪隊を遣わしてエホヤキムを攻められた。ユダを攻めて滅ぼすために彼らを遣わされたのである。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がそのしもべである預言者たちによって告げられたことばのとおりであった。3 実に、このようなことがユダに起こったのは、ユダを主の前から除くという主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の命によることであり、それはマナセが犯したすべての罪のゆえ、4 また、マナセが流した咎のない者の血のためであった。マナセはエルサレムを咎のない者の血で満たした。そのため主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は赦そうとはされなかったのである。
5 エホヤキムについてのその他の事柄、彼が行ったすべてのこと、それは『ユダの王の歴代誌』に確かに記されている。
6 エホヤキムは先祖とともに眠りにつき、その子エホヤキンが代わって王となった。
7 エジプトの王は自分の国から再び出て来ることがなかった。バビロンの王が、エジプト川から大河ユーフラテスに至るまで、かつてエジプトの王に属していた全領土を占領したからである。”(2017)とあります。

 エホヤキムの治世期間は11年間で、治世年代はB.C.609-598年です。
この時代、中東の情勢は、バビロンが勢力を広げ、エジプトが弱体化した時代です(2列王記23:33、24:7)。

 エホヤキムについて、聖書辞典には次のように記されています。
ヨシヤの第2子(1歴代誌3:15)で元の名はエルヤキムであった.エジプトの王パロ・ネコは彼を父ヨシヤに代えて王とし,その際にエホヤキムと改名させた.先に王となっていた異母弟エホアハズに代って25歳で王となり,エルサレムで11年間治めた.パロ・ネコは多くの貢を要求したので,エホヤキムは民に重税を課した.また彼は不正を行い,主の目の前に悪を行った.預言者エレミヤは「彼(エホヤキム)はここからエルサレムの門まで,引きずられ,投げやられて,ろばが埋められるように埋められる」と預言している.しかし彼の死について聖書には詳しいことは記されていない.エホヤキムが王として在位した11年の間にエジプトの勢力は衰え,バビロンが力を増してきた.エホヤキムは3年間バビロンのネブカデネザルに仕えたが,その後反逆した(2列王記24:1).バビロンに攻められたエルサレムはついに陥落し,バビロンに捕囚となって連行された(2歴代誌36:6).エホヤキムは主の前に悪を行い,預言者エレミヤを通して語られた主のことばに全く耳を傾けようとしなかった(エレ26‐27章).こうした事が彼の運命を決定的なものにしている.”(抜粋)とあります。

 エレミヤ22章には、エホヤキム王についてのエレミヤの預言が次のように記されています。
“13 「わざわいだ。不義によって自分の家を建て、不正によって自分の高殿を建てる者たち。隣人をただで働かせて報酬も払わず、14 『私は自分のために、広い家、ゆったりとした高殿を建てよう』と言い、それに窓を取り付けて、杉の板でおおい、朱を塗る者は。15 あなたは杉の木で競って、王になろうとするのか。
あなたの父〔ヨシヤ王(筆者挿入)〕は食べたり飲んだりし、公正と義を行ったではないか。そのとき、彼は幸福であった。16 虐げられた人、貧しい人の訴えを擁護し、彼は、そのとき幸福であった。それが、わたしを知っていることではないのか。
──主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことば──17 しかし、あなた〔エホヤキム王(筆者挿入)〕の目と心は、自分の利得に、さらには、咎なき者の血を流すこと、虐げと暴虐を行うことにだけ向けられている。」
18 それゆえ、ヨシヤの子、ユダの王エホヤキムについて、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。「だれも、『ああ、悲しい、私の兄弟よ。ああ、悲しい、私の姉妹よ』と言って彼を悼まず、だれも、『ああ、悲しい、主よ。ああ、悲しい、陛下よ』と言って彼を悼まない。19 彼はエルサレムの門の外へ引きずられ、投げ捨てられて、ろばが埋められるように埋められる。」”(2017)とあります。

 エホヤキム王の第三年のことがダニエル書にも記されています。それはダニエルたちもこの時にバビロンに捕囚になったからです。
ダニエル1:1-7には次のように記されています。
“1 ユダの王エホヤキムの治世の第三年に、バビロンの王ネブカドネツァルがエルサレムに来て、これを包囲した。2 主は、ユダの王エホヤキムと、神の宮の器の一部を彼の手に渡された。彼は、それをシンアルの地にある自分の神の神殿に持ち帰り、その器を自分の神の宝物倉に納めた。3 王は宦官の長アシュペナズに命じて、イスラエルの人々の中から、王族や貴族を数人選んで連れて来させた。4 それは、その身に何の欠陥もなく、容姿が良く、あらゆる知恵に秀で、知識に通じ、洞察力に富み、王の宮廷に仕えるにふさわしく、また、カルデア人の文学とことばを教えるにふさわしい少年たちであった。5 王は、王が食べるごちそうや王が飲むぶどう酒から、毎日の分を彼らに割り当てた。三年間、彼らを養育して、その後で王に仕えさせることにした。6 彼らのうちには、ユダ族のダニエル、ハナンヤ、ミシャエル、アザルヤがいた。7 宦官の長は彼らに別の名前をつけた。すなわち、ダニエルにはベルテシャツァル、ハナンヤにはシャデラク、ミシャエルにはメシャク、アザルヤにはアベデ・ネゴと名をつけた。”(2017)とあります。

 ダニエルたちは、信仰の人でした。ヤハウェ(主)は、彼らをバビロンで用いました。特にダニエルはバビロンの中枢で用いられたのです。
そして、B.C.603or4年には、ダニエル2章に記されているネブカドネツァル王が見た夢の解き明かしをしたのです。
余談になります(私の推測も含まれます)が、ダニエルの夢から、エルサレムは、バビロン、次にメディアとペルシャ、次にギリシア、次にローマ、次にローマ帝国の地にあった国の中の10ヵ国連合によって支配されるということが分かります。最後の10ヵ国連合というのはまだ未来のことです。そしてその中からザ・反キリスト(偽キリスト)が出てくるのです。

 善王ヨシヤによって信仰復興された人の中には、ヤハウェ(主)に対する信仰を持ち続けた人たちもいましたが、そうではない人たちも数多くいました。
 ヤハウェ(主)は、ヤハウェ(主)に対する信仰に応じて、適切に対応されるのだと思います。
詩篇1篇には、
“1 いかに幸いなことか/神に逆らう者の計らいに従って歩まず/罪ある者の道にとどまらず/傲慢な者と共に座らず2 主の教えを愛し/その教えを昼も夜も口ずさむ人。3 その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び/葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。
4 神に逆らう者はそうではない。彼は風に吹き飛ばされるもみ殻。5 神に逆らう者は裁きに堪えず/罪ある者は神に従う人の集いに堪えない。
6 神に従う人の道を主は知っていてくださる。
神に逆らう者の道は滅びに至る。”(新共同訳)と記されています。

 ユダ王国第19代目の王エホヤキンの治世について、2列王記24:8-17には次のように記されています。
“8 エホヤキンは十八歳で王となり、エルサレムで三か月間、王であった。彼の母の名はネフシュタといい、エルサレム出身のエルナタンの娘であった。9 彼は、すべて先祖たちがしたように、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行った。
10 そのころ、バビロンの王ネブカドネツァルの家来たちがエルサレムに攻め上り、都は包囲された。11 バビロンの王ネブカドネツァルが都にやって来たとき、彼の家来たちは都を包囲していた。
12 ユダの王エホヤキンは、その母、家来たち、高官たち、宦官たちと一緒にバビロンの王に降伏したので、バビロンの王は、その治世〔ネブカドネツァル(筆者挿入)〕の第八年〔B.C.597年頃(筆者挿入)〕に、彼〔ユダの王エホヤキン(筆者挿入)〕を捕虜にした。13 バビロンの王は、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の財宝と王宮の財宝をことごとく運び出し、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の神殿の中にあるイスラエルの王ソロモンが作ったすべての金の用具を切り裂いた。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が告げられたとおりであった。
24:14 彼はエルサレムのすべて、すなわち、すべての高官、すべての有力者一万人、それに職人や鍛冶もみな、捕囚として捕らえ移した。貧しい民衆のほかは残されなかった。
24:15 彼はさらに、エホヤキンをバビロンへ引いて行き、王の母、王の妻たち、その宦官たち、この国のおもだった人々を、捕囚としてエルサレムからバビロンへ行かせた。
24:16 バビロンの王は、すべての勇士たち七千人と、職人、鍛冶千人からなる勇敢な戦士たちすべてを、捕囚としてバビロンへ連れて行った。
24:17 バビロンの王は、エホヤキンのおじマタンヤをエホヤキンの代わりに王とし、その名をゼデキヤと改めさせた。”(2017)とあります。

 13節に「バビロンの王は、主の宮の財宝と王宮の財宝をことごとく運び出し、・・・。主が告げられたとおりであった。」とありますが、この文の最後の部分に「主が告げられたとおりであった」とあります。
これは、ヒゼキヤに語られた預言でした。2列王記20章には、
“12 そのころ、バルアダンの子、バビロンの王メロダク・バルアダンは使者を遣わして、手紙と贈り物をヒゼキヤに届けた。ヒゼキヤが病気だったことを聞いていたからである。13 ヒゼキヤは彼らを歓迎して、すべての宝庫、銀、金、香料、高価な油、武器庫、彼の宝物倉にあるすべての物を彼らに見せた。ヒゼキヤがその家の中、および国中で、彼らに見せなかった物は一つもなかった。
14 預言者イザヤはヒゼキヤ王のところに来て、彼に尋ねた。「あの人たちは何と言いましたか。どこから来たのですか。」
ヒゼキヤは「遠い国、バビロンから来ました」と答えた。
15 イザヤは言った。「彼らはあなたの家で何を見たのですか。」
ヒゼキヤは答えた。「私の家の中のすべての物を見ました。私の宝物倉の中で彼らに見せなかった物は一つもありません。」
16 イザヤはヒゼキヤに言った。「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばを聞きなさい。17 見よ。あなたの家にある物、あなたの父祖たちが今日まで蓄えてきた物がすべて、バビロンへ運び去られる日々が来る。何一つ残されることはない──主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は言われる──。18 また、あなたが生む、あなた自身の息子たちの中には、捕らえられてバビロンの王の宮殿で宦官となる者がいる。」”(2017)と記されています。
ヒゼキヤの治世年代はB.C.716-687年です。

 エホヤキンは18歳で王となり、その治世年代はB.C.598or7年で、治世期間は3か月でした。
 14節には、“彼〔ネブカドネツァル(筆者挿入)〕はエルサレムのすべて、すなわち、すべての高官、すべての有力者一万人、それに職人や鍛冶もみな、捕囚として捕らえ移した。”とあります。

 祭司であり、後に預言者として用いられたエゼキエルもこの時に連れて行かれたのです。エゼキエル1章には、
“1 第三十年〔ヨシヤ王の宗教改革(B.C.622年)から30年目(注解付新改訳聖書の注)〕の第四の月の五日、私がケバル川のほとりで捕囚の民とともにいたとき、天が開け、私は神々しい幻を見た。2 それはエホヤキン王が捕囚〔B.C.597年(筆者挿入)〕となってから五年目〔B.C.592年(筆者挿入)〕の時であった。その月の五日に、3 カルデア人の地のケバル川のほとりで、ブジの子、祭司エゼキエルに主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばが確かに臨んだ。その場所で主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の御手が彼の上にあった。”(2017)と記されています。

<お祈り>天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
どの様な時代であっても、あなたのご計画は着々と進められていくことを教えられます。
この時代のユダ王国の王たちを見ると気持ちが暗くなりますが、ダニエル、ハナンヤ、ミシャエル、アザルヤ、エゼキエル、エレミヤ、バルク等々の人たちについて書かれてある事柄を読むと嬉しくなります。
主に対する人のありようは今も変わりません。
黙示録22:11には、「不正を行う者には、ますます不正を行わせ、汚れた者は、ますます汚れた者とならせなさい。正しい者には、ますます正しいことを行わせ、聖なる者は、ますます聖なる者とならせなさい。」(2017)とあります。
私たちは、聖なる者ですから、益々、主を愛し、主に信頼し、主に従って歩み続ける者であらせてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2021年1月28日 (木)

2列王記23:4-30 ユダ王国の第16代目の王ヨシヤ3(律法に則った宗教改革)/心のきよめ

 ヨシヤ王の宗教改革について4-24節には次のように記されています。
“4 王は大祭司ヒルキヤと次席祭司たち、および、入り口を守る者たちに命じて、バアルやアシェラや天の万象のために作られた祭具をことごとく主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の神殿から運び出し、エルサレムの郊外、キデロンの野でそれらを焼き、その灰をベテルへ持って行った。
5 彼はまた、偶像に仕える祭司たちを取り除いた。ユダの王たちが任命して、ユダの町々やエルサレム周辺の高き所で犠牲を供えていた祭司たちである。バアルや太陽や月や星座や天の万象に犠牲を供える者たちも取り除いた。
6 彼はまた、アシェラ像を主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮からエルサレム郊外のキデロンの谷に運び出し、それをキデロンの谷で焼いた。それを粉々に砕いて灰にし、その灰を共同墓地にまき散らした。
7 さらに、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の中にあった神殿男娼の家を打ち壊した。そこでは、女たちがアシェラ像のために覆いを織っていた。
8 彼はユダの町々から祭司たちをみな連れて来て、祭司たちが犠牲を供えていたゲバからベエル・シェバに至るまでの高き所を汚し、門にあった高き所を打ち壊した。それは町の長ヨシュアの門の入り口にあり、町の門に入る人の左側にあった。9 高き所の祭司たちは、エルサレムの主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の祭壇に上ることはなかったが、その兄弟たちの間で種なしパンを食べていた。
10 彼はベン・ヒノムの谷にあるトフェトを汚し、だれも、自分の息子や娘に火の中を通らせ〔生きたまま全焼のいけにえとして捧げること(筆者挿入)〕てモレクに献げることのないようにした。
11 それから、ユダの王たちが太陽に献納した馬を、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の入り口、前庭にある宦官ネタン・メレクの部屋のそばから取り除き、太陽の車を火で焼いた。
12 王は、ユダの王たちがアハズの屋上の部屋の上に造った祭壇と、マナセが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の二つの庭に造った祭壇を、そこから外して打ち壊し、砕いた。そうして、その灰をキデロンの谷に投げ捨てた。
13 王は、エルサレムの東、破壊の山〔オリーブ山(筆者挿入)〕の南にあった高き所を汚れたものとした。これは、イスラエルの王ソロモンが、シドン人の忌むべき女神アシュタロテ、モアブの忌むべき神ケモシュ、アンモン人の忌み嫌うべき神ミルコムのために築いたものであった。
14 また、石の柱を打ち砕き、アシェラ像を切り倒し、その場所を人の骨で満たした。
15 さらに彼は、ベテルにある祭壇と、イスラエルに罪を犯させたネバテの子ヤロブアムが造った高き所、すなわち、その祭壇も高き所も打ち壊し、さらに高き所を焼いて粉々に砕いて灰にし、アシェラ像も焼いた。
16 ヨシヤが振り向くと、山の中に墓があるのが見えた。そこで彼は人を遣わしてその墓から骨を取り出し、それを祭壇の上で焼き、祭壇を汚れたものとした。かつて、神の人がこのことを預言して叫んだ主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばのとおりであった。
17 ヨシヤは言った。「あそこに見える石碑は何か。」すると、町の人々は彼に答えた。「ユダから出て来て、あなたがベテルの祭壇に対してされたこれらのことを預言した神の人の墓です。」
18 王は言った。「そのままにしておけ。だれも彼の骨を移してはならない。」そこで人々は彼の骨を、サマリアから出て来たあの預言者の骨と一緒にそのままにしておいた。
19 ヨシヤはまた、イスラエルの王たちが造って主の怒りを引き起こした、サマリアの町々の高き所の宮もすべて取り除き、彼がベテルでしたのと全く同じことを、それらに対しても行った。20 彼は、そこにいた高き所の祭司たちをみな、祭壇の上で屠り、その祭壇の上で人の骨を焼いた。こうして、彼はエルサレムに帰った。
21 王は民全体に次のように命じた。「この契約の書に記されているとおり、あなたがたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に、過越のいけにえを献げよ。」
22 実に、さばきつかさたちがイスラエルをさばいた時代以来、イスラエルの王たちとユダの王たちのどの時代にも、このような過越のいけにえが献げられたことはなかった。23 ただ、ヨシヤ王の第十八年に、エルサレムでこの過越のいけにえが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に献げられただけであった。
24 さらにヨシヤは、霊媒、口寄せ、テラフィム、偶像、それに、ユダの地とエルサレムに見られるすべての忌むべき物も除き去った。こうして、彼は祭司ヒルキヤが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮で見つけた書物に記されている律法のことばを実行した。25 ヨシヤのようにモーセのすべての律法にしたがって、心のすべて、たましいのすべて、力のすべてをもって主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に立ち返った王は、彼より前にはいなかった。彼の後にも彼のような者は、一人も起こらなかった。”(2017)とあります。

 トミーの聖書理解の列王記を最初から読んでくださった方は、この箇所を読むだけで内容を理解することが出来ると思いますが、いきなりこの箇所を読まれた方のために少し解説を加えておきます。

 イスラエルは、サウル王から王制になって、サウルの次にダビデ、その次にソロモンと続いたのです。この3人の王たちの時代は、イスラエルは12部族からなる統一王国でした。そして、ソロモンの子のレハブアムが王であった時代に、イスラエルは、南イスラエル王国(ユダ王国)と北イスラエル王国(イスラエル王国)とに分裂したのです。

 ソロモンの時代、ソロモンは、異国から来た妻たちの要求に屈し、異教の祭壇を造りました。この箇所で見ると13節の「王〔ヨシヤ(筆者挿入)〕は、イスラエルの王ソロモンがシドン人の、忌むべき、アシュタロテ、モアブの、忌むべきケモシュ、アモン人の、忌みきらうべきミルコムのためにエルサレムの東、破壊の山の南に築いた高き所を汚した。」という聖句から分かります。
 ソロモンのこの悪事については、1列王記11:4-8に次のように記されています。
“4 ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々の方へ向けたので、彼の心は父ダビデの心と違って、彼の神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕と一つにはなっていなかった。5 ソロモンは、シドン人の女神アシュタロテと、アンモン人の、あの忌むべき神ミルコムに従った。6 こうしてソロモンは、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行い、父ダビデのようには主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に従い通さなかった。7 当時ソロモンは、モアブの忌むべきケモシュのために、エルサレムの東にある山〔オリーブ山(筆者挿入)〕の上に高き所を築いた。アンモン人の、忌むべきモレクのためにも、そうした。8 彼は異国人であるすべての妻のためにも同じようにしたので、彼女たちは自分の神々に香をたき、いけにえを献げた。”(2017)とあります。

 ソロモンの晩年にイスラエルに導入された偶像神について
・アシュタロテ:アシュタロテは,パレスチナではバアルの妻と考えられた.この女神は動物と植物に生命を与えるものであり,肥沃,多産,愛,快楽の神として広くセム族の間に流行した.それゆえ祭は時に性の解放という非常に不道徳な要素を含んでいた.その像は黄金製や青銅製の女体裸形像が特徴である.この女神はエジプトではカデシュ,ギリシヤではアフロディト,ローマではヴィーナスとして知られる情愛の神となった.(聖書辞典より抜粋)
・ミルコム:ミルコムとモレクは同一である.モレクには幼児をいけにえにする祭儀があって,イスラエルに恐ろしい影響を及ぼした。(聖書辞典より抜粋)
・ケモシュ:戦いの神として礼拝された。(聖書辞典より抜粋)
・モレク:ミルコムとも(1列王記11:33),モロクとも呼ばれた(使徒7:43).モレクの神殿は,エルサレムの南西にあるベン・ヒノムの谷(エレミヤ32:35)の,トフェテ(エレミヤ7:31)に築かれていた.それはソロモンによって建てられたもので,異教徒の妻たちのために建てられたのかもしれない(1列王記11:8).具体的には,オリーブ山の南端と考えられ,それは「破壊の山」とも呼ばれた(1列王記11:7、2列王記23:13).そこに雄牛の頭を持った青銅の像が,手を突き出して立っており,モレクの信者たちは,その手の上に子供をのせ,下から火をたいていけにえとした(レビ18:21).モレクの祭司たちは,太鼓をたたき続けて,子供の叫び声を消し,両親の悲しみを和らげたと言う.レビ記は,はっきりとモレク礼拝を禁じ,小児のいけにえを禁じているが(レビ20:2‐5),偶像礼拝と共に受け継がれ,ユダの王ヨシヤの宗教改革で排除されるまで続けられた.イスラエルはその歴史の中で,この小児人身犠牲という,きわめて異教的で,罪悪的,非人道的儀式を何回も取り入れた.聖書の中ではユダの王アハズによって行われ(2列王記16:3),その後,マナセ王も父ヒゼキヤ王が取り壊した高き所を築き直し,ベン・ヒノムの谷で,この悪習慣を繰り返した(2列王記21:6)ことが記されている.彼らは,神が「わたしの子どもたち」と言われる幼児たちを,偶像モレクにいけにえとしてささげて「食べさせた」のである(エゼキエル16:20‐21).(聖書辞典より抜粋)

 その他の偶像(or偶像崇拝)について
・バアル:農作物の豊穣をもたらす神と考えられ,複数形でベアーリームはカナンの地方聖所の神々と結びついていた.バアルはエルなどと共に,神の称号で,一般に神を呼ぶ時に用いられたが,特に,天候の神(または嵐の神)ハダデの呼称であり,前14世紀頃から,独占的に使われるようになった.この神は,雨と霧と露を支配し,カナン人の農耕のかぎを握っているとされた.その妻は愛と戦争の女神アナテ(アシュタロテ)である.イスラエルは,カナンの農耕を学ぶと共に,肥沃神の礼拝を受け入れた.荒野の神とも言えるヤハウェとの対比と混交の中で,異教的混合色に深く染まり,後の預言者たちが強く非難し,責め,退けた偶像礼拝の典型となっていったのである.(聖書辞典より抜粋)
・アシェラ:アシュタロテと共にカナン宗教の肥沃祭儀の礼拝の対象とされていた女神で,古代オリエント全域で信奉されていた.アシェラはイスラエルにおいて,唯一の真の神ヤハウェに対する信仰が自然および自然の力を信奉する宗教に堕落する時には,必ず入り込んできた.そして至高神の妻として崇拝される偶像となった.アシェラはこのようにアシュタロテ,アナテと共に有力な女神とされ,それらの相手になる男神としては一般的にバアルがあげられている.その祭は農業宗教的要素を持ち,きわめて官能的,性的傾向に走った.後にエルサレムの神殿にアシェラ像が立ち,神殿男娼の部屋が設けられ,その像に掛ける幕を織る女たちがいたことが記されている(2列王記23:7).(聖書辞典より抜粋)
・ 太陽や月や星座や天の万象(5)
・ベテルにある祭壇:金の子牛が祀られている。
 金の子牛について:王国分裂後のヤロブアム〔北イスラエル王国の初代の王(筆者挿入)〕によって,再び金の子牛が礼拝の対象となった(1列王記12:28).それはエルサレム神殿に対抗する聖所として,ベテルとダンにすえられた.彼は「ここに,あなたをエジプトから連れ上ったあなたの神々がおられる」と,偶像礼拝を強要した.ベテルは北王国イスラエルの南端の代表的な町であり,ダンは北端の代表的な町である.金の子牛は,ヤハウェの台座として導入されたようで,そのため民はたいした抵抗もなく,これを受け入れた.これは明らかに混合宗教である.子牛は,イスラエルが荒野で,不信仰から,見える神を求めて造ったものであるが,ヤロブアムの造ったものは,ヤハウェに対する国家的な規模の反逆として大きな罪となった.(聖書辞典より抜粋)

 上記以外にも24節に記されているものがありますが省略します。
兎に角、ヨシヤ王の時代までにイスラエル全土に、ヤハウェ(主)の嫌われる様々なものが上記本文に記されているように存在していたのです。
ヨシヤはそれらをきよめたのでした。ハレルヤ!

 15.16.20節には次のように記されています。
“15 なお彼〔ヨシヤ(筆者挿入)〕は、ベテルにある祭壇と、イスラエルに罪を犯させたネバテの子ヤロブアムの造った高き所、すなわち、その祭壇も高き所もこわした。高き所を焼き、粉々に砕いて灰にし、アシェラ像を焼いた。16 ヨシヤが向き直ると、山の中に墓があるのが見えた。そこで彼は人をやってその墓から骨を取り出し、それを祭壇の上で焼き、祭壇を汚れたものとした。かつて、神の人がこのことを預言して呼ばわった主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばのとおりであった。20 それから、彼は、そこにいた高き所の祭司たちをみな、祭壇の上でほふり、その祭壇の上で人間の骨を焼いた。こうして、彼はエルサレムに帰った。”とあります。

 16節には「かつて、神の人がこのことを預言して呼ばわった主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばのとおりであった。」という文章があります。その預言の言葉は、1列王記13:2に記されていますが、その時の状況を知るために、1列王記13:1-6を下記して起きます。
“1 一人の神の人が、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の命令によってユダからベテルにやって来た。
ちょうどそのとき、ヤロブアムは香をたくために祭壇のそばに立っていた。
2 すると、この人〔神の人(筆者挿入)〕は主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の命令によって祭壇に向かい、これに呼びかけて言った。「祭壇よ、祭壇よ、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。『見よ、一人の男の子がダビデの家に生まれる。その名はヨシヤ。彼は、おまえの上で香をたく高き所の祭司たちを、いけにえとしておまえの上に献げ、人の骨がおまえの上で焼かれる。』」
3 その日、彼は一つのしるしを与えて、次のように言った。「これが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の告げられたしるしである。見よ、祭壇は裂け、その上の灰はこぼれ出る。」
4 ヤロブアム王は、ベテルの祭壇に向かって叫んでいる神の人のことばを聞いたとき、祭壇から手を伸ばして「彼を捕らえよ」と言った。すると、彼に向けて伸ばしていた手はしなび、戻すことができなくなった。
5 神の人が主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばによって与えたしるしのとおり、祭壇は裂け、灰は祭壇からこぼれ出た。
6 そこで、王はこの神の人に向かって言った。「どうか、あなたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕にお願いして、私のために祈ってください。そうすれば、私の手は元に戻るでしょう。」神の人が主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に願ったので、王の手は元に戻り、前と同じようになった。”(2017)とあります。

 宗教改革を行ったヨシヤ王の治世年代はB.C.640-609年であり、神の人の預言がなされたヤロブアム王(一世)の治世年代はB.C.931-910年です。

 私たちキリスト者は、異教の神を拝むことをしないでしょうが、ヨシヤの宗教改革から、私たちの心の中にある偶像を除き去ることが重要なことであることを学べます。
主なる神様以上に他のものを第一とするとき、その第一のものは偶像です。
コロサイ3:5には、“ですから、地にあるからだの部分、すなわち、それは淫らな行い、汚れ、情欲、悪い欲、そして貪欲を殺してしまいなさい。貪欲は偶像礼拝です。”(2017)とあります。
また、肉親以上に主を愛することを求められています。
イエス様は、「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。自分の十字架を負ってわたしに従って来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。」(マタイ10:37.38)とも語られました。
キリスト者であれば、父、母、息子、娘を愛するでしょう。それは当たり前のことです。しかし、それ以上に主を愛する、ということの重要性が語られているのです。
即ち、だれにもまさって、主を好きになり、主を愛することが求められているのです。主はその様に主を大好きになり、主を愛することの出来る愛を与えてくださいます。そうでなければ、イエス様の御言葉は成り立ちません。
愛する人or恋人のためには命をも捨てるというようなものです。
雅歌6:3には、「私は、私の愛する方のもの。私の愛する方は私のもの。」(2017)という聖句があります。花婿キリストとキリストの花嫁の愛の関係です。
 花婿キリストとキリストの花嫁との婚宴は、黙示録19章に、
“5 また、御座から声が出て、こう言った。「神のすべてのしもべたちよ、神を恐れる者たちよ、小さい者も大きい者も私たちの神を賛美せよ。」6 また私は、大群衆の声のような、大水のとどろきのような、激しい雷鳴のようなものがこう言うのを聞いた。「ハレルヤ。私たちの神である主、全能者が王となられた。7 私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。子羊〔キリスト(筆者挿入)〕の婚礼の時が来て、花嫁〔キリスト者の総体(筆者挿入)〕は用意ができたのだから。8 花嫁は、輝くきよい亜麻布をまとうことが許された。その亜麻布とは、聖徒たちの正しい行いである。」9 御使いは私に、「子羊の婚宴に招かれている者たちは幸いだ、と書き記しなさい」と言い、また「これらは神の真実なことばである」と言った。”(2017)と記されています。
 エペソ5章には、
“22 妻たちよ。主に従うように、自分の夫に従いなさい。25 夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自分を献げられたように、あなたがたも妻を愛しなさい。31 「それゆえ、男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのである。」32 この奥義は偉大です。私は、キリストと教会〔キリスト者の総体。御子の血によって贖い出された新契約の民 (筆者挿入)〕を指して言っているのです。”(2017)と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
いつでも主を最も愛し、主を第一として歩み続けることが出来ますよう祝福してください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

<追記>
 2列王記23:26-30にはヨシヤ王の最後の箇所が次のように記されています。
“26 それにもかかわらず、マナセが引き起こした主のすべての怒りのゆえに、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はユダに向けて燃やした激しい怒りを収めようとはされなかった。27 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は言われた。「わたしがイスラエルを除いたのと同じように、ユダもわたしの前から除く。わたしが選んだこの都エルサレムも、わたしの名を置くと言ったこの宮も、わたしは退ける。」
28 ヨシヤについてのその他の事柄、彼が行ったすべてのこと、それは『ユダの王の歴代誌』に確かに記されている。
29 彼〔ヨシヤ(筆者挿入)〕の時代に、エジプトの王ファラオ・ネコが、アッシリアの王のもとに行こうと、ユーフラテス川を目指して上って来た。そこで、ヨシヤ王は彼を迎え撃ちに行ったが、ファラオ・ネコはメギドで彼に出会った際、彼を殺した。
30 ヨシヤの家来たちは、彼の遺体を戦車に載せ、メギドからエルサレムに運んで、彼の墓に葬った。その国の民は、ヨシヤの子エホアハズを選んで油を注ぎ、彼の父に代えて王とした。”(2017)とあります。

 女預言者フルダの預言が次のように2列王記22:15-20に記されています。
“15 彼女は彼らに答えた。「イスラエルの神である主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われます。『あなたがたをわたしのもとに遣わした人に言え。
16 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。見よ。わたしは、ユダの王が読み上げた書物〔律法の書(筆者挿入)〕のすべてのことばどおりに、この場所とその住民の上にわざわいをもたらす〔呪いの条項の執行(筆者挿入)〕。17 彼らはわたし〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を捨て、ほかの神々に犠牲を供え、自分たちのすべての手のわざで、わたしの怒りを引き起こした。こうして、わたしの憤りはこの場所に燃え上がり、消えることはない。』18 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を求めるためにあなたがたを遣わしたユダの王〔ヨシヤ(筆者挿入)〕には、こう言いなさい。『あなた〔ヨシヤ(筆者挿入)〕が聞いたことば〔律法の書(筆者挿入)〕について、イスラエルの神である主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、こう言われる。19 あなたは、わたしがこの場所とその住民について、これは恐怖のもととなり、ののしりの的となると告げたのを聞いた。そのとき、あなたは心を痛めて主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の前にへりくだり、自分の衣を引き裂いてわたしの前で泣いたので、わたしもまた、あなたの願いを聞き入れる──主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことば──。20 それゆえ、見よ、わたしはあなた〔ヨシヤ(筆者挿入)〕を先祖たちのもとに集める。あなたは平安のうちに自分の墓に集められる。あなたは自分の目で、わたしがこの場所にもたらす、すべてのわざわいを見ることはない。』」彼らはそれを王に報告した。”(2017)とあります。
 ヨシヤ王は、戦死しましたが、この御言葉を聞いていたので、平安の内に目を閉じたのであろうと思います。

2021年1月27日 (水)

2列王記23:1-3ユダ王国の第16代目の王ヨシヤ2/神様の予知能力

 ヨシヤ王とユダの民はヤハウェ(主)と契約を結び、ヤハウェ(主)に従って歩み、心を尽くし、いのちを尽くして主の命令と証しと掟を守り、律法の書物に記されている契約のことばを実行することを誓ったことが1-3節に次のように記されています。
“1 王は使者を遣わして、ユダとエルサレムのすべての長老たちを彼のところに集めた。2 王は、ユダのすべての人々、エルサレムのすべての住民、祭司と預言者、および下の者から上の者まで、すべての民とともに主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に上り、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮で見つかった契約の書のことばをすべて彼らに読み聞かせた。13 それから王は柱のわきに立ち、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の前に契約を結び、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に従って歩み、心を尽くし、いのちを尽くして主の命令と証しと掟を守り、この書物に記されているこの契約のことばを実行することを誓った。民もみなこの契約に加わった。”(2017)とあります。

 これはB.C.622年の出来事であっただろうと思います。
ダニエル、ハナンヤ、ミシャエル、アザルヤなどがバビロンに連れて行かれたのはB.C.606年です。
エゼキエルがバビロンに連れて行かれたのはB.C.597年です。エゼキエルと共にバビロン捕囚の憂き目にあったのは、10000人以上でした(2列王記24:14)。
エルサレムの陥落はB.C.587or586年です。
この時のバビロン捕囚人数は832人です(エレミヤ52:29)。エルサレム陥落5年後にバビロンに捕囚となった人たちは745人でした(エレミヤ52:30)。

 ヨシヤ王の宗教改革に加わった人たちをよく観察すると、その後もヤハウェ(主)に従った人と、各種の偶像崇拝に戻って行った人たちに別れるのです。
 ヤハウェ(主)は、エゼキエルにエゼキエルがバビロンに連れて行かれた後のエルサレムの状況を次のように見させられました。
その時の状況はエゼキエル8章に次のように記されています。
“1 第六年〔B.C.592年(新共同訳スタディー版の注)〕の第六の月の五日、私が自分の家〔バビロン捕囚後のエゼキエルの家(筆者挿入)〕に座っていて、ユダの長老たちも私の前に座っていたとき、神である主〔「アドナイ・ヤハウェ」。「神である主」と訳された語の原語の直訳は「我が主ヤハウェ」(筆者挿入)〕の御手がそこで私の上に下った。2 私が見ると、火のように見える姿があった。その腰と見えるところから下の方が火であり、腰から上の方が琥珀のきらめきのように輝いて見えた。3 すると、その方は手の形をしたものを伸ばし、私の髪の房をつかまれた。すると、霊が私を地と天の間に持ち上げ、神々しい幻のうちに私をエルサレムへと携え行き、ねたみを引き起こす「ねたみ」という像がある、北に面した内門の入り口に連れて行った。4 なんと、そこには、私がかつて平地で見た幻と同じような、イスラエルの神の栄光があった。5 その方は私に言われた。「人の子よ。さあ、目を上げて北の方を見よ。」私が目を上げて北の方を見ると、なんと、北の方の祭壇の門の入り口に「ねたみ」という像〔アシェラ像かも知れない(注解付新改訳聖書の注参照)〕があった。6 この方は私に言われた。「人の子よ。あなたには彼らのしていることが見えるか。イスラエルの家は、わたしの聖所から遠く離れようとして、ここで大きな忌み嫌うべきことをしているではないか。あなたはなおもまた、大きな忌み嫌うべきこと〔偶像礼拝(筆者挿入)〕を見る。」7 それから、この方は私を庭の入り口に連れて行かれた。見ると、壁に一つの穴があった。8 この方は私に言われた。「人の子よ。さあ、壁に穴を開けて通り抜けよ。」私が壁に穴を開けて通り抜けると、一つの入り口があった。9 この方は私に言われた。「入って行き、彼らがここでしている悪い忌み嫌うべきことを見よ。」10 私が入って行って見ると、なんと、這うものや動物のあらゆる形、すなわち忌むべきものや、イスラエルの家のすべての偶像が、周りの壁一面に彫られていた。11 また、イスラエルの家の七十人の長老が、その前に立っていて、その中にはシャファンの子ヤアザンヤも立っていた。彼らはみなその手に香炉を持ち、香の濃い雲が立ち上っていた。12 この方は私に言われた。「人の子よ。あなたは、イスラエルの家の長老たちが、暗闇の中、それぞれ自分自身の偶像の部屋で行っていることを見たか。彼らは、『主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は私たちを見ておられない。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこの地を見捨てられた』と言っているのだ。」13 また私に言われた。「あなたはなおもまた、彼らが行っている大きな忌み嫌うべきことを見る。」14 それから、この方は私を主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の北の門の入り口へ連れて行かれた。するとそこには、女たちがタンムズのために泣きながら座っていた。15 この方は私に言われた。「見たか、人の子よ。あなたはなおもまた、これよりも大きな忌み嫌うべきことを見る。」16 それから、この方は私を主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の内庭に連れて行かれた。すると、なんと、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の神殿の入り口、すなわち、玄関広間と祭壇との間に二十五人ばかりの人がいた。彼らは主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の神殿に背を向け、顔を東の方に向けていた。東の方を向いて、太陽を拝んでいた。17 この方は私に言われた。「見たか、人の子よ。ユダの家にとって、彼らがここでしているような忌み嫌うべきことをするのは、些細なことだろうか。彼らはこの地を暴虐で満たし、わたしの怒りをいっそう駆り立てている。見よ、彼らはぶどうのつるを自分たちの鼻にさしているではないか。18 だから、わたしも激しい憤りをもって応じる。わたしはあわれみをかけない。わたしは彼らを惜しまない。彼らがわたしの耳に大声で叫んでも、わたしは彼らの言うことを聞かない。」”(2017)とあります。

 ヨシヤの宗教改革からいくらも経っていないのにエゼキエル8章に記されているような偶像礼拝者がエルサレムには多くいたのです。
私の推測ですが、ヤハウェ(主)は、当時のユダヤ人たちをヤハウェ(主)に従う者たちと従わない者たちを明確にするためにヨシヤ王を用いたのではないかと思うのです。
 ヤハウェ(主)に従わない者たちは、主に裁かれたのです。バビロン軍によって殺されたのもその一つです(そこには主の主権が働いていたと思います)。
 後にヤハウェ(主)は、捕囚の憂き目にあった人たち及びその子孫たちの中の主に信頼する者たちを用いてエルサレムを再建し、やり直していったのです(エズラ書等を参照)。
捕囚後の再スタートのためには、律法の書の発見、律法の書が読み聞かされること、律法の書に記されている内容に同意して主に従って行く人のグループと、うわべは調子を合わせてはいても主を心から受け入れることをせず、偶像を心に秘めている人たちのグループとを明確に区別する必要があったと思います。それを考えるとヨシヤの宗教改革は大切な節目であったと思います。

 しつこくなりますが、ヤハウェ(主)は、律法の書を提示することによって、だれの目にも、主に従う者と従わない者を明らかにしたのです。

 現代でも同じです。聖書を通して、天地万物をつくられたのはどなたなのか、聖書の神様はどのようなお方なのか、人は罪人なのか、善人なのか、救い主はどなたなのか、・・・等々色々なことを教えていただけます。そして、主なる神様は、人に救い主が提示された時、救い主を受け入れる人は誰なのか、ということを天地創造の前から予知されていたのです。

 万物の根源であるお方即ちヤハウェ(主)は、全知全能のお方であり、愛のお方、義なるお方です。
使徒ペテロは、「父なる神の予知に従い、御霊の聖めによって、イエス・キリストに従うように、またその血の注ぎかけを受けるように選ばれた人々へ。どうか、恵みと平安が、あなたがたの上にますます豊かにされますように。」(1ペテロ1:2・2017)と述べています。
ヤハウェ(主)は、「イエス・キリストによる救い」が人々に提示された時、イエス・キリスト様を信じる人を予知されていたのです。そして、その人たちを予め救いに選んだのです(エペソ1:4も参照)。ヤハウェ(主)が全知全能であるからこそ、これらの御言葉が成り立ちます。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
天地万物は主なる神様によってつくられました。
それを信じない人たちは、天地万物が自然にできたものであると信じている者が多いです。
そして、自然にできたと考えているものの何か一つを発見するとノーベル賞が与えられる場合もあります。
聖書は、主なる神様がすべてのものをつくられたと教えてくれています。
主なる神様の能力とは一体どれほどのものなのでしょうか。
あまりにもすごくてはかり知れないものです。
パウロは、「ああ、神の知恵と知識の富は、なんと深いことでしょう。神のさばきはなんと知り尽くしがたく、神の道はなんと極めがたいことでしょう。すべてのものが神から発し、神によって成り、神に至るのです。この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。」(ローマ11:33.36・2017)と記しました。
私も同様に主なる神様を賛美し、その神様がこよなく愛してくださっておられる祝福を覚え、重ねて感謝し、我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2021年1月26日 (火)

2列王記22章 ユダ王国の第16代目の王ヨシヤ1/御子イエス様を信じる者は滅びの判決を受けることなく救われる

 ヨシヤ王の治世年間及びヨシヤ王の主に在る評価について1.2節には次のように記されています。
“ヨシヤは八歳で王となり、エルサレムで三十一年間、王であった。彼の母の名はエディダといい、ボツカテ出身のアダヤの娘であった。2 彼は主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目にかなうことを行い、父祖ダビデのすべての道に歩み、右にも左にもそれなかった。”(2017)とあります。

 ヨシヤはユダ王国の16代目の王で、治世期間は31年間、治世年代はB.C.640-609年です。
ヨシヤ王は、ヤハウェ(主)の目にかなうことを行い、父祖ダビデのすべての道に歩み、右にも左にもそれなかった、と評価されています。

 宮(神殿)の修復に関する事柄をヨシヤ王が命じている内容が3-7節に次のように記されています。
“3 ヨシヤ王の第十八年に、王は、メシュラムの子アツァルヤの子である書記シャファンを主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に遣わして言った。4 「大祭司ヒルキヤのもとに上って行き、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に納められていた金、すなわち、入り口を守る者たちが民から集めたものを彼に計算させよ。5 彼らが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮で工事をしている監督者たちにそれを手渡すようにせよ。そして、監督者たちは、神殿の破損の修理をするために、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮で工事をしている者たちにそれを渡すようにせよ。6 大工、建築する者、石工に渡し、神殿の修理のための木材や切り石を買わせよ。7 ただし、彼らの手に渡した金の精算がなされる必要はない。彼らは忠実に働いているからである。」”(2017)とあります。

 ユダ王国の第8代目の王ヨアシュ(治世B.C.835-796年)が、神殿の破損を修理するために同様のことをしています(2列王記12:9-15)。ヨシヤ王も同じことをしたのです。

 8節には、“そのとき、大祭司ヒルキヤは書記シャファンに、「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮で律法の書を見つけました」と言った。そしてヒルキヤがその書物をシャファンに渡したので、彼はそれを読んだ。”(2017)とあり、ヨシヤ王の第18年(B.C.622年)に大祭司ヒルキヤが律法の書を発見したのです。
大祭司は、発見した律法の書を書記シャファンに渡しました。シャファンは大祭司から渡された律法の書を読みました。

 9.10節には、
“9 書記シャファンは王のもとに行って、王に報告した。「しもべたちは、神殿にあった金を取り出して、これを主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮で工事している監督者たちの手に渡しました。」10 さらに書記シャファンは王に告げた。「祭司ヒルキヤが私に一つの書物を渡してくれました。」シャファンは王の前でそれを読み上げた。”(2017)とあり、書記シャファンは、ヨシヤ王に、先ず王に命じられた事柄が完了したことを告げ、その次に、「祭司ヒルキヤが私に一つの書物を渡してくれました。」と言った後、シャファンは王の前で発見された律法の書を読み上げたのです。

 11節には、“王は律法の書のことばを聞いたとき、自分の衣を引き裂いた。”(2017)とあり、ヨシヤ王が律法の書に記されている内容に衝撃を受けたことが分かります。13節後半の「私たちの先祖たちがこの書物のことばに聞き従わず、すべて私たちについて記されているとおりに行わなかったために、私たちに向かって燃え上がったヤハウェ(主)の憤りが激しいからだ。」というヨシヤ王の言葉より、恐らく申命記28章の呪いの条項等も読み聞かされたのではないかと思います。この出来事は、ヨシヤ王26歳の時ではないかと思います。

 余談になりますが、預言者エレミヤは、ヨシヤ王の治世の第13年(B.C.627年)に預言者として召されています(エレミヤ1:2)。ですからエレミヤが預言者として召された5年後に大祭司ヒルキヤが律法の書を発見している(B.C.622年)のです。預言者エレミヤは大祭司ヒルキヤの律法の書発見の5年前からエルサレム陥落(B.C.587or586年)後迄、預言者として用いられた人です。

 律法の書を読み聞かされて衝撃を受けたヨシヤ王は、ユダ王国の重要な人達に命令を下すと共に命令の理由も述べました。12.13節には次のように記されています。
“12 王は祭司ヒルキヤ、シャファンの子アヒカム、ミカヤの子アクボル、書記シャファン、王の家来アサヤに次のように命じた。13 「行って、この見つかった書物のことばについて、私のため、民のため、ユダ全体のために、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を求めよ。私たちの先祖たちがこの書物のことばに聞き従わず、すべて私たちについて記されているとおりに行わなかったために、私たちに向かって燃え上がった主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の憤りが激しいからだ。」”(2017)とあります。

 余談になりますが、エルサレム陥落(B.C.587or586年)後、バビロンによってユダの地の総督に任じられたゲダルヤは、書記シャファンの孫であり、アヒカムの息子です(2列王記25:22)。

 ヨシヤ王から任命を受けた人達は、預言者フルダのもとへと行きました。預言者フルダは、ヤハウェ(主)から受けた御言葉を王の使者たちに語りました。そして王の使者たちは、預言者フルダの語った内容をヨシヤ王に伝えたのです。それらのことが14-20節に次のように記されています。
“14 そこで、祭司ヒルキヤ、アヒカム、アクボル、シャファン、アサヤは、女預言者フルダのもとに行った。彼女は、ハルハスの子ティクワの子である装束係シャルムの妻で、エルサレムの第二区に住んでいた。彼らが彼女に伝えると、
15 彼女は彼らに答えた。「イスラエルの神である主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われます。『あなたがたをわたしのもとに遣わした人に言え。16 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。見よ。わたしは、ユダの王が読み上げた書物のすべてのことばどおりに、この場所とその住民の上にわざわいをもたらす。17 彼らはわたしを捨て、ほかの神々に犠牲を供え、自分たちのすべての手のわざで、わたしの怒りを引き起こした。こうして、わたしの憤りはこの場所に燃え上がり、消えることはない。』18 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を求めるためにあなたがたを遣わしたユダの王には、こう言いなさい。『あなたが聞いたことばについて、イスラエルの神である主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、こう言われる。19 あなたは、わたしがこの場所とその住民について、これは恐怖のもととなり、ののしりの的となると告げたのを聞いた。そのとき、あなたは心を痛めて主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の前にへりくだり、自分の衣を引き裂いてわたしの前で泣いたので、わたしもまた、あなたの願いを聞き入れる──主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことば──。20 それゆえ、見よ、わたしはあなたを先祖たちのもとに集める。あなたは平安のうちに自分の墓に集められる。あなたは自分の目で、わたしがこの場所にもたらす、すべてのわざわいを見ることはない。』」
彼らはそれを王に報告した。

 預言者フルダの預言の要点は、
➀ヤハウェ(主)は、ヨシヤ王が読み上げた書物のすべてのことばどおりに、エルサレムとエルサレムの住民の上にわざわいをもたらす(16)
②ヨシヤ王は、ヤハウェ(主)が、エルサレムとエルサレムの住民の上にわざわいをもたらされる前に死去する。それ故ヨシヤ王は、エルサレムとエルサレムの住民の上に下る災いを見ることがない(20)
という内容です。

 また、①のエルサレムとその住民の上に、ヤハウェ(主)が災いをもたらすという理由を、ヤハウェ(主)は、「彼らはわたしを捨て、ほかの神々に犠牲を供え、自分たちのすべての手のわざで、わたしの怒りを引き起こした。」からだ、と語られました(17)。
 ヨシヤ王がエルサレム陥落、王権はく奪、捕囚の憂き目にあう、ということから免れたのは、ヨシヤ王がヤハウェ(主)に対してへりくだり、罪を悔い改め、救いのために祈ったからであると記されています(19)。

 「エルサレムとエルサレムの住民の上にわざわいをもたらす」(16)という律法の書の呪いの条項の内容の一部を下記すると、
“14 私が今日あなたがたに命じるこの〔律法の(筆者挿入)〕すべてのことばから右や左に外れ、ほかの神々に従い、それに仕えてはならない。15 しかし、もしあなたの神、主の御声に聞き従わず、私が今日あなたに命じる、主のすべての命令と掟を守り行わないなら、次のすべてののろいがあなたに臨み、あなたをとらえる。
・・・途中省略・・・・
49 【主】は遠く地の果てから一つの国を来させ、鷲が獲物に向かって舞い降りるように、あなたを襲わせる。その話すことばをあなたが聞いたこともない国である。50 その国は横柄で、老人に敬意を払わず、幼い者をあわれまず、51 あなたの家畜が産むものや大地の実りを食い尽くし、ついにあなたは根絶やしにされる。彼らは穀物も新しいぶどう酒も油も、群れの中の子牛も群れの中の子羊も、あなたには少しも残さず、ついにはあなたを滅ぼす。52 その国は、あなたの国中のすべての町囲みの中にあなたを閉じ込め、ついには、あなたが頼みとする高く堅固な城壁は落とされる。彼らが、あなたの神、主が与えられた国中のすべての町囲みの中にあなたを閉じ込めるとき、53 あなたは包囲と、敵がもたらす窮乏のために、あなたの神、主が与えてくださった、あなたの胎の実である息子や娘の肉を食べるようになる。54 あなたのうちの最も優しく、ことのほか上品な男でさえ、兄弟や愛する妻や、まだ残っている子どもたちに対してさえ物惜しみをし、55 自分が食べている子どもの肉をだれにも分け与えようとはしない。あなたのすべての町囲みの中には、包囲と、敵がもたらす窮乏のために、何も残されていないからである。56 あなたのうちの優しく上品な女で、あまりにも上品で優しいために、足の裏を地面に付けようともしない者でさえ、愛する夫や、息子や娘に物惜しみをし、57 さらには、あらゆる欠乏のために、自分の脚の間から出た後産や自分が産んだ子さえ、ひそかに食べることまでする。あなたの町囲みの中が包囲と、敵がもたらす窮乏の中にあるからである。58 もしあなたが、この書物に記されている、このおしえのすべてのことばを守り行わず、この栄光に満ちた恐るべき御名、あなたの神、主を恐れないなら、59 主はあなたへの災害、あなたの子孫への災害を驚くべき仕方で下される。大きな長く続く災害、長く続く悪性の病気である。60 主は、あなたが怖がっていたエジプトのあらゆる悪疫を、再びあなたにもたらされる。それがあなたにまといつく。61 主は、このみおしえの書に記されていない、あらゆる病気、あらゆる災害までもあなたの上に臨ませ、ついにあなたは根絶やしにされる。62 あなたがたは空の星のように多かったが、少人数しか残されない。あなたの神、主の御声に聞き従わなかったからである。”(申命記28章・2017)と記されています。

 余談になりますが、ヨシヤ王が逝去した3年後のB.C.606年にダニエルたちがバビロンに捕虜として連れて行かれました。

 私たちキリスト者も、滅びに至る審判から免れたのは、主なる神様のみ前にへりくだり、万物の根源であられる神様が、救い主として提示したイエス・キリスト様を信じた、即ちイエス様を心に受け入れたからです。
キリスト者は、イエス様を信じさせて頂いたゆえに祝福されています。
(ただし、主のみ旨に反することをしていると矯正されます)

 主の呪いの条項で終わるのは気が引けるので、主に従ったときの、祝福の条項を下記します。
“1 もし、あなたが、あなたの神、主の御声に確かに聞き従い、私が今日あなたに命じる主のすべての命令を守り行うなら、あなたの神、主は、地のすべての国々の上にあなたを高く上げられる。2 あなたが、あなたの神、主の御声に聞き従うので、次のすべての祝福があなたに臨み、あなたについて行く。3 あなたは町にあっても祝福され、野にあっても祝福される。4 あなたの胎の実も大地の実りも、家畜が産むもの、群れの中の子牛も群れの中の子羊も祝福される。5 あなたのかごも、こね鉢も祝福される。6 あなたは入るときにも祝福され、出て行くときにも祝福される。7 主は、あなたに向かい立つ敵どもをあなたの前で敗走させる。彼らは一つの道からあなたを攻めて来るが、あなたの前で七つの道に逃げ去る。8 主はあなたのために、あなたの穀物倉とあなたのすべての手のわざが祝福されるように命じられる。あなたの神、主があなたに与えようとしておられる地で、あなたを祝福される。9 あなたが、あなたの神、主の命令を守り主の道を歩むなら、主はあなたに誓われたとおり、あなたをご自分の聖なる民として立ててくださる。10 地上のあらゆる民はあなたに主の名がつけられているのを見て、あなたを恐れるであろう。11 主があなたに与えるとあなたの父祖たちに誓われたその地で、主はあなたの胎の実、家畜が産むもの、大地の実りを豊かに恵んでくださる。12 主はその恵みの倉、天を開き、時にかなって雨をあなたの地に与え、あなたのすべての手のわざを祝福される。それで、あなたは多くの国々に貸すが、借りることはない。13 私が今日あなたに命じる、あなたの神、主の命令に聞き従い、守り行うなら、主はあなたをかしらとし、尾とはされない。あなたはただ上になり、下になることはない。”(申命記28章・2017)とあります。

 繰り返しますが、キリスト者の場合の祝福は、本質的には「天にあるすべての霊的祝福」です(エペソ1:3)。地上の祝福の内容は、イスラエルの場合とは異なる部分があります。イスラエルは地上の民であり、キリスト者の国籍は「天」なのです(ピリピ3:20)。とはいえ、地上生活を送るのに必要な物は与えてくださると約束されています(ピリピ4:19)。但し、先ず第一に神の国と神の義を求めよ、という条件が提示されています(マタイ6:33)。
キリスト者で、地上において物質的に豊かに恵まれた人や、社会的地位を高くされた人は、それを主のために用いる必要があります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
イエス様のもとへと導いて下さり、イエス様を信じさせてくださり、救ってくださいましたことを感謝し、
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
“イエスは答えられた。「神が遣わした者をあなたがたが信じること、それが神のわざです。」”(ヨハネ6:29・2017)
あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物〔ギフト(筆者挿入)〕です。」(エペソ2:8)

2021年1月25日 (月)

2列王記21章 ユダ王国の第14代目の王マナセと第15代目の王アモン/主は主にへりくだる者に慈しみ深い

 1節には、“マナセは十二歳で王となり、エルサレムで五十五年間、王であった。彼の母の名はヘフツィ・バハといった。”(2017)と記されています。

 マナセはユダ王国の第14代目の王でその治世期間は55年間、治世年代は687‐642年(新共同訳スタディー版の聖書歴史年代表)とありますから、おそらく、治世期間が治世年代より長いのは、ヒゼキヤとの共同統治があった故ではないかと考えられているようです。もしそうであるとすると、ヒゼキヤとの共同統治は10年位あったのかも知れません。あくまでも推測ですが。

 2-9節には、マナセのあまりにもひどいヤハウェ(主)への背信行為が嫌というほど次のように記されています。
“2 彼は、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がイスラエルの子らの前から追い払われた異邦の民の忌み嫌うべき慣わしをまねて、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行った。3 彼は父ヒゼキヤが打ち壊した高き所を築き直し、イスラエルの王アハブ〔アハブの妻はイゼベル(筆者挿入)〕がしたように、バアルのためにいくつもの祭壇を築き、アシェラ像を造り、天の万象を拝んでこれに仕えた。4 こうして彼は、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がかつて「エルサレムにわたしの名を置く」と言われた主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に、いくつもの祭壇を築いた。5 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の二つの庭〔祭司の庭と民の庭(新聖書注解)〕には、天の万象のために祭壇を築いた。6 また、自分の子どもに火の中を通らせ、卜占をし、まじないをし、霊媒や口寄せをし、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行って、いつも主の怒りを引き起こしていた。7 彼はまた、自分が造ったアシェラの彫像を宮に安置した。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はかつてこの宮について、ダビデとその子ソロモンに言われた。「わたしは、この宮に、そしてわたしがイスラエルの全部族の中から選んだエルサレムに、わたしの名をとこしえに置く。8 もし彼らが、わたしの命じたすべてのこと、わたしのしもべモーセが彼らに命じたすべての律法を守り行いさえするなら、わたしはもう二度と、彼らの先祖たちに与えた地からイスラエルの足を迷い出させない。」9 しかし、彼らはこれに聞き従わなかった。マナセは彼らを迷わせて、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がイスラエルの子らの前で根絶やしにされた異邦の民よりも、さらに悪いことを行わせた。”(2017)とあります。

 マナセの父はヒゼキヤであったのですが、マナセは、父がヤハウェ(主)に従ったように従うことは無く、主を捨てて、主が決して行ってはならないと言われたことを行ったのです。即ちマナセは、主が嫌われるサタン礼拝をしたのです。そのようなことをすれば主に呪われます。
ここで何故サタン礼拝という語を用いたかと言うと、1コリント10章に、「19 私は何を言おうとしているのでしょうか。偶像に献げた肉に何か意味があるとか、偶像に何か意味があるとか、言おうとしているのでしょうか。20 むしろ、彼らが献げる物は、神にではなくて悪霊に献げられている、と言っているのです。私は、あなたがたに悪霊と交わる者になってもらいたくありません。21 あなたがたは、主の杯を飲みながら、悪霊の杯を飲むことはできません。主の食卓にあずかりながら、悪霊の食卓にあずかることはできません。」(2017)と記されているからです。
主に従わなかった時の呪いの条項は、レビ26:14-41、申命記28:15-68に記されています。

 マナセが行ったことを上記の箇所より列挙すると
〇高き所(ここでは偶像の祭壇のことでしょう)の再建
〇バアルの祭壇を築いた
〇アシェラ像を造った
〇天の万象を拝んだ
〇異教の幾つもの祭壇をヤハウェ(主)の宮の中に建設した
そしてそれらを建造しただけではなく、それらに仕えた。
マナセ王は、自分の子どもを全焼のいけにえとして異教の祭壇に献げるほどサタン礼拝に熱心でした。
〇卜占、まじない、霊媒、口寄せ等を行った
とあります。

 ヤハウェ(主)は、12部族からなるイスラエルの国を神の国としてふさわしくしようと計画され、導いてこられたのです。しかし北イスラエル王国は偶像礼拝の故に既に主に裁かれました。そしてユダのマナセ王はユダ王国を典型的な悪魔(サタン)崇拝の国にしてしまったのです。

 9節には、“しかし、彼らはこれに聞き従わなかった。マナセは彼らを迷わせて、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がイスラエルの子らの前で根絶やしにされた異邦の民よりも、さらに悪いことを行わせた。”(2017)とあります。

 ユダの民もマナセ王に従ったのです。ユダ王国は、王から下々に至るまで、サタンが大喜びする国になってしまったのです。

 ヤハウェ(主)は指をくわえて見ていたのではなく、預言者たちを遣わし、マナセ及びユダ王国の民に警告を発していました。その内容は次のように記されています。
“10 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、そのしもべである預言者たちによって、次のように告げられた。11 「ユダの王マナセは、これらの忌み嫌うべきことを行い、実に彼以前にいたアモリ人が行ったすべてのことよりもさらに悪いことを行い、その偶像でユダにまで罪を犯させた。12 それゆえ、イスラエルの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。見よ、わたしはエルサレムとユダにわざわいをもたらす。だれでもそれを聞く者は、両耳が鳴る。13 わたしは、サマリアに使った測り縄と、アハブの家に使った重りをエルサレムの上に伸ばし、人が皿をぬぐい、それをぬぐって伏せるように、わたしはエルサレムをぬぐい去る。14 わたしは、わたしのゆずりの民の残りの者を捨て去り、彼らを敵の手に渡す。彼らはそのすべての敵の餌食となって奪い取られる。15 それは、彼らの先祖たちがエジプトを出た日から今日まで、わたしの目に悪であることを行って、わたしの怒りを引き起こしたからである。」”(2017)とあります。

 ここに記されている預言には、直近のものから、ユダ王国の滅亡及び捕囚の事柄までも含まれているように思います。
ここに記されている預言はすべて成就しましたが、直近の預言の成就は、2歴代誌33:10.11に、
“10 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はマナセとその民に語られたが、彼らは聞こうともしなかった。11 そこで、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はアッシリヤの王の配下にある将軍たちを彼らのところに連れて来られた。彼らはマナセを鉤で捕らえ、青銅の足かせにつないで、バビロンへ引いて行った。”(2017)と記されています。

 16-18節には、
“16 マナセは、ユダに罪を犯させて、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行わせた罪だけでなく、咎のない者の血まで多量に流したが、それはエルサレムの隅々に満ちるほどであった。17 マナセについてのその他の事柄、彼が行ったすべてのこと、彼が犯した罪、それは『ユダの王の歴代誌』に確かに記されている。18 マナセは先祖とともに眠りにつき、その家の園、ウザの園に葬られた。彼の子アモンが代わって王となった。”(2017)と記されています。

 16節には、“咎のない者の血まで多量に流した”と記され、マナセは、ヤハウェ(主)を礼拝しているユダの民や更には預言者までも殺したのです。預言者イザヤもマナセによってのこぎりで引かれて死んだ、と伝えられています。

 2歴代誌33:11には、マナセが、アッシリアの王の配下にある将軍たちによって、鉤で捕らえられ、青銅の足かせにつながれて、バビロンへ引かれて行った、という内容が記されています。
鉤というのは釣り針のような形をした頑丈なものです。マナセ王は、足には青銅の足かせを付けられ、鉤を鼻あるいは唇に通されて引っ張って行かれたのです。バビロンまで。これは一気に殺されるよりも辛いことであったと思います。

 そのような扱いを受けたマナセ王のその後はどのようであったのでしょう。
2歴代誌33:12-17には次のように記されています。
“12 しかし、彼は苦しみの中で彼の神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に嘆願し、父祖の神の前に大いにへりくだり、13 神に祈ったので、神は彼の願いを聞き入れ、その切なる求めを聞いて、彼をエルサレムの彼の王国に戻された。こうしてマナセは、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕こそ神であることを知った。14 その後、彼はダビデの町の外側、ギホンの西側の谷に城壁を築いた。それは魚の門に至り、オフェルを囲むもので、非常に高く築かれた。また、彼はすべてのユダの城壁のある町々に軍の高官を置いた。15 また彼は、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮から異国の神々と偶像、および、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮のある山とエルサレムに自分が築いたすべての祭壇を取り除き、町の外に投げ捨てた。16 そして、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の祭壇を築き直し、その上で交わりのいけにえと感謝のいけにえを献げ、ユダに命じて、イスラエルの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に仕えさせた。17 しかし民は、自分たちの神、主に対してではあったが、なお高き所でいけにえを献げていた。”(2017)とあります。

 主のみ前にへりくだり、悔い改めた者に対して、主が如何に慈しみ深いお方であるかということが、2歴代誌33:12.13に記されています。
旧約の神は怖い、と言う人がいますが、旧約時代であっても新約時代であっても主なる神様は変わらないのです。
旧約時代であっても、滅びの道を歩んでいる人に対して、主は、「わたしは、だれが死ぬのも喜ばないからだ。だから、悔い改めて、生きよ。」(エゼキエル18:32抜粋・2017)と語られる神です。

 19-24節には、ユダ王国15代目の王アモンについて次のように記されています。
“19 アモンは二十二歳で王となり、エルサレムで二年間〔治世年代はB.C.642-640年(新共同訳スタディー版の聖書歴史年代表)〕、王であった。彼の母の名はメシュレメテといい、ヨテバ出身のハルツの娘であった。20 彼はその父マナセが行ったように、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行った。21 彼は父の歩んだすべての道に歩み、父が仕えた偶像に仕え、それらを拝み、22 彼の父祖の神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を捨てて、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の道に歩もうとはしなかった。
 23 アモンの家来たちは彼に謀反を起こし、その宮殿の中で王を殺した。24 しかし、民衆はアモン王に謀反を起こした者をみな打ち殺した。民衆はアモンの子ヨシヤを代わりに王とした。”(2017)とあります。

 アモンは、主の前にへりくだり悔い改めた父マナセをまねることなく、主に忌み嫌われることをしていた時代の父マナセと同じような歩みをしたのです。その治世期間は僅か2年間でした。

 25.26節には、“25 アモンが行ったその他の事柄、それは『ユダの王の歴代誌』に確かに記されている。26 人々は彼をウザの園にある彼の墓に葬った。彼の子ヨシヤが代わって王となった。”(2017)と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
詩篇34:8には、「主の恵みふかきことを味わい知れ、主に寄り頼む人はさいわいである。」(口語訳)とありますが、マナセに対する主のお取り扱いを見ると、如何に主が恵み深いお方であるかということを味わい知ります。
「主に寄り頼む人はさいわいである。」とありますが、終生、主を愛し、主に信頼して歩む者であらせてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2021年1月24日 (日)

2列王記20章 ヒゼキヤの病気とバビロンからの見舞いの使者

 1節には、ヒゼキヤが死の床にあったことが次のように記されています。
“そのころ、ヒゼキヤは病気になって死にかかっていた。
そこへ、アモツの子、預言者イザヤが来て、彼に言った。「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。『あなたの家を整理せよ。あなたは死ぬ。治らない。』」”(2017)とあります。

 1節冒頭に「そのころ」とありますが、どの頃なのでしょうか。「そのころ」については、6節の「わたしはアッシリアの王の手からあなたとこの都を救い出し、わたしのために、わたしのしもべダビデのためにこの都を守る。」というヤハウェ(主)の御言葉が参考になります。
センナケリブと対決する前にこの死病にかかったことは幸いであったと思います。ヒゼキヤはこの死病を通して信仰を高めてもらったのです。そして、その後、アッシリアの王センナケリブと対峙することになったのですから。

 ヒゼキヤは、25歳で単独の治世に入り,29年間王であったのです(2列王記18:2)。この病気の時から、ヒゼキヤはあと15年生きますから、この病気になったのは、39歳頃のことでしょう。ヒゼキヤが病気の癒しをヤハウェ(主)に願ったことが、2.3節に次のように記されています。
“2 ヒゼキヤは顔を壁に向け、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に祈った。3 「ああ、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ、どうか思い出してください。私が真実と全き心をもって、あなたの御前に歩み、あなたの御目にかなうことを行ってきたことを。」ヒゼキヤは大声で泣いた。”(2017)とあります。

 ヒゼキヤの祈りの中身はもっと長いものであったのかもしれません。ヒゼキヤが「もっと生かしてください」と祈ったとは記されていません。もしヒゼキヤが「もっと生かしてください」と祈らなかったとしたら、ヤハウェ(主)が、ヒゼキヤの心の思いを受け取ってくださって、イザヤにヒゼキヤの寿命を延ばすことを告げ、その内容をイザヤがヒゼキヤに告げたのです。そのくだりが4-7節に次のように記されています。
“4 イザヤがまだ中庭を出ないうちに、次のような主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばが彼にあった。5 「引き返して、わたしの民の君主ヒゼキヤに告げよ。あなたの父ダビデの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われます。『わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た。見よ、わたしはあなたを癒やす。あなたは三日目に主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に上る。6 わたしは、あなたの寿命にもう十五年を加える。わたしはアッシリアの王の手からあなたとこの都を救い出し、わたしのために、わたしのしもべダビデのためにこの都を守る。』」7 イザヤが「ひとかたまりの干しいちじくを持って来なさい」と命じたので、
人々はそれを持って来て腫物に当てた。すると彼は治った。”(2017)とあります。

 ヒゼキヤは、アッシリアの王センナケリブと対峙する前に、自分が弱いものであり、何ものでもない、王であるといっても主の助けがなければ地上に存在することさえできない、ということを身をもって体験させて頂けたのです。これは霊的には大きな恵みです。

 8-11節には、
“8 ヒゼキヤはイザヤに言った。「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が私を癒やしてくださり、私が三日目に主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に上れるしるしは何ですか。」
9 イザヤは言った。「次のことが、あなたへの主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕からのしるしです。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は約束したことを成就されます。影が十度進むか、十度戻るかです。」
10 ヒゼキヤは答えた。「影が十度伸びるのは容易なことです。むしろ、影が十度後に戻るようにしてください。」
11 預言者イザヤが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に祈ると、主は、アハズの日時計に落ちた日時計の影を十度後に戻された。”(2017)と記されています。

 「主は、アハズの日時計に落ちた日時計の影を十度後に戻された」ということはヤハウェ(主)による超自然的な現象です。
地球の赤道上の自転速度は約1700km/時(6120000km/秒)です。これが一瞬に止まるだけでも大変なことですが、地球が逆に回るのです。地上の生き物は宇宙に放り出されて死んでしまいます。あるいは、主は、地球の自転を変えずに太陽を動かしたのでしょうか。兎に角、ヤハウェ(主)はその御業を見せてくださったのです。

 アッシリアの王センナケリブと対峙する前に、この様な体験を得させて頂けたということは幸いなことでした。
私たちは、人間的には「もうだめだ」というようなところを幾度も通るかも知れませんが、主がその様にさせてくださることは幸いなことです。主に信頼していれば、そのたびごとに主の御業を拝させて頂くことが出来るのですから。直接、主がどのようなお方であるのかを体験させて頂けるのです。

 ヒゼキヤの病気見舞いにバビロンの王メロダク・バルアダンは、ヒゼキヤのもとへ使者を遣わしてきました。ヒゼキヤは嬉しくなってしまいバビロンと同盟を結んでしまったようです。その時のことと、ヒゼキヤの言動に対するイザヤの反応と預言等が12-19節に次のように記されています。
“12 そのころ、バルアダンの子、バビロンの王メロダク・バルアダンは使者を遣わして、手紙と贈り物をヒゼキヤに届けた。ヒゼキヤが病気だったことを聞いていたからである。
13 ヒゼキヤは彼らを歓迎して、すべての宝庫、銀、金、香料、高価な油、武器庫、彼の宝物倉にあるすべての物を彼らに見せた。ヒゼキヤがその家の中、および国中で、彼らに見せなかった物は一つもなかった。
14 預言者イザヤはヒゼキヤ王のところに来て、彼に尋ねた。「あの人たちは何と言いましたか。どこから来たのですか。」
ヒゼキヤは「遠い国、バビロンから来ました」と答えた。
15 イザヤは言った。「彼らはあなたの家で何を見たのですか。」
ヒゼキヤは答えた。「私の家の中のすべての物を見ました。私の宝物倉の中で彼らに見せなかった物は一つもありません。」
16 イザヤはヒゼキヤに言った。「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばを聞きなさい。17 見よ。あなたの家にある物、あなたの父祖たちが今日まで蓄えてきた物がすべて、バビロンへ運び去られる日々が来る。何一つ残されることはない──主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は言われる──。18 また、あなたが生む、あなた自身の息子たちの中には、捕らえられてバビロンの王の宮殿で宦官となる者がいる。」
19 ヒゼキヤはイザヤに言った。「あなたが告げてくれた主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばはありがたい。」彼は、自分が生きている間は平和と安定があるのではないか、と思ったのである。”(2017)とあります。

 12節に「バルアダンの子、バビロンの王メロダク・バルアダン」について、新共同訳スタディー版の注は、
“バビロニアをB.C.722年から710年まで治めたがアッシリアのサルゴン二世によって追放される。後に復位して704年から703年迄治めた。
”と述べ、
ウィキペディアは、“在位:紀元前721年-710年、復位:紀元前703-702年。〔メロダク・バルアダンの晩年について(筆者挿入)〕アッシリアの新王センナケリブは再びバビロニアを支配下に置くべく軍を差し向け、メロダク・バルアダン2世もこれを迎え撃つべく出撃した。両者はキシュ平野で激突したが、バビロニア軍は敗走した。メロダク・バルアダン2世は戦いの最中、戦車や馬などを置き去りにして逃走し、センナケリブは彼を追撃したが湿地帯に逃げ込んだメロダク・バルアダン2世はアッシリア軍の追撃を逃れ再びエラムに身を寄せた。しかし、最早再起の機会は訪れずメロダク・バルアダン2世はそのままエラムで没した。”と述べています。

 12節の「そのころ」について、注解付新改訳聖書の注は、“前701年頃。アッシリアがユダを攻撃する直前。”と述べています。
バビロンからユダまではかなりの距離がありますから、場合によっては両方の年数は正しいのかも知れません。実際は分かりませんが。

 13節の「ヒゼキヤは彼らを歓迎して、すべての宝庫、銀、金、香料、高価な油、武器庫、彼の宝物倉にあるすべての物を彼らに見せた。」という文ついて、注解付新改訳聖書の注は、“〔ヒゼキヤは(筆者挿入)〕バビロンと反アッシリア同盟を結んだことを意味する。”と解釈してます。

 ヒゼキヤは主にのみ頼るのではなく、肉の弱さを露呈しています。
恐らく、使者を遣わしたバビロンの王メロダク・バルアダンは、ヒゼキヤがバビロンの使者と同盟を結んでいた頃、アッシリの王センナケリブとの戦いに負けてエラムに逃げ込んでいた可能性があるのです。

 ヒゼキヤは病気をヤハウェ(主)に治してもらい、日時計の奇跡も見させてもらったのですから、益々ヤハウェ(主)のみに頼るべきでした。しかし、ヒゼキヤは、ヤハウェ(主)にも信頼し、バビロンにも信を置いたのです。

 そのようなヒゼキヤに対して、ヤハウェ(主)は、「見よ。あなたの家にある物、あなたの父祖たちが今日まで蓄えてきた物がすべて、バビロンへ運び去られる日々が来る。何一つ残されることはない──主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は言われる──。18 また、あなたが生む、あなた自身の息子たちの中には、捕らえられてバビロンの王の宮殿で宦官となる者がいる。」(17.18)とイザヤを通して語られたのです。

 20.21節には、
“20 ヒゼキヤについてのその他の事柄、彼のすべての功績、彼が貯水池と水道を造り、都に水を引いたこと、それは『ユダの王の歴代誌』に確かに記されている。21 ヒゼキヤは先祖とともに眠りにつき、その子マナセが代わって王となった。”と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
詩篇32:10には、「神に逆らう者は悩みが多く、主に信頼する者は慈しみに囲まれる。」(新共同訳)とありますが、いかなる場合にも主に信頼し、また主に信頼し続ける生涯を送らせて頂けますよう祝福してください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン 

2021年1月23日 (土)

2列王記19章 アッシリアの王センナケリブへの裁き/どんなことでも思い煩っていないですぐに祈ること

 1.2節には、
“1 ヒゼキヤ王はこれ〔2列王記18:19-25、27-35に記されているラブ・シャケの言葉(筆者挿入)〕を聞くと衣を引き裂き、粗布を身にまとって主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に入った。2 彼は、宮廷長官エルヤキム、書記シェブナ、年長の祭司たちに粗布を身にまとわせて、アモツの子、預言者イザヤのところに遣わした。”(2017)とあります。

 アッシリアの王センナケリブから遣わされたラブ・シャケの言葉の内容は、強迫の言葉をもって降伏を勧める内容であり、何よりもヤハウェ(主)を甚だしく侮辱するものでありました。
 ヒゼキヤが、ラブ・シャケの言葉を聞いた後、右往左往してしまうのではなく、直ちにヤハウェ(主)の宮に行ったことは素晴らしいことです。
 脱線しますが、
私たちも何か大変なことに直面したら右往左往するのではなく、すぐにイエス様のもとへ行く必要がありますね。また、何も問題のない時でも、いつもイエス様と一緒にいるべきです。

 またヒゼキヤは、側近の高官たちをすぐに預言者イザヤに遣わしました。
イザヤは神の人であり、ヤハウェ(主)の御言葉を聞くことが出来ましたから。

 3.4節には、ヒゼキヤから遣わされた側近たちが、ヒゼキヤの言葉をイザヤに伝えた内容が次のように記されています。
“3 彼らはイザヤに言った。「ヒゼキヤはこう言っております。『今日は、苦難と懲らしめと屈辱の日です。子どもが生まれようとしているのに、それを産み出す力がないからです。4 おそらく、あなたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、ラブ・シャケのすべてのことばを聞かれたことでしょう。彼〔ラブ・シャケ(筆者挿入)〕の主君、アッシリアの王が、生ける神をそしるために彼を遣わしたのです。あなたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、お聞きになったそのことばをとがめられます。あなたは、まだいる残りの者のために祈りの声をあげてください。』」”(2017)とあります。

 「子どもが生まれようとしているのに、それを産み出す力がないからです。」という状態を放っておいたら、子どもは死ぬでしょうし、母親も衰弱死するかもしれません。極めて危険な状態にある、ということを言っているのではないかと思います。

 「あなたは、まだいる残りの者のために祈りの声をあげてください。」とヒゼキヤの使いの者は、イザヤにヒゼキヤの願いを伝えました。

 5節には、“ヒゼキヤ王の家来たちがイザヤのもとに来たとき、”(2017)とあり、続く6.7節には、ヤハウェ(主)がイザヤを通して語られた御言葉が次のように記されています。
“6 イザヤは彼らに言った。「あなたがたの主君〔ヒゼキヤ(筆者挿入)〕にこう言いなさい。『主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。あなたが聞いたあのことば、アッシリアの王の若い者たちがわたしをののしった、あのことばを恐れるな。7 今、わたしは彼〔アッシリアの王(筆者挿入)〕のうちに霊を置く。彼は、あるうわさを聞いて、自分の国に引き揚げる。わたし〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はその国で彼〔アッシリアの王(筆者挿入)〕を剣で倒す。』」”(2017)とあります。

 主が「恐れるな」と語られたら、恐れる必要はないのです。主が事を行ってくださるからです。私たちに必要なのは、主に信頼することです。
7節の「今、わたしは彼〔アッシリアの王(筆者挿入)〕のうちに霊を置く。彼は、あるうわさを聞いて」というこの主の働き、即ち噂の霊を遣わす働きというのは、9節の知らせのことではないかと思います。

また7節の「彼は、・・・自分の国に引き揚げる。わたし〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はその国で彼〔アッシリアの王センナケリブ(筆者挿入)〕を剣で倒す。」という御言葉も、主は実行なさいました。主が実行なさった内容は、35-37節に記されています。

 8節には、“ラブ・シャケは退いて、リブナ〔ラキシュの北約8km(筆者挿入)〕を攻めていたアッシリアの王と落ち合った。王がラキシュ〔エルサレムの南西約45km(筆者挿入)〕から移動したことを聞いていたからである。”(2017)と記され、次の9節に続きます。

 9節には、“王は、クシュの王ティルハカについて、「今、彼〔クシュの王(筆者挿入)〕はあなた〔アッシリアの王(筆者挿入)〕と戦うために出て来ている」との知らせを聞くと、再び使者たちをヒゼキヤに遣わして言った。”(2017)とあり、
アッシリアの王は、クシュの王がアッシリアと戦う為に出陣しているということを聞き(これが主からのうわさではないかと思います)、ヒゼキヤを脅迫し、降伏させようとします。ユダを屈服させてからの方がクシュと戦うのに都合がよいからです。

 アッシリアの王からの使者の言葉と手紙の内容の要旨が10-13節に次のように記されています。
“10 「ユダの王ヒゼキヤにこう伝えよ。『おまえが信頼するおまえの神にだまされてはいけない。エルサレムはアッシリアの王の手に渡されないと言っているが。11 おまえは、アッシリアの王たちがすべての国々にしたこと、それらを絶滅させたことを確かに聞いている。それでも、おまえだけは救い出されるというのか。12 私の先祖は、ゴザン、ハラン、レツェフ、またテラサルにいたエデンの人々を滅ぼしたが、その国々の神々は彼らを救い出したか。13 ハマテの王、アルパデの王、セファルワイムの町の王、ヘナやイワの王はどこにいるか。』」”(2017)とあります。

 この様に甚だしくヤハウェ(主)を侮辱してただですむことはありえません。蒔いた種は刈り取ることになるのです(ガラテヤ6:7)。

 ヒゼキヤは、アッシリアの王センナケリブの使者から受け取った手紙を読みました。そしてヒゼキヤがしたことは、すぐに主に祈ることでした。その祈りの内容が14-19節に次のように記されています。
“14 ヒゼキヤは、使者の手からその手紙を受け取って読み、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に上って行き、それを主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の前に広げた。15 ヒゼキヤは主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の前で祈った。「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ。ただ、あなただけが、地のすべての王国の神です。あなたが天と地を造られました。16 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ。御耳を傾けて聞いてください。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ。御目を開いてご覧ください。生ける神をそしるために言ってよこしたセンナケリブのことばを聞いてください。17 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ。アッシリアの王たちが、国々とその国土を廃墟としたのは事実です。18 彼らはその神々を火に投げ込みました。それらが神ではなく、人の手のわざ、木や石にすぎなかったので、彼らはこれを滅ぼすことができたのです。19 私たちの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ。どうか今、私たちを彼の手から救ってください。そうすれば、地のすべての王国は、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ、あなただけが神であることを知るでしょう。」”(2017)とあります。

 ヒゼキヤの祈りを聞かれたヤハウェ(主)は、ヒゼキヤに対する祈りの答えを預言者イザヤに語られました。その内容は20-34節に次のように記されています。
“20 アモツの子イザヤはヒゼキヤのところに人を送って言った。「イスラエルの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。『あなたがアッシリアの王センナケリブについて、わたしに祈ったことを、わたしは聞いた。』21 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が彼〔アッシリアの王センナケリブ(筆者挿入)〕について語られたことばは、このとおりである。『処女である娘シオン〔一度も外敵に侵されたことのないエルサレム(筆者挿入)〕はおまえ〔アッシリア(筆者挿入)〕を蔑み、おまえを嘲る。娘エルサレム〔一度も外敵に侵されたことのないエルサレム(筆者挿入)〕はおまえのうしろで頭を振る。22 おまえ〔アッシリアの王センナケリブ(筆者挿入)〕はだれをそしり、だれをののしったのか。だれに向かって声をあげ、高慢な目を上げたのか。イスラエルの聖なる者〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に対してだ。23 おまえは使者たちを通して、主をそしって言った。「多くの戦車を率いて、私は山々の頂に、レバノンの奥深くへ上って行った。そのそびえる杉の木と美しいもみの木を切り倒し、その果ての高地、木の茂った園にまで入って行った。24 私は井戸を掘って、他国の水を飲み、足の裏でエジプトのすべての川を干上がらせた」と。25 おまえは聞かなかったのか。遠い昔に、わたしがそれをなし、大昔に、わたしがそれを計画し、今、それを果たしたことを。それで、おまえは城壁のある町々を荒らして廃墟の石くれの山としたのだ。26 その住民は力失せ、打ちのめされて恥を見て、野の草や青菜、育つ前に干からびる屋根の草のようになった。27 おまえが座るのも、出て行くのも、おまえが入るのも、わたしはよく知っている。わたしに向かっていきり立つのも。28 おまえ〔センナケリブ(筆者挿入)〕がわたし〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に向かっていきり立ち、おまえの安逸がわたしの耳に届いたので、わたしはおまえの鼻に鉤輪を、口にくつわをはめ、おまえを、もと来た道に引き戻す。』29 あなた〔ヒゼキヤ(筆者挿入)〕へのしるしは、このとおりである。『今年は、落ち穂から生えたものを食べ、二年目は、それから生えたものを食べ、三年目は、種を蒔いて刈り入れ、ぶどう畑を作ってその実を食べる〔アッシリアに荒らされたユダ王国の農地は3年後にはすっかり回復する(筆者挿入)〕。30 ユダの家の中の逃れの者、残された者は下に根を張り、上に実を結ぶ。31 エルサレムから残りの者が、シオンの山から、逃れの者が出て来るからである。万軍の主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の熱心がこれを成し遂げる。』32 それゆえ、アッシリアの王について、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。『彼はこの都〔エルサレム(筆者挿入)〕に侵入しない。また、ここに矢を放たず、これに盾をもって迫らず、塁を築いてこれを攻めることもない。33 彼〔アッシリアの王(筆者挿入)〕は、もと来た道を引き返し、この都〔エルサレム(筆者挿入)〕には入らない──主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことば──。34 わたしはこの都〔エルサレム(筆者挿入)〕を守って、これを救う。わたしのために、わたしのしもべダビデのために。』」”(2017)とあります。

 25-27節について、新聖書注解は、
“これらの説は詩的表現を用いているが、一つの明確なテーマが主張されている。すなわち、アッシリヤ〔アッシリア(2017)〕はセンナケリブのもと、またその父サルゴンのもとに、広い地を所有し、城壁のある町々を取り、暴力を振るって征服者のようにやって来たが、自分たちの力でしていると考えるのは錯覚であって、それは、主権者である神が歴史の主として、ご自分の計画としてそうさせておられるというのである。アッシリヤ王国もセナケリブ〔センナケリブ(2017)〕も、換言すれば、神の道具として用いられているにすぎないというのである。”と述べています。

 27節の「おまえが座るのも、出て行くのも、おまえが入るのも、わたしはよく知っている。わたしに向かっていきり立つのも。」というのは、ヤハウェ(主)が全知であられることを表現しています。
主の全知度はすごいものです。言葉を口に出さなくでも、心で思ったことを主は知っています(イザヤ66:18)。
主は私たちの必要を私たちが祈り求める前から知っています(マタイ6:8)。
詩篇139:1-4には、“1 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よあなたは私を探り知っておられます。2 あなたは私の座るのも立つのも知っておられ遠くから私の思いを読み取られます。3 あなたは私が歩くのも伏すのも見守り私の道のすべてを知り抜いておられます。4 ことばが私の舌にのぼる前になんと主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よあなたはそのすべてを知っておられます。”(2017)と記されています。

 神様の前には、すべてがバレバレです。その上で愛してくださり、導いて下さり、決して捨てない、と仰ってくださるのです。
農地の回復をなさるのは主(29、31b)、「逃れの者」即ち主に信頼する者を守り祝福するのも主(30.31)、センナケリブを自国に返すのも主である(28)、と主は語ります。

 イエス様のご復活後から千年王国の終わりまでの主権者は、我らの主キリスト・イエス様です(マタイ28:18、1コリント15:28)。新天新地における最高主権者は御父です。

 35-37節には、ヤハウェ(主)がイザヤを通して語られたセンナケリブとアッシリアへの裁きの成就について次のように記されています。
“35 その夜、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の使いが出て行き、アッシリアの陣営で十八万五千人を打ち殺した。人々が翌朝早く起きて見ると、なんと、彼らはみな死体となっていた。36 アッシリアの王センナケリブは陣をたたんで去り、帰ってニネベに住んだ。37 彼が自分の神ニスロクの神殿で拝んでいたとき、その息子たち、アデラメレクとサルエツェルは、剣で彼を打ち殺した。彼らはアララテの地へ逃れ、彼の子エサル・ハドンが代わって王となった。”(2017)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたは私たちのすべてをご存知の上で救ってくださり、愛してくださり、導き助けてくださっておられます。
御名を崇めて感謝します。
心を動揺させられるようなとき、右往左往していないで、すぐにあなたに祈り、あなたの解決を見させて頂けますようお願いします。
聖なるあなたの御名を賛美し、我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン
・・・・・・・・・・・・・・・・
又もろもろの心勞を神に委ねよ、神なんぢらの爲に慮(おもん)ぱかり給へばなり。」(1ペテロ5:7・文語訳)
思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。」(1ペテロ5:7・新共同訳)
あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたし〔イエス・キリスト(筆者挿入)〕を信じなさい。」(ヨハネ14:1・2017)

2021年1月22日 (金)

2列王記18:13-37 信仰に立ち切れなかったヒゼキヤとアッシリアの王センナケリブのヤハウェ(主)への冒涜

 13節には、“ヒゼキヤ王の第十四年に、アッシリアの王センナケリブが、ユダのすべての城壁のある町々に攻め上り、これを取った。”(2017)とあり、驚愕するような事態が起こりました。

 この節に関して新共同訳スタディー版の注を参照すると、次のように記されています(加筆あり)。
“センナケリブの在位はB.C.705-681年です。ユダへの侵攻はB.C.701年とされています。センナケリブのこの遠征で、センナケリブは、46の砦の町を征服したと言われています。ユダのこれらの町は、防衛上重要な町を含め多くの町は城壁で囲まれていました。”

 信仰に立ち切れなかったヒゼキヤがアッシリアの王に屈服した様子が次のように記されています。
“14 ユダの王ヒゼキヤは、ラキシュ〔エルサレムの南西約45kmでユダの重要な要塞であった所(筆者挿入)〕のアッシリアの王のところに人を遣わして言った。「私は過ちを犯しました。私のところから引き揚げてください。あなたが私に課せられるものは何でも負いますから。」
そこで、アッシリアの王はユダの王ヒゼキヤに、銀三百タラント〔10200kg(筆者挿入)〕と金三十タラント〔1020kg(筆者挿入)〕を要求した。
15 ヒゼキヤは、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮と王宮の宝物倉にある銀をすべて渡した。16 そのとき、ユダの王ヒゼキヤは、自分が主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の神殿の扉と柱に張り付けた金を剥ぎ取り、これをアッシリアの王に渡した。”(2017)とあります。

 「私は過ちを犯しました。」(14)とヒゼキヤが言っているのは、ヒゼキヤの父アハズがアッシリアに隷属していたのに、ヒゼキヤの代になり、アッシリアに隷属することを止めたことです。アッシリアからするとユダは反逆した、ということになります。

 そのようなわけで、アッシリアはユダに侵攻してきたのだと思います。
ヒゼキヤは信仰の人でしたが、アッシリアの軍事力の前に、ヒゼキヤはヤハウェ(主)に信頼し続けることが出来なくなったのです。

 それまでのヒゼキヤについて、2列王記18:3-8は次のように述べていました。
“3 彼は、すべて父祖ダビデが行ったとおりに、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目にかなうことを行った。4 高き所を取り除き、石の柱を打ち砕き、アシェラ像を切り倒し、モーセが作った青銅の蛇を砕いた。そのころまで、イスラエル人がこれに犠牲を供えていたからである。これはネフシュタンと呼ばれていた。5 彼はイスラエルの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に信頼していた。彼の後にも前にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった。6 彼は主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に堅くつき従って離れることなく、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がモーセに命じられた命令を守った。7 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は彼とともにおられた。彼はどこへ出て行っても成功を収めた。彼はアッシリアの王に反逆し、彼に仕えなかった。8 彼はペリシテ人を討ってガザにまで至り、見張りのやぐらから城壁のある町に至るその領土を打ち破った。”(2017)とあります。

 14-16節の箇所について、アッシリアの王センナケリブ(セナケリブ)の年代記は次のように記しています(ウェスレアン聖書注解による)。
“私のくびきに服従しなかったユダヤ人ヒゼキヤについては、強い城壁をめぐらした町々46、同じく近隣の小さな町々、それは無数であったーー(これらの町々を)落とし槌(?)をたたいて平らにすることによって、攻城機(?)をしつけることによって、足での攻撃と強襲によって、鉱山、トンネル、そして破れ目(?)によって、私は包囲し、取った。大小、男女、200、150人、馬、らば、ろば、らくだ、牛、羊を無数、私は町々から連れて来させ、略奪品として数えた。彼自身を、閉じ込められた鳥のように、私は彼の王宮の町エルサレムに監禁した。土塁を私は彼に対して投げ上げたーー町の門から出て行く者を、私は不幸へと逆戻りさせた。私が略奪した彼の町々を、私は彼の土地から切り離した。そして、アシュドデの王ミティンティ、エクロンの王パディ、ガザの王シィリ、ベルに与えた。こうして私は彼の土地を減少させた。私は彼の以前の貢ぎ物を加算し、税金ーー私の主権のための贈り物と(同じように)、土地の放棄をを彼にさせた。ヒゼキヤについては、私の威光の恐るべき光輝が彼に勝った。その結果、ウルビ(アラブ諸族)と、彼が王宮の町エルサレムを補強するために連れて来ていた傭兵軍(?)は逃亡した(文字通りには休暇を取らせた)。金30タラント、銀800タラントに加えて、彼の娘たち、彼のハレム、男女の楽人たちと同じように、宝石、アンチモニー、宝(?)、大きな砂岩、象牙の寝台、象牙の部屋椅子(象牙は文字通りには象の「歯」)、黒檀(?)、ツゲ材(?)、貴重な(重たい)財宝のあらゆる類が(あった)。彼は(それらを)私の王宮の町ニネベに持って来た。貢ぎ物を支払うために、また苦役を受け入れる(文字通りには、行なう)ために、彼は使者たちを急送した。”とあります。
(今から約2700年前のものでしょうから完全に読み取るのは難しいのでしょう)

 アッシリアの王は、B.C.701年にヒゼキヤから上記のようなものを受け取りましたが、それで満足することなく、B.C.約688年(ウェスレアン聖書注解)に降伏することを要求してきました。しかし、この時にアッシリアの王及びその使者は、ヤハウェ(主)を大いに侮辱したのです。それらのことが17-37節に次のように記されています。
“17 アッシリアの王は、タルタン〔軍総司令の職名(新共同訳スタディー版の注)〕、ラブ・サリス〔宦官長の職名(新共同訳スタディー版の注)〕、およびラブ・シャケ〔献酌長の職名(新共同訳スタディー版の注)〕を、大軍とともにラキシュからエルサレムのヒゼキヤ王のところへ送った。
彼らはエルサレムに上って来た。彼らは上って来ると、布さらしの野への大路にある、上の池〔現在のダマスコ門付近にあったと言われる(新共同訳スタディー版の注)〕の水道のそばに立った。18 彼らが王に呼びかけたので、
ヒルキヤの子である宮廷長官エルヤキム、書記シェブナ、およびアサフの子である史官ヨアフは、彼らのところに出て行った。
 19 ラブ・シャケは彼らに言った。「ヒゼキヤに伝えよ。大王、アッシリアの王がこう言っておられる。『いったい、おまえは何に拠り頼んでいるのか。20 口先だけのことばが、戦略であり戦力だというのか。今おまえは、だれに拠り頼んでいるのか。私に反逆しているが。21 今おまえは、あの傷んだ葦の杖、エジプトに拠り頼んでいるが、それは、それに寄りかかる者の手を刺し貫くだけだ。エジプトの王ファラオは、すべて彼に拠り頼む者にそうするのだ。22 おまえたちは私に「われわれは、われわれの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に拠り頼む」と言う。その主とは、ヒゼキヤがその高き所と祭壇を取り除いて、ユダとエルサレムに「エルサレムにあるこの祭壇の前で拝め」と言った、そういう主ではないか。23 さあ今、私の主君、アッシリアの王と賭けをしないか。もし、おまえのほうで乗り手をそろえることができるのなら、おまえに二千頭の馬を与えよう。24 おまえは戦車と騎兵のことでエジプトに拠り頼んでいるが、私の主君の最も小さい家来である総督一人さえ追い返せないのだ。25 今、私がこの場所を滅ぼすために上って来たのは、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を差し置いてのことであろうか。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が私に「この国に攻め上って、これを滅ぼせ」と言われたのだ。』」〔25節のラブ・シャケの言葉より、ラブ・シャケは連行された北イスラエルの民の末裔ではないかと新共同訳スタディー版の注の著者は推測しています(筆者挿入)〕
 26 ヒルキヤの子エルヤキムとシェブナとヨアフは、ラブ・シャケに言った。「どうか、しもべたちにはアラム語で話してください。われわれはアラム語が分かりますから。城壁の上にいる民が聞いているところでは、われわれにユダのことばで話さないでください。」
 27 ラブ・シャケは彼らに言った。「私の主君がこれらのことを告げに私を遣わされたのは、おまえの主君や、おまえのためだろうか。むしろ、城壁の上に座っている者たちのためではないか。彼らはおまえたちと一緒に、自分の糞を食らい、自分の尿を飲むようになるのだ。」28 ラブ・シャケは突っ立って、ユダのことばで大声で叫んで、こう告げた。「大王、アッシリアの王のことばを聞け。29 王はこう言っておられる。『ヒゼキヤにごまかされるな。あれは、おまえたちを私の手から救い出すことができないからだ。30 ヒゼキヤは、「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が必ずわれわれを救い出してくださる。この都は決してアッシリアの王の手に渡されることはない」と言って、おまえたちに主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を信頼させようとするが、そうはさせない。』31 ヒゼキヤの言うことを聞くな。アッシリアの王はこう言っておられるからだ。『私と和を結び、私に降伏せよ。そうすれば、おまえたちはみな、自分のぶどうと自分のいちじくを食べ、自分の井戸の水を飲めるようになる。32 その後私は来て、おまえたちの国と同じような国におまえたちを連れて行く。そこは穀物と新しいぶどう酒の地、パンとぶどう畑の地、オリーブの木と蜜の地である。おまえたちが生き延びて死ぬことのないようにするためである。たとえヒゼキヤが、「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はわれわれを救い出してくださる」と言って、おまえたちをそそのかしても、ヒゼキヤに聞き従ってはならない。33 国々の神々は、それぞれ自分の国をアッシリアの王の手から救い出しただろうか。34 ハマテやアルパデの神々は今、どこにいるのか。セファルワイムやヘナやイワの神々はどこにいるのか。彼らはサマリアを私の手から救い出したか。35 国々のすべての神々のうち、だれが自分たちの国を私の手から救い出したか。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がエルサレムを私の手から救い出せるとでもいうのか。』」
 36 民は黙って、彼に一言も答えなかった。「彼に答えるな」というのが、王の命令だったからである。
37 ヒルキヤの子である宮廷長官エルヤキム、書記シェブナ、アサフの子である史官ヨアフは、自分たちの衣を引き裂いてヒゼキヤのもとに行き、ラブ・シャケのことばを告げた。”(2017)とあります。

 17節以降は、前回のアッシリア侵攻から約12,3年後のことです。この時には、ヒゼキヤはヤハウェ(主)に信頼していることが分かります。 
 アッシリアはヤハウェ(主)を冒涜しました。
ヤハウェ(主)を冒涜する言葉を吐いたら、その刈り取りをすることになります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
ヒゼキヤの信仰に比して、私の信仰などは取るに足りないものですから、ヒゼキヤについてとやかく言えるような立場ではありませんが、私は私で、ユダ書20節に「しかし、愛する者たち。あなたがたは自分たちの最も聖なる信仰の上に、自分自身を築き上げなさい。」(2017)とあるお勧めのように、日々コツコツと御霊の導きに従って歩み続けていくことが出来ますよう祝福してください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

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