Ⅱ歴代誌

2021年7月 4日 (日)

2歴代誌36:22.23 ペルシアの王キュロスによるバビロン捕囚からの解放

 ペルシアの王キュロスによる捕囚民解放の布告が22.23節に次のように記されています。
“22 ペルシアの王キュロスの第一年に、エレミヤによって告げられた主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばが成就するために、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はペルシアの王キュロスの霊を奮い立たせた。王は王国中に通達を出し、また文書にもした。
23 「ペルシアの王キュロスは言う。『天の神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、地のすべての王国を私にお与えくださった。この方が、ユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てるよう私を任命された。あなたがた、だれでも主の民に属する者には、その神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がともにいてくださるように。その者は上って行くようにせよ。』」”(2017)とあります。

 ペルシアの王キュロスの第一年というのはB.C.538年です。
アケメネス朝ペルシア帝国を築いたキュロス二世は、B.C.539年にバビロンに無血入場しました。
キュロス二世が無血入場する前のバビロンの宮殿の中の様子はダニエル書5章に記されています。
ダニエル書5章のヘブライ語聖書は、30節の、“その夜、カルデア人の王ベルシャツァルは殺された。”(2017)という文で終わっています。
岩波訳、新共同訳、聖書協会共同訳は、ダニエル5章を30節で終えていますが、新改訳、口語訳はダニエル書5章を31節までとしています。
ヘブライ語聖書と岩波訳、新共同訳、聖書協会共同訳は、新改訳、口語訳のダニエル書5章の31節をダニエル6:1としています。

 22節に、“エレミヤによって告げられた主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばが成就するために”とあります。
エレミヤ25:11.12には、
“11 この地はすべて廃墟となり荒れ果てて、これらの国々はバビロンの王に七十年仕える。12 七十年の終わりに、わたしはバビロンの王とその民を──主のことば──またカルデア人の地を、彼らの咎のゆえに罰し、これを永遠に荒れ果てた地とする。”(2017)とあり、
エレミヤ29:10-14には、
“10 まことに、主はこう言われる。『バビロンに七十年が満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにいつくしみの約束を果たして、あなたがたをこの場所に帰らせる。11 わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている──主のことば──。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。12 あなたがたがわたしに呼びかけ、来て、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに耳を傾ける。13 あなたがたがわたしを捜し求めるとき、心を尽くしてわたしを求めるなら、わたしを見つける。14 わたしはあなたがたに見出される──主のことば──。わたしは、あなたがたを元どおりにする。あなたがたを追い散らした先のあらゆる国々とあらゆる場所から、あなたがたを集める──主のことば──。わたしはあなたがたを、引いて行った先から元の場所へ帰らせる。』”(2017)と記されています。

 バビロン捕囚について、普通は2回と言われますが、聖書をよく読むと3回ありました。
最も早かったのは、ダニエルたちのB.C.606年(年数は新共同訳スタディ版の注)です。
ダニエル1:6に、
“1 ユダの王ヨヤキム〔エホヤキム(新改訳)〕が即位して三年目のことであった。バビロンの王ネブカドネツァルが攻めて来て、エルサレムを包囲した。
2 主は、ユダの王ヨヤキムと、エルサレム神殿の祭具の一部を彼の手中に落とされた。ネブカドネツァルはそれらをシンアルに引いて行き、祭具類は自分の神々の宝物倉に納めた。
3 さて、ネブカドネツァル王は侍従長アシュペナズに命じて、イスラエル人の王族と貴族の中から、
4 体に難点がなく、容姿が美しく、何事にも才能と知恵があり、知識と理解力に富み、宮廷に仕える能力のある少年を何人か連れて来させ、カルデア人の言葉と文書を学ばせた。
5 王は、宮廷の肉類と酒を毎日彼らに与えるように定め、三年間養成してから自分に仕えさせることにした。
6 この少年たちの中に、ユダ族出身のダニエル、ハナンヤ、ミシャエル、アザルヤの四人がいた。”(新共同訳)と記され、
B.C.606年に、王のエホヤキム(2)、王族、貴族、その他の人(3)がバビロンに捕囚になったことが分かります。

 バビロン捕囚の2回目は、B.C.597年でした。その時のことは2列王記24:10-16に次のように記されています。
“10 そのころ、バビロンの王ネブカドネツァルの家来たちがエルサレムに攻め上り、都は包囲された。
11 バビロンの王ネブカドネツァルが都にやって来たとき、彼の家来たちは都を包囲していた。
12 ユダの王エホヤキンは、その母、家来たち、高官たち、宦官たちと一緒にバビロンの王に降伏したので、バビロンの王は、その治世の第八年〔B.C.597年(筆者挿入)〕に、彼を捕虜にした。
13 バビロンの王は、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の財宝と王宮の財宝をことごとく運び出し、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の神殿の中にあるイスラエルの王ソロモンが作ったすべての金の用具を切り裂いた。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕告げられた〔ヤハウェが告げられたのは2列王記20:16-18(筆者挿入)〕とおりであった。
14 彼はエルサレムのすべて、すなわち、すべての高官、すべての有力者一万人、それに職人や鍛冶もみな、捕囚として捕らえ移した。貧しい民衆のほかは残されなかった。
15 彼はさらに、エホヤキンをバビロンへ引いて行き、王の母、王の妻たち、その宦官たち、この国のおもだった人々を、捕囚としてエルサレムからバビロンへ行かせた。
16 バビロンの王は、すべての勇士たち七千人と、職人、鍛冶千人からなる勇敢な戦士たちすべてを、捕囚としてバビロンへ連れて行った。”(2017)とあります。

 バビロン捕囚の3回目は、B.C.586年でした。それは2歴代誌36:17-20に次のように記されています。
“17 主は、彼らのもとにカルデア人の王を攻め上らせた。彼は、聖所の中で若い男たちを剣で殺し、若い男も若い女も、年寄りも弱い者も容赦しなかった。主は、すべてのものを彼の手に渡された。
18 彼〔ネブカドネツァル(筆者挿入)〕は、神の宮の大小すべての器、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の財宝と、王とその高官たちの財宝、これらすべてをバビロンへ持ち去った。
19 神の宮は焼かれ、エルサレムの城壁は打ち壊され、その高殿はすべて火で焼かれ、その中の宝としていた器も一つ残らず破壊された。
20 彼は、剣を逃れた残りの者たちをバビロンへ捕らえ移した。こうして彼らは、ペルシア王国が支配権を握るまで、彼とその子たちの奴隷となった。”(2017)とあります。

 さて、70年についてですが、どこからどこまでを指すのでしょうか、第一回捕囚のB.C.606年から捕囚解放のB.C.538年は、68年になります。
聖書学者の中には、神殿建設の竣工について、エズラ6:15に、“こうして、この宮はダレイオス王の治世の第六年、アダルの月の三日に完成した。”(2017)と記されているところから、B.C.515年の神殿完成の時と、神殿に火が放たれたB.C.586年の間のことと考えている人たちもいます。
神殿完成月と神殿崩壊月は、アダルの月とアブの月なので、繰り上げると70年になるのです。
エレミヤ29:10には、“バビロンに七十年が満ちるころ”と記されています。∴70年弱でもよいのかな?とも思います。
わたし自身は、答えを出せないので、この話はこれまでとします。

 さて、捕囚民を解放したキュロスについてですが、キュロスは異邦人であるにもかかわらず、イザヤ預言の中にキュロスの名の入った預言があります。
イザヤ44:24-45:7には次のように記されています。
“44:24 あなた〔イスラエル(筆者挿入)〕を贖い、あなたを母の胎内で形造った方、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。「わたしは万物を造った主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕である。わたしはひとりで天を延べ広げ、ただ、わたしだけで、地を押し広げた。
25 わたしは易者のしるしを打ち壊し、占い師を狂わせ、知恵ある者を退けて、その知識を愚かにする。
26 主のしもべ〔預言者(筆者挿入)〕のことばを成就させ、使者たちの計画を成し遂げさせる。エルサレムについては『人が住むようになる』と言い、ユダの町々については『町々は再建され、その廃墟はわたしが復興させる』と言う。
27 淵については『干上がれ。わたしはおまえの豊かな流れを涸らす』と言う。〔キュロスは、バビロン攻略のため、バビロンの宮殿に入るために、宮殿の敷地に流れるユーフラテス川の流れを止めて(別の流れを造った)宮殿に入った、というのを何かで読んだことがある気がします(筆者挿入)〕
28 キュロスについては『彼はわたしの牧者。わたしの望むことをすべて成し遂げる』と言う。
エルサレムについては『再建される。神殿はその基が据えられる』と言う。」
45:1 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、油注がれた者キュロスについてこう言われる。
「わたし〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は彼〔キュロス(筆者挿入)〕の右手を握り、彼の前に諸国を下らせ、王たちの腰の帯を解き、彼の前に扉を開いて、その門を閉じさせないようにする。
2 わたしはあなたの前を進み、険しい地を平らにし、青銅の扉を打ち砕き、鉄のかんぬきをへし折る。
3 わたしは秘められている財宝と、ひそかなところに隠された宝をあなたに与える。それは、わたしが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕であり、あなた〔キュロス(筆者挿入)〕の名を呼ぶ者、イスラエルの神であることをあなたが知るためだ。
4 わたし〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のしもべヤコブのため、わたしが選んだイスラエルのために、わたしはあなたを、あなたの名で呼ぶ。あなたはわたしを知らないが、わたしはあなたに肩書きを与える。
5 わたしが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕である。ほかにはいない。わたしのほかに神はいない。あなたはわたしを知らないが、わたしはあなたに力を帯びさせる。
6 それは、日の昇る方からも西からも、わたしのほかには、だれもいないことを、人々が知るためだ。わたしが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕である。ほかにはいない。
7 わたしは光を造り出し、闇を創造し、平和をつくり、わざわいを創造する。わたしは主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕、これらすべてを行う者。”(2017)とあります。

 預言者イザヤが預言者として活動した時代は、ユダの王ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの時代でした(イザヤ1:1)。
新共同訳スタディ版の注によると、
ウジヤ王の治世年代はB.C.783-742年、ヒゼキヤ王の治世年代はB.C.715-687年です。
一方、キュロス二世の生きた時代は、旺文社世界史辞典によると、B.C.600年頃-B.C.529年です。
イザヤがB.C.700年頃に預言したと仮定すると、キュロスが生まれる100年前に、キュロスという個人名入りで預言していたことになります。

 いずれにしてもヤハウェは約束したことを実行されていきます。
「わたしは初めから既に、先のことを告げ、まだ成らないことを、既に昔から約束しておいた。わたしの計画は必ず成り、わたしは望むことをすべて実行する。」(イザヤ46:10・新共同訳)と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたは多くの約束を私たちキリスト者にも与えてくださいました。
あなたが与えてくださいました約束をすべて信じ、安らぎをもって地上生涯を送ることができますように。
あなたの御名を崇め感謝し、我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

2021年7月 3日 (土)

2歴代誌36:11-23 ゼデキヤの治世とエルサレム陥落及びバビロン捕囚

 11節には、“ゼデキヤは二十一歳で王となり、エルサレムで十一年間、王であった。”(2017)とあります。

 ゼデキヤは、ユダ王国第20代目の王にして最後の王となりました。治世期間は11年間で、治世年代はB.C.598-587年(新共同訳スタディー版の注)orB.C.597-586年(聖書辞典)でした。
 2列王記24:17には、“バビロンの王は、エホヤキンのおじマタンヤをエホヤキンの代わりに王とし、その名をゼデキヤと改めさせた。”(2017)とあり、ゼデキヤはヨシヤの子であったことが分かります(1歴代誌3:15参照)

 12節には、“彼〔ゼデキヤ(筆者挿入)〕はその神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行い、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばを告げた預言者エレミヤの前にへりくだらなかった。”(2017)とあります。

 エレミヤ1:2.3に、“2 このエレミヤに主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばがあった。ユダの王、アモンの子ヨシヤの時代、その治世の第十三年〔B.C.627年(注解付新改訳聖書の注)〕のことである。3 それはさらに、ユダの王、ヨシヤの子エホヤキムの時代にもあり、ユダの王、ヨシヤの子ゼデキヤの第十一年〔587or586年(筆者挿入)〕の終わりまで、すなわち、その年の第五の月、エルサレムの民の捕囚まで続いた〔B.C.586年(筆者挿入)〕。”(2017)とあり、エレミヤの預言は、ユダ王国の第16代目の王ヨシヤの第13年からゼデキヤの治世の最後の年まで断続的にあったことが分かりますが、更にエレミヤの活動は、捕囚後にも及んでいますから活動年数はB.C.586年よりもっと長かったようです。注解付新改訳聖書のエレミヤ書の緒論には、B.C.583年とあります。それをもとにすると、エレミヤの活動は44年間になります。


 ユダ王国の第16代目の王ヨシヤは主に従った善王でしたが、第17代目の王エホアハズ(ヨシヤ王の子)、第18代目の王エホヤキム(ヨシヤ王の子)、第19代目の王エホヤキン(エホヤキム王の子、ヨシヤ王の孫)、第20代目の王ゼデキヤ(ヨシヤ王の子)は、全員が善王ヨシヤに倣うことはなくヤハウェ(主)の嫌われる生き方をした人たちでした。

 ゼデキヤが預言者エレミヤの言葉に従わなかったことは、エレミヤ書に幾度も出て来ます。

 ゼデキヤ王並びに大祭司以下民に至るまでヤハウェに対する背信行為を続けていたことが13-16節に次のように記されています
“13 彼〔ゼデキヤ(筆者挿入)〕はまた、彼に神にかけて誓わせたネブカドネツァル王〔バビロンの王。ダニエルはヤハウェ(主)に仕え、ヤハウェの下ネブカドネツァル王にも仕えた。(筆者挿入)〕に反逆した。彼はうなじを固くし、心を閉ざして、イスラエルの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に立ち返らなかった。
14 そのうえ、祭司長全員と民も、異邦の民の忌み嫌うべきすべての慣わしをまねて、不信に不信を重ね、主がエルサレムで聖別された主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮を汚した〔さらに、すべての祭司の長たちや民までも、諸々の国民のあらゆる忌み嫌うべき行いに倣って、背信行為を重ねた。彼らは、ヤハウェがエルサレムで聖別したヤハウェの神殿を汚した(岩波訳)〕。
15 彼らの父祖の神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、彼らのもとに早くからたびたび使者を遣わされた。それは、ご自分の民と、ご自分の住まいをあわれまれたからである。
16 ところが、彼らは神の使者たちを侮り、そのみことばを蔑み、その預言者たちを笑いものにしたので、ついに主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の激しい憤りが民に対して燃え上がり、もはや癒やされることがないまでになった。”(2017)とあります。

 ゼデキヤに対して、エレミヤは数多くの預言をし、エゼキエルも当時のユダの背信について警告預言をし、ハバククも預言をしましたが、それらの預言をゼデキヤをはじめ当時の人たちは軽んじたのです。その結果は、ヤハウェからの裁きでした。

 ヤハウェ(主)はバビロンの王ネブカドネツァルを用いてユダを裁き、エルサレムは滅ぼされ、ユダの民は捕囚となったことが17-20節に次のように記されています。
“17 主は、彼ら〔ゼデキヤが治めるユダ(筆者挿入)〕のもとにカルデア人の王〔ネブカドネツァル(筆者挿入)〕を攻め上らせた。彼は、聖所の中で若い男たちを剣で殺し、若い男も若い女も、年寄りも弱い者も容赦しなかった。主は、すべてのものを彼の手に渡された。
18 彼は、神の宮の大小すべての器、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の財宝と、王とその高官たちの財宝、これらすべてをバビロンへ持ち去った。
19 神の宮は焼かれ、エルサレムの城壁は打ち壊され、その高殿はすべて火で焼かれ、その中の宝としていた器も一つ残らず破壊された。
20 彼〔バビロンの王ネブカドネツァル(筆者挿入)〕は、剣を逃れた残りの者たちをバビロンへ捕らえ移した。こうして彼ら〔捕囚民(筆者挿入)〕は、ペルシア王国が支配権を握るまで、彼〔ネブカドネツァル(筆者挿入)〕とその子たちの奴隷となった。”(2017)とあります。

 21節には、“これは、エレミヤによって告げられた主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばが成就して、この地が安息を取り戻すためであった。その荒廃の全期間が七十年を満たすまで、この地は安息を得た。”(2017)とあります。

 この箇所に関するエレミヤの預言は、エレミヤ25:1-14に次のように記されています。
“1 ユダの王、ヨシヤの子エホヤキム〔ユダ王国第18代目の王(筆者挿入)〕の第四年、バビロンの王ネブカドネツァルの元年〔B.C.605年(筆者挿入)〕に、ユダの民全体についてエレミヤにあったみことば。
2 預言者エレミヤは、それをユダの民全体とエルサレムの全住民に語り、こう言った。
3 「ユダの王、アモンの子ヨシヤの第十三年から今日まで、この二十三年間、私に主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばがあり、私はあなたがたに絶えず、しきりに語りかけたのに、あなたがたは聞かなかった。
4 また、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はあなたがたに、主のしもべである預言者たちを早くからたびたび遣わされたのに、あなたがたは聞かず、聞こうと耳を傾けもしなかった。
5 主は言われた。『さあ、それぞれ悪の道から、あなたがたの悪い行いから立ち返り、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕があなたがたと先祖たちに与えた土地に、いつまでも、とこしえに住め。
6 ほかの神々に従い、それに仕え、それを拝んではならない。あなたがたが手で造った物〔偶像(筆者挿入)〕によって、わたしの怒りを引き起こしてはならない。そのようにすれば、わたしも、あなたがたにわざわいを下さない。
7 しかし、あなたがたはわたしに聞き従わなかった──主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことば──。そして、あなたがたは手で造った物〔偶像(筆者挿入)〕でわたしの怒りを引き起こし、身にわざわいを招いた。』
8 それゆえ、万軍の主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。『あなたがたがわたしのことばに聞き従わなかったから、
9 見よ、わたしは北のすべての種族を呼び寄せる──主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことば──。わたしのしもべ、バビロンの王ネブカドネツァルを呼び寄せて、この国とその住民、その周りのすべての国々を攻めさせ、これを聖絶して、恐怖のもと、嘲りの的、永遠の廃墟とする。
10 わたしは彼らから楽しみの声と喜びの声、花婿の声と花嫁の声、ひき臼の音と、ともしびの光を消し去る。
11 この地はすべて廃墟となり荒れ果てて、これらの国々はバビロンの王に七十年仕える。
12 七十年の終わりに、わたしはバビロンの王とその民を──主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことば──またカルデア人の地を、彼らの咎のゆえに罰し、これを永遠に荒れ果てた地とする。
13 わたしは、この地の上にわたしが語ったすべてのことばを実現させる。それは、エレミヤが万国について預言したことで、この書に記されているすべての事柄である。
14 多くの国々と大王たちは彼らを奴隷にして使い、わたしも彼らに、その行いに応じ、その手のわざに応じて報いる。』」”(2017)とあります。

 この時代の堕落はひどいものでした。エゼキエル8章には次のように記されています。
“1 第六年〔B.C.591年(注解付新改訳聖書の注)〕の第六の月の五日、私が自分の家に座っていて、ユダの長老たちも私の前に座っていたとき、神である主〔アドナイ・ヤハウェ(筆者挿入)〕の御手がそこで私の上に下った。
2 私が見ると、火のように見える姿があった。その腰と見えるところから下の方が火であり、腰から上の方が琥珀のきらめきのように輝いて見えた。
3 すると、その方は手の形をしたものを伸ばし、私の髪の房をつかまれた。すると、霊が私を地と天の間に持ち上げ、神々しい幻のうちに私をエルサレムへと携え行き、ねたみを引き起こす「ねたみ」という像〔アシェラ像のようなもの(注解付新改訳聖書の注)〕がある、北に面した内門の入り口に連れて行った。
4 なんと、そこには、私がかつて平地で見た幻と同じような、イスラエルの神の栄光があった。
5 その方は私に言われた。「人の子よ。さあ、目を上げて北の方を見よ。」私が目を上げて北の方を見ると、なんと、北の方の祭壇の門の入り口に「ねたみ」という像〔3節参照(筆者挿入)〕があった。
6 この方は私に言われた。「人の子よ。あなたには彼らのしていることが見えるか。イスラエルの家は、わたしの聖所から遠く離れようとして、ここで大きな忌み嫌うべきことをしている〔聖所で偶像にいけにえを捧げている(注解付新改訳聖書の注)〕ではないか。あなたはなおもまた、大きな忌み嫌うべきことを見る。」
7 それから、この方は私を庭の入り口に連れて行かれた。見ると、壁に一つの穴があった。
8 この方は私に言われた。「人の子よ。さあ、壁に穴を開けて通り抜けよ。」私が壁に穴を開けて通り抜けると、一つの入り口があった。
9 この方は私に言われた。「入って行き、彼らがここでしている悪い忌み嫌うべきことを見よ。」
10 私が入って行って見ると、なんと、這うものや動物のあらゆる形〔エジプトの異教の影響で造られた像(注解付新改訳聖書の注)〕、すなわち忌むべきものや、イスラエルの家のすべての偶像〔カナンの地の宗教がもたらした象(注解付新改訳聖書の注)〕が、周りの壁一面に彫られていた。
11 また、イスラエルの家の七十人の長老が、その前に立っていて、その中にはシャファンの子ヤアザンヤも立っていた。彼らはみなその手に香炉を持ち、香の濃い雲が立ち上っていた。
12 この方は私に言われた。「人の子よ。あなたは、イスラエルの家の長老たちが、暗闇の中、それぞれ自分自身の偶像の部屋で行っていることを見たか。彼らは、『主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は私たちを見ておられない。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこの地を見捨てられた』と言っているのだ。」
13 また私に言われた。「あなたはなおもまた、彼らが行っている大きな忌み嫌うべきことを見る。」
14 それから、この方は私を主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の北の門の入り口へ連れて行かれた。するとそこには、女たちがタンムズのために泣きながら座っていた〔「タンムズ」とはバビロンの神で、自然の死と再生を象徴する。女たちが泣いているのは、死んで地下に下ったタンムズを呼び戻すための儀式(注解付新改訳聖書の注)〕。
15 この方は私に言われた。「見たか、人の子よ。あなたはなおもまた、これよりも大きな忌み嫌うべきことを見る。」
16 それから、この方は私を主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の内庭に連れて行かれた。すると、なんと、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の神殿の入り口、すなわち、玄関広間と祭壇との間に二十五人ばかりの人がいた。彼らは主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の神殿に背を向け、顔を東の方に向けていた。東の方を向いて、太陽を拝んでいた。
17 この方は私に言われた。「見たか、人の子よ。ユダの家にとって、彼らがここでしているような忌み嫌うべきことをするのは、些細なことだろうか。彼らはこの地を暴虐で満たし〔彼らはこの地を不法{「不法」:偶像礼拝、不義不正、外国との同盟(新共同訳スタディ版の注)}で満たし(新共同訳)〕、わたしの怒りをいっそう駆り立てている。見よ、彼らはぶどうのつるを自分たちの鼻にさしている〔タンムズ礼拝または太陽礼拝をする時の呪術的動作と思われる。(注解付新改訳聖書の注)〕ではないか。
18 だから、わたしも激しい憤りをもって応じる。わたしはあわれみをかけない。わたしは彼らを惜しまない。彼らがわたしの耳に大声で叫んでも、わたしは彼らの言うことを聞かない。」”(2017)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
申命記5章には、
“8 あなたは自分のために偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、いかなる形をも造ってはならない。9 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたみの神。わたしを憎む者には父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、10 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。”(2017)とあり、
箴言8:17には、“わたしを愛する者を、わたしは愛する。”(2017)と記されています。
あなたを愛し、あなたに仕え続ける者であらせてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

2021年7月 2日 (金)

2歴代誌36:1-10 エホアハズ(ヨアハズ、シャルム)の治世、エホヤキム(ヨヤキム)の治世、エホヤキン(ヨヤキン、エコンヤ)の治世

 1-4節にはエホアハズの治世が次のように記されています。
“1 民衆〔「国の民」(新共同訳、口語訳)〕は、ヨシヤの子エホアハズ〔ユダ王国の第17代目の王。(筆者挿入)、別名をシャルムといいヨシヤの四男(1歴代誌3:15)〕を選んで、彼の父に代えてエルサレムで王とした。
〔「国の民」について:「国の民」と訳されている語の原語は「アム ハ アーレツ」。ユダにおいて特別の力を持っていたエリート集団。王権が危機に直面したときなどに介入した。(岩波訳注)〕
2 エホアハズは二十三歳で王となり〔B.C.609年(筆者挿入)〕、エルサレムで三か月間、王であった。
3 エジプトの王はエルサレムで彼を退位させ、この国に銀百タラント〔3420kg(筆者挿入)〕と金一タラント〔約34kg(筆者挿入)〕の科料〔敗戦国への科料(筆者挿入)〕を課した。
4 それからエジプトの王は、彼の兄弟エルヤキムをユダとエルサレムの王とし、その名をエホヤキムと改めさせた。
ネコは、その兄弟エホアハズを捕らえて、エジプトへ連れて行った。”(2017)とあります。

 この記事の平行個所である列王記23:31-35には、次のように記されています。
“31 エホアハズは二十三歳で王となり、エルサレムで三か月間、王であった。彼の母の名はハムタルといい、リブナ出身のエレミヤの娘であった。
32 彼は、すべてその先祖たちがしたように、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行った。
33 ファラオ・ネコは、エルサレムで王であった彼をハマテの地〔現シリアにあるオロンテス川上流にある地(筆者挿入)〕リブラに幽閉し、この国に銀百タラントと金一タラントの科料を課した。
34 それから、ファラオ・ネコは、ヨシヤの子エルヤキムをその父ヨシヤに代えて王とし、その名をエホヤキムと改めさせた。エホアハズは捕らえられ、エジプトに行き、そこで死んだ。”とあります。

 エホアハズは、前王ヨシヤの四男であり、王位にあったのは3か月間であり、その後現シリアのハマテのリブラに幽閉され、その後エジプトに連れて行かれ、そしてエジプトの地で死んだのです。
父ヨシヤ王は、模範的にヤハウェ(主)に従った人でしたが、エホアハズは、“主の目に悪とされることをことごとく行った。”(2列王記23:32・新共同訳)人でした。

 5-8節にはエホヤキムの治世について次のように記されています。
“5 エホヤキム〔ユダ王国の第18代目の王(筆者挿入)、ヨシヤ王の次男(1歴代誌3:15)〕は二十五歳で王となり、エルサレムで十一年間〔B.C.609-598年(筆者挿入)〕、王であった。彼は自分の神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行った。
6 彼のもとに、バビロンの王ネブカドネツァルが攻め上って来て、彼を青銅の足かせにつなぎ、バビロンへ引いて行った。
7 ネブカドネツァルは、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の器をバビロンに持ち去り、バビロンにある彼の宮殿に置いた。
8 エホヤキムについてのその他の事柄、彼が行った忌み嫌うべきこと、彼について露見したことは、『イスラエルとユダの王の書』にまさしく記されている。彼の子エホヤキンが代わって王となった。”(2017)とあります。

 平行個所の2列王記23:34-24:6には次のように記されています。
“23:34 それから、ファラオ・ネコは、ヨシヤの子エルヤキムをその父ヨシヤに代えて王とし、その名をエホヤキムと改めさせた。エホアハズは捕らえられ、エジプトに行き、そこで死んだ。
35 エホヤキムは銀と金をファラオに贈った。
ただし、ファラオの要求するだけの銀を贈るために、この国に税を課さなければならなかった。彼は、ファラオ・ネコに贈るために、一人ひとりに税を割り当て、銀と金を民衆から取り立てた。
36 エホヤキムは二十五歳で王となり、エルサレムで十一年間〔B.C.609-598年(筆者挿入)〕、王であった。彼の母の名はゼブダといい、ルマ出身のペダヤの娘であった。
37 彼は、すべてその先祖たちがしたように、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行った。
24:1 エホヤキムの時代に、バビロンの王ネブカドネツァルが攻め上って来た。エホヤキムは三年間彼のしもべとなったが、その後、再び彼に反逆した。
2 そこで主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、カルデア人の略奪隊、アラムの略奪隊、モアブの略奪隊、アンモン人の略奪隊を遣わしてエホヤキムを攻められた。ユダを攻めて滅ぼすために彼らを遣わされたのである。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がそのしもべである預言者たちによって告げられたことばのとおりであった。
3 実に、このようなことがユダに起こったのは、ユダを主の前から除くという主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の命によることであり、それはマナセが犯したすべての罪のゆえ、4 また、マナセが流した咎のない者の血のためであった。マナセはエルサレムを咎のない者の血で満たした。そのため主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は赦そうとはされなかったのである。
5 エホヤキムについてのその他の事柄、彼が行ったすべてのこと、それは『ユダの王の歴代誌』に確かに記されている。
6 エホヤキムは先祖とともに眠りにつき、その子エホヤキンが代わって王となった。”(2017)とあります。

 エホヤキムはヨシヤの次男でした。ヨシヤはヤハウェ(主)に従った善王でしたが、エホヤキムは“主の目に悪とされることを行った。”(2歴代誌36:5・新共同訳)王でした。

 エホヤキムの治世の間〔B.C.609-598年(筆者挿入)〕に、ダニエルたちはバビロンに連れて行かれたのでした。
ダニエル1:1-7には次のように記されています。
“1 ユダの王エホヤキムの治世の第三年〔B.C.606年(筆者挿入)〕に、バビロンの王ネブカドネツァルがエルサレムに来て、これを包囲した。
2 主は、ユダの王エホヤキムと、神の宮の器の一部を彼の手に渡された。彼は、それをシンアルの地にある自分の神の神殿に持ち帰り、その器を自分の神の宝物倉に納めた。
3 王は宦官の長アシュペナズに命じて、イスラエルの人々の中から、王族や貴族を数人選んで連れて来させた。
4 それは、その身に何の欠陥もなく、容姿が良く、あらゆる知恵に秀で、知識に通じ、洞察力に富み、王の宮廷に仕えるにふさわしく、また、カルデア人の文学とことばを教えるにふさわしい少年たちであった。
5 王は、王が食べるごちそうや王が飲むぶどう酒から、毎日の分を彼らに割り当てた。三年間、彼らを養育して、その後で王に仕えさせることにした。
6 彼らのうちには、ユダ族のダニエル、ハナンヤ、ミシャエル、アザルヤがいた。
7 宦官の長は彼らに別の名前をつけた。すなわち、ダニエルにはベルテシャツァル、ハナンヤにはシャデラク、ミシャエルにはメシャク、アザルヤにはアベデ・ネゴと名をつけた。”(2017)とあります。

 9.10節にはエホヤキンの治世について次のように記されています。
“9 エホヤキン〔ユダ王国の第19代目の王(筆者挿入)、エホヤキムの子(1歴代誌3:16・新共同訳)〕は十八歳で王となり、エルサレムで三か月と十日の間〔B.C.598年(筆者挿入)〕、王であった。彼は主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行った。
10 年が改まると、ネブカドネツァル王は使者を遣わして、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮にあった尊い器とともに彼をバビロンに連れて行った。
そして、エホヤキンの親戚ゼデキヤをユダとエルサレムの王とした。”(2017)とあります。

 この箇所の平行記事が、2列王記24:8-17に次のように記されています。
“8 エホヤキンは十八歳で王となり、エルサレムで三か月間、王であった。彼の母の名はネフシュタといい、エルサレム出身のエルナタンの娘であった。
9 彼は、すべて先祖たちがしたように、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行った。
10 そのころ、バビロンの王ネブカドネツァルの家来たちがエルサレムに攻め上り、都は包囲された。
11 バビロンの王ネブカドネツァルが都にやって来たとき、彼の家来たちは都を包囲していた。
12 ユダの王エホヤキンは、その母、家来たち、高官たち、宦官たちと一緒にバビロンの王に降伏したので、バビロンの王は、その治世の第八年に、彼を捕虜にした。
13 バビロンの王は、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の財宝と王宮の財宝をことごとく運び出し、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の神殿の中にあるイスラエルの王ソロモンが作ったすべての金の用具を切り裂いた。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が告げられたとおりであった。
14 彼はエルサレムのすべて、すなわち、すべての高官、すべての有力者一万人、それに職人や鍛冶もみな、捕囚として捕らえ移した。貧しい民衆のほかは残されなかった。
15 彼はさらに、エホヤキンをバビロンへ引いて行き、王の母、王の妻たち、その宦官たち、この国のおもだった人々を、捕囚としてエルサレムからバビロンへ行かせた。
16 バビロンの王は、すべての勇士たち七千人と、職人、鍛冶千人からなる勇敢な戦士たちすべてを、捕囚としてバビロンへ連れて行った。
17 バビロンの王は、エホヤキンのおじマタンヤをエホヤキンの代わりに王とし、その名をゼデキヤと改めさせた。”(2017)とあります。

 2列王記24:14-16節に、バビロンに捕囚として連れて行かれた人たちが記されていますが、この中には、預言者エゼキエルも入っていました。
エゼキエル1:1-3には次のように記されています。
“1 第三十年〔B.C.592年(次の2節参照)より30年前は、ヨシヤ王の時代のB.C.622年になり、その時には過越祭がありました。エゼキエルは過越祭を時の初めとしたのであろうと思います。(筆者挿入)〕の第四の月の五日、私がケバル川のほとりで捕囚の民とともにいたとき、天が開け、私は神々しい幻を見た。
2 それはエホヤキン王が捕囚となって〔B.C.597年(筆者挿入)〕から五年目の時〔B.C.592年(筆者挿入)〕であった。その月の五日に、
3 カルデア人の地のケバル川のほとりで、ブジの子、祭司エゼキエルに主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばが確かに臨んだ。その場所で主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の御手が彼の上にあった。”(2017)とあります。

 一方では背教の王たちに対するヤハウェ(主)の裁き、また一方では、ダニエルやエゼキエルをヤハウェ(主)の器として用いる為にヤハウェ(主)は働かれ、ダニエルをバビロンの中枢で、エゼキエルを捕囚の民の間で用いていったことを覚えます。激動する世の中にあっても、ヤハウェ(主)は、ご自身のみ旨に基づき、ことを行っていかれる様子がよく分かります。なおこれらの時代から次の時代のゼデキヤの時代にヤハウェ(主)は、エレミヤをエルサレムとユダにおいて、ヤハウェ(主)の器として用いたのでした。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
いつの時代でも、あなたはあなたの御性質とお考えに従って、ことを着々と進めていかれることを覚えます。
ユダ王国の暗い時代にあっても、ダニエルはバビロンの中枢であなたに仕えていました。
エレミヤは、困難な地であるユダにおいて主に仕えていました。
エゼキエルは、バビロンの捕囚の地にあって、捕囚民の間で主に仕えていました。
置かれている場所は如何なる場所であっても、忠実に愛をもってあなたに仕える者であらせてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。
・・・・・・・・・・・・・
(エレミヤ24章・2017)
“1 バビロンの王ネブカドネツァルが、ユダの王、エホヤキムの子エコンヤ〔エホヤキン(筆者挿入)〕と、ユダの高官たち、職人、鍛冶をエルサレムから捕らえ移してバビロンに連れて行った〔2列王記24:14-16(筆者挿入)〕後のこと、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は私にこのように示された。見よ、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の神殿の前に、二かごのいちじくが置かれていた。
2 一つのかごにあるのは非常に良いいちじくで、初なりのいちじくの実のようであり、もう一つのかごにあるのは非常に悪いいちじくで、悪くて食べられないものであった。
3 そのとき、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が私に、「エレミヤ、あなたは何を見ているのか」と言われたので、私は言った。「いちじくです。良いいちじくは非常に良く、悪いほうは非常に悪く、悪くて食べられないものです。」
4 すると、私に次のような主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばがあった。
5 「イスラエルの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言う。わたしは、この場所からカルデア人の地に送ったユダの捕囚の民を、この良いいちじくのように、良いものであると見なそう。
6 わたしは、彼ら〔捕囚の地の民(筆者挿入)〕を幸せにしようと彼らに目をかける。彼らをこの地に帰らせ、建て直して、壊すことなく、植えて、引き抜くことはない。
7 わたしは、わたしが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕であることを知る心を彼らに与える。彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。彼らが心のすべてをもってわたしに立ち返るからである。
8 しかし、悪くて食べられないあの悪いいちじくのように──まことに主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は言われる──わたしはユダの王ゼデキヤと、その高官たち、エルサレムの残りの者と、この地〔ユダの地(筆者挿入)〕に残されている者、およびエジプトの地に住んでいる者を、このようにする。
9 わたしは彼らを、地のすべての王国にとって、おののきのもと、悪しきものとする。また、わたしが追い散らす、すべての場所で、そしりと嘲りの的、物笑いの種、ののしりの的とする。
10 わたしは彼らのうちに、剣と飢饉と疫病を送り、彼らとその先祖に与えた地から彼らを滅ぼし尽くす。」”

2021年7月 1日 (木)

2歴代誌35章 ヨシヤの治世2

 1節には、“さて、ヨシヤはエルサレムで主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に過越のいけにえを献げた。人々は第一の月の十四日に過越のいけにえを屠った。”(2017)とあり、2-19節の過越しの祭の概要が記されています。

  まず過越の祭を祝うための人的準備をしたことが2-6節に次のように記されています。
“2 彼は祭司たちをその任務に就かせ、彼らを力づけて、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の奉仕に当たらせた。
3 王は、全イスラエルを教え導く、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に聖別されたレビ人たちに言った。
「聖なる箱を、イスラエルの王ダビデの子ソロモンが建てた宮に据えなさい。もはやあなたがたはそれを肩に担ぐことはない。今、あなたがたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕と、その民イスラエルに仕えなさい。4 あなたがたは、イスラエルの王ダビデの文書とその子ソロモンの書きつけのとおり、父祖の家ごとに、組分けにしたがって準備をしなさい。5 あなたがたの兄弟である、この民の者たちが属している父祖の家の区分にしたがって、聖所に立ちなさい。レビ人にとって、一族の分があるようにしなさい。6 それから、過越のいけにえを屠り、身を聖別し、あなたがたの同胞のために準備をして、モーセを通して示された主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばのとおりに行いなさい。」”(2017)とあります。

 ヒゼキヤ王も過越の祭を祝いましたが、それは第一の月の十四日ではなく、一月おくれでした。
ヨシヤ王は律法に従って、第一の月の十四日に過越のいけにえを屠ったのです。
ヨシヤ王は、祭司とレビ人に、「モーセを通して示されたヤハウェ(主)〕のことばのとおりに行いなさい。」(6)と命じました。

 ヨシヤ王が民のために過越の祭のためのささげ物を提供し、王の高官たち並びにレビ人の長たちもささげ物を提供したことが7-9節に次のように記されています。
“7 ヨシヤは民の者たちに、群れの中から子羊とやぎの子を提供した。これらはみな、そこにいたすべての人の過越のいけにえのためであった。その数は三万匹、牛は三千頭。これらは王の財産の中から出された。
8 王の高官たちも、民、祭司、レビ人のために、進んで献げるものを提供した。神の宮のつかさたち、ヒルキヤ、ゼカリヤ、エヒエルも、祭司たちに過越のいけにえとして羊二千六百匹、牛三百頭を与えた。
9 さらに、レビ人の長たち、すなわち、カナンヤとその兄弟シェマヤ、ネタンエル、およびハシャブヤ、エイエル、エホザバデも、レビ人に過越のいけにえとして羊五千匹、牛五百頭を提供した。”(2017)とあります。

 10-15節には、過越のささげ物(いけにえ)の準備の様子が次のように記されています。
“10 奉仕の用意ができたので、王の命令のとおりに、祭司たちはそれぞれの定めの場所に、レビ人はそれぞれの組分けにしたがって立った。
11 彼らが過越のいけにえを屠ると、祭司たちは彼らの手から受け取った血を振りかけ、レビ人は皮を剥いだ。
12 彼らは全焼のささげ物を取り分け、それを父祖の家の区分ごとに民の者たちに渡し、モーセの書に記されているとおりに主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に献げさせた。牛についても同様にした。
13 彼らは定めにしたがって、過越のいけにえを火で焼き、聖なるささげ物を、鍋、釜、平鍋で煮て、民の者たちすべてに急いで配った。
14 その後で、彼らは自分たちや祭司たちのための用意をした。アロンの子らである祭司たちは、夜になるまで、全焼のささげ物と脂肪を献げていたからである。そこでレビ人は、自分たちや、アロンの子らである祭司たちのための用意をした。
15 アサフの子孫である歌い手たちは、ダビデ、アサフ、ヘマン、および王の先見者エドトンの命令のとおりにその役目に就いていた。また、門衛たちはそれぞれの門を守っていた。彼らのうちだれも、その奉仕を離れる必要がなかった。彼らの兄弟であるレビ人が彼らのための用意をしたからである。”(2017)とあります。

 16-19節には、過越の祭(過越祭)と種なしパンの祭(除酵祭)を祝ったことが次のように記されています。
“16 こうしてその日、ヨシヤ王の命令のとおりに、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の祭壇で過越のいけにえを献げ、全焼のささげ物を献げるための、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕への奉仕の用意はすべて整った。
17 そこにいたイスラエルの子らは、そのとき、過越のいけにえを献げ、七日間にわたって種なしパンの祭りを行った。
18 預言者サムエルの時代以来、イスラエルでこのような過越のいけにえが献げられたことはなかった。イスラエルのどの王も、ここでヨシヤが、祭司とレビ人、そこにいた全ユダとイスラエル、そしてエルサレムの住民とともに献げたような過越のいけにえを献げたことはなかった。
19 ヨシヤの治世の第十八年〔ヨシヤ王26歳時(筆者挿入)〕に、この過越のいけにえが献げられた。”(2017)とあります。

 旧約聖書続編のエズラ記(ギリシア語)の1:1-19にも、2歴代誌35:1-19の平行記事が記されています。
エズラ記(ギリシア語)の1:16.17は次のように記されています。
“こうしてヨシヤ王の命令に従って過越の子羊が引き出され、主の祭壇の上にいけにえが運ばれ、主にいけにえを献げる儀式は、その日一日で終わった。その時神殿〔「神殿」は訳者補足〕に集まっていたイスラエルの子らは、過越祭と七日間にわたる除酵祭を祝った。”(聖書協会共同訳)とあります。

 祭壇上の子羊は、イエス様の予型でした。祭壇は十字架を指し示しています。
バプテスマのヨハネはイエス様を見て、「見よ、世の罪を取り除く神の子羊。」(ヨハネ1:29)と述べたのでした。
「七日間にわたる除酵祭(種なしパンの祭)」について:
➀いのちのパン、すなわちいのちを与えるパンは、イエス様です(ヨハネ6:35.48.58)。
➁イエス様は神のことばです(黙示録19:13)。神のことばに混ぜ物をしてはいけないのです(2コリント2:17、申命記4:2、箴言30:6、黙示録22:18.19)。
七日間は、教会時代であれば、教会時代全体を指します。「七」は完全数として用いられているのだろうと思います。
旧約時代であっても、神のことばに混ぜ物をしてはなりませんでした。
「救い」についても、使徒は、「この方〔イエス・キリスト(筆者挿入)〕以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです。」(使徒4:12・2017)と言いました。
初代教会の時代から、救われるためには、イエス・キリスト+αが必要である、という偽の福音が、発生していたのです。
救いは、イエス・キリストのみです。他のものを付け足すということは、救われるためにはイエス様だけでは不足です、と言っていることになるのです。
良い行いは、救われた後に、出来るように変えられていくのです。
2コリント3:18に、“私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。”(2017)と記されている通りです。

主の御名を呼び求める者はみな救われる」のです(ローマ10:13)。
クリスチャンと呼ばれる人の中には、救われるためには、イエス様を信じるだけではだめで、良い行いをしなければ救われないと思っている人がいます。そのように思っている人は救いの確信が持てないでしょう。聖書が示している方法とは異なる方法で救われようとしているからです。
ローマ人への手紙10章には、
“9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われるからです。
10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。
11 聖書はこう言っています。「この方に信頼する者は、だれも失望させられることがない。」
12 ユダヤ人とギリシア人の区別はありません。同じ主がすべての人の主であり、ご自分を呼び求めるすべての人に豊かに恵みをお与えになるからです。
13 「主の御名を呼び求める者はみな救われる」のです。”(2017)と記されています。

 ヨシヤ王の死、及び事績の記されている書物について20-27節には次のように記されています。
“20 このようにヨシヤが宮を整えた後、エジプトの王ネコが、ユーフラテス河畔のカルケミシュで戦うために上って来た。
そこで、ヨシヤは彼を迎え撃つために出陣した。
21 ところが、ネコは彼に使者を遣わして言った。
「ユダの王よ、私とあなたと何の関係があるのか。今日は、あなたを攻めに来たのではない。私が戦っている王家に向かって行くところなのだ。神は、早く行くように命じておられる。私とともにおられる神に逆らうことはやめよ。さもなければ、神があなたを滅ぼされる。」
22 しかし、ヨシヤは身を引かず、かえって彼と戦おうとして変装し、神の御口から出たネコのことばを聞かなかった。そして、メギドの平地で戦うために出かけた。
23 射手たちがヨシヤ王を射抜いたので、王は家来たちに言った。
「私を運び出してくれ。ひどい傷を負ってしまった。」
24 家来たちは王を戦車から降ろし、彼が持っていた第二の車に乗せてエルサレムに連れ帰った。
彼は死に、その先祖たちの墓に葬られた。
全ユダとエルサレムは、ヨシヤのために喪に服した。
25 エレミヤはヨシヤのために哀歌を作った。男女の歌い手は、ヨシヤのことをその哀歌で語り伝えるようになり、今日に至っている。これはイスラエルの慣例となり、まさしく哀歌に記されている。
26 ヨシヤについてのその他の事柄、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の律法に記されているところに基づいた彼の誠実な行い、27 またその事績は、最初から最後まで、『イスラエルとユダの王の書』にまさしく記されている。”(2017)とあります。

 22節に、“ヨシヤは・・・、神の御口から出たネコのことばを聞かなかった。”と記されています。
ヤハウェ(主)は、未信者の口から語ることもあります。
旧約聖書続編のエズラ記(ギリシア語)の、1:26の記述には、“しかしヨシヤは、自分の戦車へと引き返そうとはせず、主の口から発せられた預言者エレミヤの言葉を軽んじて、彼と一戦を交えようとした。”(聖書協会共同訳)と記されています(参考まで)。

 ヨシヤの治世期間は31年間でした。治世の31年目に戦死したのです。過越祭と除酵祭はヨシヤの治世の18年目でした。
ヨシヤに対してヤハウェ(主)は、ヨシヤが矢に射抜かれて死んでいく状態の中にあっても平安を与えたのでした。
2歴代誌34:28には、「見よ、わたしはあなたを先祖たちのもとに集める。あなたは平安のうちに自分の墓に集められる。」(2017)とのヤハウェ(主)からの預言が記されています。
余談になりますが、私が心筋梗塞になった時にも、主はみことばを与えてくださり、私は平安の中にありました。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
ヨシヤは主に仕える生涯を送ったようです。
私たちキリスト者は、神の子どもという立場を与えられ、キリストの花嫁という立場を与えられています。
日々、あなたを愛し、あなたに信頼し続け、あなたに従い続ける霊の人としての歩みを御霊によって送らせて頂けますように。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

2021年6月30日 (水)

2歴代誌34章 ヨシヤの治世1

 ヨシヤ王が、イスラエルの全地から、偶像を一掃したことが、1-7節に次のように記されています。
“1 ヨシヤは八歳で王となり、エルサレムで三十一年間、王であった。
〔ヨシヤはユダ王国第16代目の王で、治世期間は31年間、治世年代はB.C.640-609年です。(筆者挿入)〕
2 彼は主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目にかなうことを行い、父祖ダビデの道に歩み、右にも左にもそれなかった。
3 彼の治世の第八年〔ヨシヤ王16歳の時(筆者挿入)〕、まだ若いころに、彼は父祖ダビデの神を求めることを始め、第十二年〔ヨシヤ王20歳時(筆者挿入)〕にユダとエルサレムをきよめて、高き所〔異教の礼拝所(筆者挿入)〕、アシェラ像〔カナンの豊饒の女神(筆者挿入)〕、刻んだ像、および鋳像を除き始めた。
4 人々は彼の前でバアルの神々の祭壇を打ち壊した。彼は、その上にあった香の台を切り倒し、アシェラ像と刻んだ像と鋳像を打ち砕いて粉々にし、これらのいけにえを献げた者たちの墓の上にまき散らした。
5 彼はまた、祭司たち〔偶像の祭司たち(筆者挿入)〕の骨を彼らの祭壇の上で焼き、ユダとエルサレムをきよめた。
6 また、マナセ、エフライム、シメオン、さらにはナフタリに至る町々や、その周辺の荒れた地方でも同様にした。
〔かつてのイスラエル王国(北イスラエル王国)の地においても偶像を一掃した。(筆者挿入)〕
7 彼はイスラエルの全地で祭壇を打ち壊し、アシェラ像と刻んだ像を粉々に砕き、すべての香の台を切り倒して、エルサレムに帰った。”(2017)とあります。

 5節には、“彼〔ヨシヤ王(筆者挿入)〕はまた、祭司たち〔偶像の祭司たち(筆者挿入)〕の骨を彼らの祭壇の上で焼き、ユダとエルサレムをきよめた。”とありますが、この行為は預言されていました。
ヨシヤ王がこれを行ったのは、B.C.628年頃であろうと思いますが、預言は、ヤロブアム一世の時代でした。
ヤロブアム一世の統治年代はB.C.931-910年ですが、その統治の初めの頃の預言であろうと思いますから、約300年前にヨシヤという実名入りで預言されたことが1列王記13:2に、“すると、この人〔神の人(筆者挿入)〕は主の命令によって祭壇に向かい、これに呼びかけて言った。「祭壇よ、祭壇よ、主はこう言われる。『見よ、一人の男の子がダビデの家に生まれる。その名はヨシヤ。彼は、おまえの上で香をたく高き所の祭司たちを、いけにえとしておまえの上に献げ、人の骨がおまえの上で焼かれる。』」”(2017)と記されています。

 この預言がなされた背景と、預言された前後のことを1列王記12:26-13:6には次のように記されています。
“12:26 ヤロブアム〔北イスラエル王国初代の王(筆者挿入)〕は心に思った。
「今のままなら、この王国はダビデの家に帰るだろう。27 この民が、エルサレムにある主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮でいけにえを献げるために上ることになっているなら、この民の心は彼らの主君、ユダの王レハブアムに再び帰り、彼らは私を殺して、ユダの王レハブアムのもとに帰るだろう。」
28 そこで王は相談して金の子牛を二つ造り、彼らに言った。
「もうエルサレムに上る必要はない。イスラエルよ。ここに、あなたをエジプトから連れ上った、あなたの神々がおられる。」
29 それから彼は一つをベテルに据え、もう一つをダンに置いた。
30 このことは罪となった。民はこの一つを礼拝するためダンまで行った。
〔イスラエルが、金の子牛を最初に造ったときに、ヤハウェ(主)が如何に激怒したかは、出エジプト記32章に記されています(筆者挿入)〕
31 それから彼は高き所の宮を造り、レビの子孫でない一般の民の中から祭司〔祭司はヤハウェ(主)によって定められていました(筆者挿入)〕を任命した。
32 そのうえ、ヤロブアムはユダにある祭りに倣って、祭りの日を第八の月の十五日〔ヤハウェの定めた第七の月の十五日を1ヶ月ずらしたのです(筆者挿入)〕と定め、祭壇でささげ物を献げた。こうして彼は、ベテルで自分が造った子牛にいけにえを献げた。また、彼が造った高き所の祭司たちをベテルに常駐させた。
33 彼は、自分で勝手に考え出した月である第八の月の十五日に、ベテルに造った祭壇でいけにえを献げた。このように、彼はイスラエルの人々のために祭りの日を定め、祭壇でいけにえを献げ、香をたいた。
13:1 一人の神の人が、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の命令によってユダからベテルにやって来た。ちょうどそのとき、ヤロブアムは香をたくために祭壇のそばに立っていた。
2 すると、この人は主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の命令によって祭壇に向かい、これに呼びかけて言った。「祭壇よ、祭壇よ、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。『見よ、一人の男の子がダビデの家に生まれる。その名はヨシヤ。彼は、おまえの上で香をたく高き所の祭司たちを、いけにえとしておまえの上に献げ、人の骨がおまえの上で焼かれる。』」
3 その日、彼は一つのしるしを与えて、次のように言った。「これが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の告げられたしるしである。見よ、祭壇は裂け、その上の灰はこぼれ出る。」
4 ヤロブアム王は、ベテルの祭壇に向かって叫んでいる神の人のことばを聞いたとき、祭壇から手を伸ばして「彼を捕らえよ」と言った。すると、彼に向けて伸ばしていた手はしなび、戻すことができなくなった。
5 神の人が主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばによって与えたしるしのとおり、祭壇は裂け、灰は祭壇からこぼれ出た。
6 そこで、王はこの神の人に向かって言った。「どうか、あなたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕にお願いして、私のために祈ってください。そうすれば、私の手は元に戻るでしょう。」神の人が主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に願ったので、王の手は元に戻り、前と同じようになった。”(2017)とあります。

 ヨシヤ王による神殿の修復について8-13節に次のように記されています。
“8 その治世の第十八年〔ヨシヤ王26歳時(筆者挿入)〕に、ヨシヤはこの地と宮をきよめるために、アツァルヤの子シャファン、この町の長マアセヤ、エホアハズの子である史官ヨアフを遣わして、自分の神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮を修理した。
9 彼らは大祭司ヒルキヤのもとに行き、神の宮に納められていた金(かね)を渡した。これは入り口を守るレビ人が、マナセとエフライム、すべてのイスラエルの残りの者〔アッシリアに捕囚として連れて行かれなかった北イスラエルの者たち(筆者挿入)〕、および全ユダとベニヤミンから集めたものであった。それから彼らはエルサレムに戻り、10 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮で工事をしている監督者たちにそれを手渡した。監督者たちは、神殿を繕い、修理するために、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮で行われている工事をしている者たちにそれを渡した。
11 彼らは、大工や建築する者たちにそれを渡した。切り石やつなぎ材を買い、ユダの王たちが荒れさせた家々〔建物(新共同訳)』に梁を置くためであった。
12 この人々は忠実に仕事を行った。彼らの上には、メラリ族のレビ人ヤハテとオバデヤ、ケハテ族のゼカリヤとメシュラムが監督として任命された。レビ人たちはみな、楽器を奏でるのが得意な者たちであったが、13 荷を運ぶ者たちも管理し、各分野の仕事に当たるすべての職人たちの指揮も執った。レビ人の中には、書記、つかさ、門衛などもいた。”(2017)とあります。

 祭司ヒルキヤによる律法の書の発見と、律法の内容を知ったヨシヤ王の反応と行動について14-21節に次のように記されています。
“14 彼らが、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に携え入れられていた金(かね)を取り出していたとき、祭司ヒルキヤは、モーセを通して示された主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の律法の書を見つけた。
15 ヒルキヤは書記シャファンに知らせて、「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮で律法の書を見つけました」と言った。
ヒルキヤがその書物をシャファンに渡すと、16 シャファンは、その書物を王のもとに携えて行き、さらに王に次のように報告した。
「しもべたちに委ねられたことは、すべてやらせております。
17 彼らは主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮にあった金(かね)を取り出して、これを監督者たちの手と、工事をしている者たちの手に渡しました。」
18 さらに書記シャファンは王に告げた。「祭司ヒルキヤが私に一つの書物を渡してくれました。」
シャファンは王の前でそれ〔律法の書(筆者挿入)〕を朗読した。
19 王は律法のことばを聞いたとき、自分の衣を引き裂いた。
20 王はヒルキヤ、シャファンの子アヒカム、ミカの子アブドン、書記シャファン、王の家来アサヤに次のように命じた。
21 「行って、見つかった書物のことばについて、私のため、イスラエルとユダの残りの者のために、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を求めよ〔ヤハウェに伺いを立てよ。(岩波訳)、字義通りには「ヤハウェを求めよ」(岩波訳注)〕。私たちの先祖が主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばを守らず、すべてこの書に記されているとおりに行わなかったために、私たちの上に注がれた主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の憤りが激しいからだ。」”(2017)とあります。

 ヨシヤ王に、「私のため、イスラエルとユダの残りの者のために、ヤハウェに伺いを立てよ。」と言われた高官たちは、女預言フルダのもとへ行きました。女預言者フルダの預言が22-28節に次のように記されています。
“22 そこで、ヒルキヤと王が指名した人々は、女預言者フルダのもとに行った。
彼女は、ハスラの子トクハテの子である装束係シャルムの妻で、エルサレムの第二区に住んでいた。
彼らが事の次第を彼女に伝えると、
23 彼女は彼らに答えた。
「イスラエルの神である主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われます。
『あなたがたをわたしのもとに遣わした人に言え。
24 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。
見よ。わたしはこの場所とその住民の上にわざわいをもたらす。ユダの王の前で読みあげられた、その書物に記されているすべてののろいをもたらす〔見よ、わたしはユダの王の前で読んだ書物にしるされているもろもろののろい、すなわち災をこの所と、ここに住む者に下す(口語訳)〕。
25 彼らはわたしを捨て、ほかの神々に犠牲を供え、自分たちのすべての手のわざで、わたしの怒りを引き起こした。わたしの憤りはこの場所に注がれ、消えることはない。』
26 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に尋ねるために、あなたがたを遣わしたユダの王〔ヨシヤ(筆者挿入)〕には、こう言いなさい。
『あなたが聞いたことばについて、イスラエルの神である主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、こう言われる。
27 あなたがこの場所とその住民について神のことばを聞いたとき、あなたは心を痛めて神の前にへりくだり、わたしの前にへりくだって自分の衣を引き裂き、わたしの前で泣いたので、わたしもまた、あなたの願いを聞き入れる──主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことば〔御告げ(岩波訳)〕──。
28 見よ、わたしはあなた〔ヨシヤ(筆者挿入)〕を先祖たちのもとに集める。あなたは平安のうちに自分の墓に集められる。あなたは自分の目で、わたしがこの場所とその住民にもたらす、すべてのわざわいを見ることはない。』」彼らはそれを王に報告した。”(2017)とあります。

 ヨシヤ王へのヤハウェの御告げは、「見よ、わたしはあなた〔ヨシヤ(筆者挿入)〕を先祖たちのもとに集める。あなたは平安のうちに自分の墓に集められる。あなたは自分の目で、わたしがこの場所とその住民にもたらす、すべてのわざわいを見ることはない。」(28)というものでした。
実際のヨシヤ王の死に方は、2歴代誌35章に次のように記されています。
“20 このようにヨシヤが宮を整えた後、エジプトの王ネコ〔在位期間B.C.609-595年(新共同訳スタディー版の注)〕が、ユーフラテス河畔のカルケミシュ〔トルコとシリアの国境付近(新共同訳スタディー版の注)〕で戦うために上って来た。そこで、ヨシヤは彼を迎え撃つために出陣した。
21 ところが、ネコは彼に使者を遣わして言った。「ユダの王よ、私とあなたと何の関係があるのか。今日は、あなたを攻めに来たのではない。私が戦っている王家に向かって行くところなのだ〔わたしが敵とする家に対してである(新共同訳)、敵とは、バビロン(筆者挿入)〕。神は、早く行くように命じておられる。私とともにおられる神に逆らうことはやめよ。さもなければ、神があなたを滅ぼされる。」
22 しかし、ヨシヤは身を引かず、かえって彼と戦おうとして変装し、神の御口から出たネコのことばを聞かなかった。そして、メギドの平地で戦うために出かけた。
23 射手たちがヨシヤ王を射抜いたので、王は家来たちに言った。「私を運び出してくれ。ひどい傷を負ってしまった。」
24 家来たちは王を戦車から降ろし、彼が持っていた第二の車に乗せてエルサレムに連れ帰った。
彼は死に、その先祖たちの墓に葬られた。全ユダとエルサレムは、ヨシヤのために喪に服した。
25 エレミヤはヨシヤのために哀歌を作った。男女の歌い手は、ヨシヤのことをその哀歌で語り伝えるようになり、今日に至っている。これはイスラエルの慣例となり、まさしく哀歌に記されている。”(2017)とあります。

 ヨシヤ王は矢で射抜かれて戦死したのです。
しかし、ヤハウェの御告げは、「あなたは平安のうちに自分の墓に集められる。」(28)というものでした。
私の想像ですが、ヨシヤ王が死ぬときにヤハウェは、平安を与えたのであろうと思います。
ヨシヤが死んで3年後には、次のようなことが起こったのです。ダニエル1章には次のように記されています。
“1 ユダの王エホヤキムの治世の第三年〔B.C.606年(筆者挿入)〕に、バビロンの王ネブカドネツァルがエルサレムに来て、これを包囲した。
2 主は、ユダの王エホヤキムと、神の宮の器の一部を彼〔ネブカドネツァル(筆者挿入)〕の手に渡された。彼は、それをシンアルの地にある自分の神の神殿に持ち帰り、その器を自分の神の宝物倉に納めた。
3 王は宦官の長アシュペナズに命じて、イスラエルの人々の中から、王族や貴族を数人選んで連れて来させた。
4 それは、その身に何の欠陥もなく、容姿が良く、あらゆる知恵に秀で、知識に通じ、洞察力に富み、王の宮廷に仕えるにふさわしく、また、カルデア人の文学とことばを教えるにふさわしい少年たちであった。
5 王は、王が食べるごちそうや王が飲むぶどう酒から、毎日の分を彼らに割り当てた。三年間、彼らを養育して、その後で王に仕えさせることにした。
6 彼らのうちには、ユダ族のダニエル、ハナンヤ、ミシャエル、アザルヤがいた。
7 宦官の長は彼らに別の名前をつけた。すなわち、ダニエルにはベルテシャツァル、ハナンヤにはシャデラク、ミシャエルにはメシャク、アザルヤにはアベデ・ネゴと名をつけた。”(2017)とあるように、ダニエルたちが捕虜としてバビロンに連れて行かれたのです。それから20年後エルサレムはバビロンによって陥落させられ、ユダの民は捕囚として引いて行かれたのです。

 2歴代誌34:28のヨシヤ王への御告げの、“あなたは自分の目で、わたしがこの場所〔エルサレムとユダ(筆者挿入)〕とその住民にもたらす、すべてのわざわいを見ることはない。”ということは成就したのです。

 ヨシヤ王は、民に律法を読み聞かせ、その後、王はヤハウェ(主)の教えに従って歩むことをヤハウェ(主)と約束し、民にもその契約に加わらせたこと等が29-33節に次のように記されています。
“29 王は使者を遣わして、ユダとエルサレムのすべての長老たちを集めた。
30 王は、ユダのすべての人々、エルサレムの住民、祭司とレビ人、および上の者から下の者まで、すべての民とともに主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に上り、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮で見つかった契約の書のことばをすべて彼らに読み聞かせた。
31 それから王は定めの場所〔原語は「オーメド」で(定めの)場所。2列王記23:3では「柱のわき」(筆者挿入)〕に立ち、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の前に契約を結び、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に従って歩み、心を尽くし、いのちを尽くして主の命令と証しと掟を守り、この書物に記されている契約のことばを行うことを誓った。
32 王はエルサレムとベニヤミンにいるすべての者をこの契約に加わらせた。
エルサレムの住民は、その父祖の神である神の契約にしたがって行動した。
33 ヨシヤはイスラエルの子らのものである全地から、忌み嫌うべきものを取り除き、イスラエルにいるすべての者を自分の神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に仕えさせた。彼の生きている間、彼らはその父祖の神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に従う道から外れなかった。”(2017)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
ヨシヤ王は、「わたしはユダの王の前で読んだ書物にしるされているもろもろののろい、すなわち災をこの所と、ここに住む者に下す。彼らはわたしを捨て、ほかの神々に犠牲を供え、自分たちのすべての手のわざで、わたしの怒りを引き起こした。わたしの憤りはこの場所に注がれ、消えることはない。」(24.25)とヤハウェからの御言葉をもらいましたが、それでも、主に在って歩むべき道を歩み続けたことを覚えます。
いかなる状況の中にあっても、ひたすらあなたのみ旨に従って歩む者であらせてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

2021年6月29日 (火)

2歴代誌33章 悪王マナセと悪王アモン、並びに民の堕落、マナセの悔い改めの祈り/神の豊かないつくしみと忍耐と寛容

 マナセが、父王ヒゼキヤが遂行しようとした政策とは反対のことを行い、すなわち高き所(異教の神の礼拝所)の再建、バアル祭壇とアシェラ像の造営、天の万象の崇拝、人身犠牲(人身御供)、卜占、まじない、呪術、霊媒、口寄せ、etc.の悪を行ったということが1-9節に次のように記されています。
“1 マナセは十二歳で王となり、エルサレムで五十五年間、王であった。
〔マナセは第14代目のユダ王国の王であり、その治世期間は55年間、治世年代は、新共同訳スタディ版の聖書歴史年代表によるとB.C.687-642年、注解付新改訳聖書の注によるとB.C.686-642年になります。治世期間と治世年代が合わない理由を、新共同訳スタディー版の注は、父王ヒゼキヤとの共同統治が10年間あったから、と述べています。(筆者挿入)〕
2 彼は、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がイスラエルの子らの前から追い払われた異邦の民の忌み嫌うべき慣わしをまねて、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行った。
3 そして、父ヒゼキヤが取り壊した高き所〔異教(偶像)の礼拝所(筆者挿入)〕を築き直し、バアルのためにいくつもの祭壇を築き、アシェラ像を造った。また、彼は天の万象を拝んでこれに仕えた。
4 こうして彼は、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がかつて「エルサレムにわたしの名がとこしえにあるように」と言われた主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に、いくつもの祭壇〔偶像のための祭壇(筆者挿入)〕を築いた。
5 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の二つの庭には、天の万象〔太陽、月、星など(筆者挿入)〕のために祭壇を築いた。
〔「二つの庭」とは、祭司のみが入ることのできた庭と、イスラエル人ならだれでも入ることができた庭。(注解付き新改訳聖書の注)〕
6 この彼は、ベン・ヒノムの谷で自分の子どもたちに火の中を通らせ、卜占をし、まじないをし、呪術を行い、霊媒や口寄せをし、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行って、いつも主の怒りを引き起こしていた。
7 彼はまた、自分が造った偶像の彫像を神の宮に安置した。
神はかつてこの宮について、ダビデとその子ソロモンに仰せられた。「わたしは、この宮に、そしてわたしがイスラエルの全部族の中から選んだエルサレムに、わたしの名をとこしえに置く。8 もし彼らが、わたしの命じたすべてのこと、わたしがモーセを通して与えたすべての律法と掟と定めを守り行いさえするなら、わたしはもう二度と、あなたがたの先祖たちのものと定めた地からイスラエルの足を去らせることはしない。」
9 しかし、マナセはユダとエルサレムの住民を迷わせて、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がイスラエルの子らの前で根絶やしにされた異邦の民よりも、さらに悪いことを行わせた。”(2017)とあります。

 6節には、“この彼は、ベン・ヒノムの谷で自分の子どもたちに火の中を通らせ”とありますが、これはモレク礼拝です。
モレクについては以前にも述べましたが、再度、聖書辞典から抜粋します。
モレク (〈ヘ〉molek) ヘブル語の「王」(〈ヘ〉メレク)に,「恥ずべきもの」(〈ヘ〉ボーシェス)の母音をつけて発音させたもの。偶像の総称で,「恥ずべき王」という意味かと思われる。特に,アモン人の神を指す。ミルコムとも,モロクとも呼ばれた。モレクの神殿は,エルサレムの南西にあるベン・ヒノムの谷の,トフェテに築かれていた。具体的には,オリーブ山の南端と考えられ,それは「破壊の山」とも呼ばれた。そこに雄牛の頭を持った青銅の像が,手を突き出して立っており,モレクの信者たちは,その手の上に子供をのせ,下から火をたいていけにえとした。モレクの祭司たちは,太鼓をたたき続けて,子供の叫び声を消し,両親の悲しみを和らげたと言う。レビ記は,はっきりとモレク礼拝を禁じ,小児のいけにえを禁じているが,偶像礼拝と共に受け継がれ,ユダの王ヨシヤの宗教改革で排除されるまで続けられた。イスラエルはその歴史の中で,この小児人身犠牲という,きわめて異教的で,罪悪的,非人道的儀式を何回も取り入れた。聖書の中ではユダの王アハズによって行われ,その後,マナセ王も父ヒゼキヤ王が取り壊した高き所を築き直し,ベン・ヒノムの谷で,この悪習慣を繰り返したことが記されている。彼らは,神が「わたしの子どもたち」と言われる幼児たちを,偶像モレクにいけにえとしてささげて「食べさせた」のである。”と述べています。

 マナセと民の背教に対するヤハウェ(主)の裁きor懲らしめ、並びにマナセの悔い改めが10-13節には次のように記されています。
“10 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はマナセとその民に語られたが、彼らは耳を傾けなかった。
11 そこで主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、アッシリアの王の配下にある軍の長たちを彼らのところに連れて来られた。彼らはマナセを鉤〔鉤は捕虜を引っ張っていく道具(筆者挿入)〕で捕らえ、青銅の足かせにつないで、バビロンへ引いて行った。
〔B.C.648年頃のこと(注解付新改訳聖書の注)〕
12 しかし、彼は苦しみの中で彼の神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に嘆願し、父祖の神の前に大いにへりくだり、13 神に祈ったので、神は彼の願いを聞き入れ、その切なる求めを聞いて、彼をエルサレムの彼の王国に戻された。こうしてマナセは、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕こそ神であることを知った。”(2017)とあります。

 10節に、“ヤハウェ(主)はマナセとその民に語られたが、彼らは耳を傾けなかった。”とありますが、2列王記21:10-16には次のように記されています。
“10 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、そのしもべである預言者たちによって、次のように告げられた。
11 「ユダの王マナセは、これらの忌み嫌うべきことを行い、実に彼以前にいたアモリ人が行ったすべてのことよりもさらに悪いことを行い、その偶像でユダにまで罪を犯させた。
12 それゆえ、イスラエルの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。
見よ、わたしはエルサレムとユダにわざわいをもたらす。だれでもそれを聞く者は、両耳が鳴る。13 わたしは、サマリアに使った測り縄と、アハブの家に使った重りをエルサレムの上に伸ばし、人が皿をぬぐい、それをぬぐって伏せるように、わたしはエルサレムをぬぐい去る。14 わたしは、わたしのゆずりの民の残りの者を捨て去り、彼らを敵の手に渡す。彼らはそのすべての敵の餌食となって奪い取られる。15 それは、彼らの先祖たちがエジプトを出た日から今日まで、わたしの目に悪であることを行って、わたしの怒りを引き起こしたからである。」
16 マナセは、ユダに罪を犯させて、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行わせた罪だけでなく、咎のない者の血まで多量に流したが、それはエルサレムの隅々に満ちるほどであった。”(2017)とあります。

 2列王記21:16に、“咎のない者の血まで多量に流した”とありますが、
注解付新改訳聖書の注は、“伝承によれば、預言者イザヤもマナセ王ののこぎりで引かれて殉教したと言われる(→ヘブル11:37)。”と記しています。

 12.13節に、“しかし、彼は苦しみの中で彼の神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に嘆願し、父祖の神の前に大いにへりくだり、神に祈ったので、”とありますが、その時の祈りをまとめたものでしょうか、新共同訳の旧約聖書続編に「マナセの祈り」というのがあります。

 「マナセの祈り」は、プロテスタント、カトリックともに正典とはしていませんが、ギリシア正教会は正典として扱っています。
新共同訳に、旧約聖書続編として掲載されているので、ここに下記します。これはマナセの悔い改めの祈りと捉えている人もいれば、信ぴょう性が無いという人もいます。私にはどちらなのかは分かりませんが、この祈りを読むと、1ヨハネ1:9の「もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。」(2017)という聖句を思い浮かべます。
<マナセの祈り>
“1 全能の主よ、我らの先祖アブラハム、イサク、ヤコブの神よ、2 あなたは天と地とそのすべての装いを造られました。
3 あなたは命じて海に境を設け、栄光ある恐るべき御名によって淵を閉ざし、封印を押されました。
4 万物はあなたの力に震えおののいています。
5 人はあなたの栄光の威厳に耐えられず、罪びとへの仮借なき御怒りは、人には忍びきれないのです。
6 しかし、あなたの約束された慈しみは、計り知れず、極めることができません。
7 あなたは、いと高き神、情けあつく、寛大で、慈愛にあふれ、人に下した災いを悔やまれる方。
8 主よ、あなたは正しい者の神。
しかしあなたは、正しい人々、罪を犯さなかったアブラハム、イサク、ヤコブにではなく、罪人のこのわたしに、回心の恵みを与えてくださいました。
9 私の犯した罪は海辺の砂より多く、とがは増しました。
主よ、増し加わりました。
わたしは天の高みを仰ぎ見るにはふさわしくありません。
多くの悪事を行ったからです。
10 わたしは多くの鉄の枷で引き据えられ、罪のゆえに、頭を上げることができません。
わたしには、安らぎがありません。
あなたを怒らせ、御前に悪しきことを行い、忌まわしき像を立て、とがを重ねたからです。
11 今、わたしは心のひざをかがめて、あなたの憐れみを求めます。
12 罪を犯しました。主よ、罪を犯しました。犯したとがを、わたしは認めます。
13 あなたに乞い求めます。お赦しください。主よ、お赦しください。とがもろともにわたしを滅ぼさないでください。いつまでも怒り続けてわたしに災いを下すことなく、罪に定めて、地の奥底に捨てないでください。
主よ、あなたは悔い改める者の神だからです。
14 あなたは善き御心を示してくださいます。ふさわしくないわたしを、深い慈しみをもって救ってくださるからです。
15 わたしは生涯、絶えずあなたをたたえます。
天のすべての軍勢は、あなたを賛美し、栄光はとこしえにあなたのものだからです。アーメン。”(新共同訳旧約聖書続編)
と記されています。

 マナセは悔い改めの実を実らせましたが、民はマナセのようにはいかなかったことが14-17節に次のように記されています。
“14 その後、彼はダビデの町の外側、ギホンの西側の谷に城壁を築いた。それは魚の門に至り、オフェルを囲むもので、非常に高く築かれた。また、彼はすべてのユダの城壁のある町々に軍の高官を置いた。
15 また彼は、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮から異国の神々と偶像、および、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮のある山とエルサレムに自分が築いたすべての祭壇を取り除き、町の外に投げ捨てた。
16 そして、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の祭壇を築き直し、その上で交わりのいけにえと感謝のいけにえを献げ、ユダに命じて、イスラエルの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に仕えさせた。
17 しかし民は、自分たちの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に対してではあったが、なお高き所〔異教(偶像)礼拝の場所(筆者挿入)〕でいけにえを献げていた。
〔民は、ヤハウェ(主)に献げるいけにえの場所が間違っていました。(筆者挿入)〕
”(2017)とあります。

 マナセに関する追記とマナセの死について18-20節には次のように記されています。
"33:18 マナセについてのその他の事柄、
彼が神にささげた祈り、
イスラエルの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の御名によって彼に語った先見者たちのことばは、まさしく『イスラエルの王の書』にある。
19 彼の祈り、その願いが聞き入れられたこと、および、彼がへりくだる前に犯したその罪、その不信の罪、高き所を築き、アシェラ像と刻んだ像を立てた場所については、『ホザイの働き』にまさしく記されている。
20 マナセは先祖とともに眠りにつき、その家に葬られた。彼の子アモンが代わって王となった。”(2017)とあります。

 「マナセの祈り」は、「イスラエルの王の書」と「ホザイの働き」に記されているというので、前出の「マナセの祈り」もあながち捨てたものではないと私には思えます。真実は分かりませんが。

 21-25節には、アモンの治世について次のように記されています。
“21 アモンは二十二歳で王となり、エルサレムで二年間、王であった。
〔アモンはユダ王国第15代目の王で、治世期間は2年間、治世年代はB.C.642-640年です。(筆者挿入)〕
22 彼はその父マナセが行ったように〔悔い改める前のマナセに倣って(筆者挿入)〕、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の目に悪であることを行った。アモンはその父マナセが造ったすべての刻んだ像〔偶像(筆者挿入)〕にいけにえを献げ、これに仕えた〔マナセは悔い改めた後、偶像を町の外に捨てた(2歴代誌33:15)のですが、アモンは、再度それらの偶像を持って来たのでしょうか、或いは造ったのでしょうか分かりませんが、アモンは、偶像に熱心に仕えたのです(筆者挿入)〕。
23 しかし、その父マナセがへりくだったようには、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の前にへりくだらず、かえって、このアモンは罪過を増し加えた。
24 彼の家来たちは彼に謀反を起こし、その宮殿の中で彼を殺した。
25 しかし、民衆はアモン王に謀反を起こした者をみな打ち殺した。
民衆はアモンの子ヨシヤを代わりに王とした。”(2017)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
マナセが悔い改めたとき、あなたはマナセを赦しました。
あなたは、憐れみ深く、寛容に富んでおられるお方であることがよく分かります。
パウロが、ローマ人への手紙の中で、「それとも、神のいつくしみ深さがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かないつくしみと忍耐と寛容を軽んじているのですか。」(2:4・2017)と記している個所の「豊かないつくしみと忍耐と寛容」という箇所を思い起こします。
そのあなたの御性質の故に、私も救われました。
感謝します。
まだ救われていない人々が、あなたの愛を知りますように。
あなたの救いが閉ざされる前に。
主イエス・キリスト様の御名で祈ります。アーメン。
・・・・・・・・・・・・・・・
ローマ2:4をリビングバイブルは、
神がどれだけ忍耐しておられるか、わからないのですか。それとも、そんなことは気にもかけていないのですか。神があなたを罰しもせず、長いあいだ待っていてくださったのは、罪から離れるのに必要な時間を与えるためでした。神の愛は、あなたを悔い改めに導くためのものです。」と意訳しています。

2021年6月28日 (月)

2歴代誌32:24-33 ヒゼキヤの治世の後半とそのまとめ

 アッシリアの攻撃によって、万事休すとなっていたところをヤハウェ(主)の介入によって、一晩にして救われ(2列王記19:35.36)、ヒゼキヤはすべての国々から尊敬の目で見られるようになった(23)のですが、その頃ヒゼキヤは死病にかかっていたのです。しかし、祈って寿命を15年延ばされたのです(2列王記20:6)。主によって病を癒された時、主への感謝、主へのへりくだりに欠けている状態(恐らく主の恵みによって為されたすべてのことを、恐らく自分が為したかのように思ってしまっていたのかも知れません。主に栄光を帰するラインから落ちていたのかも知れません)があったのでしょう。
バビロン王の使者が見舞いに来たので心が舞い上がってしまい、いい気になって(有頂天になって)見せるべきでないものまでも見せたのです(自分はこんなにすごいのだという気持ちの現れであったのでしょう)。その心の動きと行動にヤハウェ(主)は、御怒りを発したのです。そのことが24-26節に記されていますが、それだけでは不足ですので関連記事も記します。24-26節には次のように記されています。
32:24 そのころ、ヒゼキヤは病気になって死にかかっていた。彼が主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に祈ったとき、主は彼に答え、しるしを与えられた。
32:25 ところがヒゼキヤは、自分に与えられた恵みに応えようとせず、かえってその心を高ぶらせたので、彼の上に、また、ユダとエルサレムの上に御怒りが下った。〔→2歴代誌32:31参照(筆者挿入)〕
32:26 しかし、ヒゼキヤがその心の高ぶりを捨ててへりくだり、彼もエルサレムの住民もそうしたので、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の御怒りは、ヒゼキヤの時代には彼らの上に臨まなかった。”(2017)とあります。

 イザヤ38.39章には次のように記されています。
“38:1 そのころ、ヒゼキヤは病気になって死にかかっていた。
そこへ、アモツの子、預言者イザヤが来て、彼に言った。
「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。『あなたの家を整理せよ。あなたは死ぬ。治らない。』」
2 ヒゼキヤは顔を壁に向け、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に祈った。
3 「ああ、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ、どうか思い出してください。私が、真実と全き心をもって、あなたの御前に歩み、あなたの御目にかなうことを行ってきたことを。」ヒゼキヤは大声で泣いた。
4 そのとき、イザヤに次のような主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばがあった。
5 「行ってヒゼキヤに告げよ。
『あなたの父ダビデの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た。見よ。わたしはあなたの寿命にもう十五年を加える。6 わたしはアッシリアの王の手からあなたとこの都を救い出し、この都を守る〔6節の文からヒゼキヤの病気はヤハウェ(主)がアッシリアに対処してくださる前であたことが分かります(筆者挿入)〕。7 次のことが、あなたへの主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕からのしるしである。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は約束したこのことを成就する。8 見よ。わたしは、アハズの日時計に落ちた時計の影を十度後に戻す。』」
すると、日時計に落ちた日が十度戻った。
 9 ユダの王ヒゼキヤが病気になって、その病気から回復したときに記したもの。
10 私〔ヒゼキヤ(筆者挿入)〕は言った。生涯の半ばで私はよみの門に入る。私は残りの年を失ってしまったのだ。
11 私は言った。
私は主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を、生ける者の地で主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を見ることはない。私は、死人の国の住人とともにあり、再び人を見ることもない。12 私の住まいは牧者の天幕のように引き抜かれ、私から取り去られた。私は、機織りのように自分のいのちを巻いた。主は私を、機(はた)から断ち切られる。昼から夜へと、あなたは私を終わりに近づけられます。13 私は朝まで叫びました。主は雄獅子のように私のすべての骨を砕かれます。昼から夜へと、あなたは私を終わりに近づけられます。14 燕や鶴のように私は泣き、鳩のようにうめきました。私の目は上を仰いで衰えました。主よ、私は虐げられています。私の保証人となってください。15 何を私は語れるでしょう。主が私に語り、主が自ら行われたのに。私は自分のすべての年月、自分のたましいの苦しみのゆえに、ゆっくりと歩んで行きます。16 主〔アドナイ(筆者挿入)〕よ、これらによって人は生きるのです。私の霊のいのちも、すべてこれらに従っています。どうか私を健やかにし、私を生かしてください。17 ああ、私の味わった苦い苦しみは平安のためでした。あなたは私のたましいを慕い、滅びの穴から引き離されました。あなたは私のすべての罪を、あなたのうしろに投げやられました。18 よみはあなたをほめたたえず、死はあなたを賛美せず、穴に下る者たちはあなたの真実を待ち望みません。19 生きている者、ただ生きている者だけが、今日の私のように、あなたをほめたたえます。父は子らにあなたの真実について知らせます。
20 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は私を救ってくださる。私たちは生きている日々の間、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮で琴を奏でよう。
 21 イザヤは言った。
「ひとかたまりの干しいちじくを持って来させ、腫物の上に塗りなさい。そうすれば治ります。」
22 ヒゼキヤは言った。
「私が主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に上れるしるしは何ですか。」
 39:1 そのころ、バルアダンの子、バビロンの王メロダク・バルアダンは使者を遣わして、手紙と贈り物をヒゼキヤに届けた。
彼は病気だったが元気になった、と聞いたからである。
2 ヒゼキヤは彼らを喜び、宝庫、銀、金、香料、高価な油、一切の武器庫、彼の宝物倉にあるすべての物を彼らに見せた。ヒゼキヤがその家の中、および国中で、彼らに見せなかった物は一つもなかった。
 3 預言者イザヤはヒゼキヤ王のところに来て、彼に尋ねた。
「あの人たちは何と言いましたか。どこから来たのですか。」
ヒゼキヤは「遠い国、バビロンから私のところに来ました」と答えた。
4 イザヤは言った。
「彼らはあなたの家で何を見たのですか。」
ヒゼキヤは答えた。
「私の家の中のすべての物を見ました。私の宝物倉の中で彼らに見せなかった物は一つもありません。」
5 イザヤはヒゼキヤに言った。「万軍の主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばを聞きなさい。
6 見よ。あなたの家にある物、あなたの父祖たちが今日まで蓄えてきた物がすべて、バビロンへ運び去られる日々が来る。何一つ残されることはない──主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は言われる──。7 また、あなたが生む、あなた自身の息子たちの中には、捕らえられてバビロンの王の宮殿で宦官となる者がいる。」8 ヒゼキヤはイザヤに言った。「あなたが告げてくれた主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばはありがたい。」彼は、自分が生きている間は平和と安定があるだろう、と思ったのである。”(2017)とあります。

 6節には、“見よ。あなたの家にある物、あなたの父祖たちが今日まで蓄えてきた物がすべて、バビロンへ運び去られる日々が来る。”とあります。
ヒゼキヤの没年は、注解付新改訳聖書の注によるとB.C.686年、新共同訳スタディ版の聖書歴史年代表によるとB.C.687年となっています。
ですからヒゼキヤが逝去したときより約100年後、エルサレムは、罪のためにヤハウェ(主)が遣わしたバビロン軍によって滅ぼされ、王宮のすべての宝物のみならず神殿の主の聖具等もバビロンへと持ち去られたのです。

 ヒゼキヤの繁栄と業績と死、並びに後継の王について27-33節には次のように記されています。
“27 ヒゼキヤは非常に多くの富と誉れを手にした。彼は、銀、金、宝石、バルサム油、盾、すべての尊い器を納める宝物倉、28 穀物、新しいぶどう酒、油などの産物のための倉庫、さらに、あらゆる家畜のための小屋や、羊の群れの囲いを造った。29 彼は町々を建て、羊や牛の群れもおびただしい数であった。神が、実に豊かな財産を彼に与えられたからである。30 このヒゼキヤこそ、上方にあるギホンの水源をふさぎ、ダビデの町の西側に向かってまっすぐに流した人である。ヒゼキヤは、そのすべての仕事を成し遂げた。
31 ただし、バビロンの首長たちが、この地に示されたしるしについて調べるために彼のもとに使節を遣わしたとき、神は彼を試みて、その心にあることすべてを知ろうとして彼を捨て置かれた。
32 ヒゼキヤについてのその他の事柄、その誠実な行いは、『ユダとイスラエルの王の書』の『アモツの子、預言者イザヤの幻』にまさしく記されている。
33 ヒゼキヤは先祖とともに眠りにつき、人々は彼をダビデの子たちの墓地の上り坂に葬った。ユダのすべての人々とエルサレムの住民は、彼の死に際し、彼に栄誉を与えた。
彼の子マナセが代わって王となった。”(2017)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
今や私たちキリスト者は、イエス様が十字架上で流された血潮の故に、すべての罪が赦され、聖とされ、イエス様がよみがえられた故に、霊において神から新しい誕生をし、霊においては明らかに神の子どもとされていますことを感謝します。そして、キリストの現れの日、すなわちキリストの空中再臨の日には、永遠に滅びることなく、また極めて美しい霊の体を与えて下さり、すべての被造物から、神の子の現れとして認識してもらえるようになりますから感謝します。そしてその後、天においてキリスト様との婚姻の義が待っていますからありがとうございます。霊においては既にキリストと一つ霊とされていますからありがとうございます。キリストと一つであるということは夫婦であるということです。
ですから、私たちは、夫であり主人であるキリストを愛し、キリストに従い、日々キリストの愛に包まれて歩ませて頂ける恵みを感謝します。
また私たちは御父の子どもです。御父の子どもとしてふさわしく整えられ、御父を愛して、御父のみ旨の内を聖霊の助けを頂きながら歩ませて頂ける恵みを感謝します。
天にあるすべての霊的祝福を与えてくださいました御父に、我らの主キリスト・イエス様の御名で感謝して祈ります。アーメン。

2021年6月27日 (日)

2歴代誌32:9-23 危機の中にあってヤハウェ(主)に信頼し続けたヒゼキヤ

 9-19節には、ユダの王ヒゼキヤとエルサレムにいたすべてのユダの人々に対するセンナケリブ及びその家来の威嚇が次のように記されています。
“9 この後、アッシリアの王センナケリブは、その家来たちをエルサレムに遣わした。
彼自身は全軍を率いてラキシュを攻めていた。
家来たちは、ユダの王ヒゼキヤとエルサレムにいたすべてのユダの人々に告げた。
10 「アッシリアの王センナケリブがこう言っておられる。おまえたちは何に拠り頼んで、エルサレムの包囲の中にとどまるのか。11 ヒゼキヤは、『私たちの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、アッシリアの王の手から私たちを救い出してくださる』と言って、おまえたちをそそのかし、飢えと渇きで、おまえたちを死なせようとしているではないか。12 ヒゼキヤとは、その高き所と祭壇〔偶像の礼拝所と祭壇(筆者挿入)〕を取り除いて、ユダとエルサレムに『あなたがたは、ただ一つの祭壇〔ヤハウェの祭壇(筆者挿入)〕の前で拝み、その上で香をたかなくてはならない』と言った者ではないか。13 おまえたちは、私と私の先祖たちがすべての国々の民にしてきたことを知らないのか。諸国の神々が彼らの国を私の手から救い出すことができたか。14 私の先祖たちが滅ぼしたこれらの国々の神々のうち、だれがその民を私の手から救い出すことができたか。おまえたちの神がおまえたちを私の手から救い出すことができるとでもいうのか。15 今、おまえたちは、ヒゼキヤにごまかされるな。このようにそそのかされてはならない。彼〔ヒゼキヤ(筆者挿入)〕を信じるな。どのような国、どのような王国のどのような神も、その民を私〔センナケリブ(筆者挿入)〕の手や私の先祖たちの手から救い出すことはできないからだ。まして、おまえたちの神は、おまえたちを私の手から救い出すことはできない。」
16 彼の家来たちは、なおも、神である主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕とそのしもべヒゼキヤに悪口を浴びせた。
17 センナケリブは手紙を書いて、イスラエルの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を侮辱し、主に逆らって言った。
「自分の民を私の手から救い出せなかった国々の神々と同じように、ヒゼキヤの神も、その民を私の手から救い出すことはできない。」
18 彼らは、城壁の上にいたエルサレムの民にユダのことばで大声で呼びかけ、民を恐れさせ、おじけさせて、この町を取ろうとした。
19 彼らは、人の手のわざである、地上の民の神々について語るのと同じように、エルサレムの神について語ったのである。”(2017)とあります。

 この時、センナケリブはラキシュにいました。センナケリブは全軍を率いてラキシュを攻撃していたのです(9)。ラキシュは、エルサレムの南西約45kmの所にあるユダの要塞都市です。結局ラキシュはアッシリアによって征服されました。
 ユダの王ヒゼキヤとエルサレムにいたすべてのユダの人々に対して脅しをかけてきたのは、センナケリブから遣わされた家来たちでした。
この家来たちは威嚇することによって、エルサレムの城壁内にいる者たちを恐怖に陥れ、気力を削がせ、あわよくば戦わずしてエルサレムを征服しようとしたのではないかと思います。
アッシリア側からすれば、実戦を交えずに勝利することが最も良いことですから。

 アッシリア側の脅しの中心は、ヤハウェ(主)は、我々に勝つことは出来ない、というものでした。
これを言ったら、言った者はおしまいです。
それはヤハウェ(主)に戦いを挑んでいるのですから。
被造物(つくられたもの)が創造者(つくったお方)に戦いを挑んでいることになるのです。
高慢は破滅に先立ち、高ぶった霊は挫折に先立つ。”(箴言16:18・2017)ということをアッシリアは行っていたのです。

 この箇所をもう少し詳しく書いてあるイザヤ書の記事を下記します。
“2 アッシリアの王は、ラブ・シャケ〔ラブ・シャケは人名ではなく、「献酌長」という官職名(新共同訳スタディー版の注)〕を大軍とともにラキシュからエルサレムのヒゼキヤ王のところへ送った。
ラブ・シャケは布さらしの野への大路にある、上の池の水道のそばに立った。
3 ヒルキヤの子である宮廷長官エルヤキム、書記シェブナ、およびアサフの子である史官ヨアフは、彼のところに出て行った。
4 ラブ・シャケは彼らに言った。
「ヒゼキヤに伝えよ。大王、アッシリアの王がこう言っておられる。
『いったい、おまえは何に拠り頼んでいるのか。5 口先だけのことばが、戦略であり戦力だと言うのか。今おまえは、だれに拠り頼んでいるのか。私に反逆しているが。6 おまえは、あの傷んだ葦の杖、エジプトに拠り頼んでいるが、それは、それに寄りかかる者の手を刺し貫くだけだ。エジプトの王ファラオは、すべて彼に拠り頼む者にそうするのだ。7 おまえは私に「われわれは、われわれの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に拠り頼む」と言う。その主とは、ヒゼキヤがその高き所と祭壇〔偶像の礼拝所と祭壇(筆者挿入)〕を取り除いて、ユダとエルサレムに「この祭壇〔ヤハウェの祭壇(筆者挿入)〕の前で拝め」と言った、そういう主ではないか。8 さあ今、私の主君、アッシリアの王と賭けをしないか。もし、おまえのほうで乗り手をそろえることができるのなら、おまえに二千頭の馬を与えよう。9 おまえは戦車と騎兵のことでエジプトに拠り頼んでいるが、私の主君の最も小さい家来である総督一人さえ追い返せないのだ。10 今、私がこの国を滅ぼすために上って来たのは、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を差し置いてのことであろうか。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が私に「この国に攻め上って、これを滅ぼせ」と言われたのだ。』」
11 エルヤキムとシェブナとヨアフは、ラブ・シャケに言った。
「どうか、しもべたちにはアラム語で話してください。われわれはアラム語が分かりますから。城壁の上にいる民が聞いているところでは、われわれにユダのことばで話さないでください。」
12 ラブ・シャケは言った。
「私の主君がこれらのことを告げに私を遣わされたのは、おまえの主君や、おまえのためだろうか。むしろ、城壁の上に座っている者たちのためではないか。彼らはおまえたちと一緒に、自分の糞を食らい、自分の尿を飲むようになるのだ。」
13 ラブ・シャケは突っ立って、ユダのことばで大声で叫んだ。
「大王、アッシリアの王のことばを聞け。14 王はこう言っておられる。
『ヒゼキヤにごまかされるな。あれは、おまえたちを救い出すことができないからだ。15 ヒゼキヤは、「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が必ずわれわれを救い出してくださる。この都は決してアッシリアの王の手に渡されることはない」と言って、おまえたちに主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を信頼させようとするが、そうはさせない。』16 ヒゼキヤの言うことを聞くな。アッシリアの王がこう言っておられるからだ。『私と和を結び、私に降伏せよ。そうすれば、おまえたちはみな、自分のぶどうと自分のいちじくを食べ、自分の井戸の水を飲めるようになる。17 その後私は来て、おまえたちの国と同じような国におまえたちを連れて行く。そこは穀物と新しいぶどう酒の地、パンとぶどう畑の地である。18 ヒゼキヤが、「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はわれわれを救い出してくださる」と言っても、おまえたちは、そそのかされないようにせよ。国々の神々は、それぞれ自分の国をアッシリアの王の手から救い出しただろうか。19 ハマテやアルパデの神々は今、どこにいるのか。セファルワイムの神々はどこにいるのか。彼らはサマリアを私の手から救い出したか。20 これらの国々のすべての神々のうち、だれが自分たちの国を私の手から救い出したか。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕がエルサレムを私の手から救い出せるとでもいうのか。』」
21 人々は黙って、彼に一言も答えなかった。「彼に答えるな」というのが、王の命令だったからである。
22 ヒルキヤの子である宮廷長官エルヤキム、書記シェブナ、アサフの子である史官ヨアフは、自分たちの衣を引き裂いてヒゼキヤのもとに行き、ラブ・シャケのことばを告げた。”(イザヤ36章・2017)と記されています。

 20-23節には、ヤハウェ(主)への祈りとヤハウェ(主)によるアッシリアからの救いについて次のように記されています。
“20 ヒゼキヤ王と、アモツの子、預言者イザヤは、このことについて祈り、天に叫び求めた。
21 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は御使いを遣わして、アッシリアの王の陣営にいたすべての勇士、指揮官、隊長を全滅させた。
アッシリアの王は恥じて国へ帰り、自分の神の宮に入った。そのとき、自分の身から生まれ出た者たちが、そこで彼を剣にかけて倒した。
22 こうして主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、ヒゼキヤとエルサレムの住民を、アッシリアの王センナケリブの手、および、すべての者の手から救って、四方から彼らを守られた。
23 多くの人々が、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕へのささげ物やユダの王ヒゼキヤに贈る選りすぐりの品々を携えて、エルサレムに来るようになった。この時以来、ヒゼキヤはすべての国々から尊敬の目で見られるようになった。”(2017)とあります。

 20節には、“ヒゼキヤ王と、アモツの子、預言者イザヤは、このことについて祈り、天に叫び求めた。”と記されていますが、イザヤ書にはヤハウェ(主)への祈りと、ヤハウェ(主)からの回答が次のように記されています。
“1 ヒゼキヤ王はこれを聞くと衣を引き裂き、粗布を身にまとって主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に入った。
2 彼は、宮廷長官エルヤキム、書記シェブナ、年長の祭司たちに粗布を身にまとわせて、預言者である、アモツの子イザヤのところに遣わした。
3 彼らはイザヤに言った。
「ヒゼキヤはこう言っておられます。
『今日は、苦難と懲らしめと屈辱の日です。子どもが生まれようとしているのに、それを産み出す力がないからです。4 おそらく、あなたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、ラブ・シャケのことばを聞かれたことでしょう。彼の主君、アッシリアの王が、生ける神をそしるために彼を遣わしたのです。あなたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、お聞きになったそのことばをとがめられます。あなたは、まだいる残りの者のために祈りの声をあげてください。』」
5 ヒゼキヤ王の家来たちがイザヤのもとに来たとき、
6 イザヤは彼らに言った。
「あなたがたの主君にこう言いなさい。
『主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。あなたが聞いたあのことば、アッシリアの王の若い者たちがわたしをののしった、あのことばを恐れるな。
7 今、わたしは彼〔センナケリブ(筆者挿入)〕のうちに霊を置く。彼は、あるうわさを聞いて、自分の国に引き揚げる。わたしはその国で彼を剣で倒す。』」
8 ラブ・シャケ〔献酌長(筆者挿入)〕は退いて、リブナを攻めていたアッシリアの王と落ち合った。王がラキシュから移動したことを聞いていたからである。
9 王〔センナケリブ(筆者挿入)〕は、クシュの王ティルハカについて、「彼があなたと戦うために出て来ている」との知らせを聞いた。
アッシリアの王はそれを聞くと、使者たちをヒゼキヤに送って言った。
10 「ユダの王ヒゼキヤにこう伝えよ。『おまえが信頼するおまえの神にだまされてはいけない。エルサレムはアッシリアの王の手に渡されないと言っているが。11 おまえは、アッシリアの王たちがすべての国々にしたこと、それらを絶滅させたことを確かに聞いている。それでも、おまえだけは救い出されるというのか。12 私の先祖は、ゴザン、ハラン、レツェフ、またテラサルにいたエデン〔ユーフラテス川とバリク川の間にあった小国家(注解付新改訳聖書の注)〕の人々を滅ぼしたが、その国々の神々は彼らを救い出したか。13 ハマテの王、アルパデの王、セファルワイムの町の王、ヘナやイワの王はどこにいるか。』」
14 ヒゼキヤは、使者の手からその手紙を受け取って読み、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に上って行き、それを主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の前に広げた。
15 ヒゼキヤは主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に祈った。
16 「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、万軍の主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ。ただ、あなただけが、地のすべての王国の神です。あなたが天と地を造られました。17 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ。御耳を傾けて聞いてください。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ。御目を開いてご覧ください。生ける神をそしるために言ってよこしたセンナケリブのことばをみな聞いてください。18 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ。アッシリアの王たちが、すべての国々とその国土を廃墟としたのは事実です。19 彼らはその神々を火に投げ込みました。それらが神ではなく、人の手のわざ、木や石にすぎなかったので、彼らはこれを滅ぼすことができたのです。20 私たちの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕よ。今、私たちを彼の手から救ってください。そうすれば、地のすべての王国は、あなただけが主〔ヤハウェ。ヤハウェ(主)は実在する永遠のお方の意があります(筆者挿入)〕であることを知るでしょう。」
21 アモツの子イザヤは、ヒゼキヤのところに人を送って言った。
「イスラエルの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。
『あなたはアッシリアの王センナケリブについて、わたしに祈った。』
22 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が彼〔センナケリブ(筆者挿入)〕について語られたことばは、このとおりである。
『処女である娘シオン〔これまで侵略されたことのないシオン(エルサレム)(筆者挿入)〕はおまえを蔑み、おまえを嘲る。娘エルサレム〔ヘブライ語では地は女性名詞(筆者挿入)〕は、おまえのうしろで頭を振る。23 おまえはだれをそしり、だれをののしったのか。だれに向かって声をあげ、高慢な目を上げたのか。イスラエルの聖なる者に対してだ。24 おまえはしもべたちを通して、主をそしって言った。「多くの戦車を率いて、私は山々の頂に、レバノンの奥深くに上って行った。そのそびえる杉の木と美しいもみの木を切り倒し、その果ての高地、木の茂った園にまで入って行った。25 私は井戸を掘って水を飲み、足の裏でエジプトのすべての川を干上がらせた」と。26 おまえは聞かなかったのか。遠い昔に、わたしがそれをなし、大昔に、わたしがそれを計画し、今、それを果たしたことを。それで、おまえは城壁のある町々を荒らして廃墟の石くれの山としたのだ。27 その住民は力失せ、打ちのめされて恥を見て、野の草や青菜、育つ前に干からびる屋根の草のようになった。28 おまえ〔センナケリブ(筆者挿入)〕が座るのも、出て行くのも、おまえが入るのも、わたしはよく知っている。わたしに向かっていきり立つのも。29 おまえがわたしに向かっていきり立ち、おまえの安逸がわたしの耳に届いたので、わたしはおまえの鼻に鉤輪を、口にくつわをはめ、おまえを、もと来た道に引き戻す。』
30 あなた〔ヒゼキヤ(筆者挿入)〕へのしるしは、こうである。
『今年は、落ち穂から生えたものを食べ、二年目は、それから生えたものを食べ、三年目は、種を蒔いて刈り入れ、ぶどう畑を作ってその実を食べる〔アッシリア軍はエルサレム周辺の農地を約3年間占領していた(B.C.703-701年)。これがエルサレムにおける飢饉の原因であった。(新共同訳スタディー版の注)〕。31 ユダの家の中の逃れの者、残された者〔ヤハウェに忠実の故に生き残った者(筆者挿入)〕は、下に根を張り、上に実を結ぶ。32 エルサレムから残りの者が、シオンの山から、逃れの者が出て来るからである。万軍の主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の熱心がこれを成し遂げる。』
33 それゆえ、アッシリアの王について、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。『彼はこの都に侵入しない。また、ここに矢を放たず、これに盾をもって迫らず、塁を築いてこれを攻めることもない。34 彼は、もと来た道を引き返し、この都には入らない──主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことば──。35 わたしはこの都を守って、これを救う。わたしのために、わたしのしもべダビデのために。』」”(イザヤ37章・2017)と記されています。

 2歴代誌32:21に、“主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は御使いを遣わして、アッシリアの王の陣営にいたすべての勇士、指揮官、隊長を全滅させた。アッシリアの王は恥じて国へ帰り、自分の神の宮に入った。そのとき、自分の身から生まれ出た者たちが、そこで彼を剣にかけて倒した。”と記されているところを、イザヤ書は次のように記しています。
“36 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の使いが出て行き、アッシリアの陣営で十八万五千人を打ち殺した。人々が翌朝早く起きて見ると、なんと、彼らはみな死体となっていた。
37 アッシリアの王センナケリブは陣をたたんで去り、帰ってニネベに住んだ。
38 彼が自分の神ニスロクの神殿で拝んでいたとき、その息子たち、アデラメレクとサルエツェルは、剣で彼を打ち殺した。彼らはアララテの地へ逃れ、彼の子エサル・ハドンが代わって王となった。”(イザヤ37章・2017)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたは永遠に実在されるお方です。
そして、イエス様も御聖霊も永遠に実在されるお方です。
三一の主なる神様以外はすべて被造物です。
まことの神様だけがこの宇宙に存在するすべてのものをつくられたお方です。
あなたの御名だけが崇められ、賛美されますように。
私たちは主イエス様の御名によってあなたを崇め、賛美し、あなたに感謝します。
ますますあなたに感謝しながら、あなたを賛美しながら歩む者となさしめてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

2021年6月26日 (土)

2歴代誌32:1-8 ヒゼキヤとユダ王国の試練

 アッシリアの王センナケリブの侵攻とそれに対するヒゼキヤ王の対応、励ましについて1-8節には次のように記されています。
“1 これらの真実なこと〔主に在る真実な宗教改革(筆者挿入)〕が行われた後、アッシリアの王センナケリブが来てユダに入り、城壁のある町々に対して陣を敷いた。それらを攻め取ろうと考えたのである。
2 ヒゼキヤは、センナケリブが来て、エルサレムに対して戦を仕掛けようとしているのを見たので、3 町の外にある泉の水をふさごうと、高官たちや勇士たちと相談した。彼らは王を支持した。
4 そこで、多くの民が集まり、すべての泉と、この地を流れている川をせき止めて言った。「アッシリアの王たちに攻め入らせ、豊富な水を見つけさせてなるものか。」
5 王は奮い立ち、崩れていた城壁をすべて改修し、その上にやぐらを立て上げ、その外側にもう一つの城壁を築き、ダビデの町のミロ〔エルサレムのオフェル(南東丘のダビデの町と北東丘の神殿地区とをつなぐ部分)に構築された防御施設(聖書辞典)〕を強固にした。さらに、大量の投げ槍と盾を作った。
6 彼は民の上に戦時の隊長たちを立て、彼らを町の門の広場に召集し、激励して言った。
7 「強くあれ。雄々しくあれ。アッシリアの王や、彼とともにいるすべての大軍を恐れてはならない。おののいてはならない。彼とともにいる者よりも大いなる方が、私たちとともにいてくださるからである。8 彼とともにいる者は肉の腕だが、私たちとともにおられる方は、私たちの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕であり、私たちを助け、私たちの戦いを戦ってくださる。」民はユダの王ヒゼキヤのことばによって力づけられた。”(2017)とあります。

 アッシリアの王センナケリブの在位期間は、前704―681年です(聖書辞典)。
センナケリブのユダへの侵攻は、B.C.701年とされています(新共同訳スタディ版の注)。  

 ユダへのアッシリアの侵攻がなぜ起こったのか、その当時の中東の状況を聖書辞典は次のように記しています。
“〔センナケリブは、(筆者挿入)〕サルゴン2世の子で,エサル・ハドンの父。前9世紀に台頭してきたアッシリヤ帝国も,サルゴン2世の頃には,その支配下の国々が相次いで反乱を起していた。サルゴン2世の死後(前705年),その後を継いだセナケリブ〔センナケリブ(2017)〕王は内外の危機に直面していた。まず最初の反アッシリヤ運動は,バビロンのメロダク・バルアダン王によって起された。これはセナケリブの手によって鎮圧され,メロダク・バルアダンに代ってベール・イブニをバビロンの王位につかせて一応終ったかに見えたが,続いてエジプトが反アッシリヤ運動を起し,パレスチナにおける反アッシリヤ運動を強化してきた。このようなエジプトの力を頼みとし,またセナケリブが即位したばかりで国内のことに忙殺されている間に,パレスチナとフェニキヤの諸国は同盟を結んで,独立する構えを見せた。南王国ユダも預言者イザヤのことばを聞かず,この同盟の中に巻き込まれていった。こうした西方の反アッシリヤの動きに対して,セナケリブ王はついに前701年に大軍を率いてパレスチナに向かい,パレスチナおよびフェニキヤの諸国を打ち破った。”(抜粋)とあります。

 1節には、“・・・アッシリアの王センナケリブが来てユダに入り、城壁のある町々に対して陣を敷いた。それらを攻め取ろうと考えたのである。”とあります。
2列王記18:13には、“ヒゼキヤ王の第十四年に、アッシリアの王センナケリブが、ユダのすべての城壁のある町々に攻め上り、これを取った。 ”(2017)と記されています。
センナケリブがユダに侵攻してユダにある砦の町を46征服したのです。
聖書辞典は、“セナケリブ〔センナケリブ(2017)〕の碑文によれば,彼はユダの町を46征服し,20万人のユダヤ人を捕虜としたと記している。”(抜粋)と述べています。

 2節を読むと、1節の後すぐにアッシリアが、エルサレムに対して戦を仕掛けようとしているかに思えますが、そうではありません。
1節と2節の間には、2列王記18:13‐16の内容の出来事が入ります。すなわち、
“13 ヒゼキヤ王の治世第十四年に、アッシリアの王センナケリブが攻め上り、ユダの砦の町〔46の砦の町(筆者挿入)〕をことごとく占領した。
14 ユダの王ヒゼキヤは、ラキシュ〔エルサレムの南西約45kmの所(筆者挿入)〕にいるアッシリアの王に人を遣わし、「わたしは過ちを犯しました。どうかわたしのところから引き揚げてください。わたしは何を課せられても、御意向に沿う覚悟をしています」と言わせた。アッシリアの王はユダの王ヒゼキヤに銀三百キカル〔1キカルは約34kg(筆者挿入)〕と金三十キカルを課した。
15 ヒゼキヤは主の神殿と王宮の宝物庫にあったすべての銀を贈った。
16 またこのときユダの王であるヒゼキヤは、自分が金で覆った主の神殿の扉と柱を切り取り、アッシリアの王に贈った。”(新共同訳)と記されています。

 アッシリアの王センナケリブは、金銀を貢がれたにもかかわらず、エルサレムに対して戦を仕掛けようとした(2)のです。
それに対してヒゼキヤが戦いの備えをした内容が3-5節に記されている内容です。
さらに、ヒゼキヤは主に在って、戦時の民の隊長たちを激励しました。
「強くあれ。雄々しくあれ。アッシリアの王や、彼とともにいるすべての大軍を恐れてはならない。おののいてはならない。彼とともにいる者よりも大いなる方が、私たちとともにいてくださるからである。彼とともにいる者は肉の腕だが、私たちとともにおられる方は、私たちの神、ヤハウェ(主)であり、私たちを助け、私たちの戦いを戦ってくださる。」と(7.8)。
ヒゼキヤ王の激励の言葉によって皆力づけられたのです。それは民がヤハウェ(主)に信仰を働かせたからです。

 主に信頼し、主に従っていれば、何事もなく安全が保障されるとは限らないことがヒゼキヤの時代の出来事から教えられます。
主は、愛する者に、信仰を増し加えるために、またより豊かな祝福を与えるために、敢えて敵の攻撃を許す場合があります。
イエス様の使徒たちは、ヨハネを除いて殉教していきました。
しかしイエス様は、予め、「義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。わたしのために人々があなたがたをののしり、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。大いに喜びなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのですから。」(マタイ5:10-12・2017)とか、「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」(ヨハネ16:33・新共同訳)と語られていました。

 また迫害に次ぐ迫害を受けたパウロは、
“35 だれが、私たちをキリストの愛から引き離すのですか。苦難ですか、苦悩ですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。/37 しかし、これらすべてにおいても、私たちを愛してくださった方によって、私たちは圧倒的な勝利者です。38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いたちも、支配者たちも、今あるものも、後に来るものも、力あるものも、39 高いところにあるものも、深いところにあるものも〔高い所にいるものも、低い所にいるものも(新共同訳)〕、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。”(ローマ8章・2017)と述べています。

 またパウロは、「神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。」(ローマ8:28・2017)と語りました。
口語訳は、ローマ8:28を、「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。」と訳しています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
私にも色々な危機的状況をこれまでに与えてくださいましたが、その都度、それに勝る祝福を与えてくださいましたことを感謝します。
現在は、日々、いつ地上のいのちが終わってもおかしくないと思えるような体調の中に置かれていますが、それがまた豊かな恵みをあなたから与えられる材料であることを覚えて感謝します。
私たちは、地上にあっても天上にあってもいつも祝福された存在ですからありがとうございます。
この世的なものの見方ではなく、あなたに在る者としてのものの見方をすることによって物事は全く変わったものに見えますからありがとうございます。
御名を崇めて感謝し、我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「20 私の願いは、どんな場合にも恥じることなく、今もいつものように大胆に語り、生きるにしても死ぬにしても、私の身によってキリストがあがめられることです。21 私にとって生きることはキリスト、死ぬことは益です。22 しかし、肉体において生きることが続くなら、私の働きが実を結ぶことになるので、どちらを選んだらよいか、私には分かりません。23 私は、その二つのことの間で板ばさみとなっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。そのほうが、はるかに望ましいのです。24 しかし、・・・」(ピリピ1章・2017)

2021年6月25日 (金)

2歴代誌31章 ヒゼキヤの改革/主を畏れ敬い、主に仕える


1節には、“これらすべてのことが終わると〔過越の祭、種なしパンの祭、それに続く7日間の延長の祭の合計14日間の祭の終了の後(筆者挿入)〕、そこにいた全イスラエル〔祭りを祝ったところのイスラエル人たち(筆者挿入)〕はユダの町々に出て行き、石の柱を打ち砕き、アシェラ像を切り倒し、ユダ全土とベニヤミン、またエフライムとマナセ〔かつての北イスラエル王国の中心部族。北イスラエル全体を指して言っているのかも知れません(筆者挿入)〕の中にある高き所と祭壇を徹底的に壊した。そして、すべてのイスラエルの子らは、それぞれ自分の町、自分の所有地へ帰って行った。”(2017)とあります。

 この節にある「石の柱」とは、バアル礼拝のためのものでしょう。
聖書辞典は、“石の柱はまことの神を礼拝するためにではなく、カナンのバアル神礼拝のために用いられるようになった。石の柱はバアル礼拝をささげる「高き所」と呼ばれる聖所に立てられ、偶像神の顕現の場所として偶像礼拝の対象とされたのである。”(抜粋)と述べています。
「アシェラ」について聖書辞典は、
“〔アシェラは、(筆者挿入)〕アシュタロテと共にカナン宗教の肥沃祭儀の礼拝の対象とされていた女神で、古代オリエント全域で信奉されていた。アシェラはイスラエルにおいて、唯一の真の神ヤハウェに対する信仰が自然および自然の力を信奉する宗教に堕落する時には、必ず入り込んできた。そして至高神の妻として崇拝される偶像となった。アシェラはこのようにアシュタロテ,アナテと共に有力な女神とされ、それらの相手になる男神としては一般的にバアルがあげられている。その祭は農業宗教的要素を持ち、きわめて官能的、性的傾向に走った。後にエルサレムの神殿にアシェラ像が立ち、神殿男娼の部屋が設けられ、その像に掛ける幕を織る女たちがいたことが記されている。”(抜粋)と述べています。

 1節には、“ユダ全土とベニヤミン、またエフライムとマナセの中にある高き所〔異教の礼拝所(筆者挿入)〕と祭壇〔異教の祭壇(筆者挿入)〕を徹底的に壊した。”と記されています。
イスラエルの地から偶像が一掃されたのです。ハレルヤ。
日本でこのようなことを行ったら国の法律で有罪になってしまいますが、やがては世界中から偶像が一掃されるのです。ハレルヤ!

 イザヤ44章には次のようなヤハウェ(主)の御言葉が記されています。
“6 イスラエルの王である主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕、これを贖う方、万軍の主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。「わたしは初めであり、わたしは終わりである。わたしのほかに神はいない。
7 わたしが永遠の民を起こしたときから、だれが、わたしのように宣言して、これを告げることができたか。これをわたしの前で並べ立ててみよ。彼らに未来のこと、来たるべきことを告げさせてみよ。
8 おののくな。恐れるな。わたしが、以前からあなたに聞かせ、告げてきたではないか。あなたがたはわたしの証人。わたしのほかに神があるか。ほかに岩はない。わたしは知らない。
9 偶像を造る者はみな、空しい。彼らが慕うものは何の役にも立たない。それら自身が彼らの証人だ。見ることもできず、知ることもできない。彼らはただ恥を見るだけだ。
10 だれが神を造り、偶像を鋳たのか。何の役にも立たないものを。
11 見よ、その人の仲間たちはみな恥を見る。それを細工した者が人間にすぎないからだ。彼らはみな集まり、立つがよい。彼らはおののいて、ともに恥を見る。
12 鉄で細工する者は工具を用い、炭火の上で細工し、金槌でこれを形造り、力ある腕でそれを造る。腹が減ると、力がなくなり、水を飲まないと、疲れてしまう。
13 木で細工する者は測り縄で測り、朱で輪郭をとり、かんなで削り、コンパスで線を引き、人の形に造り、人間の立派な姿に仕上げて、神殿に安置する。
14 杉の木を切り、うばめ樫や樫の木を選んで、林の木の中で自分のために育てる。月桂樹を植えると、大雨がそれを生長させる。
15 それは人間のために薪になり、人はその一部を取って暖をとり、これを燃やしてパンを焼く。また、これで神を造って拝み、これを偶像に仕立てて、これにひれ伏す。
16 半分を火に燃やし、その半分の上で肉を食べ、肉をあぶって満腹する。また、温まって、『ああ、温まった。炎が見える』と言う。
17 その残りで神を造って自分の偶像とし、ひれ伏してそれを拝み、こう祈る。『私を救ってください。あなたは私の神だから』と。
18 彼らはよく知りもせず、理解もしない。その目はふさがれていて見ることもできず、その心が賢くなることはない。
19 彼らは考え直すこともなく、このように言う知識も英知もない。『私は、その半分を火に燃やし、その炭火の上でパンを焼き、肉をあぶって食べている。それなのに、その残りで忌み嫌うべきものを造り、木の切れ端の前にひれ伏すのか。』
20 灰を食物とする者は、心が欺かれ、惑わされて、自分を救い出せず、『私の右の手に偽りはないか』とさえ言わない。
21 ヤコブよ、これらのことを心に留めよ。イスラエルよ、あなたはわたしのしもべ。わたしがあなたを形造った。あなたは、わたし自身のしもべだ。イスラエルよ、あなたはわたしに忘れられることがない。
22 わたしは、あなたの背きを雲のように、あなたの罪をかすみのように消し去った。わたしに帰れ。わたしがあなたを贖ったからだ。」”(2017)とあります。

 ヒゼキヤの父アハズの時代には、ヤハウェ(主)の神殿が閉じられ(2歴代誌28:4.25)、祭司やレビ人の奉仕もなくなり、祭司やレビ人に対する律法の規定(民数記18:8-24)も守られなくなっていました。ヒゼキヤ王は、それらを正したのです。2-10節には次のように記されています。
“2 ヒゼキヤは祭司とレビ人の組を定め、祭司とレビ人それぞれの組ごとに、その奉仕にしたがって全焼のささげ物と交わりのいけにえを献げさせ、さらに、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宿営の門で仕え、告白し、賛美させた。
3 また王は、全焼のささげ物のために、自分の財産から自分の分を出した。すなわち、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の律法に記されているとおりに、朝夕の全焼のささげ物、また安息日、新月の祭り、例祭ごとに献げる全焼のささげ物をした。
4 さらに彼は、エルサレムに住む民に対して、祭司とレビ人の受ける分を与えるように命じた。祭司とレビ人が主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の律法に専念するためであった。
5 この命令が広まるとともに、イスラエルの子らは、穀物、新しいぶどう酒、油、蜜など、畑のすべての収穫の初物をたくさん持って来た。彼らはすべての物の十分の一を豊富に携えて来た。
6 ユダの町々に住むイスラエルとユダの人々も、牛や羊の十分の一と、彼らの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に聖別した聖なるささげ物の十分の一を携えて来て、いくつもの山に積み上げた。
7 第三の月に彼らは積み始め、第七の月に終えた。
8 ヒゼキヤと高官たちは、やって来て積まれた山を見ると、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕とその民イスラエルをほめたたえた。
9 ヒゼキヤが、その積まれた山について祭司とレビ人に説明を求めると、
10 ツァドク家の祭司の長アザルヤが、彼に答えて言った。「人々が奉納物を主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に携えて来ることを始めてから、食べて満ち足り、たくさん残るようになりました。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕が御民を祝福されたので、その残りがこんなにたくさんあるのです。」”(2017)とあります。

 ヒゼキヤ王は奉納物を入れる部屋(貯蔵室)を整えさせ、奉納物を管理させました。奉納物の管理責任者や管理者及び奉納物の分配の働きに従事する者たち、祭司やレビ人への食糧の分配等について、11-19節には次のように記されています。
“11 そこで、ヒゼキヤが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の脇部屋〔原語は「リシュカー」で、部屋、室の意(筆者挿入)、「祭司室」(新共同訳)、「貯蔵庫」(岩波訳)、「部屋」(聖書協会共同訳)〕を整えるように命じたので、彼らは整えて、12 その奉納物と十分の一の聖なるささげ物を忠実に運び入れた。彼らを指図した長はレビ人カナンヤであり、その兄弟シムイが補佐であった。13 エヒエル、アザズヤ、ナハテ、アサエル、エリモテ、エホザバデ、エリエル、イスマクヤ、マハテ、ベナヤは、ヒゼキヤ王と神の宮のつかさアザルヤの命によって、カナンヤとその兄弟シムイを助けて管理者となった。
14 東の門の門衛、レビ人イムナの子コレは、神に進んで献げるものを受け持ち、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕への奉納物と最も聖なるささげ物を分配した。15 彼の下には、エデン、ミンヤミン、ヨシュア、シェマヤ、アマルヤ、シェカンヤがいて、祭司の町々で組ごとに、老若の別なく、忠実に彼らの兄弟たちに分配した。
16 これとは別に、系図に記載された三歳以上の男子〔三歳から父親につき仕事を学ぶ(新聖書注解参照)〕で、毎日の日課として組ごとの任務に就き、奉仕に当たるために主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に入るすべての者にも分配した。
17 また父祖の家ごとに祭司として系図に記載された者、および、二十歳以上のレビ人で系図に記載された者で、組ごとにその任務に就く人々にも分配した。
18 さらに、全会衆のうち、すべて系図に記載された幼児、妻たち、息子たち、娘たちにも分配した。彼らは聖なるささげ物を、聖なるものとして忠実に扱ったからである。
19 また、それぞれの町の放牧地にいるアロンの子らである祭司たちのためには、どの町にも指名された者たちがいて、祭司たちのすべての男子、および、レビ人で系図に記載されている者すべてに受ける分を与えることとした。”(2017)とあります。

 ヒゼキヤのヤハウェ(主)への善行が20-21節に次のように記されています。
"20 ヒゼキヤはユダの全地でこのように行い、その神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の前に、良いこと、正しいこと、真実なことを行った。21 彼が始めたすべてのわざにおいて、すなわち、神の宮の奉仕において、律法において、命令において、彼は神を求め、心を尽くして行い、これを成し遂げた。”(2017)とあります。

 ヒゼキヤは、父アハズとは異なり、ヤハウェ(主)を真の神として畏れ敬い、ヤハウェ(主)の前に、心を尽くして、良いこと、正しいこと、真実なことを行いました。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
ヒゼキヤは一途にあなたを畏れ敬い、あなたに仕えましたが、私たちキリスト者は、ヒゼキヤ以上にあなたから豊かな恵みを与えられているものです。
御父と御子を愛し、そのみ旨に従い続ける歩みをしていくことができますよう助けてください。
御名を賛美し、我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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