エズラ記

2021年9月20日 (月)

エズラ記10章 罪を悔い改め、異国人との結婚を解消した人々

 エズラ9:6-15に記されているエズラの祈りと、エズラのヤハウェ(主)なる神様に対するあり様に共感した人々が、エズラのもとに集まって来たことが1節に次ように記されています。
“エズラが神の宮の前でひれ伏して、涙ながらに祈り告白しているとき、男や女や子どもの大会衆がイスラエルのうちから彼のところに集まって来た。民は涙を流して激しく泣いた。”(2017)とあります。

 シェカンヤによるエズラへの提案が2-4節に次のように記されています。
“2 そのとき、エラムの子孫の一人エヒエルの子シェカンヤが、エズラに言った。「私たちは、自分たちの神の信頼を裏切り、この地の民である異国人の女を妻にしました。しかし、このことについてイスラエルには今なお望みがあります。
3 今、私たちは自分たちの神と契約を結び、主の勧告と、私たちの神の命令を恐れかしこむ人々の勧告にしたがって、これらの妻たちと、その子どもたちをみな追い出しましょう。律法にしたがってこれを行いましょう。
4 立ち上がってください。このことはあなた〔エズラ(筆者挿入)〕の肩にかかっています。私たちはあなたに協力します。勇気を出して、実行してください。」”(2017)とあります。

 5節には、“エズラは立ち上がり、祭司、レビ人、全イスラエルの長たちに、この提案を実行するよう誓わせた。すると彼らは誓った。”(2017)とあり、エズラは、シェカンヤの提案を受諾し、祭司、レビ人、全イスラエルの長たちに、シェカンヤの提案を実行するよう誓わせたところ、彼らは誓いました。

 この様な事は嫁や子供がかわいそうだ、ということで、現代では、人権問題としてつるし上げられますね。
しかし、彼らにとって、この問題は、申命記7:3に記されている「・・彼ら〔ヒッタイト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、およびエブス人(申命記7:1)〕と姻戚関係に入ってはならない。あなたの娘をその息子に嫁がせたり、その娘をあなたの息子の妻としたりしてはならない。」(2017)という律法に対する違反であったのです。これに反することはヤハウェ(主)に反することです。

 実は新約聖書の中にも、次のようなイエス様の御言葉があります。
わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。自分の十字架を負ってわたしに従って来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。」(マタイ10:37.38・2017)とイエス様は語られました。
イエス様は、「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。」(マタイ6:33・第三版)とも語られました。
「神の国」の「国」の原語は、(ギ)バシレイアですが、この語には、王国、国、領域の他、支配、統治、命令等の意があります。

 6節には、“エズラは神の宮の前を去って、エルヤシブの子ヨハナンの部屋に行った。そこに行って、パンも食べず、水も飲まずにいた。捕囚から帰って来た人々の不信の罪を嘆き悲しんだのである。”(2017)と、エズラの嘆きの深さが記されています。
ヨハナンの部屋で嘆き悲しんだ、とありますが、ヨハナンは祭司であり(ネヘミヤ12:22.23)、注解付新改訳聖書の注は、ヨハナンの部屋は神殿の境内にあったと思われる、と記しています。

 捕囚から帰還してユダとエルサレムに住んでいる人たちに、3日以内にエルサレムに集合するようにという通達が出されました。7.8節には次のように記されています。
“7 そして、通達がユダとエルサレムに出された。それは、捕囚から帰って来た者はみなエルサレムに集合するように、というものであり、8 また、三日のうちに来ない者はみな、指導者たちや長老たちの決定にしたがってその全財産を聖絶され〔財産は没収され、没収された財産は神殿に納められるというもの(筆者挿入)〕、さらにその人は、捕囚から帰って来た人々の会衆から除名される、としていた。”(2017)とあります。

 集まって来た民の様子が9節には次のように記されています。
“9 ユダとベニヤミンの男はみな、三日のうちにエルサレムに集まって来た。それは第九の月〔太陽暦では11-12月(筆者挿入)〕の二十日であった。こうして、すべての民は神の宮の前の広場に座り、この件〔雑婚問題のこと(筆者挿入)〕で、また大雨〔「先の雨」と言われる季節で、冷たい大雨が降る季節(筆者挿入)〕のために震えていた。”(2017)とあります。

 エズラは、集まって来た民に対して、罪を指摘し、悔い改めの実を結ぶように勧告しました。10.11節には次のように記されています。
“10 祭司エズラは立ち上がって、彼らに言った。「あなたがたは神の信頼を裏切った。異国人の女を妻にし、イスラエルの罪過を増し加えた。11 だから今、あなたがたの父祖の神、主に告白して、そのみむねにかなったことをしなさい。この地の民、異国人の女たちから離れなさい。」”(2017)とあります。

 エズラの勧告に対して全会衆がエズラに答えました。会衆がエズラに答えた内容が12-14節に次のように記されています。
“12 全会衆は大声をあげて答えた。「必ずあなたの言われたとおりにします。13 しかし、民は大勢いて、大雨の時期ですから、私たちは外に立っていることができません。しかも、これは一日や二日の仕事でもありません。私たちはこのことで大いに背いてきたのですから。14 全会衆を代表して私たちの指導者たちに、ここにとどまっていただきたい。そして、私たちの町で異国人の女を妻にした者はみな、定められた時に、それぞれの町の長老たち、さばき人たちと一緒に出頭するようにしていただきたい。そうすれば、このことについての私たちの神の燃える怒りは、私たちから去るでしょう。」”(2017)とあります。

 賛否両論ありましたが、捕囚から帰って来た人々は、その提案どおりにし、第一の月の一日までに調査を終えました。15-17節には次のように記されています。
“15 アサエルの子ヨナタンとティクワの子ヤフゼヤだけはこれに反対し、メシュラムとレビ人シャベタイの支持を得たが、16 捕囚から帰って来た人々は、その提案どおりにした。
祭司エズラは、彼らの一族のそれぞれのために、かしらの者たちを、みな名指しで選り分けた。こうして、彼らはこの件を調べるために第十の月の一日に検討を始め、17 第一の月の一日までに〔3か月間の間に(筆者挿入)〕、異国人の女を妻にした男たちについて、みな調べ終えた。”(2017)とあります。

 雑婚者のリストが18-44節まで次のように記されています。
“18 祭司の子らのうちで異国人の女を妻にした者が分かった。エホツァダクの子ヨシュアの息子たちと、その兄弟たちのうちのマアセヤ、エリエゼル、ヤリブ、ゲダルヤであった。19 彼らはその妻を離縁すると誓い、自分たちの罪過のために、雄羊一匹を代償のささげ物として献げた。
20 イメル族のうちでは、ハナニとゼバデヤ。21 ハリム族のうちでは、マアセヤ、エリヤ、シェマヤ、エヒエル、ウジヤ。
22 パシュフル族のうちでは、エルヨエナイ、マアセヤ、イシュマエル、ネタンエル、エホザバデ、エルアサ。
〔18-22節は祭司の中の違反者たちのリストです(筆者挿入)〕
23 レビ人のうちでは、エホザバデ、シムイ、ケラヤすなわちケリタ、ペタフヤ、ユダ、エリエゼル。
24 歌い手のうちでは、エルヤシブ。門衛のうちでは、シャルム、テレム、ウリ。
〔23.24節はレビ人の中の違反者たちのリストです(筆者挿入)〕
〔25節以下は一般のイスラエル人の中の違反者たちのリストです(筆者挿入)〕
10:25 一般のイスラエル人のうち、パルオシュ族のうちでは、ラムヤ、イジヤ、マルキヤ、ミヤミン、エルアザル、マルキヤ、ベナヤ。
10:26 エラム族のうちでは、マタンヤ、ゼカリヤ、エヒエル、アブディ、エレモテ、エリヤ。
10:27 ザト族のうちでは、エルヨエナイ、エルヤシブ、マタンヤ、エレモテ、ザバデ、アジザ。
10:28 ベバイ族のうちでは、ヨハナン、ハナンヤ、ザバイ、アテライ。
10:29 バニ族のうちでは、メシュラム、マルク、アダヤ、ヤシュブ、シェアル、ラモテ。
10:30 パハテ・モアブ族のうちでは、アデナ、ケラル、ベナヤ、マアセヤ、マタンヤ、ベツァルエル、ビヌイ、マナセ。
10:31 ハリム族のうちでは、エリエゼル、イシヤ、マルキヤ、シェマヤ、シメオン、
10:32 ベニヤミン、マルク、シェマルヤ。
10:33 ハシュム族のうちでは、マテナイ、マタタ、ザバデ、エリフェレテ、エレマイ、マナセ、シムイ。
10:34 バニ族のうちでは、マアダイ、アムラム、ウエル、
10:35 ベナヤ、ベデヤ、ケルフ、
10:36 ワンヤ、メレモテ、エルヤシブ、
10:37 マタンヤ、マテナイ、ヤアサイ。
10:38 バニ、ビヌイ、シムイ、
10:39 シェレムヤ、ナタン、アダヤ、
10:40 マクナデバイ、シャシャイ、シャライ、
10:41 アザルエル、シェレムヤ、シェマルヤ、
10:42 シャルム、アマルヤ、ヨセフ。
10:43 ネボ族のうちでは、エイエル、マティテヤ、ザバデ、ゼビナ、ヤダイ、ヨエル、ベナヤ。
10:44 これらの者はみな、異国人の女を妻にした者であった。彼らの妻たちの中には、すでに子を産んだ者もいた。”(2017)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
エズラのあなたに対する熱い思いをひしひしと感じます。
私たちキリスト者は律法に仕えるものではなく御霊によって歩む者であることを覚えます。
日々、御霊に満たされ、御霊の導きに従って歩み続けることが出来ますよう祝福してください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2コリント3:6-18
“6 神様は、私たちが、人々を救う新しい契約について、人々に知らせることができるように、助けてくださいました。それは、「神様の律法(おきてや戒律)を全部守れ。さもないと滅びるぞ」と教えているのではありません。「御霊が新しいいのちを下さる」と教えているのです。「モーセの十戒」を守って救われようとする、古い方法の行き着く先は死です。しかし新しい方法によれば、御霊からいのちをいただけるのです。
7 けれども、死に通じる、石板に刻まれた文字による方法(出エジプト31:18)も、初めは輝かしい栄光をおびていたのです。その栄光のまばゆさに、イスラエルの人々は、モーセの顔をまともに見られないほどでした。従うべき神の律法を示した時のモーセの顔は、神の栄光そのもので光り輝いていたからです。――もっとも、その輝きは、やがて消え去る運命にあったのですが。
8 とすれば、御霊がいのちを与えてくださる、この今の時には、はるかにすばらしい栄光を、期待できるのではないでしょうか。
9 死に通じる計画にも栄光があったのなら、人々を神との正しい関係に導く計画には、なおさら、栄光が満ちあふれるのです。
10 事実、モーセの顔の最初の栄光は、新しい契約の圧倒的な栄光に比べたら、取るに足りないものです。
11 もし消え去ってゆく古い方法にも天の栄光が満ちていたとすれば、私たちの救いのために立てられた、永遠に続く神の新しい契約には、はるかにまさった栄光があるはずです。
12 この新しい栄光は決して消え去らないと確信しているので、私たちはきわめて大胆に語れるのです。
13 そしてモーセのように、栄光の消えていく様子をイスラエルの人々から隠すため、顔に覆いをかけたりはしません。
14 覆いがかけられたのは、モーセの顔だけではありません。イスラエルの人々の霊的理解力も覆われたのです。今でも、聖書が朗読される時、ユダヤ人の思いには、厚い覆いがかかっているように思えます。というのは、聖書のほんとうの意味を知ることも、理解することもできないからです。この覆いは、キリストを信じてはじめて取り除かれるのです。
15 確かに、今日でも、彼らがモーセの書を朗読する時、その心には覆いがかかったままです。
16 しかし、だれでも罪に背を向け、主のほうに向く時、その覆いは取り除かれます。
17 主は、いのちを与えてくださる御霊です。御霊のおられるところには自由があります。〔それは、神のおきてを守って救われようとすることからの解放です。(旧リビングバイブル訳挿入)〕
〔主は霊です。そして、主の霊のあるところには自由があります。(聖書協会共同訳)〕
18 私たちには顔の覆いがありません。 鏡のように、主の栄光をはっきり映すことができます。そして、主の御霊が私たちのうちで働いてくださるにつれ、私たちはますます主に似た者にされていくのです。
〔私たちは皆、顔の覆いを除かれて、主の栄光を鏡に映すように見つつ{別訳「鏡のように映し出しながら」(訳者挿入)}栄光から栄光へと、主と同じかたち{あるいは「像」(欄外注)}に変えられていきます。これは主の霊の働きによるのです。(聖書協会共同訳)〕”(リビングバイブル)
1コリント15:45後半には、“最後のアダム〔すなわちキリスト(筆者挿入)〕はいのちを与える霊となりました。”(聖書協会共同訳)とあります。

2021年9月19日 (日)

エズラ記9章 異民族の娘との結婚とエズラの祈り

 雑婚の実情を知ったエズラの驚きの様子が1-4節に次のように記されています。
“1 これらのことが終わった後、指導者たちが私のところに近づいて来て次のように言った。
「イスラエルの民、祭司、レビ人は、カナン人、ヒッタイト人、ペリジ人、エブス人、アンモン人、モアブ人、エジプト人、アモリ人など異国の忌み嫌うべき習慣と縁を絶つことなく、2 かえって、彼らも息子たちも、これらの国々の娘を妻にし、聖なる種族がもろもろの地の民と混じり合ってしまいました。しかも、指導者たち、代表者たちがこの不信の罪の張本人なのです。」
3 私はこのことを聞いて、衣と上着を引き裂き、髪の毛とひげを引き抜き、茫然として座り込んでしまった。
4 捕囚から帰って来た人々の不信の罪のことで、イスラエルの神のことばを恐れかしこむ者はみな、私のところに集まって来た。私は夕方のささげ物の時刻まで、茫然としてそこに座っていた。”(2017)とあります。

 イスラエルがカナンの地に入る前に語られた内容を記してある申命記には、次のような箇所があります。
“16 あなたの神、主が相続地として与えようとしておられる次の民の町々では、息のある者を一人も生かしておいてはならない。
17 すなわち、ヒッタイト人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、あなたの神、主が命じられたとおり必ず聖絶しなければならない。
18 それは、彼らが、その神々に行っていたすべての忌み嫌うべきことをするようにあなたがたに教え、あなたがたが、あなたがたの神、主の前に罪ある者とならないようにするためである。”(申命記20章・2017)

 現代のヒューマニズム的思想からすると、1.2節の文言を受け入れることはむずかしいことでしょう。
神の国は、ヒューマニズムではないのです。
神の国は、民主主義国家ではなく、主なる神が王の王、主の主なのです。
ヤハウェ(主)を神としないことは罪です。
1節に出てくるカナン人、ヒッタイト人、ペリジ人、エブス人、アンモン人、モアブ人、エジプト人、アモリ人などは、ヤハウェ(主)ではなく、異教の神を礼拝していたのです。それ故、イスラエル人男性が、異教の神を崇拝する娘と結婚し、その子供が、異教の神を礼拝するようになることは、正しく「不信の罪」(2)を犯すことなのです。
〔「異教の神」という用語を使いましたが、異教の神の本体は悪霊です(1コリント10:19.20)。悪霊の頭領は悪魔(定冠詞付きのサタン)です。サタンは敵対する者の意。〕

 申命記7章には次のような御言葉が記されています。
“1 あなたが入って行って所有しようとしている地〔カナンの地(筆者挿入)〕に、あなたの神、主〔「あなたの神 主」の原語は「ヤハウェ エロヘーハ」(筆者挿入)〕があなたを導き入れるとき、主は、あなたよりも数多くまた強い七つの異邦の民、すなわち、ヒッタイト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、およびエブス人をあなたの前から追い払われる。
2 あなたの神、主が彼らをあなたに渡し、あなたがこれを討つとき、あなたは彼らを必ず聖絶しなければならない。彼らと何の契約も結んではならない。また、彼らにあわれみを示してはならない。
3 また、彼らと姻戚関係に入ってはならない。あなたの娘をその息子に嫁がせたり、その娘をあなたの息子の妻としたりしてはならない
4 というのは、彼らはあなたの息子を私から引き離し、ほかの神々に仕えさせ、こうして主の怒りがあなたがたに向かって燃え上がって、あなたをただちに根絶やしにするからである
5 むしろ彼らに対して、このようにしなければならない。彼らの祭壇を打ち壊し、石の柱を打ち砕き、彼らのアシェラ像を切り倒し、彼らの彫像を火で焼かなければならない。
6 あなたは、あなたの神、主の聖なる民だからである。あなたの神、主は地の面のあらゆる民の中からあなたを選んで、ご自分の宝の民とされた。
7 主があなたがたを慕い、あなたがたを選ばれたのは、あなたがたがどの民よりも数が多かったからではない。事実あなたがたは、あらゆる民のうちで最も数が少なかった。
8 しかし、主があなたがたを愛されたから、またあなたがたの父祖たちに誓った誓いを守られたから、主は力強い御手をもってあなたがたを導き出し、奴隷の家から、エジプトの王ファラオの手からあなたを贖い出されたのである。
9 あなたは、あなたの神、主だけが神であることをよく知らなければならない。主は信頼すべき神であり、ご自分を愛し、ご自分の命令を守る者には恵みの契約を千代までも守られる。
10 しかし、ご自分を憎む者には一人ひとりに報いて彼らを滅ぼされる。主はためらわず、ご自分を憎む者一人ひとりに報いられる。
11 あなたは、私が今日あなたに命じる命令、すなわち掟と定めを守り行わなければならない。
12 もしあなたがたがこれらの定めを聞き、これを守り行うなら、あなたの神、主は、あなたの父祖たちに誓われた恵みの契約をあなたのために守り、
13 あなたを愛し、あなたを祝福し、あなたを増やす。主があなたに与えるとあなたの父祖たちに誓われた地で、あなたの胎の実も、穀物、新しいぶどう酒、油などの大地の実りも、またあなたの群れの中の子牛、群れの中の子羊も祝福される。
14 あなたはあらゆる民の中で最も祝福される。あなたのうちには、子のいない男、子のいない女はいなくなる。あなたの家畜も同様である。
15 主はあらゆる病気をあなたから取り除き、あなたが経験したあのエジプトの悪疫を、一つもあなたにはもたらさず、あなたを憎むすべての者にこれを下される。
16 あなたは、あなたの神、主があなたに与えるあらゆる民を滅ぼし尽くす。彼らにあわれみをかけてはならない。また彼らの神々に仕えてはならない。それがあなたへの罠となるからだ。”(2017)とあります。

 民数記25章に次のような記事が記されています。
“1 イスラエルはシティムにとどまっていたが、民はモアブの娘たちと淫らなことをし始めた。
2 その娘たちが、自分たちの神々のいけにえの食事に民を招くと〔霊的には悪霊の食卓{1コリント10:19-21}(筆者挿入)〕、民は食し、娘たちの神々を拝んだ。
3 こうしてイスラエルはバアル・ペオルとくびきをともにした。すると、主の怒りがイスラエルに対して燃え上がった。
4 主はモーセに言われた。「この民のかしらたちをみな捕らえて、主の前で、白日の下にさらし者にせよ。そうすれば、主の燃える怒りはイスラエルから離れ去る。」
5 そこでモーセはイスラエルのさばき人たちに言った。「あなたがたは、それぞれ自分の配下でバアル・ペオルとくびきをともにした者たちを殺せ。」
6 ちょうどそのとき、一人のイスラエル人の男がやって来た。彼は、モーセと、会見の天幕の入り口で泣いているイスラエルの全会衆の目の前で、一人のミディアン人の女を自分の兄弟たちに近づかせた。
7 祭司アロンの子エルアザルの子ピネハスはそれを見るや、会衆の中から立ち上がり、槍を手に取り、
8 そのイスラエル人の男の後を追ってテントの奥の部屋に入り、イスラエル人の男とその女の二人を、腹を刺して殺した。するとイスラエルの子らへの主の罰が終わった。
9 この主の罰で死んだ者は、二万四千人であった。”(2017)とあります。

 日本の国は、元来が偶像崇拝の国ですから、しっかりと主に結びついているキリスト者を除いては、このような事柄を人々は受け入れ難いことと思うでしょう。
また、旧約には旧約時代の神の経綸(神の統治)があるのです。
しかし、新約時代でもその本質は変わりません。
 2コリント6.7章には次のように記されています。
“6:14 不信者と、つり合わないくびきをともにしてはいけません。正義と不法に何の関わりがあるでしょう。光と闇に何の交わりがあるでしょう。
15 キリストとベリアルに何の調和があるでしょう。信者と不信者が何を共有しているでしょう。
〔(ギ)「ベリアル」について、ベリアルは、ヘブライ語では、ベリッヤアルに相当し、ヘブライ語では,「悪い者」とか「よこしまな人」という意味で、この箇所ではサタンのことを言っています(筆者挿入)〕
16 神の宮〔神の神殿(新共同訳)、すなわちキリスト者の体{1コリント3:16、6:19}(筆者挿入)〕と偶像に何の一致があるでしょう。私たちは生ける神の宮〔神の神殿(新共同訳)〕なのです。神がこう言われるとおりです。「わたしは彼らの間に住み、また歩む。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
17 それゆえ、彼らの中から出て行き、彼らから離れよ。──主は言われる──汚れたものに触れてはならない。そうすればわたしは、あなたがたを受け入れ、
18 わたしはあなたがたの父となり、あなたがたはわたしの息子、娘となる。──全能の主は言われる。」
7:1 愛する者たち。このような約束を与えられているのですから、肉と霊の一切の汚れから自分をきよめ、神を恐れつつ聖さを全うしようではありませんか。”(2017)とあります。

 以上のようにパウロは述べていますが、また次のようにも述べています。
“9 私は前の手紙で、淫らな行いをする者たちと付き合わないようにと書きました。
10 それは、この世の淫らな者、貪欲な者、奪い取る者、偶像を拝む者と、いっさい付き合わないようにという意味ではありません。そうだとしたら、この世から出て行かなければならないでしょう。
11 私が今書いたのは、兄弟と呼ばれる者で、淫らな者、貪欲な者、偶像を拝む者、人をそしる者、酒におぼれる者、奪い取る者がいたなら、そのような者とは付き合ってはいけない、一緒に食事をしてもいけない、ということです。
12 外部の人たちをさばくことは、私がすべきことでしょうか。あなたがたがさばくべき者は、内部の人たちではありませんか。
13 外部の人たちは神がおさばきになります。「あなたがたの中からその悪い者を除き去りなさい。」”(1コリント5章・2017)と記されています。

 私たちは、この世から出て行くのではなく、主に遣わされた場所で、この世の人をイエス様のもとへとお連れするのです。
「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」(ヨハネ14:6・2017)と語られたイエス様のもとへと。

 ヤハウェ(主)なる神様の御言葉は、霊の世界の観点から見ないとよく分かりません。表面的な肉的な観点から神のことばを捉えると何故?どうして?ということになります。

 話を本題に戻しますが、雑婚の実情を知ったエズラの状況はどのようであったのでしょうか。
3節には、“私はこのことを聞いて、衣と上着を引き裂き、髪の毛とひげを引き抜き、茫然として座り込んでしまった。”(2017)と記されています。

 エズラと同じように雑婚問題に心を痛めている人たちがいました。
4節には、“捕囚から帰って来た人々の不信の罪のことで、イスラエルの神のことばを恐れかしこむ者はみな、私のところに集まって来た。私は夕方のささげ物の時刻まで、茫然としてそこに座っていた。”と記されています。

 エズラはヤハウェ(主)に祈りました(祈りの内容は6-15節)。5-15節には次のように記されています。
“5 夕方のささげ物の時刻になって、打ちのめされていた私は立ち上がり、衣と上着を引き裂いたまま、ひざまずき、自分の神、主〔「私の神、主」の原語は、「ヤハウェ エロヒー」(筆者挿入)〕に向かって手を伸べ広げて、9:6 こう言った。
「私の神よ〔原語は「エロヒー」(筆者挿入)〕。私は恥じています。私の神よ。私はあなたに向かって顔を上げることを恥ずかしく思います。私たちの咎は増し、私たちの頭より高くなり、私たちの罪過は大きく、天にまで達したからです。
〔雑婚問題は、エズラにとって、「私たちの咎は増し、私たちの頭より高くなり、私たちの罪過は大きく、天にまで達した」と述べています。新約的に言えば、2コリント6:14-17の問題です。(筆者挿入)〕
7 私たちの先祖の時代から今日まで、私たちは大きな罪過の中にありました。私たちのその咎のため、私たちや、私たちの王、祭司たちは、諸国の王たちの手に渡され、剣にかけられ、捕虜にされ、かすめ奪われ、面目を失って、今日あるとおりです。
8 しかし今、しばらくの間、私たちの神、主〔原語は「ヤハウェ エロヒーヌ―」(筆者挿入)〕はそのあわれみによって、私たちに逃れの者〔神に忠実に仕えた敬虔な人々(注解付新改訳聖書の注)〕を残し、私たちのためにご自分の聖なる所に一本の杭を与えてくださいました〔その聖なるところに拠り所を与え(聖書協会共同訳)〕。これは、私たちの神が私たちの目を明るくし、奴隷の身の私たち〔帰還したユダヤ人は、依然としてペルシア帝国の管轄下に置かれていた(注解付新改訳聖書の注)〕を少しでも生き延びさせてくださるためでした。
9 事実、私たちは奴隷です。しかし私たちの神は、この奴隷の身の私たちを見捨てることなく、かえって、ペルシアの王たちによって恵みを施し、私たちを生かして、私たちの神の宮を建て直させ、その廃墟を元に戻し、ユダとエルサレムに石垣を下さいました。
10 こうなった今、何と言えばよいのでしょうか。私たちの神よ、私たちはあなたの命令を捨てたのです。
11 あなたは、あなたのしもべである預言者たちによって、こう命じておられました。『あなたがたが入って行って所有しようとしている地は、異国の汚れで汚れた地、忌み嫌うべき行いによって隅々まで汚れで満ちてしまった地である。〔レビ18:24.25参照(筆者挿入)〕
12 だから今、あなたがたの娘を彼らの息子に嫁がせてはならない。また、彼らの娘をあなたがたの息子の妻にしてはならない。永久に彼らの平安も幸せも求めてはならない。それは、あなたがたが強くなり、その地の良い物を食べ、これを永久にあなたがたの子孫の所有とするためである』と。〔申命記7:1-4参照(筆者挿入)〕
13 私たちの悪い行いと大きな罪過のゆえに、様々なことが私たちの上に起こりましたが、私たちの神、あなたは、私たちの咎に値するよりも軽い罰を与え、逃れの者をこのように私たちに備えてくださいました。そのようなことの後で、
14 私たちは再びあなたの命令を破って、忌み嫌うべき行いをするこれらの民と、姻戚関係に入ってよいのでしょうか。あなたは怒って、ついには私たちを絶ち滅ぼし、残りの者も、逃れの者もいないようにされるのではないでしょうか。
15 イスラエルの神、主よ、あなたは正しい方です。まことに、今日あるとおり、私たちは逃れの者として残されています。ご覧ください。私たちは罪過を負ってあなたの御前におります。このような状態で、だれもあなたの御前に立つことはできないにもかかわらず。」”(2017)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
エズラは律法に精通していますから、雑婚の問題を知った時には、背筋の凍るような思いであったことでしょう。
エズラは、衣と上着を引き裂き、髪の毛とひげを引き抜き、茫然として座り込んでしまった。
と記されています。
私たちが、いつも御父と御子イエス様を愛し、み旨に従う歩みをし続けることが出来ますよう祝福してください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

2021年9月18日 (土)

エズラ記8章 エズラと共に帰還した人々

 エズラと共にエルサレムに帰還した1514人(記載されている人々)のリストが1-14節に次のように記されています。
“1 アルタクセルクセス王の治世に、バビロンから私と一緒に上って来た一族のかしらと、その系図の記載は次のとおりである。
2 ピネハス族からはゲルショム。イタマル族からはダニエル。ダビデ族からはハトシュ。
3 ハトシュはシェカンヤの孫。パルオシュ族からは、ゼカリヤと、系図に記載された同行の者、男子百五十人。
4 パハテ・モアブ族からは、ゼラフヤの子エルエホエナイと、同行の男子二百人。
5 ザト族からは、ヤハジエルの子シェカンヤと、同行の男子三百人。
6 アディン族からは、ヨナタンの子エベデと、同行の男子五十人。
7 エラム族からは、アタルヤの子エシャヤと、同行の男子七十人。
8 シェファテヤ族からは、ミカエルの子ゼバデヤと、同行の男子八十人。
9 ヨアブ族からは、エヒエルの子オバデヤと、同行の男子二百十八人。
10 バニ族からは、ヨシフヤの子シェロミテと、同行の男子百六十人。
11 ベバイ族からは、ベバイの子ゼカリヤと、同行の男子二十八人。
12 アズガデ族からは、ハ・カタンの子ヨハナンと、同行の男子百十人。
13 アドニカム族からの者は最後の者たちで、その名はエリフェレテ、エイエル、シェマヤ、および彼らと同行の男子六十人。
14 ビグワイ族からは、ウタイとザクルと、同行の男子七十人。”(2017)とあります。

 参加していなかったレビ人やレビ人のもとで宮に仕える者たちが参加するようになった経緯が15-20節に次のように記されています。
“15 私はアハワに流れる川のほとりに彼らを集め、私たちはそこに三日間宿営した。私はそこに民と祭司たちを確認したが、レビ人は見つけることができなかった。
16 それで私は、かしらのエリエゼル、アリエル、シェマヤ、エルナタン、ヤリブ、エルナタン、ナタン、ゼカリヤ、メシュラムと、教師エホヤリブ、エルナタンを呼び集め、17 カシフヤ地方のかしらイドについて、彼らに指示した。すなわち、イドとその同僚、またカシフヤ地方にいる宮のしもべたちに対して、私たちの神の宮に仕える者たちを送ってもらうためには何と言えばよいか、彼らにことばを授けた。
18 私たちの神の恵みの御手が私たちの上にあったので、彼らはイスラエルの子、レビの子、マフリの子のうちから賢明な者、シェレベヤと、その子たち、およびその兄弟たち十八人を私たちのところに連れて来てくれた。
19 また、ハシャブヤとともに、メラリの子のうちからエシャヤと、その兄弟と、その子たち二十人、20 および、ダビデとその高官たちにより、レビ人に奉仕するよう任命されていた宮のしもべたちのうちから、二百二十人の宮のしもべたちを連れて来た。これらの者はみな、指名された者であった。”(2017)とあります。

 15節に、“私はアハワに流れる川のほとりに彼らを集め、私たちはそこに三日間宿営した。私はそこに民と祭司たちを確認したが、レビ人は見つけることができなかった。”とあります。

 エズラと共にエルサレムに帰還する人たち、すなわち上記に記載されている人たち1514人と家族(家族を含めるといったい何人になったことでしょうか、総勢で5000人以上はいたかもしれません)は、アハワに流れる川のほとりで、三日間宿営しました。
この中には、残念なことにレビ人がいなかったのです。
何故レビ人がいなかったのか、新聖書注解は次のように述べています。
“捕囚の地におけるユダヤ人の宗教生活の中で、レビ人は結構仕事も収入も地位も得ていたと思われる。そのようなレビ人が、それらのものを投げ打ってまで、不安定で窮乏が予想されるユダの地で、しかも神殿において整備された制度のもとに祭司の下級聖職者としての職務につくことに、全く魅力を感じていなかったというのが真相であろう。”と述べ、
更に、“それだけに、エズラの説得の努力が実を結んで少数ながらも参加者を得られたことに、彼らが神の助けを感じたことはうなずける。”と18節の解説をしています。

 21-23節には、出発直前の断食祈祷と祈りの答えの様子が次のように記されています。
“21 私はそこ、アハワ川のほとりで断食を布告した。それは、私たちの神の前でへりくだり、私たちのために、私たちの子どもたちと、私たちのすべての持ち物のために、道中の無事を神に願い求めるためであった。
22 それは私が、道中の敵から私たちを助ける部隊と騎兵たちを、王に求めるのを恥じたからであった。実際、私たちは王に、「私たちの神の御手は、神を尋ね求めるすべての者の上に幸いを下し、その力と怒りは、神を捨てるすべての者の上に下る」と言っていたのである。
23 そのため私たちはこのことのために断食して、自分たちの神に願い求めた。すると、神は私たちの願いを聞き入れてくださった。”(2017)とあります。

 22節には、“それは私が、道中の敵から私たちを助ける部隊と騎兵たちを、王に求めるのを恥じたからであった。実際、私たちは王に、「私たちの神の御手は、神を尋ね求めるすべての者の上に幸いを下し、その力と怒りは、神を捨てるすべての者の上に下る」と言っていたのである。”とあります。
 
 エズラは御言葉を信じ、御言葉を実行する人でしたから、何よりもヤハウェ(主)を信頼するというところから外れることを嫌ったのではないかと想像します。
 モーセはこのことで失敗してカナンの地に入ることが出来なかったのです。
民数記20:1-13を全部読むと良いのですが、モーセはこの場所での出来事で失敗したのです。
その結果のヤハウェ(主)の御言葉は次のようなものでした。
“12 主はモーセとアロンに言われた。「あなたがたはわたしを信頼せず〔水が出るように岩に命じなさいとヤハウェ(主)が言われたのに、それを信じないで岩を二度叩いた不信仰(筆者挿入)〕、イスラエルの子らの見ている前でわたしが聖であることを現さなかった〔神に栄光を帰さなかった(注解付新改訳聖書の注)〕。それゆえ、あなたがたはこの集会を、わたしが彼らに与えた地に導き入れることはできない。」13 これがメリバの水である。イスラエルの子らが主と争った場所であり、主はご自分が聖であることを彼らのうちに示された〔民に水を与え、モーセとアロンをさばいて、ご自身の力と栄光を現された(注解付新改訳聖書の注)〕のである。”(民数記20章・2017)とあります。
 また詩篇には、
神に信頼し私は何も恐れません。人が私に何をなし得るでしょう。”(詩篇56:11・2017)という聖句が記され、
“8 主に身を避けることは人に信頼するよりも良い。9 主に身を避けることは君主たちに信頼するよりも良い。”(詩篇118:8.9・2017)という聖句も記され、
主に信頼する人々はシオンの山のようだ。揺るぐことなくとこしえにながらえる。”(詩篇125:1・2017)、等が記され、
 またエレミヤを通してヤハウェ(主)は、
“5 主はこう言われる。「人間に信頼する者はのろわれよ。肉なる者を自分の腕とし、心が主から離れている者は。6 そのような者は荒れ地の灌木。幸せが訪れても出会うことはなく、焼けついた荒野、住む者のいない塩地に住む。
7 主に信頼する者に祝福があるように。その人は主を頼みとする。8 その人は、水のほとりに植えられた木。流れのほとりに根を伸ばし、暑さが来ても暑さを知らず、葉は茂って、日照りの年にも心配なく、実を結ぶことをやめない。”(エレミヤ17章・2017)と語られました。

 24-30節には、王、顧問たち、高官たち、および、そこにいたすべてのイスラエル人が献げた、ヤハウェ(主)の神の宮への奉納物である銀、金、器を量って、シェレベヤとハシャブヤ、および彼らの同僚十人に渡し、神殿に奉納する時まで保管するようにと命じたことが次のように記されています。
“24 私は祭司長たちのうちから十二人、すなわち、シェレベヤとハシャブヤ、および彼らの同僚十人を選り分けた。
25 そして、王、顧問たち、高官たち、および、そこにいたすべてのイスラエル人が献げた、私たちの神の宮への奉納物である銀、金、器を量って、彼らに渡した。
26 私は銀六百五十タラント〔22100kg(筆者挿入)〕、百タラント〔3400kg(筆者挿入)〕相当の銀の器、および金百タラント〔3400kg(筆者挿入)〕を量って、彼らに渡した。
27 また、一千ダリク〔8.5kg(筆者挿入)〕相当の金の鉢二十、さらに、金のように高価な、光り輝く見事な青銅の器二個を彼らに渡した。
28 それから私は彼らに言った。「あなたがたは主の聖なるものである。この器も聖なるものである。この銀と金は、あなたがたの父祖の神、主に対する、進んで献げるものである。
29 あなたがたは、エルサレムの主の宮の部屋で、祭司長たち、レビ人たち、イスラエルの一族の長たちの前で重さを量るまで、寝ずの番をしてそれらを守りなさい。」
30 祭司とレビ人たちは、重さを量った銀、金、器を、エルサレムの私たちの神の宮に持って行くために受け取った。”(2017)とあります。
 
 31.32節には、“私たちはエルサレムに行こうと、第一の月の十二日にアハワ川を出発した。私たちの神の御手が私たちの上にあり、その道中、敵の手、待ち伏せする者の手から私たちを救い出してくださった。32 こうして私たちはエルサレムに着いて、そこに三日間とどまった。”(2017)と記されています。

 アハワ川からエルサレムまでの行程〔4カ月に及ぶ約1400㎞の旅(ウェスレアン聖書注解参照)〕をヤハウェ(主)は守ってくださったのです。
イザヤは、「志の堅固な者〔思いが主にとどまっている者(筆者挿入)〕を、あなたは全き平安のうちに守られます。その人があなたに信頼しているからです。 いつまでも主に信頼せよ。ヤハ、主は、とこしえの岩だから。」(イザヤ26:3.4・2017)と記しています。

 すでにエルサレム神殿で働いていた祭司やレビ人の代表者に奉納物が渡されたときの様子が33.34節に次のように記されています。
“33 四日目に銀と金と器が私たちの神の宮の中で量られ、ウリヤの子の祭司メレモテの手に渡された。彼とともにピネハスの子エルアザルがいて、彼らとともに、レビ人である、ヨシュアの子エホザバデとビヌイの子ノアデヤがいた。
34 すべてが数えられ、量られた。そのとき全重量が書き留められた。”(2017)とあります。

 35節には、“捕囚の人々で、捕囚から帰って来た者は、イスラエルの神に全焼のささげ物を献げた。すなわち、全イスラエルのために雄牛十二頭、雄羊九十六匹、子羊七十七匹、罪のきよめのささげ物として雄やぎ十二匹を献げた。これはすべて主への全焼のささげ物であった。”(2017)とあります。

 エズラと共に帰還した人たちは、罪のきよめのささげ物と献身を表す全焼のささげ物を献げました。ヤハウェ(主)への大いなる感謝があったので、すべてがヤハウェ(主)への全焼のささげ物になったのだろうと思います。

 36節には、“それから、彼らは王の命令書を、王の太守たち〔行政管区の長(注解付新改訳聖書の注)〕とユーフラテス川西方の総督たちに渡した。この人たち〔太守や総督たち(筆者挿入)〕はこの民と神の宮に援助を与えた。”(2017)と記されています。

 かつての総督たちの言動を思うとき、主の恵みと、それまでペルシアにおいて主が行ってきた布石を覚えます。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
どんなときにもあなたに信頼し、あなたが与えてくださった約束の御言葉に信頼して歩むことが出来ますよう祝福してください。
悪魔、悪霊は、私たちがあなたに信頼することを邪魔しにきますが、すぐにそれらの妨害を見破らせていただき、悪魔、悪霊を直ちに撃退することが出来ますように。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

2021年9月17日 (金)

エズラ記7章 モーセの律法に通じているエズラへの帰還命令

 ウェスレアン聖書注解は、本文に入る前に次のように述べています。
“6章と7章の間には少なくとも58年間〔56,7年の期間(注解付新改訳聖書の注)〕の沈黙の期間がある。この期間の間パレスチナで起こったいかなる出来事も聖書に記されていない。もっとも、・・・マラキの預言がこの期間に属しているということはありうるが。もちろんエステル記に記されている事件は、同様に神殿の奉献とエズラの帰還の間の時期に属しているものである。しかしながらこれら〔エステル記の出来事(筆者挿入)〕は、捕囚地のユダヤ人〔ユダヤの地に帰還していないユダヤ人(筆者挿入)〕に起こったことであってパレスチナとは関わりのないことである。”とあります。 

 エズラの系図及びエズラのエルサレム帰還とその目的について1-10節には次のように記されています。
“1 これらの出来事の後、ペルシアの王アルタクセルクセスの治世〔在位期間:B.C.464-424年(筆者挿入)〕に、セラヤの子エズラという人がいた。セラヤはアザルヤの子、順次、ヒルキヤの子、2 シャルムの子、ツァドクの子、アヒトブの子、3 アマルヤの子、アザルヤの子、メラヨテの子、4 ゼラフヤの子、ウジの子、ブキの子、5 アビシュアの子、ピネハスの子、エルアザルの子、このエルアザルは祭司のかしらアロンの子である。
〔エズラの祖先をたどると大祭司アロンであることが分かりますから、エズラは祭司でした。(筆者挿入)〕
 6 このエズラがバビロンから上って来たのである。
〔「バビロンから登ってきた者」について、新聖書注解は、“すなわちバビロンで生まれ、パレスチナへ帰還した者である。「上った」という表現はエルサレム中心の味方による。”と述べています。(筆者挿入)〕
彼はイスラエルの神、主がお与えになったモーセの律法に通じている学者であった。
彼の神、主の御手が彼の上にあったので、王は彼の願いをすべてかなえた。
〔「王は彼の願いをすべてかなえた」ということについて新聖書注解は、“エズラが王に向かって、何を、どのように願ったかは記されていないが、その「みなかなえた」ことの結果が、エズラのエルサレム派遣、並びにそれに添えられた王の手紙であることは明らかである。王がエズラの願いにこのように快く応じたことは破天荒なことと感じられたほどで、ユダヤ人がこれを神の御手の加えられた結果として受け取ったのは極めて自然なことであり、その陰にはエズラの切なる祈りがあったろうことは想像に難くない。”と述べています。(筆者挿入)〕
 7 アルタクセルクセス王の第七年〔B.C.457年(注解付新改訳聖書の注)、B.C.458年(新共同訳スタディー版の注、新聖書注解)〕に、イスラエル人の一部、および祭司、レビ人、歌い手〔神殿聖歌隊(注解付新改訳聖書の注)〕、門衛、宮のしもべの一部が、エルサレムに上って来た。
8 エズラは王の第七年第五の月〔太陽暦の7-8月(筆者挿入)〕にエルサレムに着いた。9 すなわち、彼は第一の月〔太陽暦の3-4月(筆者挿入)〕の一日にバビロンを出発した。彼の神の恵みの御手は確かに彼の上にあり、第五の月〔太陽暦の7-8月(筆者挿入)〕の一日に、彼はエルサレムに着いた。
10 エズラは、主の律法を調べ、これを実行し、イスラエルで掟と定めを教えようと心を定めていた。”(2017)とあります。

 アルタクセルクセス王の手紙の内容は12-26節に書かれ、11-26節には次のように記されています。
“11 アルタクセルクセス王が、祭司であり学者であったエズラに与えた手紙の写しは次のとおりである。
このエズラは、主の命令のことばと、イスラエルに関する主の掟に精通していた。
 12 「王の王アルタクセルクセス。天の神の律法の学者である祭司エズラへ。
中略。さて、13 私は命令を下す。私の国にいるイスラエルの民、その祭司、レビ人のうち、だれでも自分から進んでエルサレムに上って行きたい者は、あなたと一緒に行ってよい。
14 なぜなら、あなたは王とその七人の顧問によって遣わされているからである。それは、あなたの手にあるあなたの神の律法にしたがって、ユダとエルサレムを調査するためである。
15 また、王とその顧問たちが、エルサレムを住まいとされるイスラエルの神に進んで献げた銀と金を、16 またバビロン全州であなたが得るすべての銀と金を、それに、エルサレムにある自分たちの神の宮のために、民と祭司たちが進んで献げたささげ物を合わせて、携えて行くためである。
17 それゆえ、あなたはその献金で、雄牛、雄羊、子羊、また、そのための穀物のささげ物と注ぎのぶどう酒を怠りなく買い求め、エルサレムにあるあなたがたの神の宮の祭壇の上で、それを献げなければならない。
18 また、残りの銀と金の使い方については、あなたとあなたの兄弟たちが良いと思うことは何でも、あなたがたの神のみむねにしたがって行うがよい。
19 また、あなたの神の宮での礼拝のために渡された用具は、エルサレムの神の前に供えよ。
20 そのほか、あなたの神の宮のために必要なもので、どうしても支出しなければならないものは、王室の金庫からそれを支出してよい。
21 私アルタクセルクセス王は、ユーフラテス川西方の財務官全員に命令を下す。
天の神の律法の学者である祭司エズラが、あなたがたに求めることは何でも、怠りなくそれを行え。
22 すなわち、銀は百タラントまで、小麦は百コルまで、ぶどう酒は百バテまで、油も百バテまで、塩は制限なし。
23 天の神の宮のために、天の神によって命じられていることは何でも、熱心に行え。御怒りが王とその子たちの国に下るといけないから。
24 また次のことを知らせる。祭司、レビ人、歌い手、門衛、宮のしもべ、すなわち、この神の宮に仕える者たちにはだれに対しても、貢ぎ物、関税、税金を課してはならない。
25 エズラよ。あなたは自分の手にあるあなたの神の知恵にしたがって、さばき人や裁判官を任命し、ユーフラテス川西方にいるすべての民、すなわち、あなたの神の律法を知っているすべての者をさばかせよ。またあなたがたは、これを知らない者に教えよ。
26 あなたの神の律法と王の律法を守らない者には、だれに対しても、死刑でも、追放でも、財産の没収でも、投獄でも、その判決を厳格に執行せよ。」”(2017)とあります。

 27.28節には、エズラによる主への賛美が次のように記されています。
“27 私たちの父祖の神、主がほめたたえられますように。主はエルサレムにある主の宮に栄光を与えるために、このようなことを王の心に起こさせ、28 王とその顧問と、王の有力な高官すべての前で私に恵みを得させてくださった。私の神、主の御手が私の上にあったので、私は奮い立って、一緒に上るイスラエル人のかしらたちを集めることができた。”(2017)とあります。

 エズラへのアルタクセルクセス王の内容を読むと、アルタクセルクセス王はヤハウェ(主)なる神様の御怒りを恐れていたことが分かります。
アルタクセルクセス王の在位期間は、B.C.464-424年の40年間でした。ネヘミヤの方がエズラよりも少し後に登場してきますが、ネヘミヤはアルタクセルクセス王の第20年には献酌官を務めていました。そしてネヘミヤは王からお声がかかれば王と会話できる立場にいました(エレミヤ2章)。
 アルタクセルクセス王の前の王は、クセルクセス王〔アハシュエロス王(第三版)〕でした。クセルクセス王の在位年代は、B.C.485-465年でした。
クセルクセス王〔アハシュエロス王(第三版)〕は、エステル記に記されている王です。エステル記を読むと、エステルは、クセルクセス王の王妃になったことが分かります。
エステルのヘブル名はハダサという名前でした。エステルは、父母が早く死んだため、いとこのモルデカイに養女として育てられました(エステル2:7)。
詳しいことはエステル記で学びますが、エステル10:1-3には次のように記されています。
“1 クセルクセス王は本土と海の島々に苦役を課した。2 彼の権威と勇気によるすべての功績、王に重んじられたモルデカイの偉大さについての詳細、それは『メディアとペルシアの王の歴代誌』に確かに記されている。3 実に、ユダヤ人モルデカイはクセルクセス王の次の位にあって、ユダヤ人にとっては大いなる者であり、多くの同胞たちに敬愛された。彼は自分の民の幸福を求め、自分の全民族に平和を語る者であった。”(2017)とあります。
 そして、モデルカイの次には、アルタクセルクセス王の時代、エズラは、王にとって、とても尊敬できる存在であったのだと思います。
それは10節に、“エズラは、主の律法を調べ、これを実行し、イスラエルで掟と定めを教えようと心を定めていた。”と記されている人であったからです。エズラのありようを新約時代に置き換えると、聖書を良く学び、その真理を理解し、御言葉に生き、主のご命令のように福音を宣べ伝えている人、ということになります。
エズラは、御言葉に精通し、御言葉に生きていた人ですから、エズラを見ていたアルタクセルクセス王は、エズラを尊敬していたのではないでしょうか。
その結果が、アルタクセルクセス王からのエズラへの手紙(12-26節)であろうと思います。
アルタクセルクセス王からのエズラへの手紙を読むと、これらの背景が心に浮かびます。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
御言葉に精通し、御言葉に生き、御言葉を宣べ伝えるということは、あなたのみ旨に叶ったことです。
イエス様は、「わたしのこれらのことばを聞いて、それを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人にたとえることができます。」(マタイ7:24・2017)、「わたしがあなたがたに命じておいた、すべてのことを守るように教えなさい。見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。」(マタイ28:20・2017)、「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい。」(マルコ16:15・2017)とも語られました。
ますます御言葉の真理を真理の霊である聖霊様が教示してくださり、霊の人としての歩みをさせて頂けますよう私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

2021年9月16日 (木)

エズラ記6章 ダレイオス王の返事と神殿の完成

 文書保管所の調査と記録文書の発見とその内容について1-5節に次のように記されています。
“1 それでダレイオス王は命令を下し、重要文書を納めてあるバビロンの文書保管所を調べさせたところ、2 メディア州の城の中のエクバタナ〔ペルシア王が夏を過ごした町。現イランの町ハマダン。スサ北方の高地にある。(新共同訳スタディー版の注)〕で一つの巻物が見つかった。
その中に次のように書かれていた。
「記録。
3 キュロス王の第一年にキュロス王は命令を下した。エルサレムにある神の宮、いけにえが献げられる宮を建て、その礎を定めよ。宮の高さは六十キュビト〔1キュビトは44or45cm(筆者挿入)〕、その幅も六十キュビト。
4 大きな石の層は三段。木材の層は一段とする。その費用は王家から支払われる。
5 また、ネブカドネツァルがエルサレムの神殿から持ち出して、バビロンに運んで来た神の宮の金や銀の器は返し、エルサレムの神殿に運んで元の場所に戻す。こうして、それらを神の宮に納める。」”(2017)とあります。

 ダレイオス王〔治世期間:B.C.522-486年(筆者挿入)〕の返事の内容が6-12節に次のように記されています。
“6 王は次のように命じた。「それゆえ、今、ユーフラテス川西方の総督タテナイと、シェタル・ボゼナイと、その同僚たちでユーフラテス川西方の地にいる知事たちよ。そこ〔エルサレムのヤハウェ神殿の工事場所(筆者挿入)〕から遠ざかれ。
7 この神の宮〔ヤハウェの神殿(筆者挿入)〕の工事をそのままやらせておけ。ユダヤ人の総督とユダヤ人の長老たちに、この神の宮を元の場所に建てさせよ。〔ハレルヤ(筆者挿入)〕
8 私は、さらに、この神の宮を建てるために、あなたがたがこれらユダヤ人の長老たちにどうすべきか、命令を下す。王の収益としてのユーフラテス川西方の地の貢ぎ物の中から、その費用を間違いなくそれらの者たちに支払って、滞らぬようにせよ。〔ハレルヤ(筆者挿入)〕
9 また、その必要とする物、すなわち、天の神に献げる全焼のささげ物のための雄牛、雄羊、子羊、また小麦、塩、ぶどう酒、油を、エルサレムにいる祭司たちの求めに応じて、毎日怠りなく彼らに与えよ。〔ハレルヤ(筆者挿入)〕
10 こうして彼らが天の神に芳ばしい香りを献げ、王と王子たちの長寿を祈るようにせよ。
11 私は命令を下す。だれであれ、この法令を犯す者があれば、その家から梁を引き抜き、その者をその上にはりつけにしなければならない。このことのゆえに、その家はごみの山としなければならない。
12 エルサレムに御名を住まわせられた神が、この命令を変更してエルサレムにあるこの神の宮を破壊しようと手を下す王や民をみな、投げ倒されますように。私ダレイオスはここに命令を下す。間違いなくこれを守れ。」”(2017)とあります。

 神殿工事の完成について13-15節に次のように記されています。
“13 ダレイオス王がこう書き送ったので、ユーフラテス川西方の総督タテナイと、シェタル・ボゼナイと、その同僚たちは、間違いなくこれを行った。
14 ユダヤ人の長老たちは、預言者ハガイとイドの子ゼカリヤの預言を通し、建築を行って成功した。彼らはイスラエルの神の命令により、またキュロス〔在位期間:B.C.559-530年(筆者挿入)〕とダレイオス〔在位期間:B.C.521-486年(筆者挿入)〕と、ペルシアの王アルタクセルクセス〔在位期間:B.C.464-424年。アルタクセルクセス王の時代にエルサレムの城壁が完成した。ネヘミヤ記参照(筆者挿入)〕の命令によって、建築を終えた。
15 こうして、この宮〔神殿(筆者挿入)〕はダレイオス王の治世の第六年〔B.C.515年(筆者挿入)〕アダルの月〔太陽暦の2-3月(筆者挿入)〕の三日に完成した。”(2017)とあります。

 神殿建築を終えたのは、B.C.515年です。

14節に、“ペルシアの王アルタクセルクセス”(在位期間:B.C.464-424年)の名が記されているので、エルサレムの城壁再建についても下記します。
エルサレムの城壁の完成は、エレミヤ6:15に、“こうして、城壁は五十二日かかって、エルルの月の二十五日に完成した。”(2017)と記されています。
エルルの月というのはヘブライ暦の第6の月で、太陽暦の8-9月になります。
城壁は五十二日かかって、エルルの月の二十五日に完成した。」とありますが、敵を警戒しながらの工事で52日間で完成するというのは驚異的なことです。城壁が完成した年は、B.C.445年です(注解付新改訳聖書の注)。

 余談になりますが、B.C.445年というのは、ダニエル9:24-27の預言の中の25節の、「それゆえ、知れ。悟れ。エルサレムを復興し、再建せよとの命令が出てから、」の命令の年です。ダニエル9:24-27の預言は、エルサレムの再建、キリストの十字架、ローマによるエルサレムの破壊とユダヤ人離散、そしてこれから後(携挙後)に起こる反キリストの勃興、キリストの地上再臨の3年半前に第三神殿が汚されること(マタイ24:15)、キリストの再臨によって反キリストが滅ぼされること等の内容となっています。

 神殿奉献式の様子が16-18節に次のように記されています。
“16 イスラエルの子ら、すなわち、祭司、レビ人、そのほかの捕囚から帰って来た人たちは、喜びをもってこの神の宮の奉献式を祝った。
17 彼らはこの神の宮の奉献式のために、雄牛百頭、雄羊二百匹、子羊四百匹を献げた。また、イスラエルの部族の数にしたがって、全イスラエルのために罪のきよめのささげ物として、雄やぎ十二匹を献げた。
18 また彼らは、エルサレムでの神への奉仕のため、祭司をその区分にしたがって、レビ人をその組にしたがってそれぞれ任命した。モーセの書に記されているとおりである。”(2017)とあります。

 過越の祝いの様子が19-22節に次のように記されています。
“19 捕囚から帰って来た人々は、第一の月の十四日に過越を祝った。
20 祭司とレビ人たちは一人残らず身をきよめて、みなきよくなっていたので、捕囚から帰って来たすべての人々のため、彼らの同胞の祭司たちのため、また彼ら自身のために、過越のいけにえを屠った。
21 捕囚から戻って来たイスラエル人はこれを食べた。イスラエルの神、主を求めて、その地の異邦の民の汚れから離れて彼らに加わった者たちもみなそうした。
22 そして彼らは七日間、喜びをもって種なしパンの祭りを守った。これは、主が彼らを喜ばせ、またアッシリアの王の心を彼らに向けて、イスラエルの神である神の宮の工事にあたって、彼らを力づけるようにされたからである。”(2017)とあります。

 22節に、“アッシリアの王の心を彼らに向けて”とあります。
この箇所のアッシリアは、ペルシアでなければ筋が通らないので、ペルシアとあったのを間違えて書き写した、or元より間違えていた、という解釈の仕方をとる人たちがいます。
その他の解釈の仕方として、注解付新改訳聖書の注は、“アッシリアの王とあるのはダリヨス王のこと。彼はペルシアの王であるが、バビロン、そしてアッシリア帝国の継承者と考えられていた。”と述べています。
また新聖書注解は、“この句を本書著者もしくは写字生の誤りとする者もあるが、包括的な意味で、アッシリア、バビロニア、ペルシアを連続的に解してこういう称号の用い方をしたのであろう。その例として「バビロンの王キュロス」(5:13)、「バビロンの王アルタシャスタ〔アルタクセルクセス(2017)〕」(ネヘミヤ13:6)などがある。”と述べています。

 過越、種なしパンの祭、奉献、とキリスト者との関係について。
 <過越>
過越のいけにえの動物は一歳の雄の羊かやぎでした(出エジプト12:5)。そのいけにえの動物は夕暮れにほふられました(出エジプト12:6)。{夕暮れとは、伝承によると、日が傾きかけた頃から日没までのようですが、ユダヤの歴史家ヨセフォスは、午後三時頃、子羊を屠るのが一般的であった、と記しているようです。(注解付新改訳聖書の注を参照)}
そして、ヤハウェ(主)なる神が言われたように、家の二本の門柱と鴨居に、ほふったいけにえの動物の血を塗った人の家の中に入っていた人は、神の裁きによる死から免れたのです。
さて、過越のいけにえ(一歳の雄の羊orやぎ)の本体は、イエス・キリスト様でした。それ故、バプテスマのヨハネは、イエス様を指さして、「見よ、世の罪を取り除く神の子羊。」(ヨハネ1:29・新改訳)と言ったのでした。イエス様が十字架の上で息を引き取られたのは、この過越しと同じ日、ニサンの月の14日の午後三時でした。ローマの兵士は槍でイエス様の脇腹を突き刺しました。すると直ちに血と水が流れ出たのです(ヨハネ19:34)。イエス様の血は、贖いの血でした。それ故、信じる者は救われるのです。血と共に流れ出た水は聖霊の象徴であったのだと思います{(参照):ヨハネ7:37-39}。キリスト者は、キリストの血によって罪赦され(エペソ1:7)、御霊から生まれたのです(ヨハネ3:6)。アダムの妻となったエバがアダムの脇腹から生まれたように、キリストの花嫁であるエクレシア(呼び出された者たち、教会)はキリストの脇腹から誕生したのです。(トミーの聖書理解のレビ記23章より)
 <種なしパンの祭>
「種」は罪を意味していました。ですから、種が入っていないというのは、「罪がない」ということです。
「種なしパン」は、キリストを象徴していました。イエス様ご自身が「私はいのちのパンです」(ヨハネ6:48)、「天から下って来たパンです」(ヨハネ6:58)と語られました。ヨハネ6:53-58には、
“6:53 イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。
6:54 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。
6:55 わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物だからです。
6:56 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。
6:57 生ける父がわたしを遣わし、わたしが父によって生きているように、わたしを食べる者も、わたしによって生きるのです。
6:58 これは天から下って来たパンです。あなたがたの父祖たちが食べて死んだようなものではありません。このパンを食べる者は永遠に生きます。」”(新改訳)と記されています。(トミーの聖書理解のレビ記23章より)
 種なしパンの祭は7日間祝います(エズラ6:22、レビ23:6)。
7日間の7は完全数で、教会時代の期間を予表しています。教会時代、キリスト者は、キリスト以外を心の中に受け入れることなくキリストを心の中心として生きる、ということの予型でもあります。1コリント6:17のありがたい御言葉があるのですから。
 <神殿の奉献と人との関係>
1コリント3:16には、“あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。”(新共同訳)と記されています。
キリスト教会に通っている人が皆キリスト者だとは限りません。
キリスト教会に通っていなくてもキリスト者である場合もあります。
また、いかなる派に属しているかということも関係ありません。
 “だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。”(2コリント5:17)を体験した人がキリスト者です。
その人は、御霊によって新しく生まれた霊です。{参照(ヨハネ3:6.7)}
“肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたし[イエス・キリスト]が言ったことを不思議に思ってはなりません。”(ヨハネ3:6.7)
 何が新しいのかというと、それは、霊です。
肉体でも魂でもありません。
肉体は、神様がお定めになっているときに、霊の体に変えられるかよみがえらされるのです。
“肉のからだでまかれ、霊のからだによみがえるのである。肉のからだがあるのだから、霊のからだもあるわけである。”{口語訳(1コリント15:44)}
“It is sown a natural body, it is raised a spiritual body. There is a natural body, and there is a spiritual body.”(NKJV)
魂は、地上にある間、きよめられる必要があります。
思いにおいて、感情において、意思においてきよめられる必要があります。
魂がきよければ、霊の邪魔をしません。
 神殿とは、神がお住まいになっているところです。
神様は、天にも地にも満ちておられますが、教会の中、教会を形成する一人一人の霊の中では、特に人(神)格的交わりを持って住んでおられます。
“天にも地にも、わたしは満ちているではないか。―主の御告げ。―”(エレミヤ23:24)
“主と交われば、一つ霊となるのです。”(1コリント6:17)
“わたし[イエス・キリスト]は父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。その方は、真理の御霊です。”(ヨハネ14:16.17)
“イエスは彼に答えられた。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。」”(ヨハネ14:23)”(トミーの聖書理解のレビ記23章より)
 そして、ローマ12:1には、「・・・。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。・・・。」(2017)とあります。これがキリスト者の神殿の奉献です。
ローマ12:1の全文は、“ですから、兄弟たち、私は神のあわれみによって、あなたがたに勧めます。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。”(2017)と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
イエス様は私たちのために身をささげてくださいました。
私たちもあなたに身を献げて歩む者であらせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

2021年9月15日 (水)

エズラ記5章 神殿工事の再開

 1-5節には、神殿工事の再開について次のように記されています。
“1 さて、預言者ハガイとイドの子ゼカリヤという二人の預言者は、ユダとエルサレムにいるユダヤ人に対して、自分たちの上におられるイスラエルの神の御名によって預言した。
2 そこでシェアルティエルの子ゼルバベルと、エホツァダクの子ヨシュアは立ち上がり、エルサレムにある神の宮を建て始めた。神の預言者たちが一緒にいて、彼らを助けた。
3 そのような時期に、ユーフラテス川西方の総督タテナイと、シェタル・ボゼナイと、その同僚たちが彼らのところにやって来て、こう言った。「この宮を建て、この城壁を修復せよとの命令をだれがあなたがたに下したのか。」
4 そしてまた、「この建物を建てている者たちの名は何というのか」と尋ねた。
5 しかし、ユダヤ人の長老たちの上には彼らの神の目が注がれていたので、このことがダレイオスに報告されて、さらにこのことについての返事の手紙が来るまで、彼らの工事を中止させることができなかった。”(2017)とあります。

 1.2節には、“1 さて、預言者ハガイとイドの子ゼカリヤという二人の預言者は、ユダとエルサレムにいるユダヤ人に対して、自分たちの上におられるイスラエルの神の御名によって預言した。
2 そこでシェアルティエルの子ゼルバベルと、エホツァダクの子ヨシュアは立ち上がり、エルサレムにある神の宮を建て始めた。神の預言者たちが一緒にいて、彼らを助けた。”とあります。

 ハガイはハガイ書の著者であり、ゼカリヤはゼカリヤ書の著者で、二人ともヤハウェ(主)の預言者です。この二人の預言者はこの時代にヤハウェ(主)によって起こされた預言者です。捕囚からの帰還後のその他の預言者に、ダニエルとマラキがいます。ダニエルはB.C.605年にバビロンに捕囚となって以来キュロス王の第三年まではペルシアに存在していたことが明らかです(ダニエル10:1)、またマラキの場合はエズラ記6章と7章の間の空白の期間に預言したのかも知れないという考察があります(注解付新改訳聖書のマラキ書緒論)。
ハガイとゼカリヤは預言者としてヤハウェ(主)の御言葉を伝えて励ましたので、ハガイ書とゼカリヤ書(1-8章)を読まれると良いと思います。
ハガイ1:1には、“ダレイオス王の第二年〔B.C.520年(筆者挿入)〕、第六の月の一日に、預言者ハガイを通して、シェアルティエルの子、ユダの総督ゼルバベルと、エホツァダクの子、大祭司ヨシュアに、主のことばがあった。”(2017)とあり、
ゼカリヤ1:1には、“ダレイオスの第二年〔B.C.520年(筆者挿入)〕、第八の月に、イドの子ベレクヤの子、預言者ゼカリヤに、次のような主のことばがあった。”(2017)と記されています。

 ヤハウェ(主)の御言葉を頂いたシェアルティエルの子ゼルバベルと、エホツァダクの子ヨシュアは、勇気をもらって立ち上がり、エルサレムにある神の宮を建て始めた、と記されています(2)。

 ハガイ書1章には次のように記されています。
“1 ダレイオス王の第二年〔B.C.520年(筆者挿入)〕、第六の月〔太陽暦の8-9月(筆者挿入)〕の一日に、預言者ハガイを通して、シェアルティエルの子、ユダの総督ゼルバベルと、エホツァダクの子、大祭司ヨシュアに、主のことばがあった。
2 万軍の主はこう言われる。「この民は『時はまだ来ていない。主の宮を建てる時は』と言っている。」
3 すると預言者ハガイを通して、次のような主のことばがあった。
4 「この宮が廃墟となっているのに、あなたがただけが板張りの家に住む時だろうか。」
5 今、万軍の主はこう言われる。「あなたがたの歩みをよく考えよ。
6 多くの種を蒔いても収穫はわずか。食べても満ち足りることがなく、飲んでも酔うことがなく、衣を着ても温まることがない。金を稼ぐ者が稼いでも、穴の開いた袋に入れるだけ。」
7 万軍の主はこう言われる。「あなたがたの歩みをよく考えよ。
8 山に登り、木を運んで来て、宮を建てよ。そうすれば、わたしはそれを喜び、栄光を現す。──主は言われる──
9 あなたがたは多くを期待したが、見よ、得た物はわずか。あなたがたが家に持ち帰ったとき、わたしはそれを吹き飛ばした。それはなぜか。──万軍の主のことば──それは、廃墟となったわたしの宮のためだ。あなたがたがそれぞれ、自分の家のために走り回っていたからだ。
10 それゆえ、あなたがたゆえに、天は露を滴(したた)らすのをやめ、地はその産物を出すのをやめた。
11 わたしはまた、日照りを呼び寄せた。地にも山々にも、穀物にも新しいぶどう酒にも油にも、地が産み出す物にも、また人にも家畜にも、手によるすべての労苦の実にも。」
12 シェアルティエルの子ゼルバベルと、エホツァダクの子、大祭司ヨシュアと、民の残りの者すべては、彼らの神、主が預言者ハガイを遣わされたとき、彼らの神、主の御声と、ハガイのことばに聞き従った。民は主の前で恐れた。
13 主の使者ハガイは主の使命を受けて、民にこう言った。「わたしは、あなたがたとともにいる──主のことば。」
14 主が、シェアルティエルの子、ユダの総督ゼルバベルの霊と、エホツァダクの子、大祭司ヨシュアの霊と、民の残りの者すべての霊を奮い立たせたので、彼らは自分たちの神、万軍の主の宮に行き、仕事に取りかかった。
15 それは第六の月の二十四日〔B.C.520年9月21日(新共同訳スタディ版の注)〕のことであった。・・”(2017)とあります。

 神殿建設を再開すると、神殿を建てさせまいとする勢力が、しばらくしてからやってきました。
しばらくしてから、と書いたのは、おそらく総督タテナイが見た工事の進捗状況は8節に記されているような状況であったと思いますから。
ユーフラテス川西方の管理を担当するペルシアの総督(執政官)タテナイと、おそらく総督の一等書記官であるシェタル・ボゼナイと、その同僚たちが、シェアルティエルの子ゼルバベルと、エホツァダクの子ヨシュアのところにやって来たのです(3)。
そしてペルシアの総督は、ゼルバベルとヨシュアに、「この宮を建て、この城壁を修復せよとの命令をだれがあなたがたに下したのか。この建物を建てている者たちの名は何というのか。」と詰問したのでした(3.4)。
 
 しかしユダヤ人たちは工事を中断することはありませんでした。
一方、工事を中断させることのできなかったペルシアの総督タテナイは、総督タテナイと、シェタル・ボゼナイ、その同僚のユーフラテス川西方にいる知事たちの名を連ねてダレイオス王に書状を送ったのでした。

 パレスチナ一帯を管理していたペルシア帝国の執政官たちからダレイオス王への書簡の内容が7-17節にあり、6-17節には次のように記されています。
“6 ユーフラテス川西方の総督タテナイと、シェタル・ボゼナイと、その同僚のユーフラテス川西方にいる知事たちが、ダレイオス王に送った書状の写しは次のとおりである。
7 彼らが王に送った報告には次のように書かれていた。
「ダレイオス王に全き平安がありますように。
8 王にお知らせいたします。私たちはユダ州に行き、あの大いなる神の宮に行ってみましたが、それは大きな石で建てられていて、壁には木材が組まれていました。その工事は彼らの手で着々と進められ、順調に行われています。
9 そこで、私たちはその長老たちに尋ねて、彼らに次のように言いました。『この宮を建て、この城壁を修復せよとの命令をだれがあなたがたに下したのか。』
10 私たちはまた、あなたにお知らせするために彼らにその名を尋ねました。それは、彼らの先頭に立っている者の名を書き記すためでした。
 11 すると、彼ら〔長老たち(筆者挿入)〕は次のように私たちに返事をしました。
『私たちこそは天と地の神のしもべであり、ずっと昔から建っていた宮を建て直しているのです。それはイスラエルの大王〔ソロモン王(筆者挿入)〕が建てて、完成させたものです。
12 しかし、私たちの先祖が天の神を怒らせたので、神は彼らを、カルデア人であるバビロンの王ネブカドネツァルの手に渡されました。彼はこの宮を破壊し、民を捕らえてバビロンに移したのです。
13 しかし、バビロンの王キュロスの第一年に、キュロス王はこの神の宮を建て直すよう命令を下しました。
14 キュロス王はまた、ネブカドネツァルがエルサレムの神殿から持ち出して、バビロンの神殿に運んで行った神の宮の金や銀の器を、バビロンの神殿から取り出し、自分が総督に任命したシェシュバツァルという名の者にそれを渡しました。
15 そして、シェシュバツァルに、これらの器を携えて行ってエルサレムの神殿に納め、神の宮を元の場所に建て直せと言いました。
16 そこで、このシェシュバツァルは来て、エルサレムの神の宮の礎を据えました。その時から今に至るまで建築が続いていますが、まだ完成していません。』
 17 ですから、王様、もしもよろしければ、エルサレムにあるこの神の宮を建てるために、キュロス王からの命令が下ったのが事実かどうか、あのバビロンにある王室書庫をお調べください。そして、このことについての王のご判断を私たちにお伝えください。」”(2017)とあります。

 ユーフラテス川西方の管理を担当するペルシアの総督(執政官)タテナイと、おそらく総督の一等書記官であるシェタル・ボゼナイと、その同僚たちが、建設中の神殿(主の宮)を見に行った時の神殿の建築進捗状況は、神殿(宮)の土台はすでに完成し、壁の工事も進んでいたという状態であったのです(8)。

 そこで総督たちは、「この宮を建て、この城壁を修復せよとの命令をだれがあなたがたに下したのか。」と詰問し(9)、更に神殿建設のリーダーの名前を問いただしたのです(10)。

それに対して、長老たちは11-16節に記されているように答えたのです。
リビングバイブルは11-16節を次のように意訳しています。
“11 すると、彼らはこう答えるのです。『私たちは天地の神のしもべであり、イスラエルの偉大な王が何百年も昔にここに建てた神殿の復興をはかっています。12 のちに、先祖たちは神の怒りを買い、見捨てられました。神はネブカデネザルの手で神殿を破壊させ、人々をバビロンに捕らえ移させたのです。』13 彼らは、バビロン王のクロスの元年に、王が神殿再建の命令を下された、と主張するのです。14.15 何でも、ネブカデネザルがエルサレムの神殿からバビロンの神殿に持って行った金銀の器を、クロス王が返されたそうです。王自らユダの総督に任命したシェシュバツァル(ゼルバベル)が、これらの祭具をエルサレムへ持ち帰り、神殿を復興する命令を受けたと申すのです。16 帰国したシェシュバツァルは、エルサレムに神殿の土台を据えました。それ以来、工事は続いていますが、まだ完成してはおりません。”とあります。

 ユダの長老たちは、ペルシアの総督(執政官)タテナイたちに対してひるむことなく、語るべきことを語りました。
ユダの長老たちの答弁を聞いた総督タテナイたちは、法を重んじる人たちであったようです。
16節までの事柄を記した後、ダレイオス王への手紙の最後に、“「どうか、バビロン王室の書庫をお調べくださり、はたしてクロス王がそのような命令を下していたかどうか、確かめていただきたいのです。そのうえで、本件に関するご指示をお聞かせください。」”(リビングバイブル)と記していますから。

<お祈り>
天のお父様。
主の御言葉に励まされてことを行っていくというのはなんと力のあることでしょうか。
あなたの御言葉には力があります。
あなたの霊が御言葉と共に働かれるからです。
常にあなたの御言葉を土台として歩む者であらせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。
・・・・・・・・・・・・・・・
神のことばは生きていて、力があり・・ます。”(ヘブル4:12・2017)
神のことばは、信じているあなたがたのうちに働いています。”(1テサロニケ2:13・2017)
わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である。”(ヨハネ6:63・2017)
何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。”(マタイ6:33・2017)

2021年9月14日 (火)

エズラ記4章 神殿建設工事への妨害

 神殿建設を妨害されたことが1-6節に次のように記されています。
“1 ユダとベニヤミンの敵たちは、捕囚から帰って来た人々がイスラエルの神、主のために宮を建てていると聞いて、
4:2 ゼルバベルと一族のかしらたちのところに近づいて来て言った。「私たちも、あなたがたと一緒に建てたい。私たちは、あなたがたと同様、あなたがたの神を求めたいのです。私たちをここに連れて来たアッシリアの王エサル・ハドンの時以来、私たちはあなたがたの神に、いけにえを献げてきました。」
〔1節の「ユダとベニヤミンの敵たち」について岩波訳注は、“北イスラエルの壊滅(B.C.722年)後、アッシリア王により外国から強制移住させられた民〔2列王記17:24参照(筆者挿入)〕の末裔や、南王国ユダの民のバビロニア捕囚期間中に入植してきた人々は既得権を主張しており、捕囚の帰還民を歓迎しなかった。”と述べています。
3 しかし、ゼルバベルとヨシュアと、そのほかのイスラエルの一族のかしらたちは彼らに言った。「私たちの神のために宮を建てることは、あなたがたにではなく、私たちに属する事柄です。ペルシアの王キュロス王が私たちに命じたとおり、私たちだけで、イスラエルの神、主のために宮を建てるつもりです。」
4 すると、その地の民はユダの民の気力を失わせようとし、脅して建てさせないようにした。
5 さらに、顧問〔参議官(新共同訳、岩波訳)、議官(第三版、リビングバイブル)〕を買収して彼らに反対させ、この計画をつぶそうとした。このことはペルシアの王キュロス〔B.C.530年没(筆者挿入)〕の時代から、ペルシアの王ダレイオスの治世〔B.C.521-486年(岩波訳注)〕の時まで続いた。
6 またクセルクセスの治世〔B.C.485-465年(岩波訳注)〕には、その治世の初めに、彼らはユダとエルサレムの住民を非難する告訴状を書いた。”(2017)とあります。

 イスラエルの敵よりアルタクセルクセス王へ送られた神殿工事を妨害するための書簡が、7-16節に次のように記されています。
“7 また、アルタクセルクセスの時代〔B.C.464-424年(岩波訳注)〕に、ビシュラム、ミテレダテ、タベエルとほかの同僚たちは、ペルシアの王アルタクセルクセスに書き送った。その手紙の文字はアラム語で書かれ、アラム語で述べられていた。
〔エズラ4:8-6:16、7:12-26はアラム語で書かれている。アラム語は、おそくともB.C.9世紀には古代中近東の各地に広がっており、ペルシア帝国は、これを公用語として用い続けた。(岩波訳注)〕
8 参事官レフム、書記官シムシャイはエルサレムに関して、次のような書状をアルタクセルクセス王に書き送った。
9 これは、参事官レフム、書記官シムシャイ、ほかの同僚たち、裁判官、使節、役人、ペルシア人、ウルク人、バビロン人、スサの人々すなわちエラム人、10 その他、偉大にして高貴なアッシュルバニパルが、サマリアの町々とユーフラテス川西方のほかの地に引いて行って住まわせた諸民族からであった。
11 彼らが送ったその書状の写しは次のとおりである。
「ユーフラテス川西方の者、あなた様のしもべどもから、アルタクセルクセス王へ。
さて、12 王にお知らせいたします。あなた様のところから、私どものところに上って来たユダヤ人たちはエルサレムに着き、あの反抗的で悪しき町〔エルサレム(筆者挿入)〕を再建しております。その城壁を修復し、その礎もすでに据えられています。
13 今、王にお知らせいたします。もしこの町が再建され、城壁が修復されたら、彼らは貢ぎ物、関税、税金を納めなくなり、王家に間違いなく損害を与えることになるでしょう。
14 さて、私どもは王宮の塩を賜る者ですから、王に対する侮辱を見るわけにはいきません。それゆえ、私どもは人を遣わして、王にお知らせするのです。
15 あなた様の先祖の記録文書を調べていただきたいのです。そうすれば、この町〔エルサレム(筆者挿入)〕が反抗的な町で、王たちと諸州に損害を与えてきたこと、また昔からこの町で反乱が繰り返されたことを、その記録文書の中に見て、理解していただけるでしょう。この町が滅ぼされたのも、そのためです。
16 私たちは王〔アルタクセルクセス王(筆者挿入)〕にお知らせします。もしこの町〔エルサレム(筆者挿入)〕が再建され、城壁が修復されたら、あなたはこのためにユーフラテス川西方の権益を失ってしまわれるでしょう。」”(2017)とあります。

 アルタクセルクセス王からの神殿建設に対する敵対者たちへの返書の内容が17-22節に次のように記されています。
“17 王は参事官レフム、書記官シムシャイ、およびサマリアとユーフラテス川西方のほかの地に住んでいる彼らの同僚たちに返事を送った。「平安があるように。さて、
18 あなたがたが私たちのところに送ってよこしたあの手紙は、私の前で説明されて読まれた。
19 私は命令を下し、調べさせたところ、その町〔エルサレム(筆者挿入)〕は昔から王たちに対して謀反を企て、その町で反逆と反乱が行われたことが分かった。
20 またエルサレムにはかつて勢力のある王たちがいて、ユーフラテス川西方の地を全部支配し、貢ぎ物、関税、税金が彼らに納められていたことも分かった。
21 今あなたがたは命令を下して、その者たちの工事をやめさせ、私から再び命令が下るまで、この町が再建されないようにせよ。
22 あなたがたはよく気をつけ、このことを怠ってはならない。損害が増して王の不利益となるといけないから。」”(2017)とあります。

 ペルシア帝国には、アケメネス朝、アルサケス朝、サーサーン朝とありますが、この時代のペルシア帝国は、アケメネス朝です。
アケメネス朝ペルシアは、“インド・ヨーロッパ語族の民族であるペルシア人が建設し、4王国(メディア、リュディア、新バビロニア、エジプト第26王朝)に分立していた古代オリエント世界を統一した。ダレイオス1世の時代には、エーゲ海沿岸からインダス川流域に及ぶ広大な世界帝国となったものの、紀元前330年にマケドニアのアレクサンドロス大王の遠征軍によって滅ぼされた。”(ウィキペディア)帝国です。

 エズラ4章にはアルタクセルクセスが出てきていますが、ペルシア帝国の最初の5王は、
キュロス王(在位期間:B.C.559-530年)
カンビュセス王(在位期間:B.C.529-522年)
ダレイオス王{ダリウス1世(在位期間:B.C.522-486年)}
クセルクセス王(在位期間:B.C.485-465年)
アルタクセルクセス王(在位期間:B.C.464-424年)です。

 エステル記に上記の王の一人が出て来ます。クセルクセス王です。クセルクセスはヘブライ語ではアハシュエロスとなります。エステル1:1の冒頭は、2017では、“クセルクセスの時代”とあり、第三版では、“アハシュエロスの時代”と記されています。
また、ネヘミヤはアルタクセルクセス王(アルタシャスタ王)の献酌官をしていたのです(ネヘミヤ2:1)。
エズラ記4.5章以降の時代背景として、ネヘミヤやエステル記のエステルやモルデカイの話(主が彼らを用いられて主のご計画を進めていかれた話)も知っておく必要があります。


 23節には、“さて、アルタクセルクセス王の手紙の写しがレフムと、書記官シムシャイと、その同僚たちの前で読まれると、彼らは急いでエルサレムのユダヤ人のところに行き、実力をもって〔「武力をもって」(第三版)、「腕力と権力とをもって」(口語訳)〕彼らの工事をやめさせた。”(2017)と記されています。

 23節について新聖書注解は、“王の手紙は使者によって朗読された。期待通りの内容であったので、サマリアの役人たち〔レフムやシムシャイ等(筆者挿入)〕は勇躍して、直ちに予定の行動に移った。「武力をもって」は直訳的には「腕力と権力(軍隊)とをもって」で、ペルシアの駐屯軍を動かして城壁工事を中止させたのであろう。”と述べています。

 24節には、“こうして〔それで(口語訳)〕、エルサレムにある神の宮の工事は中止され、ペルシアの王ダレイオスの治世の第二年まで中止されたままになった。”(2017)と記されています。

 24節について新聖書注解は、“〔冒頭の(筆者挿入)〕「こうして」(2017)、「それで」(口語訳)は、事件の因果関係を示すように解されやすいが、「こういう具合に」位の意味で解する方が良い。アラム語「ベーダイン」は、文章の冒頭に置かれて強調的に、物語の新しい段階の導入に用いるとされ、本節を前に結び付けるよりも、むしろエズラ5:1への伏線とする役割とも言える。”と述べています。

 キリスト者にとって、神殿とは、キリスト者であり、キリスト者の総体であるエクレシア(教会)です。
神殿建設とは、主の霊が住んでおられるキリスト者をそれにふさわしく整えることです。地上に置かれている間は、おもに魂が聖くされていくことです。
キリスト者の霊は、キリストを信じたときに神から誕生しました。
ヨハネ3:3.6には、“3 イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに〔原語は「アノーセン」で、新しく、上から、等の意があります(筆者挿入)〕生まれなければ、神の国を見ることはできない。」6 「肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。」”(新共同訳)とあります。
キリスト者のたましいは、新しく上から生まれたのではなく、救われたのです。
1ペテロ1章には、「8 あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、今見てはいないけれども信じており、ことばに尽くせない、栄えに満ちた喜びに躍っています。9 あなたがたが、信仰の結果であるたましいの救いを得ているからです。」(2017)と記されています。
このたましいについては、「私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」(2コリント3:18・2017)というお言葉が該当することと思います。
魂は、肉体の誕生の時から保有し
ているものであり、知性、感情、意志等の働きを持っています。ですからイエス様を信じていない人たちは、救われていない魂を持っており、サタンの支配のもとで生活しているのです(エペソ2:1-3、1ヨハネ5:19参照)。
キリスト者の肉体について、主は、地上にいる間に改造しようとは考えてはいません(時々病の癒しはありますが)。キリストの現れの時、すなわちキリストの空中再臨の時に、永遠に滅びることなく古びることなく強靭でかつ美しい霊の体を与えてくださるのです(1コリント15:40.42-54、1テサロニケ4:16.17参照)。
 それ故、地上に置かれているキリスト者は、キリストを見つめて歩むことによって(ヘブル12:2)、「栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」という過程にあるのです。これは聖き(主の内に在る)歩みです。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたを愛し、イエス様を愛し、いつもイエス様を見つめながら、歩み続ける者であらせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

2021年9月13日 (月)

エズラ記3章 イスラエル人たちはエルサレムに集まって礼拝をし、神殿建設に着手した

 1節には、“イスラエルの子らは自分たちの町々にいたが、第七の月が来たとき、民は一斉にエルサレムに集まって来た。”(2017)とあります。

 第7の月とは、太陽暦では、9-10月になります。
第7の月は、イスラエルにとっては重要な月でした。
レビ記23章には次のように記されています。
“23 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はモーセにこう告げられた。
24 「イスラエルの子らに告げよ。第七の月の一日はあなたがたの全き休みの日であり、角笛を吹き鳴らして記念する聖なる会合を開く
25 あなたがたは、いかなる労働もしてはならない。食物のささげ物を主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に献げなさい。」
26 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はモーセにこう告げられた。
27 「特にこの第七の月の十日は宥めの日〔贖罪の日(第三版、口語訳)〕であり、あなたがたのために聖なる会合を開く。あなたがたは自らを戒め、食物のささげ物を主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に献げなければならない。
28 その日のうちは、いかなる仕事もしてはならない。その日が宥めの日であり、あなたがたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の前であなたがたのために宥めがなされるからである。
29 その日に自らを戒めない者はだれでも、自分の民から断ち切られる。
〔「自らを戒める」とは、断食をし、化粧や洗顔もせず、1年間の悔い改めをする、というのが一般的のようです。(筆者挿入)〕
30 だれでも、その日に少しでも仕事をする者は、わたしはその人をその民の間から滅ぼす。
31 いかなる仕事もしてはならない。これは、あなたがたがどこに住んでいても代々守るべき永遠の掟である。
32 これは、あなたがたの全き休みのための安息日である。あなたがたは自らを戒める。その月の九日の夕暮れには、その夕暮れから次の夕暮れまで、あなたがたの安息を守らなければならない。」
33 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はモーセにこう告げられた。
34 「イスラエルの子らに告げよ。この第七の月の十五日には、七日間にわたる主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の仮庵の祭りが始まる
35 最初の日には、聖なる会合を開く。あなたがたは、いかなる労働もしてはならない。
36 七日間、あなたがたは食物のささげ物を主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に献げなければならない。八日目も、あなたがたは聖なる会合を開かなければならない。あなたがたは食物のささげ物を主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に献げる。これはきよめの集会であり、いかなる労働もしてはならない。”(2017)とあります。

 帰還民によるエルサレムにおける最初の礼拝が2-6節に次のように記されています。
“2 そこで、エホツァダクの子ヨシュア〔時の大祭司(ハガイ1:1、ゼカリヤ3:1)〕とその兄弟の祭司たち、またシェアルティエルの子ゼルバベルとその兄弟たちは、神の人モーセの律法に書かれているとおりに全焼のささげ物を献げるため、イスラエルの神の祭壇を築いた。
3 彼らは、周りの国々の民を恐れていたので、祭壇を所定の場所〔祭壇をもとの所(第三版、口語訳)〕に設けた。彼らはその上で主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に全焼のささげ物、すなわち、朝ごと夕ごとの全焼のささげ物を献げた。
4 彼らは、書かれているとおりに仮庵の祭りを祝い、毎日の分として定められた数にしたがって、日々の全焼のささげ物を献げた。
5 それから、常供の全焼のささげ物、新月の祭りやすべての聖別された主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の例祭のためのささげ物、そして一人ひとりが進んで献げるものを、喜んで主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に献げた。
6 彼らは第七の月の一日から全焼のささげ物を主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に献げ始めたが、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の神殿の礎はまだ据えられていなかった。”(2017)とあります。

 4節には、“彼らは、書かれているとおりに仮庵の祭りを祝い、毎日の分として定められた数にしたがって、日々の全焼のささげ物を献げた。”(2017)とあります。

 「仮庵の祭り」は、当初、荒野の仮住まいを記念し、またカナンでの収穫の感謝をヤハウェ(主)に献げる祭りでしたが、捕囚民からの帰還後は、捕囚帰還を記念する祭という意味を持つようになりました。予表としてはキリストの千年王国の予表であろうと思います。

 エズラ2:68-70には次のように記されていました。
一族のかしらの中のある者たちは、エルサレムにある主の宮に着いたとき、神の宮を元の場所に建てるために、自分から進んでささげ物をした。彼らは自分たちの財力に応じて、工事資金として金六万一千ダリク、銀五千ミナ、祭司の長服百着を献げた。こうして、祭司、レビ人、民のある者たち、歌い手、門衛、宮のしもべたち、すなわち、全イスラエルは自分の元の町々に住んだ。”とありました。

 そして、帰還民全員でヤハウェ(主)を礼拝し、次に、7節に、“彼らは石切り工や大工には金を与え、シドンとツロの人々には食べ物や飲み物や油を与えた。それはペルシアの王キュロスが与えた許可によって、レバノンから海路、ヤッファに杉材を運んでもらうためであった。”(2017)と記されているように、神殿建設のための資材の準備を始めたのです。

 元より帰還民たちは、ヤハウェ(主)の神殿を建てるために捕囚の地からエルサレムへと帰還したのでした。そのことはエズラ1章に次のように記されていました。
“1 ペルシアの王キュロスの第一年に、エレミヤによって告げられた主のことばが成就するために、主はペルシアの王キュロスの霊を奮い立たせた。王は王国中に通達を出し、また文書にもした。
2 「ペルシアの王キュロスは言う。『天の神、主は、地のすべての王国を私にお与えくださった。この方が、ユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てるよう私を任命された〔イザヤ44:26.28参照(筆者挿入)〕。
3 あなたがた、だれでも主の民に属する者、その神がともにいてくださるように。その者はユダにあるエルサレムに上り、イスラエルの神、主の宮を建てるようにせよ。この方はエルサレムにおられる神である。
4 あとに残る者たちはみな、その者を支援するようにせよ。その者がどこに寄留しているにしても、その場所から、その土地の人々が、エルサレムにある神の宮のために進んで献げるものに加え、銀、金、財貨、家畜をもってその者を支援せよ。』」
5 そこで、ユダとベニヤミンの一族のかしらたち、祭司たち、レビ人たちは立ち上がった。エルサレムにある主の宮を建てるために上って行くように、神が彼ら全員の霊を奮い立たせたのである
6 彼らの周りの人々はみな、銀の器、金、財貨、家畜、選りすぐりの品々、そのほか進んで献げるあらゆる物をもって彼らを力づけた。
7 キュロス王は、ネブカドネツァルがエルサレムから持ち出して、自分の神々の宮に置いていた主の宮の器を運び出させた。
8 ペルシアの王キュロスは財務官ミテレダテに命じてこれを取り出し、その数を確かめさせ、ユダの首長シェシュバツァルに渡した。
9 その数は次のとおりであった。金の皿三十、銀の皿一千、香炉二十九、10 金の鉢三十、予備の銀の鉢四百十、その他の器一千。
11 金や銀の用具は全部で五千四百あった。捕囚の民がバビロンからエルサレムに上ることを許されたとき、シェシュバツァルはこれらの物をみな一緒に携えて上った。”(2017)とありました。

 神殿建設の資材の調達にはある程度の日数を必要としました。資材が調達でき、工事が始まったのは、彼らがエルサレムに着いて二年目の第二の月でした。
 神殿の礎が据えられたことと、神殿の礎が据えられたときに主を賛美したことが8-13節に次のように記されています。
“8 彼らがエルサレムにある神の宮のところに着いて二年目の第二の月〔太陽暦の4-5月(筆者挿入)〕に、シェアルティエルの子ゼルバベルと、エホツァダクの子ヨシュアと、そのほかの同僚の祭司とレビ人たち、および捕囚からエルサレムに帰って来たすべての人々は、主の宮の工事を指揮するために二十歳以上のレビ人を立てて、工事を始めた。
9 こうして、ヨシュアと、その息子たち、その兄弟たち、カデミエルとその息子たち、ユダの息子たちは一致して立ち、神の宮の工事に当たる者たちを指揮した。ヘナダデの息子たちと孫たち、そのレビ人の兄弟たちもそうした。
10 建築する者たちが主の神殿の礎を据えたとき、イスラエルの王ダビデの規定によって主を賛美するために、祭服を着た祭司たちはラッパを持ち、アサフの子らのレビ人たちはシンバルを持って出て来た。
11 そして彼らは主を賛美し、感謝しながら「主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまでもイスラエルに」と歌い交わした。こうして、主の宮の礎が据えられたので、民はみな主を賛美して大声で叫んだ。
12 しかし、祭司、レビ人、一族のかしらたちのうち、以前の宮〔ソロモンが建てた神殿(筆者挿入)〕を見たことのある多くの老人たちは、目の前でこの宮の基が据えられたとき、大声をあげて泣いた。一方、ほかの多くの人々は喜びにあふれて声を張り上げた。
13 そのため、喜びの叫び声と民の泣き声をだれも区別できなかった。民が大声をあげて叫んだので、その声は遠いところまで聞こえた。”(2017)とあります。

 神の国を第一とする人達は素晴らしいと思いますが、この件についても、ヤハウェ(主)の先行的恩寵があったことを覚えます。
エレミヤ24章には次のようなヤハウェ(主)の御言葉がありました。
“1 バビロンの王ネブカドネツァルが、ユダの王、エホヤキムの子エコンヤと、ユダの高官たち、職人、鍛冶をエルサレムから捕らえ移してバビロンに連れて行った後のこと、・・。/
4 すると、私に次のような主のことばがあった。
5 「イスラエルの神、主はこう言う。わたしは、この場所からカルデア人の地に送ったユダの捕囚の民を、この良いいちじくのように、良いものであると見なそう。
6 わたしは、彼らを幸せにしようと彼らに目をかける。彼らをこの地に帰らせ、建て直して、壊すことなく、植えて、引き抜くことはない。
7 わたしは、わたしが主であることを知る心を彼らに与える。彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。彼らが心のすべてをもってわたしに立ち返るからである。”(2017)と記されています。
この人々に対して、ヤハウェ(主)は、預言者エゼキエルを立て、民の心を整えたのでした。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたに愛されているのですから、常にあなたから目を離すことなく、あなたに従い、あなたに感謝し、あなたを賛美しながら歩む者であらせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

2021年9月12日 (日)

エズラ記2章 バビロン捕囚からエルサレム及びユダに帰還した者たちの一覧表

 本文は70節あり、全文を下記しますが、取り扱うのは、1.2節及び64-70節です。
本文は2017です。
“1 バビロンの王ネブカドネツァルがバビロンに引いて行った捕囚の民で、その捕囚の身から解かれてエルサレムとユダに上り、それぞれ自分の町に帰ったこの州の人々は次のとおりである。
2 彼らは、ゼルバベル、ヨシュア、ネヘミヤ、セラヤ、レエラヤ、モルデカイ、ビルシャン、ミスパル、ビグワイ、レフム、バアナと一緒に帰って来た。イスラエルの民の人数は次のとおりである。
3 パルオシュ族、二千百七十二人。4 シェファテヤ族、三百七十二人。5 アラフ族、七百七十五人。6 ヨシュアとヨアブの二族からなるパハテ・モアブ族、二千八百十二人。7 エラム族、一千二百五十四人。8 ザト族、九百四十五人。9 ザカイ族、七百六十人。10 バニ族、六百四十二人。11 ベバイ族、六百二十三人。12 アズガデ族、一千二百二十二人。13 アドニカム族、六百六十六人。14 ビグワイ族、二千五十六人。15 アディン族、四百五十四人。16 ヒゼキヤ族、すなわちアテル族、九十八人。17 ベツァイ族、三百二十三人。18 ヨラ族、百十二人。19 ハシュム族、二百二十三人。20 ギバル族、九十五人。21 ベツレヘム人、百二十三人。22 ネトファの人々、五十六人。23 アナトテの人々、百二十八人。24 アズマウェテ人、四十二人。25 キルヤテ・アリム人とケフィラ人とベエロテ人、七百四十三人。26 ラマ人とゲバ人、六百二十一人。27 ミクマスの人々、百二十二人。28 ベテルとアイの人々、二百二十三人。29 ネボ人、五十二人。30 マグビシュ族、百五十六人。31 別のエラム族、一千二百五十四人。32 ハリム族、三百二十人。33 ロデ人とハディデ人とオノ人、七百二十五人。34 エリコ人、三百四十五人。35 セナア人、三千六百三十人。36 祭司は、ヨシュアの家系のエダヤ族、九百七十三人。37 イメル族、一千五十二人。38 パシュフル族、一千二百四十七人。39 ハリム族、一千十七人。40 レビ人は、ホダウヤ族のヨシュアとカデミエルの二族、七十四人。41 歌い手は、アサフ族、百二十八人。42 門衛の人々は、シャルム族、アテル族、タルモン族、アクブ族、ハティタ族、ショバイ族、合計百三十九人。43 宮のしもべたちは、ツィハ族、ハスファ族、タバオテ族、44 ケロス族、シアハ族、パドン族、45 レバナ族、ハガバ族、アクブ族、46 ハガブ族、シャルマイ族、ハナン族、47 ギデル族、ガハル族、レアヤ族、48 レツィン族、ネコダ族、ガザム族、49 ウザ族、パセアハ族、ベサイ族、50 アスナ族、メウニム族、ネフシム族、51 バクブク族、ハクファ族、ハルフル族、52 バツルテ族、メヒダ族、ハルシャ族、53 バルコス族、シセラ族、テマフ族、54 ネツィアハ族、ハティファ族。55 ソロモンのしもべたちの子孫は、ソタイ族、ソフェレテ族、ペルダ族、56 ヤアラ族、ダルコン族、ギデル族、57 シェファテヤ族、ハティル族、ポケレテ・ハ・ツェバイム族、アミ族。58 宮のしもべたちと、ソロモンのしもべたちの子孫は、合計三百九十二人。59 次の人々はテル・メラフ、テル・ハルシャ、ケルブ、アダン、イメルから引き揚げて来たが、自分たちの先祖の家系と血統がイスラエル人であったかどうかを証明できなかった。60 デラヤ族、トビヤ族、ネコダ族、六百五十二人。61 祭司の子孫の中では、ホバヤ族、ハ・コツ族、バルジライ族。このバルジライは、ギルアデ人バルジライの娘の一人を妻にしたので、その名で呼ばれていた。62 これらの人々は自分たちの系図書きを捜してみたが、見つからなかったので、彼らは祭司職を果たす資格がない者とされた。63 そのため総督は彼らに、ウリムとトンミムを使える祭司が起こるまでは、最も聖なるものを食べてはならないと命じた。
64 全会衆の合計は四万二千三百六十人であった。
65 このほかに、彼らの男女の奴隷が七千三百三十七人いた。また、彼らには男女の歌い手が二百人いた。66 彼らの馬は七百三十六頭。らばは二百四十五頭。67 らくだは四百三十五頭。ろばは六千七百二十頭であった。
68 一族のかしらの中のある者たちは、エルサレムにある主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に着いたとき、神の宮を元の場所に建てるために、自分から進んでささげ物をした。
69 彼らは自分たちの財力に応じて、工事資金として金六万一千ダリク、銀五千ミナ、祭司の長服百着を献げた。
70 こうして、祭司、レビ人、民のある者たち、歌い手、門衛、宮のしもべたち、すなわち、全イスラエルは自分の元の町々に住んだ。”

 1.2節には次のように記されています。
“1 バビロンの王ネブカドネツァルがバビロンに引いて行った捕囚の民で、その捕囚の身から解かれてエルサレムとユダに上り、それぞれ自分の町に帰ったこの州の人々は次のとおりである。
2 彼らは、ゼルバベル、ヨシュア、・・・・・・と一緒に帰って来た。イスラエルの民の人数は次のとおりである。”とあります。

 <シェシュバツァルとゼルバベルについて>
 シェシュバツァルについての聖句
キュロス王は、ネブカドネツァルがエルサレムから持ち出して、自分の神々の宮に置いていた主の宮の器を運び出させた。ペルシアの王キュロスは財務官ミテレダテに命じてこれを取り出し、その数を確かめさせ、ユダの首長シェシュバツァルに渡した。”(エズラ1:7.8・2017)
金や銀の用具は全部で五千四百あった。捕囚の民がバビロンからエルサレムに上ることを許されたとき、シェシュバツァルはこれらの物をみな一緒に携えて上った。”(エズラ1:11・2017)
“13 しかし、バビロンの王キュロスの第一年に、キュロス王はこの神の宮を建て直すよう命令を下しました。
14 キュロス王はまた、ネブカドネツァルがエルサレムの神殿から持ち出して、バビロンの神殿に運んで行った神の宮の金や銀の器を、バビロンの神殿から取り出し、自分が総督に任命したシェシュバツァルという名の者にそれを渡しました。
15 そして、シェシュバツァルに、これらの器を携えて行ってエルサレムの神殿に納め、神の宮を元の場所に建て直せと言いました。
16 そこで、このシェシュバツァルは来て、エルサレムの神の宮の礎を据えました。その時から今に至るまで建築が続いていますが、まだ完成していません。』
17 ですから、王様、もしもよろしければ、エルサレムにあるこの神の宮を建てるために、キュロス王からの命令が下ったのが事実かどうか、あのバビロンにある王室書庫をお調べください。そして、このことについての王のご判断を私たちにお伝えください。」”(エズラ5:13-17・2017)

 ゼルバベルについての聖句
彼らは、ゼルバベル、ヨシュア、ネヘミヤ、セラヤ、レエラヤ、モルデカイ、ビルシャン、ミスパル、ビグワイ、レフム、バアナと一緒に帰って来た。イスラエルの民の人数は次のとおりである。”(エズラ2:2・2017)
イスラエルの子らは自分たちの町々にいたが、第七の月が来たとき、民は一斉にエルサレムに集まって来た。そこで、エホツァダクの子ヨシュアとその兄弟の祭司たち、またシェアルティエルの子ゼルバベルとその兄弟たちは、神の人モーセの律法に書かれているとおりに全焼のささげ物を献げるため、イスラエルの神の祭壇を築いた。”(エズラ2:1.2・2017)
彼らがエルサレムにある神の宮のところに着いて二年目の第二の月に、シェアルティエルの子ゼルバベルと、エホツァダクの子ヨシュアと、そのほかの同僚の祭司とレビ人たち、および捕囚からエルサレムに帰って来たすべての人々は、主の宮の工事を指揮するために二十歳以上のレビ人を立てて、工事を始めた。”(エズラ3:8・2017)
主が、シェアルティエルの子、ユダの総督ゼルバベルの霊と、エホツァダクの子、大祭司ヨシュアの霊と、民の残りの者すべての霊を奮い立たせたので、彼らは自分たちの神、万軍の主の宮に行き、仕事に取りかかった。”(ハガイ1:14・2017)
その日、──万軍の主のことば──シェアルティエルの子、わたしのしもべゼルバベルよ、──主のことば──わたしはあなたを選んで印章とする。わたしがあなたを選んだからだ。──万軍の主のことば。』」”(ハガイ2:23・2017)
「『ゼルバベルの手がこの宮の礎を据えた。彼の手がそれを完成させる。』そのときあなたは、万軍の主が私をあなたがたに遣わされたことを知る。”(ハガイ4:9・2017)

 さて、シェシュバツァルとゼルバベルについて、いくつかの解釈があります。
シェシュバツァルとゼルバベルは、別人だという説、シェシュバツァルはおじでゼルバベルはおいであるとする説、異名同人であるとする説、があります。
私は、異名同人であると考えています。即ち、ゼルバベルの別称がシェシュバツァルなのではないだろうかというものです。シェシュバツァルについて聖書辞典は、“〔シェシュバツァルは、(筆者挿入)〕アッカド語〔古代メソポタミア地方で使われた言語(筆者挿入)〕で「シン(の神)が父を守る」という意味 ”と述べています。
また、エズラ2:2の新改訳第二版欄外注には、ゼルバベルはシェシュバツァルのこと、とあります。

 <シェアルティエルの子ゼルバベルについて>
シェアルティエルの子ゼルバベルという表現は次章から出て来ますが、この箇所で一緒に述べておきます。
そこで、エホツァダクの子ヨシュアとその兄弟の祭司たち、またシェアルティエルの子ゼルバベルとその兄弟たちは、神の人モーセの律法に書かれているとおりに全焼のささげ物を献げるため、イスラエルの神の祭壇を築いた。”(エズラ3:2・2017)
シェアルティエルの子ゼルバベルおよびヨシュアと一緒に上って来た、祭司とレビ人は次のとおりである。”(ネヘミヤ12:1・2017)
 ダレイオス王の第二年、第六の月の一日に、預言者ハガイを通して、シェアルティエルの子、ユダの総督ゼルバベルと、エホツァダクの子、大祭司ヨシュアに、主のことばがあった。”(ハガイ1:1・2017)
“15 ヨシヤ〔ユダの16代目の王(筆者挿入)〕の子は、長子ヨハナン、次男エホヤキム〔元の名は「エルヤキム」、ユダの18代目の王(筆者挿入)〕、三男ゼデキヤ〔ユダの20代目の王(筆者挿入)〕、四男シャルム〔別称「エホアハズ」、ユダの17代目の王(筆者挿入)〕。16 エホヤキムの子孫は、その子エコンヤ〔別称「エホヤキン」、ユダの19代目の王(筆者挿入)〕、その子ゼデキヤ〔王ではない(筆者挿入)〕。17 捕らわれ人エコンヤの子は、その子シェアルティエル、18 マルキラム、ペダヤ、シェンアツァル、エカムヤ、ホシャマ、ネダブヤ。19 ペダヤの子は、ゼルバベル、シムイ。ゼルバベルの子は、メシュラム、ハナンヤ、彼らの姉妹シェロミテ。”(1歴代誌3章・2017)
バビロン捕囚の後、エコンヤ〔別称「エホヤキン」、ユダの19代目の王(筆者挿入)〕がシェアルティエルを生み、シェアルティエルがゼルバベルを生み”(マタイ1:12・2017)

 さて、ゼルバベルの父は、シェアルティエルなのでしょうか?それともペダヤ(1歴代誌3:19)なのでしょうか?
聖書辞典はゼルバベルについて次のように述べています。
“〔ゼルバベルは、(筆者挿入)〕南王国ユダ末期の王エコヌヤ〔エコンヤ{2017}、別名エホヤキン(筆者挿入)〕の子であるペダヤの子(1歴代誌3:19)。しかし,エズラ3:2等ではシェアルティエルの子。特に,新約聖書マタイの福音書の系図では,エコニヤ〔エコンヤ(2017)〕の子,サラテル〔シェアルティエル(2017)〕の子,ゾロバベル〔ゼルバベル{2017}(マタイ1:12)〕とある。これは,シェアルティエルが子がなくて死に,おいが正式の世継ぎとなったか,ペダヤがレビラート婚(申命記25:5‐10)によってゼルバベルをもうけたかのいずれかであろう。”とあります。
{レビラート婚とは、“夫が子供をもうけることなく死亡した場合、彼の兄弟が夫にかわって寡婦と交わり、その結果生まれた子供を故人の法的な子とする慣行をさす。”(日本大百科全書より抜粋)}
申命記25:5.6には、“5 兄弟が一緒に住んでいて、そのうちの一人が死に、彼に息子がいない場合、死んだ者の妻は家族以外のほかの男に嫁いではならない。その夫の兄弟がその女のところに入り、これを妻とし、夫の兄弟としての義務を果たさなければならない。6 そして彼女が産む最初の男子が、死んだ兄弟の名を継ぎ、その名がイスラエルから消し去られないようにしなければならない。”(2017)と記されています。

 ヤハウェ(主)を愛し、ヤハウェ(主)に信頼して、荒廃しているエルサレム、ユダの地を目指して出発した人たちは、42360人であったのです(エズラ2:64)。バビロンの地に残った人たちも数多くいました。
 そして68-70節には、
“68 一族のかしらの中のある者たちは、エルサレムにある主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮に着いたとき、神の宮を元の場所に建てるために、自分から進んでささげ物をした。69 彼らは自分たちの財力に応じて、工事資金として金六万一千ダリク、銀五千ミナ、祭司の長服百着を献げた。70 こうして、祭司、レビ人、民のある者たち、歌い手、門衛、宮のしもべたち、すなわち、全イスラエルは自分の元の町々に住んだ。”と記されています。

 68節から、“神の宮を元の場所に建てるために、自分から進んでささげ物をした”人たちがいたことが分かります。
その人たちは、全員というわけではありませんでした。“一族のかしらの中のある者たち”と記されています。
全員が、“自分から進んでささげ物をした”ら幸いでした。
額ではないのです。財のない人は、わずかでもよいのです。
2コリント9:7には、“一人ひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は、喜んで与える人を愛してくださるのです。”(2017)とあり、
2コリント8:11には、“持っているものでやり遂げてください。”(2017)と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたを愛し、あなたを愛する故に、あなたのために労し続ける者であらせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

2021年9月11日 (土)

エズラ記1章 バビロン捕囚からの解放

 エズラ記とネヘミヤ記について、注解付新改訳聖書のネヘミヤ記緒論には、“1448年までのヘブル語聖書では、エズラ記とネヘミヤ記は一つの聖書として扱われ「エズラ」と呼ばれていました。現代の翻訳聖書のようにエズラ記とネヘミヤ記とが分けて記されるようになったのは、ラテン語のヴルガタ訳以来である。それでは、最初から一書として書かれたのかというと、明確な証拠はない。”と記されています。

 エズラ記とネヘミヤ記は、B.C.538-B.C.430年までの歴史を知るには最も重要な資料である、と新共同訳スタディ版の各書の概説のエズラ記の項に記されています。

 エズラ記1章
“1 ペルシアの王キュロスの第一年〔B.C.538年(筆者挿入)〕に、エレミヤによって告げられた主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばが成就するために、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はペルシアの王キュロスの霊を奮い立たせた。王は王国中に通達を出し、また文書にもした。
2 「ペルシアの王キュロスは言う。『天の神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、地のすべての王国を私にお与えくださった。この方が、ユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てるよう私を任命された。
3 あなたがた、だれでも主の民に属する者には、その神がともにいてくださるように。その者はユダにあるエルサレムに上り、イスラエルの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮を建てるようにせよ。この方はエルサレムにおられる神である。
4 あとに残る者たちはみな、その者を支援するようにせよ。その者がどこに寄留しているにしても、その場所から、その土地の人々が、エルサレムにある神の宮のために進んで献げるものに加え、銀、金、財貨、家畜をもってその者を支援せよ。』」
5 そこで、ユダとベニヤミンの一族のかしらたち、祭司たち、レビ人たちは立ち上がった。エルサレムにある主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮を建てるために上って行くように、神が彼ら全員の霊を奮い立たせたのである。
6 彼らの周りの人々はみな、銀の器、金、財貨、家畜、選りすぐりの品々、そのほか進んで献げるあらゆる物をもって彼らを力づけた。
7 キュロス王は、ネブカドネツァルがエルサレムから持ち出して、自分の神々の宮に置いていた主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮の器を運び出させた。
8 ペルシアの王キュロスは財務官ミテレダテに命じてこれを取り出し、その数を確かめさせ、ユダの首長シェシュバツァルに渡した。
9 その数は次のとおりであった。金の皿三十、銀の皿一千、香炉二十九、
10 金の鉢三十、予備の銀の鉢四百十、その他の器一千。
11 金や銀の用具は全部で五千四百あった。捕囚の民がバビロンからエルサレムに上ることを許されたとき、シェシュバツァルはこれらの物をみな一緒に携えて上った。”(2017)

 1節には、“ペルシアの王キュロスの第一年〔B.C.538年(筆者挿入)〕に、エレミヤによって告げられた主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のことばが成就するために、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はペルシアの王キュロスの霊を奮い立たせた。王は王国中に通達を出し、また文書にもした。”とありますが、この中に、「エレミヤによって告げられたヤハウェ(主)のことばが成就するために、ヤハウェ(主)はペルシアの王キュロスの霊を奮い立たせた。」という箇所があります。
 「エレミヤによって告げられたヤハウェ(主)のことば」即ちエレミヤの預言というのは、エレミヤの70年の預言と言われるものであろうと思われます。
それは、2歴代誌36:21に、“これは、エレミヤによって告げられた主のことばが成就して、この地が安息を取り戻すためであった。その荒廃の全期間が七十年を満たすまで、この地は安息を得た。”(2017)とありますから。
70年の預言は、エレミヤ25:11.12の、“この地はすべて廃墟となり荒れ果てて、これらの国々はバビロンの王に七十年仕える。七十年の終わりに、わたしはバビロンの王とその民を──主のことば──またカルデア人の地を、彼らの咎のゆえに罰し、これを永遠に荒れ果てた地とする。”(2017)という預言と、
エレミヤ29:10の、“まことに、主はこう言われる。『バビロンに七十年が満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにいつくしみの約束を果たして、あなたがたをこの場所に帰らせる。”(2017)という預言です。

 さてB.C.538年〔キュロス王の第一年(エズラ1:1)〕から70年をさかのぼると、B.C.608年です。
預言では、「バビロンの王に70年仕える」とあり、「70年の終わりにバビロンの王とその民を罰する」とあります。
バビロンが滅ぼされたのは、B.C.539年になります。B.C.539年の70年前は、B.C.609年で、ユダ王国最後の敬虔な王であったヨシヤ王の逝去の年です。ヨシヤ王が死ぬと、その後の王は、皆ヤハウェ(主)に背きました。ヨシヤ後の王たちとは、エホアハズ{(治世期間3カ月)エジプトへ連れていかれた}、エホヤキム{(治世期間11年)バビロンへ引いて行かれた}、エホヤキン{(治世期間3カ月)バビロンへ引いて行かれた}、ゼデキヤ{(治世期間11年)ユダ王国最後の王。バビロンへ引いて行かれた}です。そしてB.C.586年にエルサレムは滅亡しました。

 2.3節には、“2 「ペルシアの王キュロスは言う。『天の神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、地のすべての王国を私にお与えくださった。この方が、ユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てるよう私を任命された。3 あなたがた、だれでも主の民に属する者には、その神がともにいてくださるように。その者はユダにあるエルサレムに上り、イスラエルの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮を建てるようにせよ。この方はエルサレムにおられる神である。”とありますが、
これが発せられたB.C.538年より、おそらく150年以上前に次のような預言がなされたのです。
イザヤ44:24-45:7には次のように記されています。
“44:24 あなたを贖い、あなたを母の胎内で形造った方、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。「わたしは万物を造った主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕である。わたしはひとりで天を延べ広げ、ただ、わたしだけで、地を押し広げた。
44:25 わたしは易者のしるしを打ち壊し、占い師を狂わせ、知恵ある者を退けて、その知識を愚かにする。
44:26 主のしもべのことばを成就させ、使者たちの計画を成し遂げさせる。エルサレムについては『人が住むようになる』と言い、ユダの町々については『町々は再建され、その廃墟はわたしが復興させる』と言う。
44:27 淵については『干上がれ。わたしはおまえの豊かな流れを涸らす』と言う。
44:28 キュロスについては『彼はわたしの牧者。わたしの望むことをすべて成し遂げる』と言う。エルサレムについては『再建される。神殿はその基が据えられる』と言う。」
45:1 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、油注がれた者キュロスについてこう言われる。「わたしは彼の右手を握り、彼の前に諸国を下らせ、王たちの腰の帯を解き、彼の前に扉を開いて、その門を閉じさせないようにする。
45:2 わたし〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はあなた〔キュロス(筆者挿入)〕の前を進み、険しい地を平らにし、青銅の扉を打ち砕き、鉄のかんぬきをへし折る。
45:3 わたし〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は秘められている財宝と、ひそかなところに隠された宝をあなた〔キュロス(筆者挿入)〕に与える。それは、わたしが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕であり、あなた〔キュロス(筆者挿入)〕の名を呼ぶ者、イスラエルの神であることをあなたが知るためだ。
45:4 わたしのしもべヤコブのため、わたしが選んだイスラエルのために、わたしはあなたを、あなたの名で呼ぶ。あなた〔キュロス(筆者挿入)〕はわたし〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を知らないが、わたしはあなたに肩書きを与える。
45:5 わたしが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕である。ほかにはいない。わたしのほかに神はいない。あなたはわたしを知らないが、わたしはあなたに力を帯びさせる。
45:6 それは、日の昇る方からも西からも、わたしのほかには、だれもいないことを、人々が知るためだ。わたしが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕である。ほかにはいない。
45:7 わたしは光を造り出し、闇を創造し、平和をつくり、わざわいを創造する。わたしは主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕、これらすべてを行う者。"(2017)とあります。

 ヤハウェ(主)は、預言者イザヤに語られたようにキュロスに行ったのです。
キュロスという名をつけたのは、キュロスの親であったのか、否かは知りませんが、名前までそのまま出てくるということはすごいことです。
それは、ヤハウェ(主)が、キュロスという名をつけた人に、その思いを与えられたか、あるいは予知によるものであろうと思います。

 ヤハウェ(主)は、キュロスにだけ働いたのではありませんでした。
5節には、“そこで、ユダとベニヤミンの一族のかしらたち、祭司たち、レビ人たちは立ち上がった。エルサレムにある主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の宮を建てるために上って行くように、神が彼ら全員の霊を奮い立たせたのである。”と記されています。

 ヤハウェ(主)は、ご自身のみ旨に従い、ご自身が用いる人々に働き、ことを実行されている様子が分かります。

 8節には、“ペルシアの王キュロスは財務官ミテレダテに命じてこれを取り出し、その数を確かめさせ、ユダの首長シェシュバツァルに渡した。”とあります。
「首長」と訳されている語の原語は、「ナーシー」で、貴人、王、族長、君主、王子、・・等の意があります。
この時代、ユダはペルシア帝国の一部となっていましたから、シェシュバツァルは、総督ということでしょう。
シェシュバツァルという名は、“アッカド語で「シン(の神)が父を守る」という意味”(聖書辞典)です。
そして、11節には、“金や銀の用具〔神殿用具(筆者挿入)〕は全部で五千四百あった。捕囚の民がバビロンからエルサレムに上ることを許されたとき、シェシュバツァルはこれらの物をみな一緒に携えて上った。”と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
イエス様は、ご復活後、御父の右の座に着かれ、天地の主権者として立てられましたが、そのように、まことの主権者はヤハウェ(主)なる神様であることを覚え感謝します。
私たちは、このまことの神様に祈りをささげることができるのですからありがとうございます。
天地万物の創造者にして、保持者、聖なるお方であられ、全き愛と義に基づいて私たちをお取り扱いくださるお方ですから御名を賛美します。
私たちの救い主であり、主である、キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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