終末預言

2024年3月 8日 (金)

イザヤ13:9-13 主の日/世の終わりの時代(期間)/主の日が来る前に主を信じよう/「主に信頼する者は失望することがない(主を信じる者は裁かれることがなく永遠の命を得る)」

 イザヤ139-13には次のように記されています。
9 見よ、主の日が来る。
容赦ない憤りと燃える怒りをもって地を荒廃させ、そこから罪人を絶つために。
10
 空の星と星座は光を放たず、太陽が昇っても暗く、月もその光を照らさない。
11
 私は、世界をその悪のゆえに罰し、悪人たちをその罪のゆえに罰する。
私は傲慢な者が高ぶるのをやめさせ、横暴な者の高慢をおとしめる。
12
 私は人間を純金よりも、人をオフィルの黄金よりも貴いものとする。 
13 それゆえ、私は天を震わせ、その燃える怒りの日に、地はその場で揺れ動く。万軍の主の憤りのゆえに。”(聖書協会共同訳)とあります。

 この聖書個所では、「主の日」{ヘブライ語で「ヨーム(日)・ヤハウェ(主)」}を、①主が来られる世の終りの日(期間)、として用いていますが、それ以外の用法で用いられることもあります。
②「主の日」は、主の復活の日{(ギリシア語で「キュリアケー・ヘーメラ」)}の意味でも使われます。
「キュリアケー・ヘーメラ」を、使徒2071コリント162では、今の暦の日曜日に使っています。これらの個所から、主が復活された日曜日に主を礼拝していたのがわかります。
③「主の日」は、「キリスト・イエスの日」or「キリストの日」という表現で、キリストの空中再臨の日、すなわち「携挙の日」の用法でも使われます。
④ ①以外の場合でも、主が主の敵を裁き、主の民を救われるときという意味で、主が圧倒的な力を持って直接介入される時をさしてつかわれることも多々あります。

 今日の聖書個所を読んだとき、私は黙示録等を思い浮かべました。
10
節には“空の星と星座は光を放たず、太陽が昇っても暗く、月もその光を照らさない。”と記されています。

 黙示録612.13には、“また私は見た。子羊が第六の封印を解いたとき、大きな地震が起こった。太陽は毛織りの粗布のように黒くなり、月の全面が血のようになった。そして天の星が地上に落ちた。それは、いちじくが大風に揺さぶられて、青い実を落とすようであった。”(2017)と記され、
 黙示録812には“第四の御使いがラッパを吹いた。すると太陽の三分の一と、月の三分の一、また星の三分の一が打たれたので、それらの三分の一は暗くなり、昼の三分の一は光を失い、夜も同じようになった。”(2017)と記され、
 マタイ2429には、主イエス様が弟子たちに直接語られた「そうした苦難の日々の後、ただちに太陽は暗くなり、月は光を放たなくなり、星は天から落ち、天のもろもろの力は揺り動かされます。」という御言葉が記されています。

 13節には“それゆえ、私は天を震わせ、その燃える怒りの日に、地はその場で揺れ動く。万軍の主の憤りのゆえに。”と記されています。

 イザヤ2417-21には次のように記されています。
17 地に住む者よ、恐怖と落とし穴と罠があなたに臨む。
18
 恐怖の叫びから逃れる者は落とし穴に落ちる。落とし穴の中から這い上がる者は罠に捕らえられる。天の水門は開かれ、地の基は震え動く。
19
 地は裂けに裂け、地は破れに破れ、地は揺れに揺れる。
20
 地は酔いどれのようによろめき、仮小屋のように揺れ動く。地の背きは地の上に重く、地は倒れて再び起き上がることはない。
21
 その日になると、主は罰する。天上では天上の軍勢を、大地の上では大地の王たちを。”(聖書協会共同訳)とあります。

 イザヤ2419.20のような地震は、黙示録1617-19aに記されている次の聖句を思い起こします。
17 第七の天使が、その鉢の中身を空中に注ぐと、神殿の玉座から大きな声が聞こえ、「事は成った」と言った。
18
 そして、稲妻、轟音、雷鳴が起こり、また、大きな地震が起きた。それは、人が地上に現れて以来、いまだかつてなかったほどの大地震であった。
19
 あの大きな都は三つに引き裂かれ、諸国の民の方々の町が倒れた。”(聖書協会共同訳)と記されています。

 私たち日本人は、大きな地震を体験していますが、ここに預言されている地震は、今まで人類が体験してきた最も大きな地震よりも大きいと記されています。

 今日の聖書個所には、神ヤハウェ(主)が、このような災いを何故もたらされるのかということについて、11節に次のように記されています。
“私は、世界をその悪のゆえに罰し、悪人たちをその罪のゆえに罰する。
私は傲慢な者が高ぶるのをやめさせ、横暴な者の高慢をおとしめる。”とあります。

 このような災害を主が与えられる理由について、9.11節は次のように記しています。
9 見よ、主の日が来る。容赦ない憤りと燃える怒りをもって地を荒廃させ、そこから罪人を絶つために。/
11
私は、世界をその悪のゆえに罰し、悪人たちをその罪のゆえに罰する。
私は傲慢な者が高ぶるのをやめさせ、横暴な者の高慢をおとしめる。”とあります。

 9節の「罪人」と訳されている語のヘブライ語原語は「ハター」で、犯罪者、(宗教、道徳上の)罪人、等の意があります。

 主イエス様は、次のように語られました。
「その方〔聖霊(筆者挿入)〕が来ると、罪について、義について、さばきについて、世の誤りを明らかになさいます。罪についてというのは、彼らがわたし〔イエス・キリスト(筆者挿入)〕を信じないからです。」(ヨハネ168.92017)と記されています。

 主の大きな裁きのときには、いつも神ヤハウェ(主)を信じないということが裁きの原因になっていることを聖書から教えられます。神ヤハウェ(主)に背を向けて他のものを主とし続けていることが裁きを招くのです。
主に従っていなければ、意識するかどうかは別にして、サタン(悪魔)に従っているのです。
旧約聖書はヤハウェを「主」と訳していますが、新約聖書において「主」は、イエス・キリスト様です。

 主の裁きによって多くの人が死にます。
11.12
節には、
“私は、世界をその悪のゆえに罰し、悪人たちをその罪のゆえに罰する。
私は傲慢な者〔創造神である主を、主としないことは最高の傲慢です(筆者挿入)〕が高ぶるのをやめさせ、横暴な者の高慢をおとしめる。
私は人間を純金よりも、人をオフィルの黄金よりも貴いものとする〔人をオフィルの金よりも少なくする (新改訳初版~第三版)〕。 ”と記されています。

 黙示録には、
67 小羊が第四の封印を解いたとき、私は、第四の生き物が「行け」と言うのを聞いた。
8
 そして見ていると、青白い馬が現れた。それに乗っている者の名は「死」と言い、これに陰府が従っていた〔陰府が従うということは死ぬということです(筆者挿入)〕。彼らには、剣と飢饉と死と地の獣とによって、地上の四分の一で人々を殺す権威が与えられた。/
9
13 第六の天使がラッパを吹いた。すると、神の前にある金の祭壇の四本の角から一つの声が聞こえた。
14
 その声は、ラッパを持っている第六の天使に向かいこう言った。「大河ユーフラテスのほとりにつながれている四人の天使を解き放ちなさい。」
15
 すると四人の天使は、人間の三分の一を殺すために解き放たれた。彼らはその年、その月、その日、その時間のために備え置かれていたのである。
16
 騎兵の数は二億、私はその数を聞いた。/
14
17 また、もう一人の天使が天の神殿から出て来たが、この天使も鋭い鎌を手にしていた。
18
 すると、火をつかさどる権威を持つもう一人の天使が、祭壇から出て来て、鋭い鎌を持つ天使に大声でこう言った。「あなたの鋭い鎌を入れて、地上のぶどうの房〔主のブドウの木{ヨハネ151}の房ではない、偽りのブドウの木についているブドウの房のことだろうと思います(筆者挿入)〕を取り入れよ。ぶどうの実は熟している〔悪の完熟(筆者挿入)〕。」
19
 そこで、その天使は、地に鎌を投げ入れて地上のぶどうを取り入れ、これを神の怒りの大きな搾り桶に投げ込んだ。
20
 搾り桶は都の外で踏まれた。すると、搾り桶から血が流れ出し、馬のくつわに届くほどになり、千六百スタディオン〔296km(筆者挿入)〕にわたって広がった/
その他”(聖書協会共同訳)と記されています。

 1テサロニケ59.10には、
9 神は、私たちが御怒りを受けるようにではなく、主イエス・キリストによる救いを得るように定めてくださったからです。
10
主が私たちのために死んでくださったのは、私たちが、目を覚ましていても眠っていても、主とともに生きるようになるためです。”(2017)と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を賛美します。
まだ主イエス様を自分の救い主、主、として信じていない人たちが多くいますが、願わくは主の御怒りが発せられる前に、まだ信じていない人たちが、キリスト・イエス様を自分の救い主として、自分の主として信じて救われますように。
主の御救いにあずかり、神の御怒りにあうことから免れ、とこしえに恵みと愛に満ちておられる主と共に永遠を生きることができますようにと願います。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
“神は、すべての人が救われて、真理を知るようになることを望んでおられます。”(1テモテ242017
“主は、・・。だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです〔すべての人が回心に至るようにと望んでいるのである(岩波訳)〕。”(2ペテロ39抜粋・2017
“私は今日、あなたがたに対して天と地を証人に立てる。私は、いのちと死、祝福とのろいをあなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい。あなたもあなたの子孫も生き、あなたの神、主を愛し、御声に聞き従い、主にすがるためである。まことにこの方〔主キリスト・イエス(筆者挿入)〕こそあなたのいのちであり、あなたの日々は長く続く。”(申命記3019.20抜粋・2017

<救われたい人のために>
以下の祈りに同意できるならば、自分の祈りとして祈ってください。
「イエス・キリストの父なる神様。
私は、今まで、神様に、また救い主であり、主であるイエス・キリスト様に背を向けて歩んできました。
ごめんなさい。
イエス・キリスト様の十字架の贖いが、私のためであったことを信じて感謝します。
イエス様を信じた以上、私の罪を赦してくださいましたことを信じて感謝します。
これからとこしえまで、主と共に歩ませていただけますように。
あなたは、義にして愛なる神ですから、そのようにしてくださいますことを感謝します。
私たちの父なる神様に、私たちの主、救い主、イエス・キリスト様の御名によって祈ります。アーメン。」

2024年3月 4日 (月)

黙示録16章 義なる神による七つの最後の災い(神の御怒りの頂点)/多くの人は愛なる神を受け入れ易いが神が義であることを受け入れにくい/恵みと信仰による救い

 黙示録16章には次のように記されています。
1 また私は、神殿から大きな声がして、七人の天使にこう言うのを聞いた。
「行って、七つの鉢に満たされた神の怒りを地に注げ。」
 2 そこで、第一の天使が出て行って、その鉢の中身を地に注ぐと、獣の刻印を押されている者たち、また、獣の像を拝む者たちにひどい悪性の腫れ物ができた。
 3 第二の天使が、その鉢の中身を海に注ぐと、海は死人の血のようになって、海の生き物はことごとく死んでしまった。
 4 第三の天使が、その鉢の中身を川と水の源に注ぐと、水は血になった。
5
 その時、私は水をつかさどる天使がこう言うのを聞いた。
「今おられ、かつておられた聖なる方、あなたは正しい方です。このような裁きをして くださったからです。6 その者たちは、聖なる者と預言者たちの血を流しましたが、あなたはその者たちに血を飲ませました。それは当然なことです。」
7
 また私は、祭壇がこう言うのを聞いた。
「然り、全能者である神、主よ、あなたの裁きは真実で正しい。」
 8 第四の天使が、その鉢の中身を太陽に注ぐと、太陽は人間を火で焼くことを許された。
9
 人間は、熱で激しく焼かれたが、これらの災いをつかさどる権威を持つ神の名を冒涜し、悔い改めて神に栄光を帰することをしなかった。
 10 第五の天使が、その鉢の中身を獣の王座に注ぐと、獣の国は闇に覆われた。人々は苦痛のあまり自分の舌をかみ、11 苦痛と腫れ物のゆえに天の神を冒涜し、その行いを悔い改めなかった。
 12 第六の天使が、その鉢の中身を大河ユーフラテスに注ぐと、水が涸れ、日の昇る方角からやって来る王たちの道ができた。
13
 また私は、竜の口から、獣の口から、そして偽預言者の口から、蛙のような汚れた三つの霊が出て来るのを見た。
14
 これはしるしを行う悪霊どもの霊であって、全世界の王たちのところへ出て行った。全能者である神の大いなる日の戦いに備えて、彼らを集めるためである。
 15 ――見よ、私は盗人のように来る。裸で歩くのを見られて恥をかかないように、目を覚まし、衣を身に着けている人は幸いである。――
 16 汚れた三つの霊は、ヘブライ語で「ハルマゲドン」と呼ばれる所に王たちを集めた。
 17 第七の天使が、その鉢の中身を空中に注ぐと、神殿の玉座から大きな声が聞こえ、「事は成った」と言った。
18
 そして、稲妻、轟音、雷鳴が起こり、また、大きな地震が起きた。それは、人が地上に現れて以来、いまだかつてなかったほどの大地震であった。
19
 あの大きな都は三つに引き裂かれ、諸国の民の方々の町が倒れた。神は大バビロンを思い起こし、怒りに満ちたぶどう酒の杯をこれにお与えになった。
20
 島々は逃げ去り、山々も消えうせた。
21
 一タラントンほどの重さもある大粒の雹が、天から人々の上に降った。人々はその雹の災いのゆえに神を冒涜した。被害があまりにも大きかったからである。”(聖書協会共同訳)とあります。

 ここに記されている内容は、大患難時代の最後の頃で、
①悪魔(サタン)に従う人たちに対する裁き(24-7810)、
②海の生物に対する裁き(3)、
③最終局における裁き(ゼカリヤ129、黙示録1919-21)の準備(12-14.16
④地への裁き(18-21)等が記されています。

 その内容を箇条書きにすると、
①サタンに従った者たち、すなわち666の刻印を額か右手に受けた者たち(黙示録13章参照)に悪性の腫れ物ができた。
②海洋生物の全滅
③飲料水の消失(水が血になる)
④太陽が燃え盛る(核融合増大)・・・人が炎熱で焼かれる
⑤獣(時の世界支配者)の都バビロンが暗闇に覆われる
⑥歴史上最大の大地震、大きな地殻変動{エルサレムを除く山々が山とは呼べない程に低くなった(イザヤ22も参照)。島が見えなくなった。}、巨大な雹(一個が約35kg)が人々の上に降る

 ローマの信徒への手紙の中で、パウロは次のような文を書いています。
18 不義によって真理を妨げる人間のあらゆる不敬虔と不義に対して、神は天から怒りを現されます。19 なぜなら、神について知りうる事柄は、彼らには明らかだからです。神がそれを示されたのです。”(ローマ1章・聖書協会共同訳)とあります。

 神ヤハウェ(主)は、大患難時代の最後の裁き{神の裁きは、この後も羊と山羊の裁き(マタイ2531-46)や白い御座の裁き(黙示録2011-15)があります}をもたらす前に、天使を用いて全世界に永遠の福音を伝えさせました。
 黙示録146.7には次のように記されています。
6 また私は、もう一人の天使が空高く飛ぶのを見た。この天使は、地上に住む人々、あらゆる国民、部族、言葉の違う民、民族に告げ知らせるために、永遠の福音を携え、7 大声で言った。
神を畏れ神に栄光を帰しなさい。神の裁きの時が来た。天と地、海と水の源を創造した方を礼拝せよ。」”(聖書協会共同訳)と記されています。

 アブラハムは、永遠の福音に記されているように神ヤハウェ(主)を礼拝したことでしょう。
主イエス様の復活後に聖霊が遣わされましたが、聖霊は、「イエス・キリストを信じないことが罪である。」(ヨハネ169)と教えてくださったのです。

 主イエス様は、トマスに、「信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」(ヨハネ2027)と言われました。
イエス様はトマスに、信じないという的外れのありようではなく、信じるということが御心にかなっていることだよ、と教えられたのです。
イエス様を信じない、ということから心を変えて、イエス様を信じる、という方向に方向転換すると、救われるのです。
トマスの場合は、主イエス様の御復活を信じることができなかったのです。

 1コリント151-6aには次のように記されています。
1 きょうだいたち、私はここでもう一度、あなたがたに福音を知らせます。私があなたがたに告げ知らせ、あなたがたが受け入れ、よりどころとし、2 これによって救われる福音を、どんな言葉で告げたかを知らせます。
もっとも、あなたがたが無駄に信じたのではなく、今もしっかりと覚えていればの話ですが。
 3 最も大切なこととして私があなたがたに伝えたのは、私も受けたものです。
すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおり私たちの罪のために死んだこと
4
 葬られたこと
また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと
5
 ケファに現れ、それから十二人に現れたことです。6 その後、五百人以上のきょうだいたちに同時に現れました。”(聖書協会共同訳)とあります。

 キリストの十字架と復活は福音の根拠なのです。
ペテロは次のように記しました。
222 キリストは罪を犯したことがなく、その口には欺きもなかった。
23
ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、脅すことをせず、正しくさばかれる方にお任せになった。
24
キリストは自ら十字架の上で、私たちの罪をその身に負われた/
1
3 ・・・・。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせ、生ける望みを持たせてくださいました。”(1ペテロ・2017)と記し、
 そしてペテロは、“あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、今見てはいないけれども信じており、ことばに尽くせない、栄えに満ちた喜びに躍っています。あなたがたが、信仰の結果であるたましいの救いを得ているからです。”(1ペテロ18.92017)と記しました。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
あなたは、義なる神ですが、愛なる神です。
ハレルヤ!
私たちの罪を身代わりに負って十字架上で死に、そして3日目によみがえって下さった主イエス様を、信じない者ではなく、信じる者としてくださいましたことを感謝します。
主を愛し、主に信頼し、日々主に従う者であらせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

2024年2月29日 (木)

黙示録12:13-16 大患難時代の中にあっても神ヤハウェ(主)を信じているイスラエル人は守られる

 黙示録1213-16には次のように記されています。
13 竜は、自分が地上へ投げ落とされたと知ると、男の子を産んだ女の後を追った。
14
 しかし、女には大きな鷲の翼が二つ与えられた。荒れ野にある自分の場所へ飛んで行くためである。女は蛇から逃れ、そこで一年と二年と半年の間、養われることになっていた。
15
 蛇は、女の後ろに水を口から川のように吐き出して、彼女を押し流そうとした。
16
 しかし、大地が女を助けた。大地は口を開けて、竜が吐き出した川を飲み干したのである。”(聖書協会共同訳)とあります。

 13節には“竜は、自分が地上へ投げ落とされたと知ると、男の子を産んだ女の後を追った。”とあります。

 「竜」とは悪魔(サタン、創世記3章に出てくる蛇)のことです。
黙示録129には“この巨大な竜、いにしえの蛇、悪魔ともサタンとも呼ばれる者、全人類を惑わす者は、地上に投げ落とされた。その使いたちも、もろともに投げ落とされた。”(聖書協会共同訳)と記されています。
「その使いたち」というのは堕天使たちで、悪しき霊(悪霊)です。

 悪魔悪霊は、地上に投げ落とされた、とあります(黙示録129)。
悪魔悪霊が地上に投げ落とされる前は、悪魔(サタン)は、空中の権威を持ち(エペソ22)、世を支配していたのです(1ヨハネ519)。

 悪魔悪霊を空中の権威者から没落させたのは誰でしょうか、というか、主なる神の命令を受けて悪魔悪霊と戦ったのは誰でしょうか?
黙示録127.8には次のように記されています。
“さて、天で戦いが起こった。ミカエルとその天使たちが竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちもこれに応戦したが、勝てなかった。そして、もはや天には彼らの居場所がなくなった。”(聖書協会共同訳)とあります。

 ミカエルは、イスラエルが大患難時代に入ると、イスラエルの守護天使長として神ヤハウェ(主)から遣わされるのです。
ダニエル121には次のように記されています。
“その時、大天使長ミカエルが立つ。あなたの民の子らの傍らに立つ者として。国が始まって以来、その時までなかった苦難の時が来る。しかし、その時にはあなたの民、かの書物に記録が見いだされたすべての者は救われる。”(聖書協会共同訳)とあります。

 携挙された私たちキリスト者はすでに地上にはいませんが、大患難時代の地上は大変なことになっています。
イスラエル大迫害が起こる中でも、神ヤハウェ(主)は、彼を信じている人たちを守るのです。
黙示録1214-16に、
14 しかし、女には大きな鷲の翼が二つ与えられた。荒れ野にある自分の場所へ飛んで行くためである。女は蛇から逃れ、そこで一年と二年と半年の間、養われることになっていた。
15
 蛇は、女の後ろに水を口から川のように吐き出して、彼女を押し流そうとした。
16
 しかし、大地が女を助けた。大地は口を開けて、竜が吐き出した川を飲み干したのである。”と記されています。

 この個所を私なりに解釈して訳すと次のようになります。
14a.b しかし主は、イスラエルに、主が用意されたボツラの地(エドムの都市、イスラエルの南南東、現ヨルダン領)へと速やかに移動することができるようにされた。
(ボツラの地の預言については、イザヤ631-6を参照)
15.16
サタンは、荒れ野に逃れていくイスラエルの民に対して大軍勢を遣わしたが、主が御業を行い、大きな地割れを起こし、サタンの軍勢を地の中に落としてしまわれた。{コラの時のように(民数記1630-33参照)}
14c
イスラエルは悪魔(サタン)から逃れ、その荒野で3年半の間、神である主によって養われる。(出エジプトしたイスラエルの民が荒野で養われたように)」(私的解釈訳)

 神ヤハウェ(主)に守られるイスラエルの人たちは、主イエス様が、次のように語られた内容を信じた人たちなのだろうと思います。
15 「預言者ダニエルの語った荒廃をもたらす憎むべきものが、聖なる場所に立つ〔7年の大患難時代の中間に起こる(筆者挿入)〕のを見たら――読者は悟れ――
16
 その時、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。
17
 屋上にいる者は、家にある物を取り出そうとして下に降りてはならない。
18
 畑にいる者は、上着を取りに戻ってはならない。
19
 それらの日には、身重の女と乳飲み子を持つ女に災いがある。
20
 逃げるのが冬や安息日にならないように、祈りなさい。
21
 その時には、世の初めから今までなく、今後も決してないほどの大きな苦難が来るからである。
22
 神がその期間を縮めてくださらなければ、誰一人救われない。しかし、神は選ばれた人たちのために、その期間を縮めてくださるであろう。”(マタイ24章・聖書協会共同訳)と記されている内容です。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
恵みの時代に主キリスト・イエス様を信じた人は携挙されて大患難時代を地上で過ごさずに天で過ごすようになりますからありがとうございます。
また、大患難時代においても、主なる神様を信じるイスラエル人は、地上において、あなたが守り養われますから御名を賛美します。
あなたのご計画は一つ一つ成就していくことを覚え、嬉しく思います。
御名をほめたたえつつ私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6 主を尋ね求めよ、見いだすことができるうちに。主に呼びかけよ、近くにおられるうちに。
7
 悪しき者はその道を捨て、不正な者は自らの思いを捨てよ。主に立ち帰れ、そうすれば主は憐れんでくださる。私たちの神に立ち帰れ、主は寛大に赦してくださる。
8
 私の思いは、あなたがたの思いとは異なり、私の道は、あなたがたの道とは異なる。――主の仰せ。
9
 天が地よりも高いように、私の道はあなたがたの道より高く、私の思いはあなたがたの思いより高い。
10
 雨や雪は、天から降れば天に戻ることなく必ず地を潤し、ものを生えさせ、芽を出させ、種を蒔く者に種を、食べる者に糧を与える。
11
 そのように、私の口から出る私の言葉も空しく私のもとに戻ることはない。必ず、私の望むことをなし、私が託したことを成し遂げる。”(イザヤ55章・聖書協会共同訳)

2024年2月25日 (日)

黙示録11:1-13 二人の主の預言者が大患難時代の前半の1260日の間、預言する

 黙示録111-13には次のように記されています。
1 それから、私に杖のような物差しが与えられた。そして、こう告げられた。「立って神の神殿と祭壇とを測り、また礼拝している者たちを数えなさい。
2
 しかし、神殿の外の庭はそのままにしておきなさい。測ってはならない。そこは異邦人に与えられたからである。彼らは、四十二か月の間、この聖なる都〔エルサレム(筆者挿入)〕を踏みにじるであろう。
3
 私は、私の二人の証人に粗布をまとわせ、千二百六十日の間、預言させよう。」
4
 この二人の証人とは、大地の主の前に立っている二本のオリーブの木、また二つの燭台である。
5
 この二人に害を加えようとする者があれば、彼らの口から火が出て、その敵を滅ぼすであろう。彼らに害を加えようとする者があれば、必ずこのように殺される。
6
 この二人には、預言をしている間、雨が降らないように天を閉じる力がある。また、水を血に変える力があって、望むままに何度でも、あらゆる災いを地にもたらすことができる。
7
 二人がその証しを終えると、一頭の獣が底なしの淵〔ギリシア語原語は「アブソス」、英語では、abyss(bottomless) pit{筆者挿入}〕から上って来て二人と戦って勝ち、彼らを殺す。
8
 彼らのなきがらは、ソドムやエジプトにたとえられている大きな都〔エルサレム(筆者挿入)〕の大通りにさらされる。彼らの主も、その都で十字架につけられたのである。
9
 さまざまな民族、部族、言葉の違う民、国民から成る人々は、三日半の間、二人のなきがらを眺め、それを墓に納めることを許さないであろう。
10
 地上に住む人々は、彼らのことで喜び祝い、贈り物を交わすであろう。この二人の預言者が、地上に住む人々を苦しめたからである。
11
 三日半の後、命の息が神から出て、この二人に入った。彼らが足で立ち上がると、これを見た人々は大いに恐れた。
12
 天から大きな声がして、「ここに上って来なさい」と言うのを、二人は聞いた。そして、雲に包まれて天に上った。彼らの敵もそれを見た。
13
 その時、大きな地震が起こり、都の十分の一が倒れ、この地震のために七千人が死に、生き残った人々は恐れを抱いて天の神に栄光を帰した。”(聖書協会共同訳)とあります。

 この二人の証人の映像を全世界の人が見、また言葉を聞くことになるのでしょう。
現在すでに、そのような技術は可能になっています。
神なる主が、二人の証人を立てる理由の第一は、イスラエル人に対するものなのであろうと思います。
この預言者二人が活動する期間は、7年の大患難時代の前半です。
この時には、今は建っていませんが、エルサレムの神域にイスラエルの第三神殿が建つのです。
 脱線しますが、
第一神殿はソロモンが建てた神殿で、バビロンによって破壊されました。第二神殿は、バビロン捕囚から解放された後に建てられた神殿です。その神殿はヘロデによりさらに立派にされましたが、A.D.70年にローマにより破壊されました。第三神殿は、携挙後に立つ神殿で、神殿建築が可能になるためには、聖書預言より考えると、反(偽)キリストの登場が必要なのです(ダニエル922-27、特に27節)。
主イエス様は、ダニエル927を前提として、「それゆえ、預言者ダニエルによって語られたあの『荒らす忌まわしいもの』〔獣の偶像{黙示録13章参照}(筆者挿入)〕が聖なる所に立っているのを見たら──読者はよく理解せよ──ユダヤにいる人たちは山へ逃げなさい。・・・・。」(マタイ2415-212017)と語られました。
このように、主イエス様の御言葉からも、大患難時代には神殿が建っていることがわかります。

 二人の預言者は、獣、おそらく反キリスト(大患難時代後半に全世界を支配する者)によって殺されるのです(黙示録117131-7参照)。
二人の預言者は、殺された後、エルサレムの大通りでさらし者とされますが、三日半の後、復活して天に昇っていくのです(黙示録118-12)。その時に、大地震が起こり、エルサレムの建物の十分の一が倒壊し、7000人が死にます(黙示録1113)。

 主に立てられた二人の預言者は、かつてモーセやエリヤが行ったような奇跡を行います。
5.6
節には“この二人〔の預言者(筆者挿入)〕に害を加えようとする者があれば、彼らの口から火が出て、その敵を滅ぼすであろう。彼らに害を加えようとする者があれば、必ずこのように殺される。この二人には、預言をしている間、雨が降らないように天を閉じる力がある。また、水を血に変える力があって、望むままに何度でも、あらゆる災いを地にもたらすことができる。”と記されています。

 主なる神様が、二人の預言者を立てられた第一の目的は、ご自身に立ち返るご自身の民{選民。ヤハウェ(主)を信じるイスラエルの民}を救う為の一環であるのでしょう。主なる神様は、大患難を通してでも選民を救おうとされているのです。

 大患難時代前半は、異邦人の中からも「イエスは、神の御子でありキリスト(油注がれた者)であり、自分の救い主であり、自分の主である」と証言する人たちがたくさん殉教して救われる時代でもあります(黙示録69-1179-17)。

 大患難時代にキリストを信じ、その信仰を告白する人の大多数は殉教するのです。
また、大患難時代が始まって、それほど経たないうちにも飢饉や疫病、戦争、殺し合いによって地上の四分の一の人がよみに下るのです(黙示録63-8)。よみに下る人は救われずによみに下るのです。殉教する人の魂は天に行きます(黙示録69)。
大患難時代に殉教して天に帰ってきた人たちが地上で体験したことは、飢え、飲料水の不足、太陽の炎熱、苦しみの涙、血を流す殺され方、・・等々です(黙示録616.17176)。

 大患難時代にキリストを信じ、その信仰を告白する人の大多数は殉教するのです、と前述しましたが、生きたまま、救われる人たちもいます。マタイ2531-46に記されている中の羊グループに入れられた人たちです。羊グループの人たちも、飢えや渇き、天変地異や酷暑や寒冷、絶えざる身の危険等々の中で、選民を助けてきた人たちです。この人たちは永遠の命に入るのです。

 最も幸いなのは、大患難時代に入る前に、主イエス様を自分の救い主として、自分の主として信じて、大患難時代を通過することなく携挙の恵みにあずかることです。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
あなたは聖なるお方であり、万物の創造者です。
あなたは義なるお方であると共に愛なるお方であることを今日の個所からも教えていただけますからありがとうございます。
ハレルヤ!
あなたの御名を賛美します。
感謝しつつ、私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

2024年2月21日 (水)

黙示録9:12-21 人類の三分の一が死ぬ災い(第6のラッパ)

 黙示録912-21には次のように記されています。
12 第一の災いが過ぎ去った。見よ、この後、さらに二つの災いがやって来る。
13
 第六の天使がラッパを吹いた。すると、神の前にある金の祭壇の四本の角から一つの声が聞こえた。
14
 その声は、ラッパを持っている第六の天使に向かいこう言った。
「大河ユーフラテスのほとりにつながれている四人の天使〔堕天使(筆者挿入)〕を解き放ちなさい。」
15
 すると四人の天使は、人間の三分の一を殺すために解き放たれた。彼らはその年、その月、その日、その時間のために備え置かれていたのである。
16
 騎兵の数は二億、私はその数を聞いた。
17
 私は幻の中で馬とそれに乗っている者たちを見たが、その様子はこうであった。彼らは、火の赤、青玉の青、硫黄の黄色の胸当てを着けており、馬の頭は獅子の頭のようで、口からは火と煙と硫黄を吐いていた。
18
 その口から吐く火と煙と硫黄、この三つの災いで人間の三分の一が殺された。
19
 馬の力はその口と尾にあって、尾は蛇に似て頭があり、この頭で害を加えるのである。
20
 これらの災いに遭っても殺されずに生き残った人々は、自分の手で造ったものについて悔い改めず、なおも、悪霊や、金、銀、銅、石、木で造った、 見ることも聞くことも歩くこともできない偶像を拝むことをやめなかった。
21
 また彼らは、自分たちの犯した殺人やまじない、淫行や盗みについても、悔い改めようとしなかった。”(聖書協会共同訳)とあります。

 巻物の第2から第4の封印が開かれたとき、その時に地上にいる四分の一の人が死にます(黙示録63-8)。
6の封印が開かれたときにもかなりの人がなくなるかもしれません。天変地異が起こりますから。(黙示録612-17
そして、第七の封印が開かれ、今回の第6のラッパがなるとその時の三分の一の人が亡くなるのです。
 第6のラッパが吹かれたときの災いは、第二の災いです。
18
節には“その口から吐く火と煙と硫黄、この三つの災いで人間の三分の一が殺された。”と記されています。
悪霊イナゴの時と同じように、今回も繋がれていた悪霊が解き放たれて起きる災いなのだろうと思いますが、悪霊によるものであれば、人間には、火と煙と硫黄が害を為して、その時の人口の三分の一が死んだとしかわからないでしょう。

 余談になりますが、ロシア、イラン、スーダン、リビア、トルコ等がイスラエルに攻めてくるというエゼキエル38.39章の預言における、主の裁きの道具は、大地震、同士討ち、疫病、豪雨、雹、火と硫黄、を用いると記されています。

 話しを元に戻します。
この災い(火と煙と硫黄による災い)に遭っても死なない人たちもいます。
しかし、せっかく生き残ったのに、神に立ち返ることをしないのです。
20.21
節には“これらの災いに遭っても殺されずに生き残った人々は、自分の手で造ったものについて悔い改めず、なおも、悪霊や、金、銀、銅、石、木で造った、 見ることも聞くことも歩くこともできない偶像を拝むことをやめなかった。また彼らは、自分たちの犯した殺人やまじない、淫行や盗みについても、悔い改めようとしなかった。”と記されています。
この災いによって生き残った人たちは回心すればよかったのです。

 今の恵みの時代、日本では、求めれば聖書を手にすることができ、罪とは何かを教えられ、どうしたら救われるのかを教えて頂いているのに、神様の恵みを受けようとはせず、光より闇を愛している人が大勢います。
残念なことです。
主イエス様は、イエス様を信じないこと、イエス様に信頼しないことが罪であり、それを教えてくれるのは聖霊であると語られました(ヨハネ168.9)。主イエス様を信じ、主イエス様に信頼し続けて歩むとき、罪々は離れていきます。主イエス様に信頼する人は、主イエス様が語られた御言葉にも信頼するはずです。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
同じ災いに遭っても、「苦しみにあったことは私にとって幸せでした。それにより私はあなたのおきてを学びました。」(詩篇119712017)と言う人もあれば、光の方には来ず闇を愛し続ける人もいます。
使徒ヨハネは「悪を行う者はみな、光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光の方に来ない。」(ヨハネ3202017)と記しています。
私たちキリスト者がどうして救われたのか、本当に神様の恵み以外のものではありません。
ありがとうございます。
私たちは、あなたをほめたたえる者として存在しています(エペソ16.12.14)。
絶えず、すべてのことをあなたに感謝し、あなたを賛美しつつ歩む者であらせてください。
生きていると色々なことが起こります。
人間的な思いでは、とても感謝できないような場合でも、あなたは、あなたのご計画に従って召された人々のためには、すべてのことを益としてくださいます(ローマ828)から感謝します。
目先の幸いとは思えない事柄にとらわれることなく、しかしそれについても主にあって熟考しつつ、常に主がもたらしてくださる最終的な祝福を望みつつ歩み続ける者であらせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

2024年2月17日 (土)

黙示録8:13-9:11 死にたいほど苦しいのに死ぬことの出来ない5か月間/信仰と希望と愛の内に生きる

 黙示録813-912には次のように記されています。
8:13 また、見ていると、一羽の鷲が空高く飛びながら、大声でこう言うのを私は聞いた。「災いあれ、災いあれ、災いあれ、地に住む者たちに。なおも三人の天使が吹こうとしているラッパの響きのゆえに。」
9:1
 第五の天使がラッパを吹いた。すると、私は、一つの星が天から地上に落ちるのを見た。この星には、底なしの淵に通じる穴を開く鍵が与えられた。
2
 その星が底なしの淵の穴を開くと、大きな炉から出るような煙が立ち上り、太陽も空も穴から出る煙で暗くなった。
3
 その煙の中から、ばった〔ほとんどの日本語訳聖書は「イナゴ」(筆者挿入)〕の群れが地上へ出て来た。これらのばったには、地上のさそりが持っているような力が与えられた。
4
 ばったは、どんな地の草も青草も木も損なってはならないが、ただ、額に神の刻印のない者には害を加えてもよい、と言い渡された。
5
 殺してはならないが、五か月の間、苦しめることは許されたのである。ばったの与える苦痛は、さそりが人を刺したときのような苦痛であった。
6
 その間、人々は死を求めても与えられず、死を切に望んでも、死のほうが逃げて行く。
7
 そのばった〔ほとんどの日本語訳聖書は「イナゴ」(筆者挿入)〕の姿は出陣の用意の整った馬に似て、頭には金の冠のようなものを着け、顔は人間の顔のようであった。
8
 髪は女の髪のようで、歯は獅子の歯のようであった。
9
 胸には鉄の胸当てのようなものを着け、その羽音は、多くの馬に引かれて戦場へとひた走る戦車のとどろきのようであった。
10
 また、さそりのような尾と針があり、その尾には、五か月の間、人に害を加える力があった。
11
 ばった〔ほとんどの日本語訳聖書は「イナゴ」(筆者挿入)〕は、底なしの淵の天使を王として戴いている。その名は、ヘブライ語でアバドンと言い、ギリシア語ではアポリオンと言う。
12
 第一の災いが過ぎ去った。見よ、この後、さらに二つの災いがやって来る。”(聖書協会共同訳)とあります。

 災いが更に3つあると天使は言います(黙示録813)。
この3つの災いは、厳しい御怒り(神の怒り=罰)です。
その最初のものが、第五のラッパが吹かれたときに登場する悪霊バッタorイナゴによる災害です。

 「バッタ」or「イナゴ」と訳されている語のギリシア語原語は「アクリス」で、どちらの意もあります。

 「底なしの淵」(黙示録91.2.11)とは、悪しき霊が閉じ込められている獄でしょう。
ルカ826-39、特に31節を参照してください。
1.2
節の「底なしの淵」というギリシア語原語は、「フレアル(穴) アブソス(底なし、奈落の底、地獄)」という2語からなるギリシア語です。11節の方は「アブソス(底なし、奈落の底、地獄)」のみです。

 主は、神であり人となられたイエス・キリストを信じない者たちへの裁きを執行するために、悪霊たちが暴れ回ることを許可したのであろうと思います(黙示録94)。

 「フレアル アブソス」(底なしの淵)の天使の名は、「ヘブライ語でアバドンと言い、ギリシア語ではアポリオンと言う。」(11)と記されています。
アバドン、アポリオンは「破壊者」という意です。これはサタン(悪魔)のことです。
この天使は、ギリシア語聖書では「ホ アンゲロス」と記され、英語にすると、the angelで、定冠詞付きです。
「天使」と記されていますが、「明けの明星」(ヘブライ語で「ヘイレル」英語で「ルシファー」)と呼ばれる元大天使であり、堕罪した天使です(イザヤ1412-15参照)。

 ヨハネは、これらの映像を見ましたが、地上の人々には、悪霊は見えないと思います。
ですから、ここに記されている事象だけを体験するのでしょう。
 その内容は、死にたいほどの苦痛を味わい続けるが死ぬことができない、というものです。これが5か月間も続くのです。(5.6
おそらく、未知の病、として報道されるのではないかと思います。 

 この害を受ける者は「額に神の刻印のない者」に対してです。
4
節に「額に神の刻印のない者には害を加えてもよい」と記されています。
このようなところからも、この災いは、神の御怒りであることがわかります。

 話は変わりますが、1テサロニケ59には、
“神は、私たちが御怒りを受けるようにではなく、主イエス・キリストによる救いを得るように定めてくださったからです。”(2017)と記されています。

 1テサロニケ5章には、携挙される者たちについて、「〔あなたがたは、(筆者挿入)〕御怒りを受けるようにではなく、主イエス・キリストによる救いを得るように定めてくださったから」次のように生きなさい、という勧めが8-22節に次のように記されています。
 “8 ・・、わたしたちは昼に属していますから、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの希望を兜としてかぶり、身を慎んでいましょう。
9
神は、わたしたちを怒りに定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによる救いにあずからせるように定められたのです。
10
主は、わたしたちのために死なれましたが、それは、わたしたちが、目覚めていても眠っていても、主と共に生きるようになるためです。
11
ですから、あなたがたは、現にそうしているように、励まし合い、お互いの向上に心がけなさい。
12
兄弟たち、あなたがたにお願いします。あなたがたの間で労苦し、主に結ばれた者として〔主にあって(2017)〕導き戒めている人々を重んじ、
13
また、そのように働いてくれるのですから、愛をもって心から尊敬しなさい。互いに平和に過ごしなさい。
14
兄弟たち、あなたがたに勧めます。怠けている者たちを戒めなさい。気落ちしている者たちを励ましなさい。弱い者たちを助けなさい。すべての人に対して忍耐強く接しなさい。
15
だれも、悪をもって悪に報いることのないように気をつけなさい。お互いの間でも、すべての人に対しても、いつも善を行うよう努めなさい。
16
いつも喜んでいなさい。
17
絶えず祈りなさい。
18
どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。
19 “
〔神の霊(筆者挿入)「御霊」(口語訳、新改訳〕の火を消してはいけません。
19節を2017は「御霊を消してはいけません」と訳しています。新生した人の内から御霊はいなくならないので、新共同訳は「霊の火」と解釈して訳したのではないかと推測します。(筆者挿入)〕
20
預言を軽んじてはいけません。
21
すべてを吟味して、良いものを大事にしなさい。
22
あらゆる悪いものから遠ざかりなさい。”(新共同訳)と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
あなたがキリスト・イエスにおいて私たちに望んでおられるように、いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことを感謝し、平和を保ち、悪に対して悪を返さず善を行い、主にある者を重んじ、弱いものを助け、気落ちしている者を励まし、怠けている者たちを立ち返らせ、信仰と希望と愛をもって歩んでいくことができますようお整え下さい。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。
・・・・・・・・・・・・・・・
<追記>
続く1テサロニケ523.24には、
“どうか、平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なる者としてくださいますように。
また、あなたがたの霊〔プニューマ(筆者挿入)〕と心〔新改訳は「魂」=プシュケー(筆者挿入)〕と体〔ソーマ(筆者挿入)〕とを完全に守り、私たちの主イエス・キリストが来られるとき、非の打ちどころのない者としてくださいますように。
あなたがたをお招きになった方は、真実な方で、必ずそのとおりにしてくださいます。”(聖書協会共同訳)と記されています。

2024年2月13日 (火)

黙示録8:1ー12 ラッパの裁き1-4

 黙示録81.2には次のように記されています。
1 小羊が第七の封印を解いたとき、天は半時間ほど静寂に包まれた。
2
 そして私は、七人の天使が神の前に立っているのを見た。彼らには七つのラッパが与えられた。”(聖書協会共同訳)とあります。

 天使たちも携挙された聖徒達も、第一の封印から第六の封印が地上において執行されたのを見たかどうかは分かりませんけれど、天使たちや携挙された聖徒達は第一の封印から第六の封印に記されていた内容を知っていたでしょう。
天にいる者たちは、御子であり、子羊である主イエス・キリスト様が、七つの封印の巻物を開いたのを知っているのですから。
天にいる者たちは、義なる神様が、義なるゆえに、罪を裁くときが来たという時にその裁き(御怒り)を発動するのを見るのです。

 話は変わりますが、キリスト者は、恵みの時代に、御父の御愛とイエス・キリストの恵みと御聖霊の私たちに対する関与のゆえに、救いにあずかった者たちです。
三一の神様は、神の本性として、聖であり、愛であり、義であり、・・・・・等々であるのです。
ほとんどのキリスト者は、キリストを肉眼では見ずに、キリストを信じた者たちです。
主イエス様は、トマスに対して、見ずに信じる者の幸いを語りました。それはトマスにだけではなく、すべての人に語られたのです。(ヨハネ2029

 天にいる者たちは、神様が義を執行なさるときの厳粛さを知ったことでしょう。
それ故、黙示録81に記されている静寂が天で起きたのではないかと想像します。
黙示録81には、“小羊が第七の封印を解いたとき、天は半時間ほど静寂に包まれた。”と記されています。

 これまでにも、折に触れて、神ヤハウェ(主)は義の執行をなさいましたが、神ヤハウェ(主)の愛の御性質のゆえに、忍耐の限りを尽くして寛容であられたのです。
そして父なる神の究極の愛と義を、私たちは、御父が、最愛の御子に、私たちの罪をすべて負わせ、十字架上で罪に対する罰を執行なさったというところに見ることができます。

 それから約2000年が経ちますが、その間、神は、忍耐と寛容の限りを尽くしてきたのです。
そして、現代、大きな地震が、あちらこちらで発生し、スペイン風邪やコロナ感染症も発生し、二度の世界大戦とその後の民族間の戦いや国家間のいざこざや気象の異常とそれに伴う災害を見てきました。
これらのことは、大患難時代に入るともっと激しいものになる、ということを教えるためのものでもあると私は思います。

 主は、キリスト者たちに対しても、サタンの働く領域の拡張を許可したように思えます。
一人一人のキリスト者が主としっかり結びついいていないと大変な時代に来ていることを教えてくれています(1ペテロ58)。
そのような中にあって、真理から迷い出た兄姉がいるならば、そのような兄姉を連れ戻すようにとも勧められています(ヤコブ519.20)。

 黙示録83-12には次のように記されています。
3 また、もう一人の天使が来て、金の香炉を手に持って祭壇のそばに立ち、たくさんの香を受け取った。すべての聖なる者たちの祈りに添えて、玉座の前にある金の祭壇の上に献げるためである。
4
 香の煙は、聖なる者たちの祈りと共に天使の手から神の前に立ち上った。
5
 それから、天使が香炉を取り、それに祭壇の火を満たして地上へ投げつけると、雷鳴、轟音、稲妻、地震が起こった。
6
 さて、七つのラッパを持つ七人の天使がラッパを吹く用意をした。
7
 第一の天使がラッパを吹いた。すると、血の混じった雹と火が生じ、地に投げ入れられた。地の三分の一が焼け、木々の三分の一が焼け、青草もすべて焼けてしまった。
8
 第二の天使がラッパを吹いた。すると、火の燃え盛る大きな山のようなものが、海に投げ入れられた。海の三分の一が血に変わり、9 海に住む生き物の三分の一が死に、船の三分の一が壊された。
10
 第三の天使がラッパを吹いた。すると、松明(たいまつ)のように燃えている大きな星が、天から降って来て、川という川の三分の一と、その水源の上に落ちた。
11
 この星の名は「苦よもぎ」と言い、水の三分の一が苦よもぎのように苦くなって、そのために多くの人が死んでしまった。
12
 第四の天使がラッパを吹いた。すると、太陽の三分の一、月の三分の一、星という星の三分の一が撃たれ、それらの三分の一が暗くなり、昼はその光の三分の一を失い、夜も同じようになった。”(聖書協会共同訳)とあります。

 地上に住んでいる人は、天上の出来事を見ることはできません。
地上に住んでいる人たちにわかることは、雹と火によって地上に火災が起こるということです。広範囲の山火事もあちらこちらで起こるのでしょう(7)。地上の三分の一が火災で焼けるのですから。

 また、大きな災いを引き起こす何かが海に落ちてきて、海が荒れ狂い、海上の船の三分の一が破壊され、魚など、海の生物の三分の一が死ぬということが起きるのです(8.9)。
 
 それに加えて、大きな隕石でしょうか、分かりませんが、それが水源に落ち、その水を飲んだ人がたくさん死ぬというのです(10.11)。

 更に、地球温暖化と騒いでいた人たちが、温暖化と言わなくなります。
実は、天地を保持しているのは、主イエス様なのです(へブル13、コロサイ117)。
天体が打たれて、明るさが三分の一減少するのです。太陽の光が三分の二になってしまうのですから、気温も下がることでしょう。
しかし、この後、炎熱で焼かれるときも来るのです(黙示録169)。

 携挙されているキリスト者はこれらの御怒りが執行されているとき、天において、おそらく、キリストの地上再臨後に備えての準備訓練を受けているのではないかと思います(レビ833参照)。私の想像ですが。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
あなたは聖であられ、愛なるお方であられると共に義なるお方です。
あなたの恵み深さを益々味わい、あなたを賛美し、あなたとの豊かな交わりの内に日々を過ごすことができますように。
私たちが救われてほしいととりなしている人々が、恵みの時代にイエス様をキリストとして認め、主キリスト・イエス様を心にお迎えし、救われることができますように。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

2024年2月 9日 (金)

黙示録7章 大患難時代の144000人の伝道者とイエスをキリストと信じ告白して殉教し天に迎えられた数え切れない艱難時代の聖徒達

 黙示録71-8には、大患難時代前期に起こされた144000人の伝道者が次のように記されています。
1 この後、私は地の四隅に四人の天使が立っているのを見た。彼らは、地の四隅から吹く風〔アネモス(筆者挿入)〕を押さえ、地にも海にもどの木にも吹きつけないようにしていた。
2
 また私は、別の天使が生ける神の刻印を携え、日の出る方から上って来るのを見た。その天使は、大地と海とを損なうことを許されている四人の天使に向かって大声で叫んで、3 言った。
「私たちが神の僕の額に刻印を押すまでは、大地も海も木々も損なってはならない。」
4
 私は、刻印を押された人々の数を聞いた。それはイスラエルの子らの全部族の中から刻印を押された人々であり、十四万四千人であった。
5
 ユダ族の中から一万二千人が刻印を押され、ルベン族の中から一万二千人、ガド族の中から一万二千人、6 アシェル族の中から一万二千人、ナフタリ族の中から一万二千人、マナセ族の中から一万二千人、7 シメオン族の中から一万二千人、レビ族の中から一万二千人、イッサカル族の中から一万二千人、8 ゼブルン族の中から一万二千人、ヨセフ族の中から一万二千人、ベニヤミン族の中から一万二千人が刻印を押された。”(聖書協会共同訳)とあります。

 12部族といっても、この中にダン族は入っていません。
何故、ダン族が入れてもらえなかったのでしょう。
私の想像では、ダン族は、ヨシュアの時代に神ヤハウェ(主)から与えられた相続地の中の一部を神ヤハウェ(主)への信頼によって獲得することができなかったことと、神ヤハウェ(主)から与えられたのではない土地を、そこに住んでいる人たちを殺して獲得したこと、また偶像礼拝の中心地の一つとなったことが挙げられるのかな、と思います。
この文に記した関連聖書個所は、ヨシュア1940-48、士師記17.18章、1列王記1225-31です。

 また、マナセ族とヨセフ族という表記があります。
ヨセフの子どもはマナセとエフライムなのですが、黙示録75-8にはエフライム族がなくヨセフ族となっています。
マナセとエフライムの父ヨセフの、エジプトに売られた後の歩みを見ると、主と共に歩んだ姿勢を見て取れます。
しかし、エフライムはそうではありませんでした。
モーセの後継者であるヨシュアはエフライム族の出身でしたが、イスラエル12部族が北と南に分裂した後の北王国イスラエルの初代王はエフライム出身のヤロブアムでした。この背教者ヤロブアムはエフライム族であったのです。
ヤロブアムは北イスラエル王国に偶像を導入した人であり、主の祭りの日を勝手に変更した人であり、レビ人を排して、レビ人以外を祭司としてたてた人です。
そして、北イスラエル王国の多くの人たちは、偶像礼拝に走ったのです。
関連聖書個所として、1列王記1225-1362列王記175-18を挙げておきます。

 黙示録74-8に記されている人たちは、神に守られ、大患難時代に伝道者として世界伝道をするのです。
これらの人々は、携挙前には分かりませんが、携挙後に、世界の様々な地から任命されるのでしょう。
世界の様々な地に住んでいるこれらの人々は、それぞれが住んでいる国の言語で福音を宣教することになるのでしょう。
その福音宣教の結果救われた人々や、携挙前に、自分はクリスチャンだと思っていたが実は新生していなかったので、携挙されなかったという人たちの中から、数え切れないほどの人たちが殉教して天に召されるのです(黙示録79)。

 艱難時代の聖徒の様子が、黙示録79-17に次のように記されています。
9 この後、私は数えきれぬほどの大群衆を見た。彼らはあらゆる国民、部族、民族、言葉の違う民から成り、白い衣を身にまとい、なつめやしの枝を手に持って、玉座と小羊の前に立っていた。
10
 彼らは声高らかに言った。
「救いは、玉座におられる私たちの神と小羊にある。」
11
 また、天使たちは皆、玉座と長老たちと四つの生き物を囲んで立っていたが、玉座の前にひれ伏し、神を礼拝して、12 こう言った。
「アーメン。賛美、栄光、知恵、感謝、誉れ、力、権威が、世々限りなく私たちの神にありますように。アーメン。」
13
 すると、長老の一人が私に問いかけた。
「この白い衣を身にまとった者たちは誰か。またどこから来たのか。」
14
 そこで私が、「私の主よ、それはあなたがご存じです」と答えると、長老は言った。
「この人たちは大きな苦難をくぐり抜け、その衣を小羊の血で 洗って白くしたのである。15 それゆえ、彼らは神の玉座の前にいて、昼も夜も神殿で神に仕える。玉座におられる方が、彼らの上に幕屋を張る。16 彼らは、もはや飢えることも渇くこともなく、太陽もどのような暑さも彼らを打つことはない。17 玉座の中央におられる小羊が彼らの牧者となり、命の水の泉へと導き、神が彼らの目から涙をことごとく拭ってくださるからである。」”(聖書協会共同訳)とあります。

 いつも同じようなことを書きますが、キリストの空中再臨時に携挙された人たちは、ここに記されている艱難時代の聖徒とは異なります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
私たちが福音を伝えても、なかなかイエス様を受け入れない人や、主に「救ってください」と祈り続けているにもかかわらず、なかなか救われない人たちを、今日の個所の大群衆の中に見出すかもしれません。
たゆむことなく祈り続ける者であらせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「聖なる我らの主」(聖歌479 聖歌総合版496 新聖歌24
“1.聖なる我らの主 ほめまつれ 拝しまつれ 救いを受けし者 み子とせられし者 海原(うなばら)は手をたたき 山々皆踊る 
*(折り返し) 聖なる我らの主 歌え 喜びもて
2.くすしく妙なる主 証しせよ 言い広めよ 御業は多いなり 比(くら)ぶるものあらじ 天使たちは声合わせ 聖徒たちはひれ伏す *
3.世界の王なる主 祝(いわ)わまし 歌わまし 御国に帰りなば いよいよ高らかに 白妙(しろたえ)の衣(きぬ)まとい 棕櫚(しゅろ)の葉を手にとり *”

2024年2月 5日 (月)

黙示録6章 大患難時代における神の御怒り1/御怒りに遭わない人たち

 神の御怒りに遭わない人たちがいます。
(「神の」を付けているので、本当は「神の怒り」と書くのが良いのでしょうが強調するために「神の御怒り」とさせていただきます)
神の御怒りに遭わない人たちとは携挙される人たちです。

 携挙される人たちは神の御怒りが発せられる前に霊の体を頂き天に移されます。
代表的な関連聖句を下記します。
1
コリント1552“終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちに変えられます。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないもの〔霊の体(筆者挿入)〕によみがえり、私たちは〔霊の体に(筆者挿入)〕変えられるのです。”(2017
1
テサロニケ416.17“・・、号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに、主ご自身が天から下って来られます。そしてまず、キリストにある死者がよみがえり、それから、生き残っている私たちが、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられ、空中で主と会うのです。こうして私たちは、いつまでも主とともにいることになります。”(2017
1
テサロニケ110“御子が天から来られるのを待ち望むようになったかを、知らせているのです。この御子こそ、神が死者の中からよみがえらせた方、やがて来る御怒りから私たちを救い出してくださるイエスです。”(2017

 霊の体を持っていないと天の神の国を相続できません。
1
コリント15章を抜粋します。
40 また、天上の体もあれば、地上の体もあります。しかし、天上の体の輝きと地上の体の輝きとは異なっています。
42
 死者の復活もこれと同じです。朽ちるもので蒔かれ、朽ちないものに復活し
43
 卑しいもので蒔かれ、栄光あるものに復活し、弱いもので蒔かれ、力あるものに復活し、
44
 自然の体で蒔かれ、霊の体に復活します。自然の体があるのですから、霊の体もあるわけです。
49
 私たちは、土からできた人のかたちを持っていたように、天上の方のかたちをも持つようになります。
50
 きょうだいたち、私はこう言いたいのです。肉と血〔肉の体(筆者挿入)〕は神の国を受け継ぐことはできません。また、朽ちるものが朽ちないものを受け継ぐこともありません。
51
 ここで、あなたがたに秘義を告げましょう。私たち皆が眠りに就く〔地上における肉体の死に至る(筆者挿入)〕わけではありません。しかし、私たちは皆、変えられます。
52
 終わりのラッパの響きとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴り響くと、死者は朽ちない者に復活し、私たち〔キリストの空中再臨の時に肉体をもって生きている者(筆者挿入)〕は〔霊の体に(筆者挿入)〕変えられます。”(聖書協会共同訳)と記されています。

黙示録6章には、大患難時代おける神の裁きの一部が記されています。
それを箇条書きにすると次の様になります。
前半の三年半における神の裁きは次のようなものです。
 ①反キリストが地上に登場することを神が許可され、反キリストが地上に登場してくる(黙示録61.2)。反キリストはサタン(悪魔)の申し子です(黙示録131-8)。

 ②地上の平和がなくなり、人々が殺し合うことを神が許可されます(黙示録64)。
私の想像ですが、良心が麻痺し、放縦に任されるのかもしれません。{放縦(ローマ118-32)、良心の麻痺(1テモテ42・新改訳)

 ③極度の食糧難が起こります(黙示録65.6

 ④地上の人口の四分の一が死にます。死ぬ原因は、凶器によるもの、飢えによるもの、死病(おそらく疫病)によるもの、獣によるもの、等です。
(「疫病」と推測したのは、ルカ2111に“・・・方々に飢饉や疫病が起こり・・・”とあるからです)

 ⑤艱難時代の聖徒の呪いを主が受け入れられます・・・血の復讐・・・(黙示録610)血の復讐は大患難時代の後半にもたらされます(おもに第七の封印が解かれると血に関連する神の怒りが注がれます)。

 ⑥天変地異が起こります
黙示録612-17には次のように記されています。
12 また、小羊が第六の封印を解いたとき、私が見ていると、大地震が起きた。太陽は毛織(けおり)の粗布のように暗くなり、月は全体が血のようになって、13 天の星は地上に落ちた。まるで、いちじくの青い実が、大風に揺さぶられて振り落とされるようであった。
14
 天は巻物が巻き取られるように消え去り、山も島も、みなその場所から移された。
15
 地上の王、高官、将校、富める者、力ある者、また、すべての奴隷も自由人も洞穴や山の岩間に身を隠した。
16
 そして、山と岩に向かって言った。
「私たちの上に覆いかぶさって、玉座におられる方の顔と小羊の怒りから、私たちをかくまってくれ。17 神と小羊の大いなる怒りの日が来たのだ。誰がそれに耐えられようか。」”(聖書協会共同訳)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
あなたは愛の神であると共に義の神でいらっしゃいます。
パウロは「神のいつくしみ深さがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かないつくしみと忍耐と寛容を軽んじているのですか。あなたは、頑なで悔い改める心がないために、神の正しいさばきが現れる御怒りの日の怒りを、自分のために蓄えています。」(ローマ24.52017)と述べています。
まずはキリストの福音を聞いた人たちの中で、キリストを受け入れようとしない人たちの心の目が覚まされて、キリストを救い主として、主として、信じることができますようにと願い求めます。
私たちが、救われてほしいととりなしの祈りをささげている人たちが神の御怒りが執行される前に、キリスト・イエス様を受け入れることができますように。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。
・・・・・・・・・・・・・
神の御怒りがすべて執行された後の地上の人口は甚だ少ないようです。
イザヤ246bには“それゆえ、地の住民は減り、わずかな者だけが残される。”(2017)と記されています。{関連聖書個所(マタイ2531-46参照)}

2024年2月 1日 (木)

黙示録7:9-17 大患難時代は大リバイバル時代

 黙示録7:9-17には次のように記されています。
9 この後、私は数えきれぬほどの大群衆を見た。彼らはあらゆる国民、部族、民族、言葉の違う民から成り、白い衣を身にまとい、なつめやしの枝を手に持って、玉座と小羊の前に立っていた。
10
 彼らは声高らかに言った。
「救いは、玉座におられる私たちの神と小羊にある。」
11
 また、天使たちは皆、玉座と長老たちと四つの生き物を囲んで立っていたが、玉座の前にひれ伏し、神を礼拝して、12 こう言った。
「アーメン。賛美、栄光、知恵、感謝、誉れ、力、権威が、世々限りなく私たちの神にありますように。アーメン。」
13
 すると、長老の一人が私に問いかけた。
「この白い衣を身にまとった者たちは誰か。またどこから来たのか。」
14
 そこで私が、「私の主よ、それはあなたがご存じです」と答えると、長老は言った。
「この人たちは大きな苦難をくぐり抜け、その衣を小羊の血で 洗って白くしたのである。15 それゆえ、彼らは神の玉座の前にいて、昼も夜も神殿で神に仕える。玉座におられる方が、彼らの上に幕屋を張る。16 彼らは、もはや飢えることも渇くこともなく、太陽もどのような暑さも、彼らを打つことはない。17 玉座の中央におられる小羊が彼らの牧者となり、命の水の泉へと導き、神が彼らの目から涙をことごとく拭ってくださるからである。」”(聖書協会共同訳)とあります。

 ここに記されている内容は、携挙の後に起こることです。
教会時代に、福音を信じて、キリスト・イエスを主とし、父なる神様から義とされ、永遠の命を頂き、キリストの空中再臨時に、栄化の恵み、すなわち霊の体を頂き、天に引き上げられた人たちは、今日の聖書個所に記されている聖徒たちとは別のグループの者たちです。教会時代に救われた人たちは、キリストの花嫁(妻)です。

 余談になりますが、
黙示録197に記されている「花嫁」と訳されている語のギリシア語原語は「グネー」で、妻、婦人、の意です。ヨハネ329や黙示録2217に「花嫁」と訳されている語のギリシア語原語は「ニュムフェー」で花嫁です。

 話を元に戻します。
携挙後には、新生していなかったけれどもクリスチャンであると自分自身では思っていた人たちが、携挙から漏れて地上に残っているのです。
また、イスラエル人の中から144,000人の伝道者が、この時代に起こされるのですが、その人たちの伝道によって、全世界に福音がのべ伝えられます。
その伝道によって救われる人も数多くいるのです。
 
 大患難時代の前半には、世界統一宗教が誕生しています。
使徒412に「この方〔イエス・キリスト(筆者挿入)〕以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです。」(2017)という聖句がありますが、世界統一宗教は、イエスはキリスト(メシア)である。イエスは主である、と証しするor告白する人を殺すのです。

 携挙後の時代(大患難時代)に主イエス様を信じて救われる人たちの多くは殉教します。
なぜそのように言えるかというと、黙示録176に“私は、この女が聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た。私はこの女を見て、非常に驚いた。”(2017)と記されているからです。
「この女」と記されている人は、キリスト教会と思われているところから登場するのでしょう。しかし救われているわけではありません。それ故、黙示録171では「大淫婦」と言われています。
 黙示録17章には次のように記されています。
1 さて、七つの鉢を持つ七人の天使の一人が来て、私に語りかけた。
「ここへ来なさい。大水の上に座っている大淫婦に対する裁きを見せよう。
2
 地上の王たちは、この女と淫らなことをし〔天地の主であるキリスト・イエスを礼拝しないでサタンやサタンに属しているものを礼拝し(筆者挿入)〕、地上に住む人々は、彼女の淫行のぶどう酒に酔いしれている〔サタン礼拝orサタンが立てた者に対する信心に陶酔している(筆者挿入)〕。」
3
 それから天使は、霊に満たされた私を荒れ野に連れて行った。すると私は、深紅の獣の上に座っている一人の女を見た。この獣は、神を冒瀆する数々の名で覆われ、七つの頭と十本の角を持っていた。
4
 女は紫と深紅の衣をまとい、金と宝石と真珠で身を飾り、忌まわしいものや、自分の淫行の汚れに満ちた金の杯を手に持っていた。
5
 その額には、秘められた意味の名が記されていたが、それは、「大バビロン、淫らな女や地上の忌まわしい者たちの母」という名である。
6
 私は、この女が聖なる者の血と、イエスの証人の血に酔いしれているのを見た。この女を見て、私は非常に驚いた。”(聖書協会共同訳)とあります。

 使徒ヨハネが驚いたのは、イエスの血に酔いしれている宗教界のトップが、キリスト教の大いなる者と呼ばれている人であったからでしょう。しかしその人は「淫婦」であったのです。すなわちキリストではなく、サタンを愛していたのです。偶像の大元はサタンです。ここでいう「淫婦」とは霊的にみだらであるということと本来はキリストを夫としている者であるはずであった者です。

 どうしてこの大淫婦が、世界統一宗教のトップであるかというと、黙示録1715に“天使はまた、私に言った。「あなたが見た水、あの淫婦が座っている所は、さまざまな民族、群衆、国民、言葉の違う民である。」”(聖書協会共同訳)と語っているからです。それは全世界を表しています。大淫婦は世界に君臨しているのです。

 教会時代、すなわち恵みの時代に救われた者たちは、キリストの花嫁です。
福音を聞いたときに、大患難時代でも救われることができるなら、今信じなくてもいいや、と考える人がいるかもしれませんが、大患難時代に、イエスは主です、と告白して救われる人の多くは、血だらけになるような殺され方をして救われることになるのです。

 私たち教会時代の信徒たちに、主イエス様は「あなたがたの敵を愛しなさい。あなたがたを憎む者たちに善を行いなさい。あなたがたを呪う者たちを祝福しなさい。あなたがたを侮辱する者たちのために祈りなさい。」(ルカ627.282017)と言われましたが、大患難時代の殉教者たちには、そのようには言いませんでした。
 黙示録69-11には次のように記されています。
“小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神の言葉のゆえに、また、自分たちが立てた証しのゆえに殺された人々の魂を、祭壇の下に見た。
10
 彼らは大声でこう叫んだ。
「聖なるまことの主よ、あなたはいつまで裁きを行わず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」
11
 すると、彼らの一人一人に白い衣が与えられ、それから、「あなたがたと同じように殺されようとしているきょうだいであり、同じ僕である者の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいるように」と告げられた。”(聖書協会共同訳)とあります。
下線部分の文言を考えると、艱難時代の聖徒の数は決まっているようです。

 艱難時代の聖徒は大変な思いをして救われてくるのです。
また中には、飢え死にして救われてくる者もいるのです。
 黙示録1315-17には次のように記されているからです。
“第二の獣は、獣の像に息を吹き込んで、獣の像がものを言うことさえできるようにし、獣の像を拝もうとしない者があれば、皆殺しにさせた。
16
 また、小さな者にも大きな者にも、富める者にも貧しい者にも、自由人にも奴隷にも、すべての者にその右手か額に刻印を押させた。
17
 そして、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、売ることもできないようにした。この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。”(聖書協会共同訳)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
教会時代に救いを与えられたことを感謝します。
私たちが救われてほしいと願い、とりなしの祈りの対象である人たちが、願わくは、教会時代の間に、主イエス様の御救いにあずかることができますように。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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